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救いたい魂 ※セシル=エルヴィシウス視点

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■セシル=エルヴィシウス視点

 ギュスターヴ=デュ=ヴァルロワ。
 聖女である私が女神よりも求める、唯一人の男性ひと

 貧しい農家の三番目の子供だった私は、いつも食べるものにも困って、ひもじい思いをしておりました。
 しかも、私の下にも幼い弟と妹がいたので、なけなしの食事を分け与え、水で空腹を紛らわせることも日常茶飯事です。

 でも、私には特別な力がありました。
 怪我を治すという、特別な力が。

 治癒の力が発現したのは、私が十歳の冬。
 高熱に冒され、隙間風が入り込む寒い部屋の中、シーツにくるまって生死を彷徨さまよっていた私は、奇跡・・を見たんです。

 光に包まれた女神リアンノンが現れ、苦しむ私の額に手を置いて微笑んでくださいました。
 私は女神リアンノンへと手を伸ばしますが、残念ながら触れることはできません。

 そのまま力尽き、次に目を覚ました時には朝になっていました。

「あれは……夢……?」

 女神リアンノンに触れていただいた額に手を当てると、あれほど熱かったのにすっかり元どおりになっていました。
 身体も軽く、病から回復した私はわらのベッドから降りると、窓から降り積もった雪景色を眺めます。

 すると。

「セシル、熱は下がったの……って、その髪はどうしたんだい!?」
「え……?」

 様子を見に部屋にやって来た母が、驚きの声を上げます。
 私の髪が、一体どうしたというのでしょう。

 母に促されるまま、私は鏡を見ると。

「こ、これ……っ!?」

 今までの栗色の髪が、雪のように輝く白銀に変わっていたのです。
 まるで……女神リアンノンと同じように。

 私の身体に現れた変化は、髪だけではありませんでした。
 転んでり傷を負った弟の膝に手を当て、おまじないをしてあげると、なんと傷が無くなってしまったのです。

 それを目の当たりにしても信じられない私は、自分の身体をナイフで傷つけ、同じように手をかざします。

 すると。

「こ、これって……」

 ナイフの切り傷はたちどころに消え、残っているのは血の跡だけ。
 つまり、私の手には怪我を治癒する力が宿っていたのです。

 私は父と母に、女神リアンノンが夢の中で現れたこととともに、治癒の力について話しました。
 二人は半信半疑でしたが、実際にその力を見せると驚き、何かを話し込んでいます。

 そして……私は、リアンノン聖教会に売られ・・・ました・・・

 教会は私を『聖女』と認定し、ヴァルロワ王国にとって慈愛の象徴としての地位と役割を与えられました。
 両親に捨てられたことは悲しかったですが、それでも、温かい住まいと食事を与えられ、教会の人達もとてもよくしてくださいました。

 何より……私を死の淵から救ってくださり、治癒の力をお与えくださった女神リアンノンには、感謝のしようがありません。
 女神リアンノンを唯一神とし、その代行者としてこの身の全てをもって尽くすのは当然のこと。私はますます、女神リアンノンに傾倒していきました。

 そんな折です。
 王家の永遠の繁栄と百年以上も続く戦の勝利を祈念するため、『聖女』として王宮を訪れ、そして。

 ――私は、運命の人……ギュスターヴ殿下にお逢いしました。

 ◇

「フフ……あの時・・・のギュスターヴ殿下は、本当にみじめなお姿でしたね」

 今から六年前のあの日、王宮を訪れた私の目に飛び込んできたのは、兄であるフィリップに暴行を加えられ、床にうずくまるギュスターヴ殿下でした。
 この時、私は目を……身も心も奪われてしまったのです。

 あの御方の、どこまでもみじめなお姿に。

 それと同時に、ギュスターヴ殿下ほど聖女であるこの私に相応ふさわしい御方はいらっしゃらないと思いました。
 あの御方こそ、私の運命の人なのだと。

 そう……私こそが、ギュスターヴ殿下の魂をお救いすることができるのです。
 あなた様をゆるし、たたえ、お守りする。

 だからギュスターヴ殿下は、この世界で最もみじめでなければならない。

 そんな運命の御方に見惚れていますと、フィリップはようやく私や教会の者がいたことに気づきました。
 あの男は、まずいといった表情ですぐに逃げ出します。

 元々、フィリップは恵まれた体格に反比例して矮小で、ほんの少し剣術の才能があったために傲慢になり下がった最低の男。
 先日の『アイリスの紋章』の授与の際には、女神リアンノンに祝福された王家の者であるにもかかわらず、異教徒共の前で醜態をさらした無能なくず

 何を勘違いしているのか、この私に懸想までしております。
 本当に、汚らわしい。

「まあ、それはあのルイも同じなのですが」

 まるで皇国との休戦協定を自分の手腕でまとめたと勘違いした自意識過剰な男は、フィリップとともにあの女・・・の手引きによって海を渡り、今頃は皇都ロンディニアを襲撃していることでしょう。

 ただ……ここまでお膳立て・・・・をしてあげましたが、おそらくは失敗するでしょうね。
 そしてルイとフィリップは、皇国で無様な死をさらすことになるでしょう。

 マリエット嬢から送られたあの女・・・からの皇都襲撃の決行を催促する手紙の内容を知り、私は違和感を覚えました。
 ギュスターヴ殿下を通じて皇都制圧を果たすためには、その準備にかなりの年月を要することは想像にかたくありません。
 なのに、あまりにも上手く事が運び過ぎていると感じました。

 あの授与式を終えてすぐの、ギュスターヴ殿下の将軍就任。
 いくら『ギロチン皇女』の婚約者だからといって、たかがフィリップごときを倒した程度で、下手をしたら自分達の首を絞めかねない軍事権を与えるはずがありません。

 それ以降の二人の皇女の確執の表面化、皇国の矛である騎士団長グレンのアビゲイル皇女からの離反、まるで遠ざけるかのような皇国の盾サイラス=ガーランドのノルマンド赴任。

 これら、まるで王国にとって都合のよいことばかりが短い間に立て続けに起こり、極めつけのあの女・・・からの手紙なのですから。

「いずれにせよ、私はあのくず達の訃報を待つことにしましょう」

 ギュスターヴ殿下を利用した異教徒共の鏖殺おうさつは、次の機会・・・・ですね。
 そのためには時間がかかることは分かっておりますので、私はただその時を待つのみです。

 そして……その時こそ、私はあの御方を手に入れるのです。
 全てを失い、絶望し、苦しみ抜き、首だけと・・・・なった・・・ギュスターヴ殿下を。

 これなら、私の手で誰にも邪魔されずに管理・・することができます。
 あの異教徒共や、無能の王族にけがされることもありません。

「ああ……愛しのギュスターヴ殿下……どうかお待ちくださいませ。このセシルが、きっとあなた様の魂をお救いし、永遠にお守りいたします」

 私はあの御方を思い浮かべ、求めるように自分の指を口に含むと、吐息と共に恍惚こうこつの表情を浮かべた。
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