43 / 44
番外編 エルさんと森のお散歩
3
しおりを挟む
「んー、あなたのぶら下げてる剣の紋章。バドー男爵家じゃない?」
ミュリア様が男の剣を見ながら言った家名に驚いたのか、男は大きく目を見開きました。そして無言。この沈黙は肯定と捉えて間違いないでしょう。
「ミュリア様、男爵家の紋をよくおわかりになりましたね」
王家や公爵家の高位貴族の紋は有名ですし、学園のテキストにも載っておりますが、さすがに男爵家の紋を特定するのは、なかなか難しく……
「あー、妃教育で貴族の家紋、全部暗記させられたからね」
妃教育の先生であるファブラー夫人を思い浮かべたのか、苦々しい顔で答えるミュリア様。あのミュリア様にこのようなお顔をさせるとは……ファブラー夫人、やはり最強ですわね。
「で、なんでバドー男爵家の方がこんな森をウロウロしてるのかしら?」
あら? ミュリア様、こんな森を貴族がウロウロしているのは、おかしいということはおわかりだったのですね? なぜ、ご自分には当てはめないのか……不思議ですわ。
震えながらも無言を貫いている男から視線を外し、ミュリア様は考え込み始めました。どうやら、記憶の糸を手繰っているようです。
「あ、なるほど」
何かがひらめいたようなミュリア様のつぶやきに、今度はわたくしが首を傾げました。
「ミュリア様、なるほど、とは?」
「私の記憶に間違いがなければ、バドー男爵家はノルド伯爵家の分家にあたるの。で、ノルド伯爵のご子息はマシュー様で」
「あら……」
知っているお名前に繋がりましたわ。マシュー・ノルド様……セルビオ殿下が最も信頼している切れ者と言われている側近。その方の分家……なるほど、です。
「ねぇ、あなた、ノルド家に従者として仕えているのかしら?」
跡継ぎではない男爵家の次男、三男ならば、伯爵家の従者として働くというのはよくある話。かくいう、わたくしも、他界した両親の負債整理で爵位と領地を返上いたしましたが、子爵家の娘でしたもの。
「私のことを護衛するために、マシュー様に派遣されたってところかしらね? 私、今は殿下の婚約者じゃないから、王宮の護衛を動かすわけにはいかなかったのか、準備に間に合わなかったのか……そんなところじゃないかしら? ね?」
にっこり問うたミュリア様に、彼は諦め顔で項垂れました。
「……おっしゃる通りでございます……あのっ! わが主人マシュー様には、どうかご内密にお願いできませんでしょうか!」
「え? 言っちゃダメなの?」
「マシュー様には、くれぐれもメリッジ公爵令嬢には気づかれないようにと、念を何度も押されてまして……マシュー様の言いつけを守れなければ……」
彼は顔面蒼白になり、ブルブル震えております。
たしかにマシュー様は、怒ると怖そうですわね。
「ん、わかった。マシュー様には言わないわ。それにしても、秘密任務の護衛対象に見つかったあげく、詰問されるなんて……あなた護衛に向かないわよ」
ミュリア様はぷっと吹き出し、お腹を抱えて笑い出しました。
「おっしゃる通りです……本来なら私は頭脳専門でして……」
「頭脳専門? そのような方が、なぜこんな体力勝負のお仕事を?」
わたくしは不可解すぎて、彼に質問してみました。
そつがないマシュー様でしたら、人材を適材適所に配置なさると思うのです。このようなミスをするはずがございません。
ミュリア様が男の剣を見ながら言った家名に驚いたのか、男は大きく目を見開きました。そして無言。この沈黙は肯定と捉えて間違いないでしょう。
「ミュリア様、男爵家の紋をよくおわかりになりましたね」
王家や公爵家の高位貴族の紋は有名ですし、学園のテキストにも載っておりますが、さすがに男爵家の紋を特定するのは、なかなか難しく……
「あー、妃教育で貴族の家紋、全部暗記させられたからね」
妃教育の先生であるファブラー夫人を思い浮かべたのか、苦々しい顔で答えるミュリア様。あのミュリア様にこのようなお顔をさせるとは……ファブラー夫人、やはり最強ですわね。
