15 / 47
第二章 新婚生活
15. それでもあなたが好き
しおりを挟む
辺境伯夫人に呼ばれたので、俺はあとをついて行くことにした。
屋敷を出て、中庭を歩き出す。花壇が綺麗に整えられていて、色とりどりの花が競い合うように咲いている。季節は春、外にいるだけで気持ちがウキウキする。
程なくして、古びた小屋が見えてきた。
「ここよ」
辺境伯夫人のほっそりとした指が小屋を指し示した。質素な装いをされてるとはいえ、辺境伯夫人は貴族だ。小屋に来て、何をするつもりだろうか?
俺は半信半疑になりながら辺境伯夫人に続いて小屋に足を踏み入れた。
明かり取りの窓から射し込む光に照らされて、木製の織機が鎮座していた。
「もしかしてゼガルド織の?」
「ご名答。時間がある時はこの工房に来て、織物をしているの。フィーランさんも一緒にいかが?」
織機は三台あった。
辺境伯夫人が真ん中の織機の前に座る。俺は右端の織機の近くに置いてある椅子に腰を下ろした。
「さて、糸をセットして始めましょうかと言いたいところだけど、いきなり織れと言われても困ってしまうわよね」
辺境伯夫人は棚から冊子を持ってきて、俺に見せた。
「これは……手引書ですね」
「そう。いま内容を練っているの。完成したら印刷して、領民に配る予定です」
字の読めない領民に対する配慮だろう。手引書は図が多用されていた。
「最後まで目を通してくださる? 全体の流れが分かった方がやりやすいと思うの」
「はい。拝読させていただきます」
糸だったものが織物に変わっていく過程はまるで魔法のようだ。俺は夢中になって手引書を読んだ。
やがて手引書を閉じた瞬間、辺境伯夫人が言った。
「わがゼガルド領には職が定まらず辛い思いをしている領民がいるの。私はゼガルド織をコクウォル王国の各地に流通させて、領民を豊かにしたいと願っています。フィーランさん。手引書に分かりにくい箇所があったらおっしゃってね」
「お義母様。是非とも協力させてください」
「民を思う気持ち、分かってもらえて嬉しいわ。アレスがフィーランさんを選んだ理由がよく理解できました。あなたは自分が着飾ることよりも、貧しい人に暖かな衣服を手渡すことに意義を感じるタイプなのね」
俺は辺境伯夫人の助言に従って、織機に糸をセットしていった。自分の手で織物を生み出すことにワクワクしていた。
アレス様は今頃、ゼガルド辺境伯に執務を教え込まれていることだろう。真面目なアレス様のことだ。必死になって手と頭を動かしているに違いない。
俺も頑張ろうっと。
◆◆◆
ゼガルド織は一朝一夕で身につくものではないということがよく分かった。
俺の初めての作品は織り目がガタガタで、とてもではないが実際に用いるのは難しそうだ。それでも辺境伯夫人は温かく見守ってくれた。
昼食を終えると、ゼガルド辺境伯が言った。
「アレスよ。今日の分の仕事はもう済んでいる。フィーランくんと遠乗りに出かけなさい」
「はい……」
アレス様は目がちょっとショボショボしていた。
「癒しの歌を歌いますか? 目がお疲れのようですが」
「頼んでもよろしいですか」
「もちろん」
俺は軽やかなメロディを口ずさんだ。虚空から生まれた光の粒がアレス様に向かって飛んでいく。アレス様の全身はやがて光の柱に包まれた。
魔力を使った反動で、俺の体温はグッと上がった。頬に集まった熱を手のひらであおいでいると、アレス様に抱きしめられた。
「目だけではなく、肩こりも癒してくださったのですね。フィーラン殿は本当にお優しい方だ」
「他ならぬアレス様のためですから」
「何やら元気が湧いてきました。さあ、遠乗りに出かけましょう!」
俺たちは屋敷の裏手にある馬房へと向かった。
「おやおや、アレス坊っちゃま。奥様と逢引きですか」
厩務員の男性が気さくな笑顔で俺たちを迎えてくれた。
「あっしはキールと申します。アレス坊っちゃまが七つの時にこちらのお屋敷にやって来ました」
