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第五章 未来を掴む
31. 俺が選んだ道
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音楽室に響いていた鍵盤楽器の旋律が鳴り止んだ。
セレンディア教授が厳かに告げた。
「課題曲の伴奏は以上で終わり。さあ、いまの曲に歌をつけて歌ってもらいましょうか」
「承知しました」
「フィーラン・アレクシスさん。準備はいい?」
「はい!」
「では、実技試験を始めます」
俺は覚悟を決めた。
伴奏者の女性が鍵盤楽器を優雅に奏でる。出だしのメロディはやわらかい。与えられた喜怒哀楽というテーマでいえば、「喜」もしくは「楽」が連想されるだろう。
でも俺は、ソフトな旋律に「哀」を滲ませた。このあとに曲は転調して、テンポが激しくなる。哀しみが怒りに変わるドラマティックな演出にしたかった。
感情を乗せて歌いながらも、高音がかすれないように気を配る。俺が持っている音楽の引き出しをすべて晒して、唯一無二の歌唱へと昇華する。
曲調が落ち着いたところで、俺は笑顔を浮かべた。
甘い声で喜びを表現する。
歌声の源泉は、アレス様との思い出だった。
俺たちは別れた。でも、気持ちが通じ合っていた時期が確かにあった。カエルになってしまった俺にキスをしてくれたアレス様。恥ずかしそうに日記を見せてくれたアレス様。キスが大好きなくせに、その先には進もうとしなかったアレス様。
仕方のない人だ。
俺のことなんて滅茶苦茶にしてくれて構わないというのに。
伴奏に調和するように、俺は想いをメロディに託した。叶わなかった恋、それでも愛しい人。自分の人生に起きた全部を受け止める。
さあ、前へ進もう。
あの人が隣にいない未来を俺は歩んでみせる。
最後のフレーズを歌い終えた俺は、一礼をした。
「……なんてことなの」
セレンディア教授が不服そうにつぶやいた。
「いまの歌は何? 地味なあなたのどこからそんな声が出るっていうの!?」
信じられない、信じられないと繰り返したあと、セレンディア教授が俺に命じた。
「退出しなさい。実技試験は以上で終了よ!」
「承知しました。ありがとうございました」
俺は音楽室をあとにした。
◆◆◆
後日、試験結果が王立音楽学院の校庭に貼り出された。
合格者の欄に自分の名前を発見した俺は、思わずガッツポーズを取った。
「お互い、やったね。でも、これからが大変だよ」
話しかけてきたのは、痩せ型の青年だった。亜麻色の髪で右目が隠れている。
「僕はユイット。よろしくね」
「フィーランです。よろしくお願いします!」
「僕たちは晴れてセレンディア教授の奴隷になったわけだ」
「奴隷って。教授補佐でしょう? 俺たちは」
「ユイットの認識で間違っていないわ」
セレンディア教授が校庭に現れた。燃えるような赤毛が風に揺れている。年齢不詳の美貌には、うっすらと疲労が浮かんでいた。
「楽譜の清書をよろしく! 全部で30曲あるから、ふたりで手分けして行ってちょうだい」
「ねっ。奴隷だろ?」
ユイットが嬉しそうに微笑む。
「これから毎日、音楽漬けの日々が始まる……! たまらないよ。セレンディア教授、いくらでも僕をこき使ってください。先生の才能にご奉仕しますので」
「ふふっ。あなた、なかなかの変態のようね。でもね、雑用だけじゃなくて、あなた方自身にも作曲を行ってもらいます! 王妃様はいま音楽に凝っていて、宮廷楽団に新しい曲を演奏させたがっているの」
なんだかすごいことになってしまった。
でも、これが俺の選んだ道だ。
俺はユイットと共に校舎の中に入った。セレンディア教授が事務室に立ち寄り、俺とユイットの机を指し示した。
「早速、清書を始めてちょうだい」
目の前に草稿が積み上がっていく。セレンディア教授は悪筆で、まともな形で書き記された音符がひとつもない。これ、読み取りミスをしたら大変なことになるぞ。
ユイットは恍惚とした表情を浮かべている。口が半開きだ。
「ああ……。稀代の音楽家セレンディア・セレンディの未発表作品を僕は今まさに目にしているのか……! たぎるなぁ……!」