「で、なんでバドー男爵家の方がこんな森をウロウロしてるのかしら?」
あら? ミュリア様、こんな森を貴族がウロウロしているのは、おかしいということはおわかりだったのですね? なぜ、ご自分には当てはめないのか……不思議ですわ。
震えながらも無言を貫いている男から視線を外し、ミュリア様は考え込み始めました。どうやら、記憶の糸を手繰っているようです。
「あ、なるほど」
何かがひらめいたようなミュリア様のつぶやきに、今度はわたくしが首を傾げました。
「ミュリア様、なるほど、とは?」
「私の記憶に間違いがなければ、バドー男爵家はノルド伯爵家の分家にあたるの。で、ノルド伯爵のご子息はマシュー様で」
「あら……」
知っているお名前に繋がりましたわ。マシュー・ノルド様……セルビオ殿下が最も信頼している切れ者と言われている側近。その方の分家……なるほど、です。
「ねぇ、あなた、ノルド家に従者として仕えているのかしら?」
跡継ぎではない男爵家の次男、三男ならば、伯爵家の従者として働くというのはよくある話。かくいう、わたくしも、他界した両親の負債整理で爵位と領地を返上いたしましたが、子爵家の娘でしたもの。
「私のことを護衛するために、マシュー様に派遣されたってところかしらね? 私、今は殿下の婚約者じゃないから、王宮の護衛を動かすわけにはいかなかったのか、準備に間に合わなかったのか……そんなところじゃないかしら? ね?」
にっこり問うたミュリア様に、彼は諦め顔で項垂れました。
「……おっしゃる通りでございます……あのっ! わが主人マシュー様には、どうかご内密にお願いできませんでしょうか!」
「え? 言っちゃダメなの?」
「マシュー様には、くれぐれもメリッジ公爵令嬢には気づかれないようにと、念を何度も押されてまして……マシュー様の言いつけを守れなければ……」
彼は顔面蒼白になり、ブルブル震えております。
たしかにマシュー様は、怒ると怖そうですわね。
「ん、わかった。マシュー様には言わないわ。それにしても、秘密任務の護衛対象に見つかったあげく、詰問されるなんて……あなた護衛に向かないわよ」
ミュリア様はぷっと吹き出し、お腹を抱えて笑い出しました。
「おっしゃる通りです……本来なら私は頭脳専門でして……」
「頭脳専門? そのような方が、なぜこんな体力勝負のお仕事を?」
わたくしは不可解すぎて、彼に質問してみました。
そつがないマシュー様でしたら、人材を適材適所に配置なさると思うのです。このようなミスをするはずがございません。
35
あなたにおすすめの小説
婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~
tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!!
壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは???
一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
婚約破棄されたので、隠していた力を解放します
ミィタソ
恋愛
「――よって、私は君との婚約を破棄する」
豪華なシャンデリアが輝く舞踏会の会場。その中心で、王太子アレクシスが高らかに宣言した。
周囲の貴族たちは一斉にどよめき、私の顔を覗き込んでくる。興味津々な顔、驚きを隠せない顔、そして――あからさまに嘲笑する顔。
私は、この状況をただ静かに見つめていた。
「……そうですか」
あまりにも予想通りすぎて、拍子抜けするくらいだ。
婚約破棄、大いに結構。
慰謝料でも請求してやりますか。
私には隠された力がある。
これからは自由に生きるとしよう。
妹に婚約者を奪われたので、田舎暮らしを始めます
tartan321
恋愛
最後の結末は??????