「ということは、キールさんはアレス様の子ども時代をご存知なのですね?」
「ええ、それはもう。アレス様は雷にビビって泣くような繊細なお子様でした」
「そんなエピソードがあったとは……」
「他にもですね。アレス様は」
アレス様がキールさんの言葉を遮った。
「キール。余計なことは話さなくていい。日が落ちるまでに屋敷に帰らなければいけない。早く馬を貸してくれ」
「はいはい、承知しました。若奥様、いつでも馬房を訪ねてください。とっておきの話を致しますよ」
キールさんが俺に馬を引き合わせてくれた。芦毛で、見るからに利口そうな目をしている。
「この子はミア。大人しくて賢い性格なので、安心して騎乗できますよ」
「ミア、よろしく。俺はフィーランだ」
挨拶をするとミアがキラキラした瞳で俺を見つめてきた。可愛いなあ。俺はすっかりミアが気に入った。
キールさんの手を借りて、ミアの背中にまたがる。
アレス様の愛馬はセレディオという名前の黒馬だった。馬上のアレス様のお姿は凛々しくて額縁に入れて飾ってしまいたくなる。
俺、アレス様と接するたびにアレス様のことが好きになっていく。
そして、はしたないことだけどアレス様に抱かれたいという気持ちが強まってしまう。初めての交わりは痛みを伴うっていうけれども、俺は耐えられる自信がある。アレス様と肉体的につながって、ふたりの絆を確かなものにしたい。
でもアレス様は今夜も俺を抱かないだろうな。
アレス様の処女へのこだわりは相当なものだから。
「フィーラン殿。どうしたのですか、寂しそうな顔をして」
「あ、いえ。なんでもありません。参りましょうか」
「そうですね。セレディオ、行くぞ」
「ミア、よろしくね」
俺とアレス様は馬に乗って、広大な土地を駆け抜けていった。
屋敷を出て、中庭を歩き出す。花壇が綺麗に整えられていて、色とりどりの花が競い合うように咲いている。季節は春、外にいるだけで気持ちがウキウキする。
程なくして、古びた小屋が見えてきた。
「ここよ」
辺境伯夫人のほっそりとした指が小屋を指し示した。質素な装いをされてるとはいえ、辺境伯夫人は貴族だ。小屋に来て、何をするつもりだろうか?
俺は半信半疑になりながら辺境伯夫人に続いて小屋に足を踏み入れた。
明かり取りの窓から射し込む光に照らされて、木製の織機が鎮座していた。
「もしかしてゼガルド織の?」
「ご名答。時間がある時はこの工房に来て、織物をしているの。フィーランさんも一緒にいかが?」
織機は三台あった。
辺境伯夫人が真ん中の織機の前に座る。俺は右端の織機の近くに置いてある椅子に腰を下ろした。
「さて、糸をセットして始めましょうかと言いたいところだけど、いきなり織れと言われても困ってしまうわよね」
辺境伯夫人は棚から冊子を持ってきて、俺に見せた。
「これは……手引書ですね」
「そう。いま内容を練っているの。完成したら印刷して、領民に配る予定です」
字の読めない領民に対する配慮だろう。手引書は図が多用されていた。
「最後まで目を通してくださる? 全体の流れが分かった方がやりやすいと思うの」
「はい。拝読させていただきます」
糸だったものが織物に変わっていく過程はまるで魔法のようだ。俺は夢中になって手引書を読んだ。
やがて手引書を閉じた瞬間、辺境伯夫人が言った。
「わがゼガルド領には職が定まらず辛い思いをしている領民がいるの。私はゼガルド織をコクウォル王国の各地に流通させて、領民を豊かにしたいと願っています。フィーランさん。手引書に分かりにくい箇所があったらおっしゃってね」
「お義母様。是非とも協力させてください」
「民を思う気持ち、分かってもらえて嬉しいわ。アレスがフィーランさんを選んだ理由がよく理解できました。あなたは自分が着飾ることよりも、貧しい人に暖かな衣服を手渡すことに意義を感じるタイプなのね」
俺は辺境伯夫人の助言に従って、織機に糸をセットしていった。自分の手で織物を生み出すことにワクワクしていた。
