【完結】新婚のオメガですが、旦那様が処女厨のため抱いてもらえません!

古井重箱

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第六章 つないだ手を離さない

32. 重大なミッション

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 職員宿舎を出ると、青空が広がっていた。
 今日はいい日になりそうな気がする。
 俺、フィーラン・アレクシスは大通りを歩いて、勤務先である王立音楽学院を目指した。行き交う人々はみな、歩くスピードが速い。まるで時を惜しんでいるかのようだ。
 大勢の人々でごった返している王都のざわめきにも慣れた。俺が王立音楽学院で働き始めてから、約一年が経つ。
 上司であるセレンディア教授の要求は厳しいものだった。事務仕事だけでなく、作曲活動も行うように命じられた。俺は古典音楽を当世風にアレンジしたり、オリジナルの曲を作ったりしてセレンディア教授の指示にこたえた。
 
「おはよう、フィーラン」

 同僚のユイットが後ろからやって来た。よく食べるのに、相変わらず痩せている。

「おはよう。ユイット、髪を切ったんだな」
「うん。昨日、奥さんがやってくれた」
「そうなんだ。さすが、新婚さんは仲がいいね」

 俺は肘でユイットの脇腹をつついた。ユイットが照れくさそうに笑う。

「しっかり稼いで、奥さんに貢ぐとするよ」

 王立音楽学院の瀟洒な建物が見えてきた。
 正門をくぐろうとしたところで、俺は足を止めた。太鼓腹の新聞屋が印刷物を片手に、大声を張り上げている。

「さあさあ、新聞は要らんかね! 辺境のゼガルド領で、隣国ダルツとの会談が行われたらしいよ」

 俺は人垣をかき分けて、新聞に手を伸ばした。硬貨を渡すと、新聞屋が「毎度あり」と言って、唇のはしを吊り上げた。
 人混みから離脱した俺は、新聞を食い入るように見つめた。
 記事によれば、隣国ダルツは国境付近に派遣している部隊を縮小する方向で動いているらしい。ダルツの態度が軟化したのは、ゼガルド領との交易が進んだことが原因のようだ。軍拡よりも経済発展に舵を切ったということか。
 俺はホッと息をついた。
 アレス様が戦いに身を投じる可能性は、現時点では低そうだ。
 記事では、ゼガルド領の民とダルツの民との交流についても触れられていた。いま、ゼガルド領ではダルツの伝統文芸である短詩を詠むことが流行っているらしい。ゼガルド織の職人が書いた詩が、新聞に載っていた。

『清らなる湖、晴天を映す時、野には笑顔の花が咲く』

 俺はアレス様と湖水地帯に遠乗りに出かけたことを思い出した。
 青空を宿した湖は平和の象徴だった。美しい景色をアレス様と共有できて、俺はとても嬉しかった。その喜びはいまでも胸に根付いている。
 別れてからもう一年も経つというのに、アレス様に対する俺の想いは消えていなかった。愛の種火がつねに燃えていて、俺の心を惑わしたり、時には甘い感傷をもたらしたりするのだった。
 かたわらにいるユイットから、心配そうな視線を感じた。

「フィーラン。やっぱりゼガルド領のことが忘れられないんだね」
「しつこいと思うよ、われながら。でも俺にはあの人しかいないんだ」

 俺は新聞を折りたたむと、ユイットの肩を叩いた。

「そんな顔をしないでくれ。俺は大丈夫だよ。失恋の傷跡すら、音楽に昇華してみせる」
「フィーランのその強さにはいつも励まされるよ。でも無理はしないで。愚痴りたい時は好きなだけ愚痴っていいんだからね」
「ありがとう」

 頼れる同僚と共に、俺は王立音楽学院の正門をくぐった。

「来たわね、ふたりとも」

 事務室で業務の準備をしていると、セレンディア教授がやって来た。

「今日の午後、王妃様がこちらに視察にいらっしゃるそうよ」
「えぇっ!? 急じゃないですか」
「ジョナス王子のご機嫌がいいそうなの」

 第四王子のジョナス様は、現在15歳。かなり破天荒な方で、先日、王位継承権を放棄して平民になると言って騒ぎを起こしたと聞く。

「王妃様はジョナス王子のために、ライフワークとなるものを探しておられるの。その候補に上がっているのが音楽というわけ」
「承知しました。すぐに学院内の清掃状況を確認します」
「そんなことよりもフィーラン。王妃様とジョナス王子の前で、自作を演奏してちょうだい」
「お、俺がですか」
「あなたの曲はサロン向きよ。それに、ジョナス王子は飽きっぽくて癇癪持ちだと聞くわ。短めの曲をいろいろと聴いていただいて、お気に入りを探してもらうのがいいと思うの」

 ユイットが「なるほど!」と相槌を打った。

「音楽の博覧会を開くようなイメージですね!」
「俺ひとりじゃ心細いよ。ユイットも一曲披露してくれ! セレンディア教授もお願いします!」
「そうね。あなたひとりに大役を押し付けるのも気が引けるわ。私も小品を発表するとしましょう。ユイットは民族音楽をアレンジした曲を演奏してちょうだい」
「承知しました」
「あの、礼服を着ていないのですが、大丈夫でしょうか?」
「王妃様はふだんの王立音楽学院を知りたいそうよ。気にしないで」

 セレンディア教授は王妃様のサロンに呼ばれたことが何回もあるから落ち着いていた。ユイットは「ジョナス様を音楽漬けにしてしまおう!」と意気込んでいる。
 俺も覚悟を決めることにした。
 どうか俺の演奏が、王妃様とジョナス様のお心に届きますように。
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