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第六章 つないだ手を離さない
33. 音楽の力
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昼休みが終わった。
いよいよ王妃様とジョナス王子が視察に来られる時間になった。
俺たち王立音楽学院の職員は正門の前に集まり、馬車の到着を待った。
セレンディア教授とユイットの表情をうかがったが、緊張している様子はまるでない。ユイットに至っては「早く僕の演奏を聴いてもらいたいなぁ」と目を輝かせている。
「ユイットはすごいな。肝が据わっている」
「そう言うフィーランだって、いざという時に絶大な力を発揮するじゃないか」
やがて王家の紋章が刻まれた黒塗りの馬車が到着した。
俺たち職員一同は、居ずまいを正した。
馬車から王妃様とジョナス王子が降りてくる。王妃様はデコルテが大胆に露出したドレスに大きな首飾りを合わせている。ジョナス王子はシンプルな装いだった。
「みなさん、ご機嫌よう」
王妃様が片手を挙げて微笑む。
俺たち職員一同は深々と頭を下げて、王妃様とジョナス王子に対して敬意を示した。
「そんなに畏まらないでちょうだい。堅苦しいのは苦手なの」
「俺も母上と同意見だ。ふだんどおりでいいから」
ジョナス王子はそう言うと、王立音楽学院の入り口に向かって歩き始めた。近衛兵が慌ててジョナス王子を先導する。
王妃様もまた優雅な足取りで建物の中に入った。
「作曲研究会に作詞研究会……ふうん。職員間で勉強会を開いているのか」
ジョナス王子は廊下に貼られた掲示物を眺めながら、呆れたようにつぶやいた。
「よくやるよ。俺は努力のたぐいは大っ嫌いだ。すぐに成果が出ないと腹が立つ」
セレンディア教授が言った。
「われわれ音楽家は、音楽の奴隷です。音楽に奉仕することが最上の喜びなのです」
「そうか。何にせよ、打ち込めるものがあるのは羨ましいよ。俺は空虚な人生を送っているから」
ジョナス王子が目を伏せた。セルリアンブルーの瞳は悲しげに揺れている。15歳という若さなのに生きることに倦んでいる様子が痛ましい。
俺はジョナス王子のために元気が出るような曲を演奏したいと思った。
「さて、今日は極上の音楽を聴かせてくれるんだろう? よろしく頼んだぜ」
「かしこまりました」
セレンディア教授が音楽室の扉を開けた。
ジョナス王子は入室するなり、手のひらで打楽器を叩いた。トントン、トットットという軽快なリズムを刻む。
先ほどまで曇っていたジョナス王子の表情が明るくなったので、俺はホッとした。
「ははっ。なかなか楽しいな」
「弦楽器も試してみますか?」
「いいだろう」
ジョナス王子は弦楽器を受け取ると、静かに弓を引いて音を鳴らした。耳にすっと溶け込んでいくような音色が音楽室に響き渡る。
ユイットの目が爛々と輝き始めた。
「ジョナス様、弦楽器のご経験があるのですか?」
「いや。まったくの初体験だ」
「そうなのですか!? 初めてとは思えない、とても素晴らしい音色ですね! 弦楽器はいいですよ。独奏はもちろん、鍵盤楽器との二重奏も楽しめます!」
音楽マニアのユイットは、王族に対しても平常運転だった。
近衛兵はユイットに険しい視線を送っている。しかし、ジョナス王子はまんざらでもなさそうだった。
ジョナス王子の冷えた心に届くのはユイットのような情熱ということか。俺もジョナス王子が音楽を好きになってくれるように、背中を押すとしよう。
「楽器は幼い頃から習わなくてはいけないと聞くが、いまからでも間に合うだろうか?」
「音楽の懐はとっても広いです! 何歳から始めても遅いということはありませんよ!」
俺が断言すると、ジョナス王子の口元がほころんだ。王妃様が目を潤ませながらジョナス王子を見つめている。ジョナス王子が音楽に興味をお持ちになったことを嬉しく感じていらっしゃるのだろう。
「ジョナス、よかったわね。弦楽器ならば宮殿でも楽しめるわ」
「母上、まだやるって決めたわけじゃないよ」
「みなさん。演奏を披露してくださらない?」
「お任せください」
セレンディア教授が先陣を切って、鍵盤楽器の前に座った。
そして、セレンディア教授は勇壮なメロディを奏でた。鍵盤楽器の名手であるセレンディア教授だからこそ弾ける超絶技巧を駆使した曲だ。堂々とした音の連なりはまるで晴天を駆け上る飛竜を思わせる。
不協和音からの美しいハーモニー。
音楽室に居合わせた一同は、セレンディア教授の演奏に魅了された。
「素晴らしい! また腕を上げたわね、セレンディア」
「もったいないお言葉でございます、王妃様」
「俺は魔法を見せられたのか? 鍵盤がまるで生き物のように動いていた……!」
ジョナス王子が放心しながらつぶやいた。
「次なる演奏はフィーラン・アレクシスによる歌曲でございます」
セレンディア教授が目で合図を送ってきた。ユイットが伴奏をするために鍵盤楽器の前に座る。
俺は音楽室の真ん中に立った。ジョナス王子の真剣なまなざしを浴びる。
