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第四章 試練
27. 誰も愛の正解を知らない
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アレス様のために頑張ったつもりが、かえって負担をかけてしまった。
俺は時間を巻き戻して、人生をやり直したくなった。でも、アレス様を助けるためならば、俺は何回だって幻獣界に飛び込むだろう。
「フィーラン殿、あなたに出会えてよかった。辺境伯の嫡男に生まれた私には、剣しかなかった。そんな私に、あなたは温かい気持ちを向けてくれた。愛を教えてくれた。……あなたに出会えて、私はひとりの男になることができました」
「アレス様、離縁だなんて恐ろしいことを口にしないでください! 俺はあなたと別れるつもりはありません!」
アレス様は寝台から起き出すと、俺の真正面に立った。そして、腰を深く折って、頭を下げた。
「私にはフィーラン殿の隣にいる資格はありません。あなたに負担をかけるだけだ」
「顔を上げてください! 俺、アレス様のおそばにいたいです」
「身勝手な理想という檻にあなたを閉じ込めてしまったこと、心よりお詫びします。あなたは天使である以前に、生身の人間だ。どうしてそれに気づかなかったのだろう……」
俺が見つめるなか、アレス様は苦しげに言葉を紡いだ。
「あなたを抱けなかったのは、私が臆病だったからです。何かと理由をつけて、閨事を回避して……。それがあなたをどんなに傷つけることか、分かっていなかった」
「今からでもやり直しましょうよ!」
「申し訳ありません。私はあなたの愛に値する人間ではありません。あなたの隣にはいられない……!」
俺はどこで間違ってしまったのだろう。
愛するということは、相手のすべてを受け入れて、相手のために全力で尽くすことだと思っていた。
でも、俺はいままさにアレス様を失おうとしている。
「寝室は一緒でしたが、私たちは行為には及んでいません。白い結婚として処理されることでしょう」
事務的な言葉に俺は傷ついた。
アレス様の心はもう、俺から離れている。
重かったのかな、俺。アレス様の天使になろうと意気込んだり、本当はエッチなことに興味津々なのに我慢したり。素の俺を見てもらう勇気がなかった。
「アレス様。お気持ちは分かりました。離縁に応じます」
「……フィーラン殿。私が不甲斐ないせいで、苦労ばかりさせてしまいましたね。どうかよき伴侶を見つけて幸せになってください」
俺はこの場にいることに耐えられず、寝室の外に出た。
廊下には辺境伯夫妻がいて、心配そうな視線を送ってきた。
俺は辺境伯夫妻に挨拶をした。
「大変お世話になりました。アレス様より離縁の申し出をいただきましたので、明朝、実家のノヴィス領に帰ろうと思います」
「そんな……! 離縁ですって!? アレスは一体、何を考えているの」
「俺はアレス様の隣にいてはダメなんです。アレス様に負担をかけるだけだから」
「フィーランさん! 待ってちょうだい。私があの子を説得してきます!」
辺境伯が、辺境伯夫人の細い腕を掴んで、引き留めた。
「人の心は当人にしか分からない。アレスがもう無理だと判断したのならば、私たちはあれの意思を尊重すべきだ」
「でも……! フィーランさんとアレスはあんなに仲睦まじかったのに!」
「フィーラン殿。うちの倅が苦労をかけてしまい、申し訳ない。どうか次の結婚では幸せを掴んでほしい」
俺は滝のように流れてくる涙によって視界が霞んで、辺境伯夫妻の表情をうまく読み取ることができなかった。この方たちと食卓を囲むのが好きだった。実直なお人柄から大きな学びを与えてもらった。
でももう、お義父様、お義母様とは呼べない。
「今まで本当にありがとうございました」
俺はどうにか声を絞り出すと、ふたりに向かって頭を下げた。
◆◆◆
夜が明けた。
俺はアレス様の執務室で、書類にサインをした。離縁届だ。これでもう、あとには引けない。
「こちらは私が責任を持って、国王陛下に届けます」
「よろしくお願いします」
「ノヴィス領に行く馬車の手配ですが、今日の午後にはなんとか間に合いそうです」
「その必要はありません。転移石がありますから」
結婚にあたって、お父様からもらったものだった。辛くなったらいつでも帰っておいでと言われたっけ。まさかこんなにも早く、その時が来るだなんて思ってはいなかったけど。
俺は荷物をまとめて、玄関ホールに向かった。婚約時代にアレス様からもらったゼガルド織のストールと、アレス様とつながっている交音器を置いていくことはできなかった。
思い出の品を見ることによって心が苦しくなるかもしれない。でも、俺はアレス様との日々が幻でなかったという証が欲しかった。
俺は屋敷のみんなが見守るなか、転移石を発動させた。
アレス様のお顔をちらりと盗み見る。藍色の瞳は悲しみに染まっていた。
ごめんなさい。そんな顔をさせてしまって。
俺はもう、あなたの前からいなくなります。だから安心してください。
「お世話になりました」
深くお辞儀をした俺を白い光が包み込んだ。
まばゆい輝きが収まった時にはもう、俺の体はノヴィス領の庭に着いていた。
双子の兄、レナートが俺を見つけて駆け寄ってくる。
「フィーラン!? どうしてここに……っ」
「アレス様と離縁したんだ」
「えっ」
レナートを少しでも安心させるために、俺は無理やり笑おうとした。でも、表情筋が思うように動いてくれなくて、俺の視界はまたしても涙で曇った。
「大好きだったんだけどな……。それだけじゃダメだったみたい」
「フィーラン、我慢するな。泣きたいだけ泣け! これはお兄ちゃんからの命令だ!」