アレス様は今頃、ゼガルド辺境伯に執務を教え込まれていることだろう。真面目なアレス様のことだ。必死になって手と頭を動かしているに違いない。
俺も頑張ろうっと。
◆◆◆
ゼガルド織は一朝一夕で身につくものではないということがよく分かった。
俺の初めての作品は織り目がガタガタで、とてもではないが実際に用いるのは難しそうだ。それでも辺境伯夫人は温かく見守ってくれた。
昼食を終えると、ゼガルド辺境伯が言った。
「アレスよ。今日の分の仕事はもう済んでいる。フィーランくんと遠乗りに出かけなさい」
「はい……」
アレス様は目がちょっとショボショボしていた。
「癒しの歌を歌いますか? 目がお疲れのようですが」
「頼んでもよろしいですか」
「もちろん」
俺は軽やかなメロディを口ずさんだ。虚空から生まれた光の粒がアレス様に向かって飛んでいく。アレス様の全身はやがて光の柱に包まれた。
魔力を使った反動で、俺の体温はグッと上がった。頬に集まった熱を手のひらであおいでいると、アレス様に抱きしめられた。
「目だけではなく、肩こりも癒してくださったのですね。フィーラン殿は本当にお優しい方だ」
「他ならぬアレス様のためですから」
「何やら元気が湧いてきました。さあ、遠乗りに出かけましょう!」
俺たちは屋敷の裏手にある馬房へと向かった。
「おやおや、アレス坊っちゃま。奥様と逢引きですか」
厩務員の男性が気さくな笑顔で俺たちを迎えてくれた。
「あっしはキールと申します。アレス坊っちゃまが七つの時にこちらのお屋敷にやって来ました」
「ということは、キールさんはアレス様の子ども時代をご存知なのですね?」
「ええ、それはもう。アレス様は雷にビビって泣くような繊細なお子様でした」
「そんなエピソードがあったとは……」
「他にもですね。アレス様は」
アレス様がキールさんの言葉を遮った。
「キール。余計なことは話さなくていい。日が落ちるまでに屋敷に帰らなければいけない。早く馬を貸してくれ」
「はいはい、承知しました。若奥様、いつでも馬房を訪ねてください。とっておきの話を致しますよ」
キールさんが俺に馬を引き合わせてくれた。芦毛で、見るからに利口そうな目をしている。
「この子はミア。大人しくて賢い性格なので、安心して騎乗できますよ」
「ミア、よろしく。俺はフィーランだ」
挨拶をするとミアがキラキラした瞳で俺を見つめてきた。可愛いなあ。俺はすっかりミアが気に入った。
キールさんの手を借りて、ミアの背中にまたがる。
アレス様の愛馬はセレディオという名前の黒馬だった。馬上のアレス様のお姿は凛々しくて額縁に入れて飾ってしまいたくなる。
俺、アレス様と接するたびにアレス様のことが好きになっていく。
そして、はしたないことだけどアレス様に抱かれたいという気持ちが強まってしまう。初めての交わりは痛みを伴うっていうけれども、俺は耐えられる自信がある。アレス様と肉体的につながって、ふたりの絆を確かなものにしたい。
でもアレス様は今夜も俺を抱かないだろうな。
アレス様の処女へのこだわりは相当なものだから。
「フィーラン殿。どうしたのですか、寂しそうな顔をして」
「あ、いえ。なんでもありません。参りましょうか」
「そうですね。セレディオ、行くぞ」
「ミア、よろしくね」
俺とアレス様は馬に乗って、広大な土地を駆け抜けていった。
40
あなたにおすすめの小説
夫には好きな相手がいるようです。愛されない僕は針と糸で未来を縫い直します。
伊織
BL
裕福な呉服屋の三男・桐生千尋(きりゅう ちひろ)は、行商人の家の次男・相馬誠一(そうま せいいち)と結婚した。
子どもの頃に憧れていた相手との結婚だったけれど、誠一はほとんど笑わず、冷たい態度ばかり。
ある日、千尋は誠一宛てに届いた女性からの恋文を見つけてしまう。
――自分はただ、家からの援助目当てで選ばれただけなのか?
