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「なにこれ……」

 空が曇っているなんてことは忘れてしまうほどに、困惑した。
 私の胸の高さくらいに浮かぶ光の玉は、眩しいというほどの光量はなく、どこか太陽のような温かさを感じられた。
 触れるべきか悩んでいると、光の玉から声がした。

「リオン。幸せになりたい?」

「え……ええ!?」

 思わず腰が抜けてしまいそうになる。
 光の玉が現れたことでも驚きなのに、まさかそれが話し始めるなんて。

「驚かせたわね。私は天使。ずっとあなたを見ていたの」

「……天使? で、でも天使ってこう……羽が生えて……」

「そうね。でも、実際の姿はこれ。ただの光の玉よ。笑っちゃうでしょ」

「はは……」

 果たして心から笑えているのだろうか。
 天使と名乗る光の玉は依然、温かに輝いていて、目を瞑れば、人と話しているのと何ら変わりはない。
 しかし私は目を瞑ることなく、口を開く。

「私に何か用ですか?」

 おそるおそる言葉を紡ぐと、天使は「ええ」と言う。

「リオン。単刀直入に言うわね。幸せになりたいのなら、今すぐここから逃げ出しなさい」

「……え?」

「こんな所にいても、あなたは永遠に幸せになれないわ。だから今すぐにここから逃げ出すの……そうね、窓から飛び降りてみましょう。二階だから何とかなるはずよ」

「そ、そんな無茶です!」

「無茶じゃないわ。そんなに高さはないし、昔はよく外で遊んでいたでしょ? その時の感覚でいけば大丈夫よ」

「なんでそんなこと知って……」

「私が天使だからよ。言ったでしょ、あなたのことをずっと見てきたって」

 私はゴクリと唾を呑み込んだ。
 確かにここは二階だし、私は昔はよく外で遊んでいた。
 本物の天使だというのなら私のことを知っていても不思議はないが、だからといって、天使の言葉を鵜呑みにするのはどうなのだろう。

 必死に迷う私に天使は言葉を続ける。

「リオン。自分の運命を変えられるのは自分しかいないのよ。覚悟を決めて飛び降りなさい。それとも、これからもこの地獄のような場所で生きていくつもり?」

 口すらない天使の言葉に、胸がざわついた。
 確かに私は絶望の底にいた、未来に悲観しか感じていなかった。
 この地獄で生きていくのなら、イチかバチか窓から飛び降りてみてもいいのではないか。

「分かった」

 私は頷くと、窓の方へ体を向けた。

「あなたに天使のご加護を」

 背後で何かが消える感覚がした。
 慌てて振り向くとそこにはもう、何もなかった。
 私は小さく頷くと、窓に向き直った。

「大丈夫……大丈夫……私ならできる……昔を思い出して……大丈夫」

 精一杯の暗示をかけると、窓を開け放ち、私は飛び降りた。
 一気に地面が迫ってきて、悲鳴を上げる余裕もなかった。
 地面に着地するが、足がジンと鈍く痛む。
 
「うっ」

 短い呻き声を上げ、そのまま数秒間固まる。
 そして私は安堵の息をつくと、走りだした。
 幸い警備兵の数は多くなく、木々や物の影に隠れながら、家を抜け出すことができた。
 
 久しぶりの外出になぜか胸が躍った。
 これからどうしようかという不安もあったが、それ以上に解放感に包まれていた。
 私は必死に走った。
 足が痛くなっても、呼吸が乱れても、関係なかった。
 
 私は確かに生きていた。
 この世界で自由に生きていた。

 そんな気分に酔いしれていたから、目の前から迫る男性に気づかなかった。
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