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「……え?」

 トールの顔が驚きに満ちた。
 どうやら私たちの婚約が愛があるものだと、今まで信じきっていたらしい。
 だからこそ、今回みたいな作戦を思いついたのだろう。

「レイラ……な、何を言っているんだい?」

 狼狽えるトールに私は淡々と説明をする。

「そもそも私たちの婚約は、政略的なものだったでしょう? あなたのお父さんが私のお父さんに貸しがあるとか何とか……それを返すために、私とあなたは婚約した。そのこと覚えてる?」

「ま、まぁ……だが! 君は僕を好きだと言ってくれたじゃないか! 人生を添い遂げようと言ってくれたじゃないか!」

「確かにそういう類のことは言ったわね。でも、そんなのはただの社交辞令でしょ? 婚約者に嫌いなんてはっきりと言えるわけないじゃない。それにあなたと過ごしていくなかでこれから好きになっていけばいいとも思っていたし」

「そんな……」

 トールは顔を青くすると、項垂れる。
 
「だから私がジェシカさんに嫉妬したなんていうことはあり得ないのよ。だってそもそもの愛がないんだもの、あなたがどんな女性と親しくしていようが、何も思わないわ」

「くっ……」

 トールの歯ぎしりの音がした直後、手が飛んできた。
 それは私の頬に炸裂して、パシンと綺麗な音を部屋に響かせた。

「このクソ女……僕は騙していたのか……くそっ……!」

 反撃したい気持ちに駆られ拳を強く握るが、何とか怒りを抑え込むと、私は冷静な声で言う。

「確かにあなたに愛がなかったのは申し訳ないと思っているわ。でも、だからといって私を貶めていい理由にはならないわよ」

 眼力を強めると、二人はびくっと肩を揺らす。
 
「トール……別にあなたが誰と関係を持とうがどうでもいいけど、その償いは受けてもらうわよ」

 私の言葉に、今まで黙っていたジェシカが口を開く。

「償うのはあなたの方よ! わ、私をいじめたんだから! 証拠だってあるもの!」

「そ、そうだ! 悪いのは全部お前だ!」

 トールも勢いを取り戻したように声高に叫んだ。
 私はため息を吐くと、二人に背を向けた。
 これ以上ここで話をしても何も進展はないと思ったからだった。

「なんだ、逃げるのか?」

 背中越しでも、トールが薄ら笑いを浮べているのが分かる。
 ジェシカの嘲笑も耳に届く。

「いえ、逃げないわ。まずはお父さんに相談しようと思ってね」

 私はそれだけ言うと、部屋を後にする。
 扉を閉めると、二人の相談するような声が聞こえてきたが、私はそれを無視して歩き出した。
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