鍵盤楽器による前奏が終わり、いよいよ歌い出しの時となった。
俺は高音を響かせた。
いよいよ王妃様とジョナス王子が視察に来られる時間になった。
俺たち王立音楽学院の職員は正門の前に集まり、馬車の到着を待った。
セレンディア教授とユイットの表情をうかがったが、緊張している様子はまるでない。ユイットに至っては「早く僕の演奏を聴いてもらいたいなぁ」と目を輝かせている。
「ユイットはすごいな。肝が据わっている」
「そう言うフィーランだって、いざという時に絶大な力を発揮するじゃないか」
やがて王家の紋章が刻まれた黒塗りの馬車が到着した。
俺たち職員一同は、居ずまいを正した。
馬車から王妃様とジョナス王子が降りてくる。王妃様はデコルテが大胆に露出したドレスに大きな首飾りを合わせている。ジョナス王子はシンプルな装いだった。
「みなさん、ご機嫌よう」
王妃様が片手を挙げて微笑む。
俺たち職員一同は深々と頭を下げて、王妃様とジョナス王子に対して敬意を示した。
「そんなに畏まらないでちょうだい。堅苦しいのは苦手なの」
「俺も母上と同意見だ。ふだんどおりでいいから」
ジョナス王子はそう言うと、王立音楽学院の入り口に向かって歩き始めた。近衛兵が慌ててジョナス王子を先導する。
王妃様もまた優雅な足取りで建物の中に入った。
「作曲研究会に作詞研究会……ふうん。職員間で勉強会を開いているのか」
ジョナス王子は廊下に貼られた掲示物を眺めながら、呆れたようにつぶやいた。
「よくやるよ。俺は努力のたぐいは大っ嫌いだ。すぐに成果が出ないと腹が立つ」
セレンディア教授が言った。
「われわれ音楽家は、音楽の奴隷です。音楽に奉仕することが最上の喜びなのです」
「そうか。何にせよ、打ち込めるものがあるのは羨ましいよ。俺は空虚な人生を送っているから」
ジョナス王子が目を伏せた。セルリアンブルーの瞳は悲しげに揺れている。15歳という若さなのに生きることに倦んでいる様子が痛ましい。
俺はジョナス王子のために元気が出るような曲を演奏したいと思った。
「さて、今日は極上の音楽を聴かせてくれるんだろう? よろしく頼んだぜ」
「かしこまりました」
セレンディア教授が音楽室の扉を開けた。
ジョナス王子は入室するなり、手のひらで打楽器を叩いた。トントン、トットットという軽快なリズムを刻む。
先ほどまで曇っていたジョナス王子の表情が明るくなったので、俺はホッとした。
「ははっ。なかなか楽しいな」
「弦楽器も試してみますか?」
「いいだろう」
ジョナス王子は弦楽器を受け取ると、静かに弓を引いて音を鳴らした。耳にすっと溶け込んでいくような音色が音楽室に響き渡る。
ユイットの目が爛々と輝き始めた。
「ジョナス様、弦楽器のご経験があるのですか?」
「いや。まったくの初体験だ」
「そうなのですか!? 初めてとは思えない、とても素晴らしい音色ですね! 弦楽器はいいですよ。独奏はもちろん、鍵盤楽器との二重奏も楽しめます!」
音楽マニアのユイットは、王族に対しても平常運転だった。
近衛兵はユイットに険しい視線を送っている。しかし、ジョナス王子はまんざらでもなさそうだった。
ジョナス王子の冷えた心に届くのはユイットのような情熱ということか。俺もジョナス王子が音楽を好きになってくれるように、背中を押すとしよう。
「楽器は幼い頃から習わなくてはいけないと聞くが、いまからでも間に合うだろうか?」
「音楽の懐はとっても広いです! 何歳から始めても遅いということはありませんよ!」
俺が断言すると、ジョナス王子の口元がほころんだ。王妃様が目を潤ませながらジョナス王子を見つめている。ジョナス王子が音楽に興味をお持ちになったことを嬉しく感じていらっしゃるのだろう。
「ジョナス、よかったわね。弦楽器ならば宮殿でも楽しめるわ」
「母上、まだやるって決めたわけじゃないよ」
「みなさん。演奏を披露してくださらない?」
「お任せください」
セレンディア教授が先陣を切って、鍵盤楽器の前に座った。
そして、セレンディア教授は勇壮なメロディを奏でた。鍵盤楽器の名手であるセレンディア教授だからこそ弾ける超絶技巧を駆使した曲だ。堂々とした音の連なりはまるで晴天を駆け上る飛竜を思わせる。
不協和音からの美しいハーモニー。
音楽室に居合わせた一同は、セレンディア教授の演奏に魅了された。
「素晴らしい! また腕を上げたわね、セレンディア」
「もったいないお言葉でございます、王妃様」
「俺は魔法を見せられたのか? 鍵盤がまるで生き物のように動いていた……!」
ジョナス王子が放心しながらつぶやいた。
「次なる演奏はフィーラン・アレクシスによる歌曲でございます」
セレンディア教授が目で合図を送ってきた。ユイットが伴奏をするために鍵盤楽器の前に座る。
俺は音楽室の真ん中に立った。ジョナス王子の真剣なまなざしを浴びる。
鍵盤楽器による前奏が終わり、いよいよ歌い出しの時となった。
俺は高音を響かせた。
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