氷血辺境伯の溺愛オメガ

ちんすこう

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 オメガのヒート期間は、通常七日間続くとされている。
 そのうち特に中三日の発情が酷くて、ベッドから起き上がれなくなる人もいるほどだ。
 移動はその三日間が訪れる前に済ませてしまおうということになって、なんと今日の午後には退院が決まってしまった。
 ユージーンのところで雇ってもらうことが決まった僕は、そのことを病院の人たちに伝えた。

「短い間だったけど、治療してくれてありがとうございました! おかげでもうどこも痛くないです」
「カナン君、達者でなあ。また何かあったらすぐここに来てくれていいんだからな!」

 病院の玄関に立った僕は、看護師さん一同に花束をもらった。みんな優しい笑顔で見送ってくれて、涙ながらに送り出してくれるお兄さんもいた。

「まったく、ダチュラの奴らはひどいことするよ! こんな小さくて可愛い子を痛めつけるような真似をして」
「おいおいジャック、泣くな泣くな。無事に回復したんだからいいじゃないか。確かに、運ばれたときは酷い状態だったが」
「そうだよ! あいつら人じゃねえ!」

 嗚咽を上げながら憤慨する彼に苦笑していると、主治医の先生に肩を叩かれた。長身で、後ろで一本に髪をまとめた美人な女の人だ。

「カナン君、退院おめでとう。これからは理事長のところでお世話になるのよね?」
「理事長?」

 誰のことだろう、と思いかけて、はっとする。
 ここの代表はユージーンだと言っていたから……。

「リベラ辺境伯様のことよ。お若いけど、ここの代表も出資者もあの方なの。彼がこの辺り一帯の統治者だって話は聞いた?」
「はい。だからここのご飯がおいしいって言ったら、とても喜んでくれたんですね」
「そう……」

 笑顔で頷くと、先生はなにか考え込むそぶりを見せる。

「先生?」

 首を傾げると、彼女は指に顎を当てて、どこか遠くを見ながらぼそりと呟いた。

「あの“氷血ひょうけつ辺境伯”が、どういう風の吹き回しかしら」

 ……ひょうけつ?
 辺境伯、ってことはユージーンのことだと思うけど。そんな風に呼ばれているのは初めて聞いた。
 どういう意味か尋ねようとしたものの、彼女と他の看護師さんたちの間に漂う空気がなんとなく重くて、口をつぐんだ。先生はしばらくしてはっと僕の視線に気が付くと、小さく笑って肩を叩いてきた。

「私の仕事はここまでね。あとは辺境伯様の家の侍医が面倒をみてくれると思うけど、気になることがあったらいつでも相談に来ていいからね」
「ありがとうございます。本当に」

 笑顔を返して、後ろ髪を引かれる思いで病院をあとにした。
 そのときに、ふと誰かが零した言葉が耳に残っていた。


「血まで凍りついてるんじゃないかと思ってたけど、あの方も案外人の子だったんですねぇ……」
「俺、見ちゃったよ。リベラ様が笑ってるところ。驚いたよ、あの人のあんな顔を見るのは初めてでさ……氷が溶けることもあるんだな」


 氷。氷の血。それで、氷血辺境伯か。


 文字から受ける印象は、冷たく凍てついた感じだ。
 分かる、気がする。僕も最初は氷柱みたいな人だって思ったから。

 そういえば、職員の人たちがユージーンと話しているところはほとんど見なかった。誰もユージーンに声をかけようとはしないし、彼のほうも愛想笑いもなくすれ違うだけ。
 でも、僕といるときだってよく無表情になる。
 笑わないわけじゃなくて、作り笑いをしないだけなんだと思う。
 それが、顔立ちが整ってるから妙な迫力を生んでしまってるというか……でも、気が引けちゃうくらい綺麗な人だけど、けっして怖いわけじゃない。ユージーンは優しい――それについては僕が合ってるはずだ。
 奴隷館の領主様なんかとは全然違う。

 言いようのないモヤモヤを抱えながら病院の正門を出ると、すぐそこに停まっていた黒い車のドアが開いた。


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