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【プロローグ】 1
しおりを挟む鉄格子の窓から見える空は、昼間にもかかわらず灰色の雲に覆われている。
「雨が降りそうだね」
具のない汁物をスプーンで掬いながら呟くと、北斗がぶっきらぼうに応えた。
黒い右目と、水色の左目がちらりと窓を見上げる。
「ああ」
一日に一度だけ支給される食事は、最低限のエネルギーを補充するためだけのもので、いつも冷めている。献立も代わり映えしない。僕はぬるま湯のようなそれを飲みながら、呟いた。
「また寒くなるね」
「そうだな。冬は辛いぜ、Bランクまで上がらなきゃ部屋に暖房もつかねぇし。といって、オッサンどもの相手してまで成り上がりたくもねえけどな」
――ここは、オメガ専門の奴隷館。
僕たちの住むダチュラ国では、十二歳の性別診断で『Ω』と判定が下された人間は、国に買い取られて性産業に回される。
僕も六年前に両親に売られてからこの娼館に囚われ、ここで『Cランク‐雄』の判定を受けた。
Cは三等級の中でもっとも価値が低い下等オメガだ。
とくに見どころのない顔だし、僕はまだ発情期が来ていない。未熟で商品にならないオメガは、自動的に最低ランクにされる。
同室の北斗は僕より二つ年上で、すでにヒートを起こせるけど、オメガにしては体格が良くお客さんをしょっちゅう殴り飛ばすからずっとCランクだった。
「ち、芋すら入ってねえじゃんか」
僕のと同じ底が浅い皿をすぐに空にした北斗は、不満そうにあぐらをかいた太ももを殴る。
そうすると、手首に嵌められた枷がジャラ、と音を立てた。
足にも同じ拘束具がつけられていて、鎖は部屋の壁に繋がっている。僕もほぼ同じだ。この枷は仕事が入ったときだけ、職員の持つ鍵で外される。
そして、二人の首をぐるりと覆う黒い鉄の輪は、この館の支配人じゃないと絶対に外せないものだった。
首輪にはオメガにとって生命線ともいえるうなじを守る役割があるのと、正面にくっきりと刻印された鐘形の花の紋章によって、僕たちの所有権が国にあることを示している。
淀んだ空、冷たい枷、まずい料理。これが僕らの日常だ。
「なんか、空気が重い感じがする」
ここでの暮らしが憂鬱なのは毎日だけど、今日は特に嫌な予感がしていた。
「陽が隠れてて薄暗いからな」
落ち着かない僕に北斗は淡々と答えたが、その声はどこか緊張していた。
「ねえ、本当に大丈夫?」
「大丈夫だよ」
即答されたけど、不安はぬぐいきれない。
「ぜったい?」
しつこく食い下がると、北斗は手にしていた空の皿を床に投げ捨てた。
「物事に『ぜったい』はない。……やりたくねぇなら、果南は降りてもいいんだぞ」
「まさか。僕は北斗についていくよ! 怖がってるわけじゃないんだからね!」
ぶんぶん首を振って答えると、北斗はおかしそうに笑った。何か茶化された気がしてムッとする。
「本当だよ! 君が傷付くんじゃないかって、それだけが心配なんだから。僕だっていざってときは勇気出すしっ」
「わかったわかった。連れて行くよ、お前も」
「子ども扱いしてる!」
北斗は僕の頭に手を伸ばして髪を掻き混ぜながら、声をたてて笑った。
固くなっていた空気が柔らかくなった気がして、少しだけ安心する。それが長続きはしない平和だと分かっていても。
「果南。状況を変えたいなら、危険を冒さなきゃならないときもある」
ひとしきり笑って人の髪をぐしゃぐしゃにした北斗は、ふと笑みを引っ込めた。僕も声を落として、囁くように訊ねる。
「北斗は傷付いたとしても、計画を実行するってこと……?」
「自由って、ぜいたくなんだよ。最初から誰でも持ってるもんじゃない。持ってない奴は、それを手に入れるために犠牲を払うこともある」
「どういうこと……?」
北斗は、いつもなら決して下がることのない眉を少しだけ寄せて、僕の頬を手で包み込んだ。
「果南は果南の人生を生きろってこと。俺とお前は、もとは別々の人間だ。行けるところまで一緒に逃げてやるけど、いざってときは俺を押しのけてでも逃げるんだぞ」
そんなの嫌だ、なんて言えるほど僕も幼くない。だからといって頷くこともできず、北斗の手に自分の手を添えてぎゅっと目を瞑った。
――今夜、僕たちはこの国を脱出する。
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