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4話
しおりを挟む仕事が終わり。いつも通り私の家へ行こうとしていた水島君を引き留めた私は、喫煙室に呼び出し。彼に告げた。
「家にはもう……来なくていい」
「……え?」
彼の咥えていた煙草の吸殻が、ポトリと落ちた。
「どうして急に、そんなこと言うんですか」
その時の水島君の顔は、驚きよりもショックで固まっているように見えた。
こんな水島君は見たことが無い。
罪悪感と不安感が、私の心を掻き乱していく。
ーー本当にこれでいいのか?と。
けれど、これ以上彼には迷惑かけられない。かけたくない。
彼を好きだからこそ、もう甘えるわけにはいかないのだ。
「急ではない。前々から言おうとはしていた。君からある程度料理は教わったし、後は私だけでも大丈夫だ」
「だからって!俺は!」
「大体!部下の君が上司の家に毎日通うこと事体可笑しな話なのだ!会社の人間にもそのことは知られてしまっているようだしな……。これ以上私に迷惑かけたくないのなら、もう来ないでもらいたい」
震える手を握りしめる。
思ってもいないことを言うのは、何故こんなにも心苦しいのだろう。
本当は、君ともっと同じ時間を過ごしていたいのに。
君がいてくれないと、雫も私も困るのに。
「……分かりました」
私は、我慢することしか出来なかったのだ。
*
「おじさん……おじさん?どうしたの?」
「え?あぁいや。少しボーとしていただけだ。すまない。さぁ、食べようか」
あれから一週間経つが、水島君とは前よりも話さなくなってしまった。
もしかすると、私の家に通う前は元々そのくらいの関係でしかなかったのかもしれないが。今は、それが辛い。
「……ねぇおじさん。これは?」
「あぁ。今日は鮭を焼いてみたのだが」
「くろこげ~」
「すまない」
水島君が来なくなってからは、料理は勿論私がやっているのだが……。やはりなかなかうまくいかなかった。
「無理して食べなくていいからな。雫」
黒くなってしまった鮭を口に含み。ゆっくりと味を噛みしめる。
こうして毎日自分の作ったご飯を食べていると、いつも思ってしまうのだ。
ーー彼が、恋しいと。
「おじさん。あきらちゃんがいなくて、かなしい?」
「え?」
雫のクリッとした大きな瞳が、私の心の中を覗き込むようにジッと見つめていた。
まさか雫に図星を突かれてしまうとは思いもしなかった。
「あぁ……寂しいな。とても寂しい」
「おじさんは、あきらちゃんがだいすきだもんね!」
「うっ……」
ここは、一体なんと返答したらいいのだろうか。
「……あぁ。確かに私は水島君が大好きだ。しかしな雫。どれだけ私が寂しくても、水島君はもう……戻ってこないんだ。すまないな。お前も寂しいだろうに」
あれから水島君とは目も合わない。仕事以外の話もしない。あれだけ強く拒絶したのだから当たり前だ。
だからもうきっと、ここに来ることも……。
「おじさんは、あきらちゃんにさびしいっていったの?」
「え?」
「あきらちゃんいってたよ?たいせつなひとには、じぶんのきもちつたえていいって!」
「自分の気持ち……」
私の気持ちを、水島君へ伝える?
だが水島君には相手がいる。そんなこと出来ない。
「あのね!しずくもおじさんにさびしいっていったら、さびしくなくなったよ!あきらちゃんもいっしょにいたから、ぜんぜんさびしくなくなったよ!さいしょはがまんしなきゃ、おじさんこまっちゃうって、おもってたけど。あきらちゃんがね、きもちをいってくれないほうが、こまっちゃうっていってた!」
言われない方が……困るか。
そうだ。私もずっと我慢をしている雫を見て、どうしたらいいのか分からなかった。これでいいのだと勝手に自己解決してしまった。
だから本当の気持ちを聞けた時は、とても安心して、そして嬉しかったのを覚えている。
気持ちは口にしないと伝わらない。
きっと水島君も、あの頃の私のように不安なはずだ。考えているはずだ。
「ははっ。どうやら私と雫は、案外似た者同士だったみたいだな」
「えぇ~!にてないぃい~!」
「なんで嫌そうなんだ」
だが、これでもう吹っ切れた。もう我慢しない。
「雫。一緒に来てくれないか」
「どこかおでかけ?」
「あぁ、水島君に会いに行こう」
「うん!いくーー!」
美味しくなかったご飯をしっかり食べた私達は、二人一緒に手を繋いで、水島君の家へと駆けて行った。
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