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第一章「火付盗賊」
第七話「護送襲撃」
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関東一円で名を轟かせる凶賊、黒雲の半兵衛は手下を引き連れ、神田の路地裏で待ち構えていた。皆一様に頬かむりをしている。
何を待ち構えているのか。
黒雲の半兵衛が雇った小悪党の護送する行列を、である。
一五郎は町奉行所に囚われていたのだが、この日四谷にある火付盗賊改の役宅に移送される事になっている。江戸中に張り巡らせている彼の情報網にかかった話だ。恐らく間違いあるまい。町奉行所や火付盗賊改の様な幕府の組織にすら、情報源を持つ。これが今まで執拗な捕り物を潜り抜けて生き延びてきた秘訣なのである。
彼が今率いている手勢は、ほんの十人に過ぎない。関東一円で幕府の手先をきりきり舞いにさせる悪党としてはいかにも少ない勢力だが、直属の信頼のおける者はこれ位しかいない。
だが、今回の移送に関わるのは火付盗賊改の同心一人とその手先だけだ。それ以外にも囚人を運ぶ唐丸駕籠の駕籠かきはいるだろうがそれは戦力ではない。実質同心一人を囲んで倒してしまえばカタはつくのである。
無論、怪我で済ませるつもりは無く、殺害してしまう予定なのは言うまでもない。黒雲の半兵衛の顔を見た役人など生きていては困るのだ。
それにしても、一五郎には参ったものだ。
一五郎は先月の日本橋での火事場泥棒をやらせた連中の仲間だが、当日は腹が痛いなどと言って盗みには参加していなかった。
その上、盗みの手はずを整えるために深川の料理屋で会合をしたのだが、会合が終わった後一五郎は半兵衛の後をつけていたらしい。そのため会合では覆面をしていたのだが、ねぐらに戻った時に素顔になったのを見られてしまった。
しかも一五郎は仲間が町奉行所に捕まった後、逃走資金として百両寄こせなどと吹っ掛けて来た。
百両程度半兵衛にとってはそれ程の痛手は無い。だが、これで終わるとは限らず、半兵衛の素性を知っている者を野放しにする事自体が危険である。
だから、その辺の破落戸どもを雇って始末したのである。
その破落戸どもはすぐに捕まってしまったのだが、これは大した事ではない。連中は半兵衛の事などほとんど知らないからだ。
だが、意外な情報が入って来た。
一五郎は襲われた時にすぐには死なず、破落戸どもに半兵衛の事について教えてしまったというのである。
これは拙い。
町奉行所に入り込ませた手下からの情報とは言え、虚報かもしれない。そうそう尻尾を掴ませない様に注意を払って来たからだ。
だが、半兵衛のねぐらとする亀戸の辺りでここ数日町奉行所の手の者と思われる連中の影がちらついている。
このままでは捜査の手が半兵衛に届くかもしれない。また、町奉行所だけではなく火盗の手まで伸びて来てはたまらない。
だから、火盗の手に情報源が渡る前に殺す事に決めたのだ。
「かかれ!」
半兵衛の合図で一味が一斉に襲い掛かる。
「舐めるな! 火付盗賊改同心、百地満岳を貴様ら如き雑魚が切れると思ったか!」
護送を担当していた火盗の同心――百地は襲撃に即座に反応する。背後から切りかかった半兵衛の手下を振り向きざまに一刀のもとに切り捨てた。役方である町奉行所の同心と違い、火付盗賊改は番方であり荒っぽい。ここまで思い切りが良く対応できる者はそうはおるまい。
百地は最近文蔵に対して忍者がどうのこうのと、実に胡乱な内容で因縁をつけた男であるが、怪しげな発言の内容とは裏腹にその実力が十分な様だ。
「そいつに構うな。言った通り狙え」
「た、助け……ぎゃあ!」
半兵衛の襲撃の一番の狙いは同心の百地ではない。唐丸駕籠で護送されていた破落戸どもだ。半兵衛としては自分達に繋がる情報を持っている者さえいなければそれで良いのだ。つまり、護送されている囚人を始末しようというのである。
唐丸駕籠の中で捕縛されている破落戸どもは、当然逃げる事が出来ない。最初は自分達を助けに来たのかと喜びの表情を浮かべたのだが、すぐに絶望の色に塗り替わる。
半兵衛の手下は組み立て式の半槍を得物にしている。駕籠に突きこまれた穂先は次々に命を奪っていった。
「むう、卑怯な!」
「知らねえのか。卑怯ってのは誉め言葉なんだぜ? ほら、背中がお留守になってますぞ」
護送していた破落戸どもが殺傷されていき、百地の気が逸れた。その隙を逃さずに半兵衛が背中を切りつけ深手を負わせる。
「不覚……」
百地が引き連れていたのは単なる小者や駕籠かきに過ぎない。襲撃と同時に散り散りになって逃げて行った。白昼の神田であるから人目はあったのだが、皆この様な惨事に関わり合いになりたくない。逃げるか遠巻きにするかだ。このままでは、百地も含めて皆殺しにされてしまうだろう。
だがその時、半兵衛の一味の一人がどうと音をたてて倒れた。
「なんだぁ?」
「そこまでにしろ、大人しく縛につけ……でいいのかな?」
「いいんじゃねえの? 口上なんて気にしなくたってよ」
「兄さん、観客にうける口上くらい言えないと、葛葉屋の名が泣くじゃないさ」
「そうかねえ。じゃあ、やいやい、悪党ども! 貴様らの悪行もこれまでだ。北町奉行所同心、服部文蔵様の御出馬だ。神妙に縛につけい!」