「アレス様……っ。アレスさまぁっ」
俺は全身の水分を失いそうな勢いで、泣き叫んだ。
俺は時間を巻き戻して、人生をやり直したくなった。でも、アレス様を助けるためならば、俺は何回だって幻獣界に飛び込むだろう。
「フィーラン殿、あなたに出会えてよかった。辺境伯の嫡男に生まれた私には、剣しかなかった。そんな私に、あなたは温かい気持ちを向けてくれた。愛を教えてくれた。……あなたに出会えて、私はひとりの男になることができました」
「アレス様、離縁だなんて恐ろしいことを口にしないでください! 俺はあなたと別れるつもりはありません!」
アレス様は寝台から起き出すと、俺の真正面に立った。そして、腰を深く折って、頭を下げた。
「私にはフィーラン殿の隣にいる資格はありません。あなたに負担をかけるだけだ」
「顔を上げてください! 俺、アレス様のおそばにいたいです」
「身勝手な理想という檻にあなたを閉じ込めてしまったこと、心よりお詫びします。あなたは天使である以前に、生身の人間だ。どうしてそれに気づかなかったのだろう……」
俺が見つめるなか、アレス様は苦しげに言葉を紡いだ。
「あなたを抱けなかったのは、私が臆病だったからです。何かと理由をつけて、閨事を回避して……。それがあなたをどんなに傷つけることか、分かっていなかった」
「今からでもやり直しましょうよ!」
「申し訳ありません。私はあなたの愛に値する人間ではありません。あなたの隣にはいられない……!」
俺はどこで間違ってしまったのだろう。
愛するということは、相手のすべてを受け入れて、相手のために全力で尽くすことだと思っていた。
でも、俺はいままさにアレス様を失おうとしている。
「寝室は一緒でしたが、私たちは行為には及んでいません。白い結婚として処理されることでしょう」
事務的な言葉に俺は傷ついた。
アレス様の心はもう、俺から離れている。
重かったのかな、俺。アレス様の天使になろうと意気込んだり、本当はエッチなことに興味津々なのに我慢したり。素の俺を見てもらう勇気がなかった。
「アレス様。お気持ちは分かりました。離縁に応じます」
「……フィーラン殿。私が不甲斐ないせいで、苦労ばかりさせてしまいましたね。どうかよき伴侶を見つけて幸せになってください」
俺はこの場にいることに耐えられず、寝室の外に出た。
廊下には辺境伯夫妻がいて、心配そうな視線を送ってきた。
俺は辺境伯夫妻に挨拶をした。
「大変お世話になりました。アレス様より離縁の申し出をいただきましたので、明朝、実家のノヴィス領に帰ろうと思います」
「そんな……! 離縁ですって!? アレスは一体、何を考えているの」
「俺はアレス様の隣にいてはダメなんです。アレス様に負担をかけるだけだから」
「フィーランさん! 待ってちょうだい。私があの子を説得してきます!」
辺境伯が、辺境伯夫人の細い腕を掴んで、引き留めた。
「人の心は当人にしか分からない。アレスがもう無理だと判断したのならば、私たちはあれの意思を尊重すべきだ」
「でも……! フィーランさんとアレスはあんなに仲睦まじかったのに!」
「フィーラン殿。うちの倅が苦労をかけてしまい、申し訳ない。どうか次の結婚では幸せを掴んでほしい」
俺は滝のように流れてくる涙によって視界が霞んで、辺境伯夫妻の表情をうまく読み取ることができなかった。この方たちと食卓を囲むのが好きだった。実直なお人柄から大きな学びを与えてもらった。
でももう、お義父様、お義母様とは呼べない。
「今まで本当にありがとうございました」
俺はどうにか声を絞り出すと、ふたりに向かって頭を下げた。
◆◆◆
夜が明けた。
俺はアレス様の執務室で、書類にサインをした。離縁届だ。これでもう、あとには引けない。
「こちらは私が責任を持って、国王陛下に届けます」
「よろしくお願いします」
「ノヴィス領に行く馬車の手配ですが、今日の午後にはなんとか間に合いそうです」
「その必要はありません。転移石がありますから」
結婚にあたって、お父様からもらったものだった。辛くなったらいつでも帰っておいでと言われたっけ。まさかこんなにも早く、その時が来るだなんて思ってはいなかったけど。
俺は荷物をまとめて、玄関ホールに向かった。婚約時代にアレス様からもらったゼガルド織のストールと、アレス様とつながっている交音器を置いていくことはできなかった。
思い出の品を見ることによって心が苦しくなるかもしれない。でも、俺はアレス様との日々が幻でなかったという証が欲しかった。
俺は屋敷のみんなが見守るなか、転移石を発動させた。
アレス様のお顔をちらりと盗み見る。藍色の瞳は悲しみに染まっていた。
ごめんなさい。そんな顔をさせてしまって。
俺はもう、あなたの前からいなくなります。だから安心してください。
「お世話になりました」
深くお辞儀をした俺を白い光が包み込んだ。
まばゆい輝きが収まった時にはもう、俺の体はノヴィス領の庭に着いていた。
双子の兄、レナートが俺を見つけて駆け寄ってくる。
「フィーラン!? どうしてここに……っ」
「アレス様と離縁したんだ」
「えっ」
レナートを少しでも安心させるために、俺は無理やり笑おうとした。でも、表情筋が思うように動いてくれなくて、俺の視界はまたしても涙で曇った。
「大好きだったんだけどな……。それだけじゃダメだったみたい」
「フィーラン、我慢するな。泣きたいだけ泣け! これはお兄ちゃんからの命令だ!」
「アレス様……っ。アレスさまぁっ」
俺は全身の水分を失いそうな勢いで、泣き叫んだ。
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