オネエとヤクザ

ちんすこう

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第三章:ボロアパートとワンピースと“アタシ”

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 「元々今日はオフだ。どっかで飲んで、帰って寝るだけのつもりだったから」

 「男やもめの休日は侘しいわねぇ」

 「うるせえ」

 軽口を叩きながら路地裏を歩いていると、「そっちこそ」と声がした。

 「ん?」

 歩は止めず、ゆっくりと歩きながら右隣に視線を遣る。

 「そっちこそ、さっさと帰んなくていいのかよ。家、店のすぐ上だったろ」

 「うん」

 スキニーのポケットに手を突っ込んで、プラプラと歩く。

 「いいの。酔い覚ましだから」

 「ふうん」

 シャツ一枚だとさすがに肌寒い気もするが、酔って火照った体には早朝の空気が涼しいくらいに感じる。

 「軽くアルコール抜いてから寝ないと、起きたとき二日酔いになっちゃうからさ。一日中頭痛が酷いし」

 「飲み屋も大変だな」

 「そうかな。結構楽しいけど」

 ぽつぽつと他愛のない話をしながら、薄暗がりの道を歩く。
 実を言えば、伊吹がいなければ今頃いつも通り帰って寝ていたと思う。

 もう少し。

 もう少しだけ、伊吹と二人きりでいる時間を作りたくて。

 この時間を終わらせたくなくて、意味もなく道草を食っている自分を密かに笑う。

 (子供みたいな恋愛してるわよね、アタシ)

 伊吹と出逢ってから何年も経って、年齢を重ねて、それなりに恋愛の仕方を身につけたつもりでいた。
 相手にのめり込みすぎず、あくまで自分を保ったまま相手との関係を築いていく方法。
 だがそれは要するに、伊吹以外の人間がどうでもよかっただけなのだ。

 伊吹が目の前に現れれば、その瞬間に初恋を迎えたばかりの高校生に戻ってしまう。
 手で触れる勇気も持てずに、ただ自分の中でこの大切な時間を抱き締める。そんな未熟な。

 (どこまで臆病なんだろう)

 この心地よい停滞にいつまでも浸ってしまうから、進歩がない。
 呆れながらもどこか可笑しく思っていると、

 「……見つかるよ」

 ぽつりと呟く声が聞こえて、足を止めた。

 「え?」

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