鉄火場に場違いな雰囲気の会話を交わしながら、三人組が姿を現した。
若い男女を引き連れた町方同心、服部文蔵であった。
何を待ち構えているのか。
黒雲の半兵衛が雇った小悪党の護送する行列を、である。
一五郎は町奉行所に囚われていたのだが、この日四谷にある火付盗賊改の役宅に移送される事になっている。江戸中に張り巡らせている彼の情報網にかかった話だ。恐らく間違いあるまい。町奉行所や火付盗賊改の様な幕府の組織にすら、情報源を持つ。これが今まで執拗な捕り物を潜り抜けて生き延びてきた秘訣なのである。
彼が今率いている手勢は、ほんの十人に過ぎない。関東一円で幕府の手先をきりきり舞いにさせる悪党としてはいかにも少ない勢力だが、直属の信頼のおける者はこれ位しかいない。
だが、今回の移送に関わるのは火付盗賊改の同心一人とその手先だけだ。それ以外にも囚人を運ぶ唐丸駕籠の駕籠かきはいるだろうがそれは戦力ではない。実質同心一人を囲んで倒してしまえばカタはつくのである。
無論、怪我で済ませるつもりは無く、殺害してしまう予定なのは言うまでもない。黒雲の半兵衛の顔を見た役人など生きていては困るのだ。
それにしても、一五郎には参ったものだ。
一五郎は先月の日本橋での火事場泥棒をやらせた連中の仲間だが、当日は腹が痛いなどと言って盗みには参加していなかった。
その上、盗みの手はずを整えるために深川の料理屋で会合をしたのだが、会合が終わった後一五郎は半兵衛の後をつけていたらしい。そのため会合では覆面をしていたのだが、ねぐらに戻った時に素顔になったのを見られてしまった。
しかも一五郎は仲間が町奉行所に捕まった後、逃走資金として百両寄こせなどと吹っ掛けて来た。
百両程度半兵衛にとってはそれ程の痛手は無い。だが、これで終わるとは限らず、半兵衛の素性を知っている者を野放しにする事自体が危険である。
だから、その辺の破落戸どもを雇って始末したのである。
その破落戸どもはすぐに捕まってしまったのだが、これは大した事ではない。連中は半兵衛の事などほとんど知らないからだ。
だが、意外な情報が入って来た。
一五郎は襲われた時にすぐには死なず、破落戸どもに半兵衛の事について教えてしまったというのである。
これは拙い。
町奉行所に入り込ませた手下からの情報とは言え、虚報かもしれない。そうそう尻尾を掴ませない様に注意を払って来たからだ。
だが、半兵衛のねぐらとする亀戸の辺りでここ数日町奉行所の手の者と思われる連中の影がちらついている。
このままでは捜査の手が半兵衛に届くかもしれない。また、町奉行所だけではなく火盗の手まで伸びて来てはたまらない。
だから、火盗の手に情報源が渡る前に殺す事に決めたのだ。
「かかれ!」
半兵衛の合図で一味が一斉に襲い掛かる。
「舐めるな! 火付盗賊改同心、百地満岳を貴様ら如き雑魚が切れると思ったか!」
護送を担当していた火盗の同心――百地は襲撃に即座に反応する。背後から切りかかった半兵衛の手下を振り向きざまに一刀のもとに切り捨てた。役方である町奉行所の同心と違い、火付盗賊改は番方であり荒っぽい。ここまで思い切りが良く対応できる者はそうはおるまい。
百地は最近文蔵に対して忍者がどうのこうのと、実に胡乱な内容で因縁をつけた男であるが、怪しげな発言の内容とは裏腹にその実力が十分な様だ。
「そいつに構うな。言った通り狙え」
「た、助け……ぎゃあ!」
半兵衛の襲撃の一番の狙いは同心の百地ではない。唐丸駕籠で護送されていた破落戸どもだ。半兵衛としては自分達に繋がる情報を持っている者さえいなければそれで良いのだ。つまり、護送されている囚人を始末しようというのである。
唐丸駕籠の中で捕縛されている破落戸どもは、当然逃げる事が出来ない。最初は自分達を助けに来たのかと喜びの表情を浮かべたのだが、すぐに絶望の色に塗り替わる。
半兵衛の手下は組み立て式の半槍を得物にしている。駕籠に突きこまれた穂先は次々に命を奪っていった。
「むう、卑怯な!」
「知らねえのか。卑怯ってのは誉め言葉なんだぜ? ほら、背中がお留守になってますぞ」
護送していた破落戸どもが殺傷されていき、百地の気が逸れた。その隙を逃さずに半兵衛が背中を切りつけ深手を負わせる。
「不覚……」
百地が引き連れていたのは単なる小者や駕籠かきに過ぎない。襲撃と同時に散り散りになって逃げて行った。白昼の神田であるから人目はあったのだが、皆この様な惨事に関わり合いになりたくない。逃げるか遠巻きにするかだ。このままでは、百地も含めて皆殺しにされてしまうだろう。
だがその時、半兵衛の一味の一人がどうと音をたてて倒れた。
「なんだぁ?」
「そこまでにしろ、大人しく縛につけ……でいいのかな?」
「いいんじゃねえの? 口上なんて気にしなくたってよ」
「兄さん、観客にうける口上くらい言えないと、葛葉屋の名が泣くじゃないさ」
「そうかねえ。じゃあ、やいやい、悪党ども! 貴様らの悪行もこれまでだ。北町奉行所同心、服部文蔵様の御出馬だ。神妙に縛につけい!」
鉄火場に場違いな雰囲気の会話を交わしながら、三人組が姿を現した。
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