あの恋の贖罪

雨宮 千夏

文字の大きさ
上 下
1 / 8

プロローグ

しおりを挟む
 きっと彼は気付かない―――、そう思っていながらも女は顔を伏せた。
 

 電車は、一日の疲れや倦怠を無言で全身から放出する勤め帰りの人であふれていた。ドア脇に立つ女は、少し離れた向かいのシートに座る男を、立つ人たちの間から時折盗み見る。

 男はスマホを見るでも本を読むでもなく、ただ何かに耐えるように目を閉じ、シートに身をあずけている。

 かつての恋人を、女は二十年ぶりに見つめた。互いに四十歳になっていた。


 女は思う―――。


 ―――いつか、ひと目だけでも見たいと願っていた。自分と別れた後どんな風に生きてきたのか、幸せに暮らしているのか、二十年という歳月が流れた男の事を知りたい――と。
 そして、できるものなら………。

 だが、その日がこんな風に突然やってくるとは思ってはいなかった。

 そのまま私には気付かないで―――また女は思う。

 ただ、たとえ気付いたところで、彼が声をかけてくる事などない。

 再会を懐かしむような別れでは、なかったのだから―――。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

悪役令嬢を彼の側から見た話

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,178pt お気に入り:131

上司のまなざし

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:3

婚約破棄?私には既に夫がいますが?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:86,449pt お気に入り:753

断罪不可避の悪役令嬢、純愛騎士の腕の中に墜つ。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:560pt お気に入り:349

俺に抱かれる覚悟をしろ〜俺様御曹司の溺愛

恋愛 / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:30

処理中です...