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第二章 新婚生活
14. 処女懐胎なんて無理です
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「赤ちゃんですか……」
アレス様は俺を見つめながら、真剣な表情で言った。
「フィーラン殿ならば処女懐胎が可能かもしれませんね」
「え? 何ですか、それ」
「南方の大陸にある国家に伝わる伝承です。誰とも交わらずに神の子を宿した乙女がいたのだとか」
神の子って何だよ。
俺が欲しいのはアレス様の子だってば!
「……アレス様は俺に触れるのはお嫌なのですか」
「まさか。あなたを自分のものにしたいという欲求はありますよ。でも……」
「でも?」
アレス様が厭わしそうに顔を歪めた。
「幼少期にメイドと従者が行為に及んでいた現場に出くわしたことがあります。あれは非常に動物的で卑しい営みだと思いました。だから私にはフィーラン殿を組み敷くことはできない」
「じゃあ、なんで結婚したんですか」
「……それは、あなたを他の男に取られたくなかったから」
俺はアレス様の物言いに反感を覚えた。エッチなしの結婚生活で俺を飼い殺す気か? そんなのひどすぎる。
「アレス様……! 俺はあなたと……!」
ちゃんとセックスをして、子どもを産みたい。
胸のうちをぶつけようとしたその時、寝室のドアがノックされた。従者のリネルが「朝食ができましたよ」と言った。
「旦那様と奥様がお待ちです」
「分かった。いま行く」
話はそこでおしまいになった。
俺は廊下を歩き出したアレス様のあとをついていった。
「フィーランくん。昨夜はよく眠れたかね?」
「……はい」
ゼガルド辺境伯はアレス様と同様に、精悍な顔立ちをした偉丈夫だった。辺境伯夫人はおっとりとした雰囲気の美女である。義父母の前でテーブルマナーを間違えるわけにはいかない。俺は並べられたフォークとスプーンを使って、朝食を食べ進めていった。
食卓にのぼったのは季節の温野菜にコケモモのジャムが添えられた黒パン、そして燻製肉とスープだった。
「質素なので驚いたでしょう」
お義母様に笑いかけられた。俺はぶんぶんと首を横に振った。
「とても美味しそうです!」
「わが家は有事に備えて、華美な生活を送らないようにしているの」
「素晴らしい取り組みだと思います」
「私たちの考えに同意してくださるとは。フィーランさんは天使のような方ね」
アレス様が我が意を得たりという表情になった。
「そうなのです。フィーラン殿はまごうことなき天使なのです」
「アレスには勿体ない方だわねぇ。この子ったら剣を振るうぐらいしか取り柄がないんだから」
「母様。フィーラン殿にいいところを見せたい私の気持ちも分かってください」
ゼガルド辺境伯がにこにこと微笑んだ。
「アレスはフィーランくんにベタ惚れだな。午前中に仕事が終わったら、午後から湖水地帯に遊びに行って来てはどうだ? フィーランくん、馬には乗れるよな?」
「はい」
「わがゼガルド領が誇る絶景だ。楽しんで来てくれたまえ」
アレス様とお出かけするのは初めてだ。
俺たちは文通だけをよすがに結婚したから、ふたりの思い出はまだ少ししかない。夫夫で睦み合う時間が増えたら、アレス様の気持ちも変わる可能性がある。
いまはともかく、アレス様と一緒にいて、俺は天使なんかじゃなくて血が通った人間なんだってことを分かってもらおう。
「フィーラン殿。ジャムが口についていますよ」
「えっ。そんな。注意して食べたのに」
「取って差し上げます。動かないでください」
アレス様は席を立つと、俺の隣へやって来た。そして、俺の口元にちゅっとキスをした。
俺は恥ずかしさと嬉しさが極まって、両手で顔を覆った。
「フィーラン殿。お嫌でしたか?」
「いえ……」
「可愛いお顔を見せてください」
「だっ、ダメです! 俺の顔、いまだらしなく緩んでるから」
辺境伯夫妻は「おやまあ」と驚きながら、微笑みを浮かべている。
「剣にしか興味がない男だと思っていたが。アレス、フィーランくんに恋をしているのだな」
「こんなに可憐な方は他にいません」
「大事にするのだぞ」
「承知致しました」
メイドが食後のお茶を運んできた。
ゼガルド辺境伯が言った。
「フィーランくんがアレスのいる戦場に、毎晩癒しの歌を届けてくれたと聞いている。その節は息子が大変お世話になった。ありがとう」
「俺は自分にできることをしたまでです」
「謙虚だなあ。そういうところがアレスを惹きつけてやまないんだろうな」
「フィーランさん。傷ついた領民がいた際はその力、貸してくださるわね?」
「もちろんです」
アレス様は誇らしそうな表情になった。
「どうですか。私のフィーラン殿は心も美しい、完璧なお方でしょう?」
「そうね。アレスがいい方と出会えて、母は安心しております」
「孫ができる日も近そうだな」
「父様。フィーラン殿に重圧を与えるような言動は慎んでください」
「おお、怖い怖い。分かったよ。その件については触れないことにする」
いえ、ゼガルド辺境伯。孫の顔が見たいと毎日のように言って、アレス様の処女へのこだわりをどうにか変えてください。
俺、処女懐胎なんて嫌だよ。
神様の子どもじゃなくて、アレス様の子どもを身ごもりたい。
「楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうな。さて、アレスよ。執務室で待っているぞ」
「かしこまりました」
「フィーランさんは私の部屋に来てくださるかしら? 手伝ってもらいたいことがあるの」
「俺でよければ、喜んで」
かくして朝食が終わった。
俺たちはそれぞれの仕事を始めることにした。
アレス様は俺を見つめながら、真剣な表情で言った。
「フィーラン殿ならば処女懐胎が可能かもしれませんね」
「え? 何ですか、それ」
「南方の大陸にある国家に伝わる伝承です。誰とも交わらずに神の子を宿した乙女がいたのだとか」
神の子って何だよ。
俺が欲しいのはアレス様の子だってば!
