氷血辺境伯の溺愛オメガ

ちんすこう

文字の大きさ
17 / 65

【第二話:氷血辺境伯と“ジギタリスの間”】

しおりを挟む

「カナン、おはよう」
「ユージーン! おはよ……うひゃぁっ!?」

 部屋に入ってくるなり、ユージーンは僕の肩を抱き寄せて頭に顔を埋めた。
 彼と出逢って、はじめてのヒートを迎えた二日目。
 病室を訪れたユージーンは、グレーの三つ揃えを着ていた。
 朝の早い時間だけど、すでにあの研ぎ澄まされた美貌が輝いていて眩しい。

「朝食はもう食べた?」
「はい」

 ずっと気にかけてくれているのはありがたいものの、一つ気になっていたことを質問してみた。

「あの、僕にばかり構っていただいて、大丈夫なんですか? お仕事とか」
「暇な職業だからだいじょうぶ」

 溶けるような笑顔で返された。ホントだろうか。

「髪、少し切ったんだ。さっぱりしていいね」
「わっ」

 つむじのところから『ちゅっ』と可愛らしい音がして、急に恥ずかしくなる。
 ユージーンはいつも落ち着いていて、表情は真顔か微笑するかのどちらかだ。そんなふうなのに、こういうことをしてくるからよく分からなかった。

「看護師さんに切ってもらったんです。先のほうが絡まったりしちゃってたので」
「うん。よく似合う」

 どういうつもりなのか訊こうと思いながら、いつも機会を逃してしまう。今日も先に話を振られてしまったから、この件についてはなあなあになった。

「朝ごはんは何が出た?」
「えっと、まだ本調子じゃないからって、トマトリゾットを出してもらったんですけど……ベーコンがすごく美味しかったです」

 ユージーンは少し体を離して、僕の髪を撫でながら言った。

「そうか。まあ、もうすぐ普通の食事にありつけるようになるだろうから辛抱して。ベーコンが好きなの?」
「なんでも好きですよ。でも、あんな分厚いお肉初めて食べたから、感動して」

 奴隷用の粗食に慣れていると、一人前のお皿にごろごろ肉が入ってるのは衝撃的だった。ほかほかのお米も、熟した甘いトマトも最高だった。
 ユージーンは僕の髪から頬に手を滑らせる。

「そんなに喜んでもらえると嬉しいな」

 指が僕の唇に触れる。少しどきりとしたけど、ユージーンの表情は変わらない。

「だいぶ血色がよくなったね」
「あなたのおかげで。お医者さんから、ここのお部屋代を払ってくれたのはユージーンだって聞いたんだけど……いいんですか?」
「気にしないで」

 僕に与えられた病室は、とても安い部屋には思えなかった。広々とした個室で、清潔な柔らかいベッド。
 赤の他人の僕にこんなに気前よくお金を出してくれるこの人は、何者なんだろうか。

「あなたは、何をしている人なんですか?」

 すり、と唇を撫でられる。
 透けるようなまつ毛の下で、緑の目がじっとそこを見つめているように見えた。
 長い沈黙を挟んで、単語で答えが返ってくる。

「辺境伯」
「えっ!?」

 辺境伯。文字通り、国の辺境を司るひとのことだ。
 とんでもなく偉い人だ。うちの国にも居たから、どんな存在かは知ってる。

「う、嘘っ!? だって、まだすごく若いのに」
「父が早死にだったので、数年前に位を受け継いだんだ。管轄地は国境付近だから、この病院の代表も一応僕になっている」

 だからこんな破格の待遇を用意できたんだ……!
 なにも知らなかったことが急に畏れ多くなって、とっさに体を離そうとした。
 が、強い力で抱き寄せられて背中に腕が回される。

「あの、申し訳ありません……! 僕、何も知らなくて。僕なんかがっ」
「僕があえて言わなかっただけ。カナンはそのままでいていいよ」

 ふわっと甘い香りに包まれる。ユージーンの体はぽかぽかしてあったかい。
 僕はこの熱と匂いに弱くて、こわばっていた体が弛んでいった。

「あまり階級なんか気にされると、お願いがしづらくなっちゃうから」
「お願いって……?」

 背中を包んでいた手が後頭部に回される。そこを何度も優しく撫でながら、ユージーンはぽつりと呟いた。

「君は可愛い」
「そ、そんなことは……奴隷館でもCランクでしたから」
「下種どもの見る目のなさなんて知らないよ。君は初めて会ったときから美しかった。この黒い髪も、撫でるとつるつるしてて気持ちがいいんだ」

 この人、言う相手間違ってない……?
 ユージーンは、まるで愛を囁くように……とろけるような低音を、僕の耳に注ぎ込む。

「君の肌も、声も……出逢ったときからずっと惹きつけられている。磨けばおそろしいほど綺麗になるんだろうな。アルファはみんな君の虜になって、口説こうとするだろう」

 冷たい指が耳たぶを軽く摘み、柔らかくもてあそぶ。くすぐったさと、何か違う別の感覚がこみ上げてきそうになって、ぐっと息を詰めた。

「でもそのときにも……この耳が聴くのは、僕の言葉だけであってほしいな。一番はじめに君を見つけたのは僕なんだから」

 耳に湿った感触があって、唇で挟まれたんだと分かった。

「ぁ……っ♡」

 ぞくっとして、肩が震えた。でもこの震えは、領主様の客に触られたときとは違う。心を握り潰される感じじゃなく、花びらでそっと撫でられているようだった。

しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

番に囲われ逃げられない

ネコフク
BL
高校の入学と同時に入寮した部屋へ一歩踏み出したら目の前に笑顔の綺麗な同室人がいてあれよあれよという間にベッドへ押し倒され即挿入!俺Ωなのに同室人で学校の理事長の息子である颯人と一緒にα寮で生活する事に。「ヒートが来たら噛むから」と宣言され有言実行され番に。そんなヤベェ奴に捕まったΩとヤベェαのちょっとしたお話。 結局現状を受け入れている受けとどこまでも囲い込もうとする攻めです。オメガバース。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

当たり前の幸せ

ヒイロ
BL
結婚4年目で別れを決意する。長い間愛があると思っていた結婚だったが嫌われてるとは気付かずいたから。すれ違いからのハッピーエンド。オメガバース。よくある話。 初投稿なので色々矛盾などご容赦を。 ゆっくり更新します。 すみません名前変えました。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

処理中です...