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推しの幸せは自分の幸せ
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しかし二人は筋金入りのラブ鐘ファン。まずは推しの姿を拝もうと、翌日学園の茂みに隠れてグレイシアの姿を目に焼き付けていた。涼しくなってきたとは言っても、まだ昼間はあたたかい。
二人の視線の先にいるグレイシアは、学園の制服を一分の隙もなく着ており、日の光を浴びる銀色の髪は艶やかで、悪役令嬢らしい古典的な縦ロール。二人はこの世界にスマホがないことを激しく後悔しながら、「やばいやばい」と小声で感動の声を漏らし、口を両手で塞いでいた。
凛とした澄まし顔、長いまつげが彩るつり目、自他ともに厳しくはっきりと物を言う性格のせいか、グレイシアが他の令嬢と一緒にいることは少ない。今も専属の従者がお茶を淹れ、グレイシアは静かに飲んでいた。二人は推しが動いていると、涙を浮かべ、顔を見合わせるとガッシリと握手をする。すぐそこにグレイシアがいなければ、この喜びを言葉にしてマシンガンのように撃ち合っていただろう。
「もう、尊い……」
「尊い……」
いつしか二人は胸の前で手を合わせて拝んでいた。そうさせられる神々しさがある。
「グレイシア様が座っている椅子になりたい」
「じゃあ、俺はお使いになっているテーブルになる」
二人して大真面目な顔で、そんなことを呟いていた。二人が大好きなグレイシアが、絶望に染まった表情でも、嫉妬で歪んだ表情でもない、ただ穏やかに過ごしているのを見られただけでも幸せだった。そして、もっと近くで見たい、家具になりたいと願望があふれ出している。そこにつっこみはない。
その時、従者がグレイシアに近づき、耳打ちをした。公爵家の従者は見た目もよく、それだけで二人は鼻血が出そうになる。二十代後半の大人の色気があり、それだけで一時間は語れそうだ。
「きゃぁ、ちょっ……死ぬ」
「うっわぁ……執事あり」
おいしいシチュエーションを堪能していると、グレイシアが立ち上がった。
「やべぇ、グレイシア様が立ったよ」
「動いてる。歩いてるよ……こっちに?」
髪を揺らしてグレイシアは二人が潜む茂みへと近づいて来ている。そこは中庭の奥まったところで、わざわざ来るようなところではない。二人はまずいと顔を見合わせ、逃げようと身を翻した。その背に声がかかる。
「そこで何をしているの?」
涼やかで、うっとりと聞き惚れてしまう美声。ゲームの中と同じ声に、二人は足を止めてしまった。逃げようと身を起こして走りかけていた二人の姿が、グレイシアの藍色の瞳に映る。険しかった表情が、意外そうなものに変わり目を瞬かせた。
「あら、逢引きだったの? 無粋なことをしてごめんあそばせ」
大好きなキャラから話しかけられるという卒倒もののイベントに、二人は固まり、ぎこちなく振り返る。公爵令嬢であるグレイシアから声をかけられたのに立ち去っては、無礼であると同時に、推しを無視するなど一生後悔するようなことはできなかったのだ。
カラカラに乾いた口をミレアはなんとか開き、喉から振り絞るように震えた声を出す。
「ほ、本日はお日柄もよく……」
空回りする頭からひねり出した挨拶は、令嬢に対するものではない。頭を下げたユーリオに「おい」と肘でつつかれ、慌ててカーテシーをした。
「申し訳ありません、グレイシア様。お邪魔をするつもりはなかったのですが……」
ユーリオの喉も乾ききっていて、心臓は耳元にあるのかと思えるくらいうるさい。それでも、なんとか無礼にならない言葉を返すことができた。
「そんなに畏まらなくていいわよ。ミレア・モンテリオール伯爵令嬢に、ユーリオ・ザッケンベルト伯爵令息ね。仲睦まじくてよろしいけれど、一応学園なのだから節度はわきまえなさいね」
そう神のような存在に名前を呼ばれた瞬間、二人は心臓をさらに鷲掴みにされ、頬を涙が伝った。推しに名前を憶えてもらっているなんて、明日死んでもおかしくないような奇跡だ。突然泣き出したためグレイシアはぎょっとするが、二人に察する余裕はない。
「グ、グレイシア様に名前を、憶えて、頂けているなんて……」
感極まってハンカチで目元を拭うミレイアに、
「俺……死んでもいい」
と目頭を指で押さえ、万感の想いを吐き出すユーリオ。思いもよらない反応に、グレイシアは戸惑っていたが、すぐにいつもの澄まし顔に戻った。
「公爵令嬢だもの。当然、貴族の子女の顔と名前は憶えているわ」
そう当然だと胸を張るグレイシアに対し、二人は涙ぐんで「素晴らしいです」と小さく拍手をする。見ようによっては失礼にもあたるのだが、頭の中がグレイシアファンに戻っている二人は気づかない。
「まあ、最近周りがピリピリしているものだから、不届き者でもいるのかと思ってしまったの」
それが断罪イベントの前触れだと理解した二人は、推しに会えた感動で昂った気持ちのまま、反射的に言葉を返した。ずっと、ゲームの中のグレイシアに伝えたかった言葉を。
「私! グレイシア様のことが大好きで応援していますから! その悪者をやっつけてきます!」
「グレイシア様が心穏やかに過ごせるように全力を尽くすので、安心してください!」
「え? ちょっと、貴方たち?」
