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第四章 試練
26. 沈黙
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幻獣界からの帰り道も、誘惑でいっぱいだった。
いくつもの角が生えた幻獣が寄ってきて、契約をせがんできた。
「愛する人の子どもが絶対に欲しいでしょ? 僕の力があれば、きみは必ず母親になれるよ」
「俺はもう、水晶草という宝を頂戴しました。それだけで充分です」
「……無欲な人間はつまんないな。早くおうちに帰りなよ」
ユニコーンの長の体が虚空に伸び上がった。
視界が切り替わる。
空には満月、地上にはガルヴァーンの屋敷と庭。どうやら無事に人間界に戻ってきたらしい。
俺はユニコーンの長の背中から腰を浮かすと、地面に着地した。土の匂いが緊張を解きほぐしていく。
水晶草は俺の手の中で、透明な葉っぱを広げていた。アレス様に早く届けないと!
「ユニコーンの長よ。ありがとう!」
「礼など要らぬ。汝の信念が勝ち取ったものだ」
ユニコーンの長の体が闇に溶け込み始めた。幻獣界に帰るのだろう。
俺は一礼すると、屋敷に向かって駆け出した。
◆◆◆
「先生! 水晶草を採ってきました!」
俺が廊下で叫ぶと、アレス様がいる寝室のドアが開いた。医師と薬師が中から飛び出して来る。
薬師は水晶草を観察すると、声を震わせた。
「奇跡だ……! 幻獣界から無事に帰還できただなんて」
「フィーラン様の頑張りを無駄にするわけにはいきませんね。早速、水晶草を調合してアレス様に服用していただきます」
医師はそう言うと、薬師を引き連れて寝室へと戻っていった。
あとは専門家に任せるしかない。
疲労がどっと押し寄せてきた。俺はその場にしゃがみ込んだ。今夜の出来事を振り返ると、手足の震えが止まらなかった。
本当はすごく怖かった。でも、アレス様のために勇気を振り絞った。
俺、自分のことがあんまり好きじゃなかった。見た目も性格も地味だし、色気も皆無だから。
だけど、今夜は自分を認めてやりたい。愛する人のために強くなれた自分に拍手を送りたい。
アレス様、会いたいです。
あなたが俺のことを高めてくれました。天使と呼ばれた時は生身の俺を見てほしいと思ってしまったけど、いまはどう呼んでもらっても構いません。俺はあなたに尽くします。
万象の神々よ。
どうかアレス様を連れて行かないでください。俺たちの愛は始まったばかりなんです。
「アレス様の意識が戻ったぞ!」
医師の叫び声が聞こえた。
俺はドアの前に立って、医師に訊ねた。
「入っても大丈夫でしょうか!?」
「水晶草の効能によって、ラット誘発剤の毒を浄化することができました。どうぞお入りください」
「失礼します!」
俺はアレス様の枕元に駆け込んだ。
アレス様の唇が震えた。
「フィーラン殿……。幻獣界に行って来たのですか?」
「はい! 水晶草を持ち帰るために」
「危ない真似をさせてしまった……。私は伴侶失格です」
半身を起こすと、アレス様は前髪をかきむしった。
「私はいつもこうだ。あなたに自分の理想を押し付けて、無理ばかりさせてしまう」
「俺が望んで行ったことですから。気にしないでください」
「どうしてあなたはそんなに優しいんですか? 私はあなたに甘えてしまう。あなたを苦しめていると知りながら、そばにいてほしいと願ってしまう」
アレス様の藍色の瞳が、俺を見据えた。心まで射抜かれてしまいそうな強いまなざしを浴びて、俺は戸惑った。
「……アレス様? もしかして怒っていますか」
「ええ。自分に腹が立って仕方がありません」
吐き捨てるように言ったあと、アレス様は俺に向かって深々と頭を下げた。
「フィーラン殿。離縁してください」
「えっ……!?」
「私は一緒にいてもあなたを傷つけることしかできない。私ではない他の誰かと、幸せになってください」
俺は返す言葉を失った。
いくつもの角が生えた幻獣が寄ってきて、契約をせがんできた。
「愛する人の子どもが絶対に欲しいでしょ? 僕の力があれば、きみは必ず母親になれるよ」
「俺はもう、水晶草という宝を頂戴しました。それだけで充分です」
「……無欲な人間はつまんないな。早くおうちに帰りなよ」
ユニコーンの長の体が虚空に伸び上がった。
視界が切り替わる。
空には満月、地上にはガルヴァーンの屋敷と庭。どうやら無事に人間界に戻ってきたらしい。
俺はユニコーンの長の背中から腰を浮かすと、地面に着地した。土の匂いが緊張を解きほぐしていく。
水晶草は俺の手の中で、透明な葉っぱを広げていた。アレス様に早く届けないと!