「……アレス様は俺に触れるのはお嫌なのですか」
「まさか。あなたを自分のものにしたいという欲求はありますよ。でも……」
「でも?」
アレス様が厭わしそうに顔を歪めた。
「幼少期にメイドと従者が行為に及んでいた現場に出くわしたことがあります。あれは非常に動物的で卑しい営みだと思いました。だから私にはフィーラン殿を組み敷くことはできない」
「じゃあ、なんで結婚したんですか」
「……それは、あなたを他の男に取られたくなかったから」
俺はアレス様の物言いに反感を覚えた。エッチなしの結婚生活で俺を飼い殺す気か? そんなのひどすぎる。
「アレス様……! 俺はあなたと……!」
ちゃんとセックスをして、子どもを産みたい。
胸のうちをぶつけようとしたその時、寝室のドアがノックされた。従者のリネルが「朝食ができましたよ」と言った。
「旦那様と奥様がお待ちです」
「分かった。いま行く」
話はそこでおしまいになった。
俺は廊下を歩き出したアレス様のあとをついていった。
「フィーランくん。昨夜はよく眠れたかね?」
「……はい」
ゼガルド辺境伯はアレス様と同様に、精悍な顔立ちをした偉丈夫だった。辺境伯夫人はおっとりとした雰囲気の美女である。義父母の前でテーブルマナーを間違えるわけにはいかない。俺は並べられたフォークとスプーンを使って、朝食を食べ進めていった。
食卓にのぼったのは季節の温野菜にコケモモのジャムが添えられた黒パン、そして燻製肉とスープだった。
「質素なので驚いたでしょう」
お義母様に笑いかけられた。俺はぶんぶんと首を横に振った。
「とても美味しそうです!」
「わが家は有事に備えて、華美な生活を送らないようにしているの」
「素晴らしい取り組みだと思います」
「私たちの考えに同意してくださるとは。フィーランさんは天使のような方ね」
アレス様が我が意を得たりという表情になった。
「そうなのです。フィーラン殿はまごうことなき天使なのです」
「アレスには勿体ない方だわねぇ。この子ったら剣を振るうぐらいしか取り柄がないんだから」
「母様。フィーラン殿にいいところを見せたい私の気持ちも分かってください」
ゼガルド辺境伯がにこにこと微笑んだ。
「アレスはフィーランくんにベタ惚れだな。午前中に仕事が終わったら、午後から湖水地帯に遊びに行って来てはどうだ? フィーランくん、馬には乗れるよな?」
「はい」
「わがゼガルド領が誇る絶景だ。楽しんで来てくれたまえ」
アレス様とお出かけするのは初めてだ。
俺たちは文通だけをよすがに結婚したから、ふたりの思い出はまだ少ししかない。夫夫で睦み合う時間が増えたら、アレス様の気持ちも変わる可能性がある。
いまはともかく、アレス様と一緒にいて、俺は天使なんかじゃなくて血が通った人間なんだってことを分かってもらおう。
「フィーラン殿。ジャムが口についていますよ」
「えっ。そんな。注意して食べたのに」
「取って差し上げます。動かないでください」
アレス様は席を立つと、俺の隣へやって来た。そして、俺の口元にちゅっとキスをした。
俺は恥ずかしさと嬉しさが極まって、両手で顔を覆った。
「フィーラン殿。お嫌でしたか?」
「いえ……」
「可愛いお顔を見せてください」
「だっ、ダメです! 俺の顔、いまだらしなく緩んでるから」
辺境伯夫妻は「おやまあ」と驚きながら、微笑みを浮かべている。
「剣にしか興味がない男だと思っていたが。アレス、フィーランくんに恋をしているのだな」
「こんなに可憐な方は他にいません」
「大事にするのだぞ」
「承知致しました」
メイドが食後のお茶を運んできた。
ゼガルド辺境伯が言った。
「フィーランくんがアレスのいる戦場に、毎晩癒しの歌を届けてくれたと聞いている。その節は息子が大変お世話になった。ありがとう」
「俺は自分にできることをしたまでです」
「謙虚だなあ。そういうところがアレスを惹きつけてやまないんだろうな」
「フィーランさん。傷ついた領民がいた際はその力、貸してくださるわね?」
「もちろんです」
アレス様は誇らしそうな表情になった。
「どうですか。私のフィーラン殿は心も美しい、完璧なお方でしょう?」
「そうね。アレスがいい方と出会えて、母は安心しております」
「孫ができる日も近そうだな」
「父様。フィーラン殿に重圧を与えるような言動は慎んでください」
「おお、怖い怖い。分かったよ。その件については触れないことにする」
いえ、ゼガルド辺境伯。孫の顔が見たいと毎日のように言って、アレス様の処女へのこだわりをどうにか変えてください。
俺、処女懐胎なんて嫌だよ。
神様の子どもじゃなくて、アレス様の子どもを身ごもりたい。
「楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうな。さて、アレスよ。執務室で待っているぞ」
「かしこまりました」
「フィーランさんは私の部屋に来てくださるかしら? 手伝ってもらいたいことがあるの」
「俺でよければ、喜んで」
かくして朝食が終わった。
俺たちはそれぞれの仕事を始めることにした。
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