婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。

桜乃

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番外編 町でイノシシと戦った公爵令嬢のお話

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「ほっほっほっ。さすがのミュリア様もイノシシは恐ろしいでしょう。しかも、このイノシシは人を襲った獰猛どうもうなイノシシですのよ。今なら、うちの護衛騎士がやっつけてあげますわ!」

 勝ち誇った顔のラリア様に、えぇ……そんな殺生せっしょうなぁ……と呟いた護衛騎士の情けない顔を見て私は確信する。

 うん。あの護衛騎士は間違いなく役に立たない。

 狭い檻に閉じ込められていたイノシシは興奮しており、すぐに檻から出てきた。イノシシを鎖で繋ぎ忘れた事に気づいたラリア様は、え?なんで?と困惑した顔でアタフタしだす。

 多分、脅すつもりだけだったのだろう。相変わらず詰めが甘い。

 まだ距離があるとはいえ、イノシシの存在に気がついた町民達の悲鳴があちこちで聞こえる中、私はゴクリと唾を飲み込んだ。

 これは、もしかして……もしかすると……

 荒ぶる獣は私めがけて一直線に向かってくる。

 き、き、きたぁぁ! イノシシ…………の肉!

 もう私にはイノシシが豚肉の塊にしか見えず、ガッツポーズをこっそり決める。その間にもエルは素早く2本の短剣を懐から出し、緊張した面持ちで私の前で構えた。

「ミュリア様、お下がりください。わたくしがイノシシめを」

 凛としたエルの声に、おっと……そうだったと思い出す。エルは騎士団長でもあるお父様仕込みの選ばれし侍女。2本の短剣を使いこなす私の護衛でもあるのだ。

 だが、しかし!

「エル、ずるいわ。こんな楽しい事を独り占めなんて」

 イノシシと戦うなんてめったにないチャンス! ここは私に譲ってもらうわよ。

「独り占めって……」
「ジャンケンで決める?」
「そういう問題では……」

 エルとどちらが戦うかで揉めていると、初めて見たであろうイノシシに驚き、泣いてしまった子供の声がした。

 さっきの女の子だ。

 男の子が慌てて女の子の手を引き、その場から逃げようと走り出す。イノシシは子供特有の甲高い泣き声と走っていく後ろ姿につられたのか、子供達へ方向を転換させ、突進していった。

 ちぃぃ!

 舌打ちと同時に右手を高く上げ、魔力を集中させる。

「紅蓮の炎よ我が手に宿れ……紅炎フレイム!」

 手のひらから魔力を放出し炎のたまを放つ。目の前に飛んできた火に怯み、イノシシの動きが止まった。その隙に邪魔な靴を脱ぎ捨て、全力疾走する私。

 間に合えっーーーー!

 兄妹とイノシシの間に立った私にエルは諦め顔を向け、溜息を1つこぼすと子供達を安全な場所へ誘導し始めた。

 ふっふっふ、イノシシえものは私に任せてっ!

 仁王立ちした私と目が合ったイノシシは私の出方を窺っているのか微動だにしない。

 この緊迫した空気にワクワクが抑えられず、思わずニマッと笑ってしまう。瞬間、イノシシはビクッと体を震わせ、怯えた様子で慌ててきびすを返した。(イノシシにかかとがあるかは知らないけど)

 おおっ! 猪突猛進って言うけど、イノシシってUターンできるのね。
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