「ユニコーンの長よ。ありがとう!」
「礼など要らぬ。汝の信念が勝ち取ったものだ」
ユニコーンの長の体が闇に溶け込み始めた。幻獣界に帰るのだろう。
俺は一礼すると、屋敷に向かって駆け出した。
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「先生! 水晶草を採ってきました!」
俺が廊下で叫ぶと、アレス様がいる寝室のドアが開いた。医師と薬師が中から飛び出して来る。
薬師は水晶草を観察すると、声を震わせた。
「奇跡だ……! 幻獣界から無事に帰還できただなんて」
「フィーラン様の頑張りを無駄にするわけにはいきませんね。早速、水晶草を調合してアレス様に服用していただきます」
医師はそう言うと、薬師を引き連れて寝室へと戻っていった。
あとは専門家に任せるしかない。
疲労がどっと押し寄せてきた。俺はその場にしゃがみ込んだ。今夜の出来事を振り返ると、手足の震えが止まらなかった。
本当はすごく怖かった。でも、アレス様のために勇気を振り絞った。
俺、自分のことがあんまり好きじゃなかった。見た目も性格も地味だし、色気も皆無だから。
だけど、今夜は自分を認めてやりたい。愛する人のために強くなれた自分に拍手を送りたい。
アレス様、会いたいです。
あなたが俺のことを高めてくれました。天使と呼ばれた時は生身の俺を見てほしいと思ってしまったけど、いまはどう呼んでもらっても構いません。俺はあなたに尽くします。
万象の神々よ。
どうかアレス様を連れて行かないでください。俺たちの愛は始まったばかりなんです。
「アレス様の意識が戻ったぞ!」
医師の叫び声が聞こえた。
俺はドアの前に立って、医師に訊ねた。
「入っても大丈夫でしょうか!?」
「水晶草の効能によって、ラット誘発剤の毒を浄化することができました。どうぞお入りください」
「失礼します!」
俺はアレス様の枕元に駆け込んだ。
アレス様の唇が震えた。
「フィーラン殿……。幻獣界に行って来たのですか?」
「はい! 水晶草を持ち帰るために」
「危ない真似をさせてしまった……。私は伴侶失格です」
半身を起こすと、アレス様は前髪をかきむしった。
「私はいつもこうだ。あなたに自分の理想を押し付けて、無理ばかりさせてしまう」
「俺が望んで行ったことですから。気にしないでください」
「どうしてあなたはそんなに優しいんですか? 私はあなたに甘えてしまう。あなたを苦しめていると知りながら、そばにいてほしいと願ってしまう」
アレス様の藍色の瞳が、俺を見据えた。心まで射抜かれてしまいそうな強いまなざしを浴びて、俺は戸惑った。
「……アレス様? もしかして怒っていますか」
「ええ。自分に腹が立って仕方がありません」
吐き捨てるように言ったあと、アレス様は俺に向かって深々と頭を下げた。
「フィーラン殿。離縁してください」
「えっ……!?」
「私は一緒にいてもあなたを傷つけることしかできない。私ではない他の誰かと、幸せになってください」
俺は返す言葉を失った。
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