失望と涙の中で、千尋は気づく。
「誠一に頼らず、自分の力で生きてみたい」
針と糸を手に、幼い頃から得意だった裁縫を活かして、少しずつ自分の居場所を築き始める。
やがて町の人々に必要とされ、笑顔を取り戻していく千尋。
そんな千尋を見て、誠一の心もまた揺れ始めて――。
涙から始まる、すれ違い夫婦の再生と恋の物語。
※本作は明治時代初期~中期をイメージしていますが、BL作品としての物語性を重視し、史実とは異なる設定や表現があります。
※誤字脱字などお気づきの点があるかもしれませんが、温かい目で読んでいただければ嬉しいです。
売れ残りオメガの従僕なる日々
灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才)
※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!
ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。
無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
回帰したシリルの見る夢は
riiko
BL
公爵令息シリルは幼い頃より王太子の婚約者として、彼と番になる未来を夢見てきた。
しかし王太子は婚約者の自分には冷たい。どうやら彼には恋人がいるのだと知った日、物語は動き出した。
嫉妬に狂い断罪されたシリルは、何故だかきっかけの日に回帰した。そして回帰前には見えなかったことが少しずつ見えてきて、本当に望む夢が何かを徐々に思い出す。
執着をやめた途端、執着される側になったオメガが、次こそ間違えないようにと、可愛くも真面目に奮闘する物語!
執着アルファ×回帰オメガ
本編では明かされなかった、回帰前の出来事は外伝に掲載しております。
性描写が入るシーンは
※マークをタイトルにつけます。
物語お楽しみいただけたら幸いです。
***
2022.12.26「第10回BL小説大賞」で奨励賞をいただきました!
応援してくれた皆様のお陰です。
ご投票いただけた方、お読みくださった方、本当にありがとうございました!!
☆☆☆
2024.3.13 書籍発売&レンタル開始いたしました!!!!
応援してくださった読者さまのお陰でございます。本当にありがとうございます。書籍化にあたり連載時よりも読みやすく書き直しました。お楽しみいただけたら幸いです。
もう一度君に会えたなら、愛してると言わせてくれるだろうか
まんまる
BL
王太子であるテオバルトは、婚約者の公爵家三男のリアンを蔑ろにして、男爵令嬢のミランジュと常に行動を共にしている。
そんな時、ミランジュがリアンの差し金で酷い目にあったと泣きついて来た。
テオバルトはリアンの弁解も聞かず、一方的に責めてしまう。
そしてその日の夜、テオバルトの元に訃報が届く。
大人になりきれない王太子テオバルト×無口で一途な公爵家三男リアン
ハッピーエンドかどうかは読んでからのお楽しみという事で。
テオバルドとリアンの息子の第一王子のお話を《もう一度君に会えたなら~2》として上げました。
※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。
身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される
秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました!
最終17位でした!応援ありがとうございます!
あらすじ
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。
ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。
死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――?
傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
【完結】末っ子オメガ
鉾田 ほこ
BL
「晴にいさま、大好き」
アルファばかりのエリート一家の四人兄弟の末っ子に生まれた 亜季。
思春期の第二性検査を受けるまで、誰もがアルファだと信じて疑っていなかったが、結果は「オメガ」だった。確かに他の息子たちに比べて、身体も小さく、性格もおっとりしていた末っ子オメガ。親戚を含めてアルファばかりで、オメガがいないゆえに扱いがわからない。
だが、はじめは家族の誰一人として末っ子がオメガであることを疎むことなく可愛がっていた。
ある日、転機が訪れる──
末っ子オメガに発情期(ヒート)が訪れ、事故が起こってしまう。それを理由に亜季はひとり家族と離れて暮らすことになった。
そして末っ子は──男娼になって……長男 晴臣と再会する。
すれ違いオメガバース。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる