オネエとヤクザ

ちんすこう

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第三章:ボロアパートとワンピースと“アタシ”

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 顎が外れそうなほど口を開けた男が、彼女をぷるぷる指差しながら振り向いた。

 「え。え? なんでいんの?」

 「……さあ」

 「メンタル鬼?」

 ぼそぼそ喋っていると、バンッと教卓が叩かれてみんな肩を跳ね上げる。

 「そこ。私語が多すぎます。次騒いだら教室を出て行ってもらいますよ」

 気圧されて黙ってしまうと、先生は淡々と授業を始めた。
 呆気にとられた生徒たちはいつになく大人しく話を聞いて、気弱な男子なんかは振られた質問に答えたりしている。

――何考えてんだ。こんな所になんか戻ってきて。

 様変わりした教室を眺め、先生を見た。
 分からない。どうしてそんな凛とした顔で立っていられるのかが。


・・・


 ちょっとした予想外の出来事は起きたものの、おれの日常はとくに変わりない。

 英語の授業以外はみんな元の通りに騒がしかったし、昼休みには屋上でのんびり煙草を吸って、そのまま午後の授業をフケた。

 目を覚ましたときには空が赤く染まっていて、下校のチャイムが鳴っていた。
 だるい体を起こしてがりがりと頭を掻く。
 また一服した後で、ポケットからヘアゴムを引っ張り出した。黒いなんの面白味もないゴムだ。

 寝癖を隠すために適当に縛ると、屋上を後にした。


 カバンを回収するため教室まで戻っていると、話し声が聞こえてきた。皆とっくに下校したはずだが、と足を止める。

 高い声だったから、女子が居残って駄弁っているのかもしれない。

 と思ったけれど、

 「…………?」

――泣いてる?

 廊下まで漏れ聞こえてくる声は、楽しく談笑しているというよりも、啜り泣きに近い。
 それも一人の声しか聞こえてこないので、少し気になった。

 自分の教室であるB組の前を通り過ぎて、音のする方へ向かう。コの字型の校舎で、上辺側の廊下の突き当たりには、もうA組の教室しかない。

 開いていた扉から中の様子を窺うと、女と――学ランを着た男子生徒がいた。
 真ん中らへんの机を二台向かい合わせに並べて座っている。

――もう一人いたのか。

 ぼーっと眺めていると、こちらを向いて座っていた男子生徒がぱっと顔を上げた。

 つられて、女の方もこっちを振り返る。

 ひ、とか細い喉から空気が抜ける。涙に濡れ、化粧も崩れた顔が引き攣っていく。
 その顔は、昨日おれがちょっかいをかけた新任教師のものだった。

 「ナミちゃんじゃん。何やってんの」

 「き、如月く……」

 と、それまで黙って話を聞いていた生徒が立ち上がった。青ざめていく先生を自分の後ろに隠して――おれから庇うように。

 近付いてくるにつれ、男の顔がはっきりと見えた。

 制服が短ランであること以外は、髪は黒の短髪で清潔感があり、普通の運動部生って感じだった。
 だが、眉の下の目は鋭い。

 「てめえが如月か」

……おれに物怖じしない。

 男の態度から相手の正体を察したおれは、唇を持ち上げた。

 「そっか。あんたが師走伊吹か」

 最近話題になっている、高校からこっちにやって来て猛威を奮っているという札付きの不良。A組の師走――こいつか。

 顔を突き合わせるくらいまで距離が縮まったところで、あらためてその存在の異質さに気付いた。

 おれとあまり身長が変わらない。相当でかい。

 「なるほどね。そりゃ、喧嘩強いわけだ。大きいもんね」

 そして、おれに負けず劣らず整った面をした男は初めて見た。
 タッパはあるくせに顔が小さくて、仏頂面のくせに妙なオーラがある。

 「でも、ちょっと意外かもな~。武勇伝を聞くに、もっとゴリラみたいな野郎かと」

 「帰れ」

 「……あ?」

 浮かべていた作り笑いを止めて、やや低い位置にある双眸を見つめる。
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