本編は完結いたしました。お読み頂きましてありがとうございます。一度完結といたします。これからは、後日談を書いていきます。
婚約者の態度が悪いので婚約破棄を申し出たら、えらいことになりました
神村 月子
恋愛
貴族令嬢アリスの婚約者は、毒舌家のラウル。
彼と会うたびに、冷たい言葉を投げつけられるし、自分よりも妹のソフィといるほうが楽しそうな様子を見て、アリスはとうとう心が折れてしまう。
「それならば、自分と妹が婚約者を変わればいいのよ」と思い付いたところから、えらいことになってしまうお話です。
登場人物たちの不可解な言動の裏に何があるのか、謎解き感覚でお付き合いください。
※当作品は、「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています
家の全仕事を請け負っていた私ですが「無能はいらない!」と追放されました。
水垣するめ
恋愛
主人公のミア・スコットは幼い頃から家の仕事をさせられていた。
兄と妹が優秀すぎたため、ミアは「無能」とレッテルが貼られていた。
しかし幼い頃から仕事を行ってきたミアは仕事の腕が鍛えられ、とても優秀になっていた。
それは公爵家の仕事を一人で回せるくらいに。
だが最初からミアを見下している両親や兄と妹はそれには気づかない。
そしてある日、とうとうミアを家から追い出してしまう。
自由になったミアは人生を謳歌し始める。
それと対象的に、ミアを追放したスコット家は仕事が回らなくなり没落していく……。
婚約破棄宣言をされても、涙より先に笑いがこみあげました。
一ノ瀬和葉
恋愛
「――セシリア・エルディアとの婚約を、ここに破棄する!」
煌めくシャンデリアの下で、王太子リオネル殿下が声を張り上げた。
会場にいた貴族たちは一斉に息を呑み、舞踏の音楽さえ止まる。
……ああ、やっと来たか。
婚約破棄。断罪。悪役令嬢への審判。
ここで私は泣き崩れ、殿下に縋りつき、噂通りの醜態をさらす――
……はずだったのだろう。周囲の期待としては。
だが、残念。
私の胸に込みあげてきたのは、涙ではなく、笑いだった。
(だって……ようやく自由になれるんですもの)
その瞬間の私の顔を、誰も「悪役令嬢」とは呼べなかったはずだ。
なろう、カクヨム様でも投稿しています。
なろう日間20位 25000PV感謝です。
※ご都合注意。
婚約破棄されましたが、帝国皇女なので元婚約者は投獄します
けんゆう
ファンタジー
「お前のような下級貴族の養女など、もう不要だ!」
婚約者として五年間尽くしたフィリップに、冷たく告げられたソフィア。
他の貴族たちからも嘲笑と罵倒を浴び、社交界から追放されかける。
だが、彼らは知らなかった――。
ソフィアは、ただの下級貴族の養女ではない。
そんな彼女の元に届いたのは、隣国からお兄様が、貿易利権を手土産にやってくる知らせ。
「フィリップ様、あなたが何を捨てたのかーー思い知らせて差し上げますわ!」
逆襲を決意し、華麗に着飾ってパーティーに乗り込んだソフィア。
「妹を侮辱しただと? 極刑にすべきはお前たちだ!」
ブチギレるお兄様。
貴族たちは青ざめ、王国は崩壊寸前!?
「ざまぁ」どころか 国家存亡の危機 に!?
果たしてソフィアはお兄様の暴走を止め、自由な未来を手に入れられるか?
「私の未来は、私が決めます!」
皇女の誇りをかけた逆転劇、ここに開幕!
正妃として教育された私が「側妃にする」と言われたので。
水垣するめ
恋愛
主人公、ソフィア・ウィリアムズ公爵令嬢は生まれてからずっと正妃として迎え入れられるべく教育されてきた。
王子の補佐が出来るように、遊ぶ暇もなく教育されて自由がなかった。
しかしある日王子は突然平民の女性を連れてきて「彼女を正妃にする!」と宣言した。
ソフィアは「私はどうなるのですか?」と問うと、「お前は側妃だ」と言ってきて……。
今まで費やされた時間や努力のことを訴えるが王子は「お前は自分のことばかりだな!」と逆に怒った。
ソフィアは王子に愛想を尽かし、婚約破棄をすることにする。
焦った王子は何とか引き留めようとするがソフィアは聞く耳を持たずに王子の元を去る。
それから間もなく、ソフィアへの仕打ちを知った周囲からライアンは非難されることとなる。
※小説になろうでも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる