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しおりを挟む「あなたが僕に教えてくれたんだよ」
彼に身を委ねていれば何も不安はない。握られた手、頬を寄せた厚い胸に安堵する。
「僕が?」
「今できなくても、これからできるようになればいいって。僕の知らないことは、全部あなたが教えてくれる」
たどたどしい足取りに合わせて、ユージーンはゆっくり腰を取ってくれる。
「あのとき、ユージーンが僕のそばにいてくれるって思ったから、頑張れたんだ」
ゆったりと流れる旋律を聴いていると、国境を越えた夜のことを思い出した。
暗い川で見えた橙色の光。
あの輝きに包まれた何か大きな存在が、溺れていた僕を掬いあげてくれた。いま僕を抱き締めているのと同じ、温かい腕で……
ふと気づく。
あのとき、濁流の中で僕を捕まえてくれたのは。
「あなた、だったんだね」
不思議そうに僕を見つめる彼に笑いかける。
「溺れていた僕を助けてくれた、大きな金色の……。よく見たら、あなたの髪の色とおんなじだ」
翡翠の瞳が見開かれて、僕を凝視する。
「あれは僕じゃ、ない」
水の中で見た姿は、人よりもはるかに腕が太く、ふさふさしていた。今思えばあれは狼だ。狼の獣人。
「ユージーン。『あれ』って、あの狼のことを知ってるってことだよね?」
揚げ足をとると、ユージーンははっとして口をつぐんだ。それがほとんど答えになっていた。
「そっか……やっぱり、カナンは鋭いな」
呟いた彼は、僕を窺い見るようにして慎重に尋ねた。足取りは緩めないまま。
「怖くないの? 僕がなんであんな姿になるのかとか、気にならない?」
「それはすごく気になるから、今度教えてね。でも、怖くなんかないよ」
見つめ合って、僕は微笑いながら答えた。
「モフモフしてて可愛かった」
「可愛……?」
ユージーンは怪訝そうにしていたけれど、小さく笑って、「それならいいか」と呟いた。
ユージーンのリードで一曲踊り終えた僕は、外のテラスに逃がされた。踊りながら窓際に誘導されていたらしい。
「ここならダンスに誘われることもないだろう」
ユージーンはそっと僕の手を離そうとして、名残惜しそうにもう一度抱き締めた。
「僕は少し顔合わせしないといけない人たちがいるから、ここで休憩してて」
「はい」
それから出入り口の近くにいたボーイにオレンジジュースのグラスをもらって、僕に渡してくれる。
それを受け取って、僕はユージーンが立ち去るのを見送った。
会場に戻るなり、さっそく華やかなドレスを着た婦人に声をかけられている。
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