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第四章:The Catcher in the "Lie"
4−1 『嘘』の中でわたしをつかまえて
しおりを挟む伊吹と喧嘩して、ほぼ丸一日が経過した。
「さ、仕事しますか」
昔のことを振り返りながら家の前で黄昏れていたミフユは、気分を切り替えるように独り言を口にする。
(悩んでたってしょうがない。今できることをやるしかないじゃないの)
「こんなもっさい髭生やしてちゃだめね!」
よしっと大きく息をついたミフユは、身なりを整えるため一度部屋に戻って、手早く整容を済ませた。
おろしたての柄シャツを着て、一番お気に入りのヴィンテージもののジーンズを履き、外に出――ようとして、玄関で立ち止まった。
「そうそう。これがなくちゃ」
靴箱の上に置いていた新しいサングラスを掛ける。
もとは変装のために使っていたこれも、今ではミフユを形作る一要素となっている。
(これこれ。やっといつものアタシに戻ってきたわ)
――伊吹とのことはすっぱり諦めよう。自分は、自分なりの道を行く。
そう決意して外へ向かい、扉を開いた。
出勤すると、すでにモモとキャメロンが店にいた。
「おはよ~」
店の清掃をしている二人に声をかけると、キャメロンがこちらに顔を向け、訝しげな顔をした。
「遅ようママ、大遅刻よ……ってあら。なんか気合入ってるわね」
ミフユはふふんと笑って、掃除箱から箒を取り出す。
「きょうのアタシはやるわ。やるわよ!」
「カチコミにでも行くの?」
モモに格好を茶化されて「輩モンじゃないわよ!」と返したがすぐ「『元』だったわね」とカウンターを受けた。
「まあ、同じくらいの意気込みではあるけど」
ふぅん、と不思議そうに相槌をうつ二人に背を向けて、店の準備に取りかかったミフユは、ふと店内を見渡して首を傾げた。
「あれ? なんか今日は人が少ないな」
「ああ、パピ江がお休みでしょ? 修士論文の準備か何かで」
モモに言われ、ああそっか、と思い出す。
彼はあれで理系の大学院生なので、学業が本分なのである。期末試験やレポートで忙しくなるとバーを休むことが度々あった。
ひとまず納得したミフユだが、もう一人姿が見えないことに気付く。
「じゃ、パピ江ちゃんはともかく。あとは、アキちゃんが出勤してくるはずよね」
アキは昼の派遣とダブルワークでここに勤めているが、どちらかといえばバーの方がメインなので基本休むことはない。
「もうすぐ開店時間なのに」
キャストは開店準備で一時間前から出勤が原則なので、すでに遅刻ということになる。
キッチンにかかった時計を見つつ首をひねると、キャメロンも不思議そうに言う。
「めずらしいわね、あの子が遅刻なんて」
「大丈夫かしら」
モモも眉を下げる。日頃の勤務態度が真面目なので、何か事故にでも巻き込まれたんじゃ、という心配が先に立つ。
「ちょっと電話してみようか」
とミフユがスマートフォンを取り出したとき、カラン、と玄関のベルが鳴った。
「アキちゃん?」
咄嗟に口にしたが、スタッフが入るのは裏口からだ。
「って、んな訳ないわね」
「一見さんかしら」と出ていこうとするモモを制止して、入口近くに立っていた自分が対応することにした。
「いいわ、アタシが行くから」
ミフユは申し訳なさげな表情を作って、開いたドアの隙間から顔を覗かせる。
「ごめんなさいね! お店が開くまでもう少し時間がかかるんですけど――
って、アンタ」
ところが。
隙間から見えたのは、見覚えのある姿だった。
無造作に伸びた銀髪に、若者風のパーカーを纏った長身の男――伊吹の舎弟である、狗山だった。
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