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 父がこの街に戻ってくると聞いて、私は読んでいた本をしおりを挟まずに閉じてしまった。
 
「本当に?」

 報せを伝えてくれた使用人に訊くと、彼女は「はい」と頷く。
 急いで廊下に出ると、ロストも既にそこにいた。

「行こうリオン」

「うん」

 ……地獄の展開となった結婚式から一年が経過していた。
 
 ロストはあの場で宣言した通り、エマとの婚約は破棄して、私と婚約した。
 今では私たちは無事に結婚式を終えて夫婦となっていた。
 
 エルダは天使の光を正面から浴びたせいか、失明してしまった。
 私も同じように浴びたはずなのに目には何ら異常はなく、それが今でも不思議だった。

 エマは母親の醜い姿を見て、自分のしたことの愚かさを反省した。
 私を長年苦しめていたことを自分の口から白状すると、エルダと共に故郷へ帰った。
 二人の故郷はここよりも田舎で、地図に載らないような小さな村らしい。
 
 父のカールは、自分の罪を反省しエルダと離婚をした上で、この街を去った。
 旧友で僧侶をしている人のところで、修業をしたいと言ったのだ。
 少し悲しい気持ちになったが、私はそれを承諾した。

 ……玄関を出ると、庭に停まった馬車から父が降りる所だった。
 ロストが私の背中を押してくれる。

「僕はここで待っているよ」

 私は無言で頷くと、父の元へ走った。
 父は私を見ると、途端に涙を流した。

「リオン……待たせてしまって申し訳ない……うぅ……」

「いえ……帰ってきてくれてありがとう」

 正直、まだ完全に父のことを許したわけではない。
 長年苦しむ私を無視してきたのだ、それを簡単に水に流すことなど不可能だ。
 しかしそれでも、私にとっては世界でたった一人の父親なのだ。
 いつかは許せる日が来ることを願っている。

 もし本当に私が目も向けられないくらい醜い子だったら、誰からも愛されていなかったのだろうか。
 ロストみたいな素敵な幼馴染と結婚することもできずに、孤独で苦しい人生を送っていたのだろうか。

 ふとそんなことが疑問に浮かぶ。
 泣いている父を見ながら少しだけ考えてみるが、答えは出そうになかった。
 
 だが、もしも苦しみの中にいたとして、何か行動を起こさなければそこから抜け出せないことだけは明白だった。
 実際私もそうだったから。
 天使の言葉がなかったら今頃、あの埃っぽい部屋でずっと苦しんでいただろう。

「お父様。そろそろ泣き止んでくださいね」

 結局あれ以来、天使は私の前には現れなかった。
 単純に絶望を感じるほどの苦しみがなかったからかもしれないが、それとは違う理由な気がした。

「あ、そうだお父様。お父様が帰ってきたら聞きたいことがあったんです。お母様のこと、聞かせていただけませんか?」

 父は目を乱雑に拭くと、「ああ、もちろんだ」と言って笑顔を浮かべる。
 
 爽やかな風に包まれながら、私と父は手を振るロストの元へ歩いていく。
 頭上の太陽はいつもより輝いている気がした。
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