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第三章:ボロアパートとワンピースと“アタシ”
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店を出て、スマホで時刻を確認すると、もうすぐで午前十時だった。
如月はまだ寝ているだろうか。
まだどこかで時間を潰すべきかと思案していると、持っていたスマホが振動した。
(今日は事務所には顔出さねえっつってたんだがな)
発信元を確認すると、電話をかけてきた相手は狗山だった。
舌を打つ。他の舎弟ならいざ知れず、狗山は無駄な連絡はしてこない。
「……俺だ。どうかしたか」
案の定、伊吹が電話を取るなり急いだ声が返ってきた。
『お休み中にすんません。
水無月の件で、すぐ兄貴の耳に入れてえことがありまして』
「何か分かったのか」
ええ、と相槌を打った狗山は端的に、しかし重大な事実を伝えた。
・・・
『……てわけで、これはすぐ兄貴にお伝えした方がいいと』
電話を握り締める手に力がこもる。
「ああ、そうだな。助かった」
『この後はどうしますか?
一応水無月の尻尾が掴めたんで、こっちはいつでもカチコミかけられるように準備はしてます。
あっちもいつ動き出すか分かりませんから』
「お前の判断が正しい。すぐ動いたほうがよさそうだな」
狗山は『そうですか』と、提案が受け入れられて安堵した風な空気で付け足す。
『如月さんには伝えますか?』
言外に“これ以上堅気に戻った人間を巻き込むのか?”と問われたようだったが、伊吹はそのつもりだった。
如月もここで蚊帳の外に追いやられたら納得しないだろう。
「ああ。あいつにも最後まで付き合ってもらう。
ちょうどこれからあいつに会うところだったから、俺から伝えておく」
『分かりました。いつ合流します?』
「あいつに事情を説明したらまた連絡する。詳しいことはそのときに決めよう」
通話を切った伊吹は、表通りから裏路地をゆき、【大冒険】が入ったビルに着いた。目的はその上の階にある如月の住まいだが。
狗山から予想外の報告が入り、あまり長話をする時間はなさそうだが、言うことはすでに決めてある。そう手間はかからないだろう。
鉄階段を上がって、如月の家の前に立つ。
大きく息を吸って呼び鈴を鳴らそうとしたとき、後ろから階段を上がってくる音がした。
振り返ると――。
「お前」
――アキがいた。
「……師走さん」
俯き気味に立っていた彼女は、勤務中と同じように女性らしい格好をして、長い巻髪を肩に垂らしていた。
妙に引っかかる。
アキの顔は、いつもよりどこか覇気がない。疲れているんだろうか。
そして今は昼前であり、大冒険の開店までは当分時間がある。
そのため(なんでここに?)という疑問が浮かんだ。が、店に忘れ物でもしたんだろうと自己解決して訊ねた。
「どうした? 忘れ物か――」
あいつに用があるなら、俺もちょうど行こうとしてたところで。
そう言おうとした。
だが、できなかった。
「ごめんなさい」
「っ!?」
項垂れたアキが不意に近付いてきたかと思うと、体が急激にこわばった。
横腹のあたりがじんと痺れ、手足が言うことを効かなくなる。
白い手にスタンガンが握られているのを見つけたときには、鳩尾に重い衝撃がめり込んでいた。
「なっ…………」
アキの手が、自分の腹を殴っている。
なんで、という言葉は声にならず、ひゅ、という気息が代わりに零れる。
女にしか見えない華奢な体の、一体どこにそんな力があったのか。
(クソ……油断した)
体が大きくぐらついて地面に倒れ込む前に、脇から複数の男が出てきて抱えられる。
どこに隠れていたのか、ずっと張っていたらしい。
まず考えられるのは彩極組の手先だ。奴らが動き出した……。
すぐ目の前にあるインターホンを鳴らそうとしたが、伸ばした手は届かない。
「……悪ィ……み、とう」
どうかお前は捕まってくれるなよ――そこまで口にする前に、意識が途切れた。
「ママ……ママの大切な人に、ごめんなさい」
霞んでいく視界の端で、アキが泣きそうな顔をしていた――気がする。
如月はまだ寝ているだろうか。
まだどこかで時間を潰すべきかと思案していると、持っていたスマホが振動した。
(今日は事務所には顔出さねえっつってたんだがな)
発信元を確認すると、電話をかけてきた相手は狗山だった。
舌を打つ。他の舎弟ならいざ知れず、狗山は無駄な連絡はしてこない。
「……俺だ。どうかしたか」
案の定、伊吹が電話を取るなり急いだ声が返ってきた。
『お休み中にすんません。
水無月の件で、すぐ兄貴の耳に入れてえことがありまして』
「何か分かったのか」
ええ、と相槌を打った狗山は端的に、しかし重大な事実を伝えた。
・・・
『……てわけで、これはすぐ兄貴にお伝えした方がいいと』
電話を握り締める手に力がこもる。
「ああ、そうだな。助かった」
『この後はどうしますか?
一応水無月の尻尾が掴めたんで、こっちはいつでもカチコミかけられるように準備はしてます。
あっちもいつ動き出すか分かりませんから』
「お前の判断が正しい。すぐ動いたほうがよさそうだな」
狗山は『そうですか』と、提案が受け入れられて安堵した風な空気で付け足す。
『如月さんには伝えますか?』
言外に“これ以上堅気に戻った人間を巻き込むのか?”と問われたようだったが、伊吹はそのつもりだった。
如月もここで蚊帳の外に追いやられたら納得しないだろう。
「ああ。あいつにも最後まで付き合ってもらう。
ちょうどこれからあいつに会うところだったから、俺から伝えておく」
『分かりました。いつ合流します?』
「あいつに事情を説明したらまた連絡する。詳しいことはそのときに決めよう」
通話を切った伊吹は、表通りから裏路地をゆき、【大冒険】が入ったビルに着いた。目的はその上の階にある如月の住まいだが。
狗山から予想外の報告が入り、あまり長話をする時間はなさそうだが、言うことはすでに決めてある。そう手間はかからないだろう。
鉄階段を上がって、如月の家の前に立つ。
大きく息を吸って呼び鈴を鳴らそうとしたとき、後ろから階段を上がってくる音がした。
振り返ると――。
「お前」
――アキがいた。
「……師走さん」
俯き気味に立っていた彼女は、勤務中と同じように女性らしい格好をして、長い巻髪を肩に垂らしていた。
妙に引っかかる。
アキの顔は、いつもよりどこか覇気がない。疲れているんだろうか。
そして今は昼前であり、大冒険の開店までは当分時間がある。
そのため(なんでここに?)という疑問が浮かんだ。が、店に忘れ物でもしたんだろうと自己解決して訊ねた。
「どうした? 忘れ物か――」
あいつに用があるなら、俺もちょうど行こうとしてたところで。
そう言おうとした。
だが、できなかった。
「ごめんなさい」
「っ!?」
項垂れたアキが不意に近付いてきたかと思うと、体が急激にこわばった。
横腹のあたりがじんと痺れ、手足が言うことを効かなくなる。
白い手にスタンガンが握られているのを見つけたときには、鳩尾に重い衝撃がめり込んでいた。
「なっ…………」
アキの手が、自分の腹を殴っている。
なんで、という言葉は声にならず、ひゅ、という気息が代わりに零れる。
女にしか見えない華奢な体の、一体どこにそんな力があったのか。
(クソ……油断した)
体が大きくぐらついて地面に倒れ込む前に、脇から複数の男が出てきて抱えられる。
どこに隠れていたのか、ずっと張っていたらしい。
まず考えられるのは彩極組の手先だ。奴らが動き出した……。
すぐ目の前にあるインターホンを鳴らそうとしたが、伸ばした手は届かない。
「……悪ィ……み、とう」
どうかお前は捕まってくれるなよ――そこまで口にする前に、意識が途切れた。
「ママ……ママの大切な人に、ごめんなさい」
霞んでいく視界の端で、アキが泣きそうな顔をしていた――気がする。
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