婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。

桜乃

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番外編 エルさんと森のお散歩

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「んー、あなたのぶら下げてる剣の紋章。バドー男爵家じゃない?」

 ミュリア様が男の剣を見ながら言った家名に驚いたのか、男は大きく目を見開きました。そして無言。この沈黙は肯定と捉えて間違いないでしょう。

「ミュリア様、男爵家の紋をよくおわかりになりましたね」

 王家や公爵家の高位貴族の紋は有名ですし、学園のテキストにも載っておりますが、さすがに男爵家の紋を特定するのは、なかなか難しく……

「あー、妃教育で貴族の家紋、全部暗記させられたからね」

 妃教育の先生であるファブラー夫人を思い浮かべたのか、苦々しい顔で答えるミュリア様。あのミュリア様にこのようなお顔をさせるとは……ファブラー夫人、やはり最強ですわね。
 
「で、なんでバドー男爵家の方がこんな森をウロウロしてるのかしら?」

 あら? ミュリア様、を貴族がウロウロしているのは、おかしいということはおわかりだったのですね? なぜ、ご自分には当てはめないのか……不思議ですわ。

 震えながらも無言を貫いている男から視線を外し、ミュリア様は考え込み始めました。どうやら、記憶の糸を手繰っているようです。

「あ、なるほど」

 何かがひらめいたようなミュリア様のつぶやきに、今度はわたくしが首を傾げました。

「ミュリア様、なるほど、とは?」
「私の記憶に間違いがなければ、バドー男爵家はノルド伯爵家の分家にあたるの。で、ノルド伯爵のご子息はマシュー様で」
「あら……」

 知っているお名前に繋がりましたわ。マシュー・ノルド様……セルビオ殿下が最も信頼している切れ者と言われている側近。その方の分家……なるほど、です。

「ねぇ、あなた、ノルド家に従者として仕えているのかしら?」

 跡継ぎではない男爵家の次男、三男ならば、伯爵家の従者として働くというのはよくある話。かくいう、わたくしも、他界した両親の負債整理で爵位と領地を返上いたしましたが、子爵家の娘でしたもの。

「私のことを護衛するために、マシュー様に派遣されたってところかしらね? 私、今は殿下の婚約者じゃないから、王宮の護衛を動かすわけにはいかなかったのか、準備に間に合わなかったのか……そんなところじゃないかしら? ね?」

 にっこり問うたミュリア様に、彼は諦め顔で項垂うなだれました。

「……おっしゃる通りでございます……あのっ! わが主人マシュー様には、どうかご内密にお願いできませんでしょうか!」
「え? 言っちゃダメなの?」
「マシュー様には、くれぐれもメリッジ公爵令嬢には気づかれないようにと、念を何度も押されてまして……マシュー様の言いつけを守れなければ……」

 彼は顔面蒼白になり、ブルブル震えております。

 たしかにマシュー様は、怒ると怖そうですわね。

「ん、わかった。マシュー様には言わないわ。それにしても、秘密任務の護衛対象に見つかったあげく、詰問されるなんて……あなた護衛に向かないわよ」

 ミュリア様はぷっと吹き出し、お腹を抱えて笑い出しました。

「おっしゃる通りです……本来なら私は頭脳専門でして……」
「頭脳専門? そのような方が、なぜこんな体力勝負のお仕事を?」

 わたくしは不可解すぎて、彼に質問してみました。
 
 そつがないマシュー様でしたら、人材を適材適所に配置なさると思うのです。このようなミスをするはずがございません。
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