氷血辺境伯の溺愛オメガ

ちんすこう

文字の大きさ
1 / 65

【プロローグ】 1

しおりを挟む

 鉄格子の窓から見える空は、昼間にもかかわらず灰色の雲に覆われている。

「雨が降りそうだね」

 具のない汁物をスプーンで掬いながら呟くと、北斗ほくとがぶっきらぼうに応えた。
 黒い右目と、水色の左目がちらりと窓を見上げる。

「ああ」

 一日に一度だけ支給される食事は、最低限のエネルギーを補充するためだけのもので、いつも冷めている。献立も代わり映えしない。僕はぬるま湯のようなそれを飲みながら、呟いた。

「また寒くなるね」
「そうだな。冬は辛いぜ、Bランクまで上がらなきゃ部屋に暖房もつかねぇし。といって、オッサンどもの相手してまで成り上がりたくもねえけどな」

 ――ここは、オメガ専門の奴隷館。
 僕たちの住むダチュラ国では、十二歳の性別診断で『Ω』と判定が下された人間は、国に買い取られて性産業に回される。
 僕も六年前に両親に売られてからこの娼館に囚われ、ここで『Cランク‐雄』の判定を受けた。
 Cは三等級の中でもっとも価値が低い下等オメガだ。
 とくに見どころのない顔だし、僕はまだ発情期が来ていない。未熟で商品にならないオメガは、自動的に最低ランクにされる。
 同室の北斗は僕より二つ年上で、すでにヒートを起こせるけど、オメガにしては体格が良くお客さんをしょっちゅう殴り飛ばすからずっとCランクだった。

「ち、芋すら入ってねえじゃんか」

 僕のと同じ底が浅い皿をすぐに空にした北斗は、不満そうにあぐらをかいた太ももを殴る。
 そうすると、手首に嵌められた枷がジャラ、と音を立てた。
 足にも同じ拘束具がつけられていて、鎖は部屋の壁に繋がっている。僕もほぼ同じだ。この枷は仕事が入ったときだけ、職員の持つ鍵で外される。
 そして、二人の首をぐるりと覆う黒い鉄の輪は、この館の支配人じゃないと絶対に外せないものだった。
 首輪にはオメガにとって生命線ともいえるうなじを守る役割があるのと、正面にくっきりと刻印された鐘形の花の紋章によって、僕たちの所有権が国にあることを示している。

 淀んだ空、冷たい枷、まずい料理。これが僕らの日常だ。

「なんか、空気が重い感じがする」

 ここでの暮らしが憂鬱なのは毎日だけど、今日は特に嫌な予感がしていた。

「陽が隠れてて薄暗いからな」

 落ち着かない僕に北斗は淡々と答えたが、その声はどこか緊張していた。

「ねえ、本当に大丈夫?」
「大丈夫だよ」

 即答されたけど、不安はぬぐいきれない。

「ぜったい?」

 しつこく食い下がると、北斗は手にしていた空の皿を床に投げ捨てた。

「物事に『ぜったい』はない。……やりたくねぇなら、果南かなんは降りてもいいんだぞ」
「まさか。僕は北斗についていくよ! 怖がってるわけじゃないんだからね!」

 ぶんぶん首を振って答えると、北斗はおかしそうに笑った。何か茶化された気がしてムッとする。

「本当だよ! 君が傷付くんじゃないかって、それだけが心配なんだから。僕だっていざってときは勇気出すしっ」
「わかったわかった。連れて行くよ、お前も」
「子ども扱いしてる!」

 北斗は僕の頭に手を伸ばして髪を掻き混ぜながら、声をたてて笑った。
 固くなっていた空気が柔らかくなった気がして、少しだけ安心する。それが長続きはしない平和だと分かっていても。

「果南。状況を変えたいなら、危険を冒さなきゃならないときもある」

 ひとしきり笑って人の髪をぐしゃぐしゃにした北斗は、ふと笑みを引っ込めた。僕も声を落として、囁くように訊ねる。

「北斗は傷付いたとしても、計画を実行するってこと……?」
「自由って、ぜいたくなんだよ。最初から誰でも持ってるもんじゃない。持ってない奴は、それを手に入れるために犠牲を払うこともある」
「どういうこと……?」

 北斗は、いつもなら決して下がることのない眉を少しだけ寄せて、僕の頬を手で包み込んだ。

「果南は果南の人生を生きろってこと。俺とお前は、もとは別々の人間だ。行けるところまで一緒に逃げてやるけど、いざってときは俺を押しのけてでも逃げるんだぞ」

 そんなの嫌だ、なんて言えるほど僕も幼くない。だからといって頷くこともできず、北斗の手に自分の手を添えてぎゅっと目を瞑った。

 ――今夜、僕たちはこの国を脱出する。


しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

番に囲われ逃げられない

ネコフク
BL
高校の入学と同時に入寮した部屋へ一歩踏み出したら目の前に笑顔の綺麗な同室人がいてあれよあれよという間にベッドへ押し倒され即挿入!俺Ωなのに同室人で学校の理事長の息子である颯人と一緒にα寮で生活する事に。「ヒートが来たら噛むから」と宣言され有言実行され番に。そんなヤベェ奴に捕まったΩとヤベェαのちょっとしたお話。 結局現状を受け入れている受けとどこまでも囲い込もうとする攻めです。オメガバース。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

当たり前の幸せ

ヒイロ
BL
結婚4年目で別れを決意する。長い間愛があると思っていた結婚だったが嫌われてるとは気付かずいたから。すれ違いからのハッピーエンド。オメガバース。よくある話。 初投稿なので色々矛盾などご容赦を。 ゆっくり更新します。 すみません名前変えました。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

処理中です...