推しの幸せは自分の幸せ。今まではどうあがいても変えられなかった運命が、今なら変えられるかもしれない。そう思うと、二人は居ても立っても居られず、美しい所作で別れの挨拶をすると、ぽかんとするグレイシアを置いて校舎へと向かったのだった。
二人の視線の先にいるグレイシアは、学園の制服を一分の隙もなく着ており、日の光を浴びる銀色の髪は艶やかで、悪役令嬢らしい古典的な縦ロール。二人はこの世界にスマホがないことを激しく後悔しながら、「やばいやばい」と小声で感動の声を漏らし、口を両手で塞いでいた。
凛とした澄まし顔、長いまつげが彩るつり目、自他ともに厳しくはっきりと物を言う性格のせいか、グレイシアが他の令嬢と一緒にいることは少ない。今も専属の従者がお茶を淹れ、グレイシアは静かに飲んでいた。二人は推しが動いていると、涙を浮かべ、顔を見合わせるとガッシリと握手をする。すぐそこにグレイシアがいなければ、この喜びを言葉にしてマシンガンのように撃ち合っていただろう。
「もう、尊い……」
「尊い……」
いつしか二人は胸の前で手を合わせて拝んでいた。そうさせられる神々しさがある。
「グレイシア様が座っている椅子になりたい」
「じゃあ、俺はお使いになっているテーブルになる」
二人して大真面目な顔で、そんなことを呟いていた。二人が大好きなグレイシアが、絶望に染まった表情でも、嫉妬で歪んだ表情でもない、ただ穏やかに過ごしているのを見られただけでも幸せだった。そして、もっと近くで見たい、家具になりたいと願望があふれ出している。そこにつっこみはない。
その時、従者がグレイシアに近づき、耳打ちをした。公爵家の従者は見た目もよく、それだけで二人は鼻血が出そうになる。二十代後半の大人の色気があり、それだけで一時間は語れそうだ。
「きゃぁ、ちょっ……死ぬ」
「うっわぁ……執事あり」
おいしいシチュエーションを堪能していると、グレイシアが立ち上がった。
「やべぇ、グレイシア様が立ったよ」
「動いてる。歩いてるよ……こっちに?」
髪を揺らしてグレイシアは二人が潜む茂みへと近づいて来ている。そこは中庭の奥まったところで、わざわざ来るようなところではない。二人はまずいと顔を見合わせ、逃げようと身を翻した。その背に声がかかる。
「そこで何をしているの?」
涼やかで、うっとりと聞き惚れてしまう美声。ゲームの中と同じ声に、二人は足を止めてしまった。逃げようと身を起こして走りかけていた二人の姿が、グレイシアの藍色の瞳に映る。険しかった表情が、意外そうなものに変わり目を瞬かせた。
「あら、逢引きだったの? 無粋なことをしてごめんあそばせ」
大好きなキャラから話しかけられるという卒倒もののイベントに、二人は固まり、ぎこちなく振り返る。公爵令嬢であるグレイシアから声をかけられたのに立ち去っては、無礼であると同時に、推しを無視するなど一生後悔するようなことはできなかったのだ。
カラカラに乾いた口をミレアはなんとか開き、喉から振り絞るように震えた声を出す。
「ほ、本日はお日柄もよく……」
空回りする頭からひねり出した挨拶は、令嬢に対するものではない。頭を下げたユーリオに「おい」と肘でつつかれ、慌ててカーテシーをした。
「申し訳ありません、グレイシア様。お邪魔をするつもりはなかったのですが……」
ユーリオの喉も乾ききっていて、心臓は耳元にあるのかと思えるくらいうるさい。それでも、なんとか無礼にならない言葉を返すことができた。
「そんなに畏まらなくていいわよ。ミレア・モンテリオール伯爵令嬢に、ユーリオ・ザッケンベルト伯爵令息ね。仲睦まじくてよろしいけれど、一応学園なのだから節度はわきまえなさいね」
そう神のような存在に名前を呼ばれた瞬間、二人は心臓をさらに鷲掴みにされ、頬を涙が伝った。推しに名前を憶えてもらっているなんて、明日死んでもおかしくないような奇跡だ。突然泣き出したためグレイシアはぎょっとするが、二人に察する余裕はない。
「グ、グレイシア様に名前を、憶えて、頂けているなんて……」
感極まってハンカチで目元を拭うミレイアに、
「俺……死んでもいい」
と目頭を指で押さえ、万感の想いを吐き出すユーリオ。思いもよらない反応に、グレイシアは戸惑っていたが、すぐにいつもの澄まし顔に戻った。
「公爵令嬢だもの。当然、貴族の子女の顔と名前は憶えているわ」
そう当然だと胸を張るグレイシアに対し、二人は涙ぐんで「素晴らしいです」と小さく拍手をする。見ようによっては失礼にもあたるのだが、頭の中がグレイシアファンに戻っている二人は気づかない。
「まあ、最近周りがピリピリしているものだから、不届き者でもいるのかと思ってしまったの」
それが断罪イベントの前触れだと理解した二人は、推しに会えた感動で昂った気持ちのまま、反射的に言葉を返した。ずっと、ゲームの中のグレイシアに伝えたかった言葉を。
「私! グレイシア様のことが大好きで応援していますから! その悪者をやっつけてきます!」
「グレイシア様が心穏やかに過ごせるように全力を尽くすので、安心してください!」
「え? ちょっと、貴方たち?」
推しの幸せは自分の幸せ。今まではどうあがいても変えられなかった運命が、今なら変えられるかもしれない。そう思うと、二人は居ても立っても居られず、美しい所作で別れの挨拶をすると、ぽかんとするグレイシアを置いて校舎へと向かったのだった。
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