「ユイット、手を動かさないと。終わらないぞ!」
俺たちは清書に着手した。
セレンディア教授が厳かに告げた。
「課題曲の伴奏は以上で終わり。さあ、いまの曲に歌をつけて歌ってもらいましょうか」
「承知しました」
「フィーラン・アレクシスさん。準備はいい?」
「はい!」
「では、実技試験を始めます」
俺は覚悟を決めた。
伴奏者の女性が鍵盤楽器を優雅に奏でる。出だしのメロディはやわらかい。与えられた喜怒哀楽というテーマでいえば、「喜」もしくは「楽」が連想されるだろう。
でも俺は、ソフトな旋律に「哀」を滲ませた。このあとに曲は転調して、テンポが激しくなる。哀しみが怒りに変わるドラマティックな演出にしたかった。
感情を乗せて歌いながらも、高音がかすれないように気を配る。俺が持っている音楽の引き出しをすべて晒して、唯一無二の歌唱へと昇華する。
曲調が落ち着いたところで、俺は笑顔を浮かべた。
甘い声で喜びを表現する。
歌声の源泉は、アレス様との思い出だった。
俺たちは別れた。でも、気持ちが通じ合っていた時期が確かにあった。カエルになってしまった俺にキスをしてくれたアレス様。恥ずかしそうに日記を見せてくれたアレス様。キスが大好きなくせに、その先には進もうとしなかったアレス様。
仕方のない人だ。
俺のことなんて滅茶苦茶にしてくれて構わないというのに。
伴奏に調和するように、俺は想いをメロディに託した。叶わなかった恋、それでも愛しい人。自分の人生に起きた全部を受け止める。
さあ、前へ進もう。
あの人が隣にいない未来を俺は歩んでみせる。
最後のフレーズを歌い終えた俺は、一礼をした。
「……なんてことなの」
セレンディア教授が不服そうにつぶやいた。
「いまの歌は何? 地味なあなたのどこからそんな声が出るっていうの!?」
信じられない、信じられないと繰り返したあと、セレンディア教授が俺に命じた。
「退出しなさい。実技試験は以上で終了よ!」
「承知しました。ありがとうございました」
俺は音楽室をあとにした。
◆◆◆
後日、試験結果が王立音楽学院の校庭に貼り出された。
合格者の欄に自分の名前を発見した俺は、思わずガッツポーズを取った。
「お互い、やったね。でも、これからが大変だよ」
話しかけてきたのは、痩せ型の青年だった。亜麻色の髪で右目が隠れている。
「僕はユイット。よろしくね」
「フィーランです。よろしくお願いします!」
「僕たちは晴れてセレンディア教授の奴隷になったわけだ」
「奴隷って。教授補佐でしょう? 俺たちは」
「ユイットの認識で間違っていないわ」
セレンディア教授が校庭に現れた。燃えるような赤毛が風に揺れている。年齢不詳の美貌には、うっすらと疲労が浮かんでいた。
「楽譜の清書をよろしく! 全部で30曲あるから、ふたりで手分けして行ってちょうだい」
「ねっ。奴隷だろ?」
ユイットが嬉しそうに微笑む。
「これから毎日、音楽漬けの日々が始まる……! たまらないよ。セレンディア教授、いくらでも僕をこき使ってください。先生の才能にご奉仕しますので」
「ふふっ。あなた、なかなかの変態のようね。でもね、雑用だけじゃなくて、あなた方自身にも作曲を行ってもらいます! 王妃様はいま音楽に凝っていて、宮廷楽団に新しい曲を演奏させたがっているの」
なんだかすごいことになってしまった。
でも、これが俺の選んだ道だ。
俺はユイットと共に校舎の中に入った。セレンディア教授が事務室に立ち寄り、俺とユイットの机を指し示した。
「早速、清書を始めてちょうだい」
目の前に草稿が積み上がっていく。セレンディア教授は悪筆で、まともな形で書き記された音符がひとつもない。これ、読み取りミスをしたら大変なことになるぞ。
ユイットは恍惚とした表情を浮かべている。口が半開きだ。
「ああ……。稀代の音楽家セレンディア・セレンディの未発表作品を僕は今まさに目にしているのか……! たぎるなぁ……!」
「ユイット、手を動かさないと。終わらないぞ!」
俺たちは清書に着手した。
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