本当に醜いのはあなたの方では？

３

　男性にぶつかった私は、衝撃でその場に尻もちをついた。
　
「すみません、大丈夫ですか？」

　ぶつかった男性が手を差し伸べてくるが、それを借りることもなく、私は即座に立ち上がる。
　
「え……もしかして、リオンか？」

　どこかで聞いたことのある雰囲気の声だった。
　私がゆっくりと男性の顔を見ると、思わず「あっ」と驚いてしまう。

「ロスト！？　ロストなの！？」

「ああ、リオン久しぶりだな……元気……してないよな？」

　ロストは私の幼馴染の名前だった。
　彼は私のおおよそ貴族とは思えないような装いを見て、苦笑する。
　私は首を大きく横に振ると、口を開いた。

「ううん！　凄い元気よ！　ここまで全力で走ってきたもの！　今なら何でもできそうな気がしてる！」

　するとロストの眉がぴくっと動く。

「え？　でも、今病気の治療中だろう？　走ったりしても大丈夫なのかい？」

「はい？　病気？」

　……このまま外で話すことじゃないと、ロストは自分の屋敷に私を招き入れた。
　記憶にある通りの豪華な屋敷で、私は土がついた服を着替えさせられ、応接間で待たされた。
　少しして入ってきたロストは、手にお菓子を持っていた。

「外国から取り寄せたおいしいお菓子だよ。食べれるかい？」

「ええ、もちろんよ。ありがとう」

　向かいのソファにロストは座ると、紅茶を一杯飲んでから、口火を切った。

「……それで、君の病気のことなんだけど、もう外に出ても大丈夫なのかい？　君のお母さん……エルダさんからは難病だって聞いていたけど」

「何言っているの？　私は別に病気なんかじゃないわ」

　エルダとエマからは罵られていたけどね……と言おうとして止める。
　ロストは私を不思議そうな目で見つめると、眉間にしわを寄せた。

「え……でも、確かにエルダさんから聞いたんだよ、リオンは病気をしているから、もう遊ぶことはできないって」

「何の勘違いではなくて？」

「もちろんさ。僕だけじゃなくて、僕の両親もそう思っているよ」

　ロストの目は真剣そのもので、こんな意味のない嘘をつくとは到底思えなかった。
　ならばエルダが私を病気だと偽っていたのは本当の話ということになるが……一体どうしてそんなことをしたのだろうか。
　私が思考していると、ロストが口を開く。

「でも、今の気味の様子を見た感じだと、エルダさんの話が間違っていそうだね」

「え……」

「ん？　何か僕変なこと言ったかい？」

「いえ……何でもないの……その……嬉しくて」

　今までエルダに反抗するものや異議を唱えるものは誰もいなかった。
　実の父だって罵られる私を無視して、未だエルダに対しても何も言わない。
　だからこそ、ロストのこの発言は、私の胸に鳴り響いた。

「ロスト。私の話、聞いてくれる？　信じてもらえないかもしれないけど」

「ああ。もちろんだ。遠慮なく話してくれ。僕は否定したりはしないから」

　私は「ありがとう」と呟くと、今までの出来事を話し始めた。
　母が死に、後妻とその連れ子が家にやってきたこと。
　二人は私を醜いと罵って、誰も助けてくれなかったこと。
　
　信じてくれるとは思えないが、一応あの天使と名乗る光のことも話した。
　そして天使の言う通りに家を抜け出して、走っていたら、ロストにぶつかったのだ。

　私が全部話し終えると、ロストは真っ青になっていた。
　
「リオン……君はそんなに辛い生活を……くそっ……本当にすまない、気づいてやれなくて……助けてあげられなくて……」

　ロストの目に涙が浮かんでいた。
　胸に込み上げるものがあったが、私まで泣くわけにはいかなかった。

「ううん、そう言ってくれるだけで嬉しいわ。本当にありがとうロスト。どうか涙を拭いて」

　私がそう言うと、ロストは頷き、手で目を乱雑にこすった。
　昔の無邪気さが現れているような気がして、少し懐かしい気持ちになった。
　ロストは私を見つめると、怒気の籠った声で言った。

「エルダさんが嘘をついた理由が分かったよ」