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ケンタウルスの亡霊

羽ばたくは星海 (1)

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 ぴーひょろ、ぴーひょろ。

 間の抜けた音を立て、通信機コミュが枕元で震える。

「んん、くそ、頭いてえ」

 結局二人でウィスキーを一本空けた後、ケントの買って来たビールを飲み、従卒の兵士にさらに買い出しに行かせたリシュリューと、酔いつぶれるまで呑んだケントは這うように冷蔵庫に辿り着いた。

「マスター、起きてください、軍警察から暗号文書です」

 キュウン、と音がしてデスクの情報端末ターミナルの電源が入ると、ノエルの声が部屋に響く。その気になれば部屋中の電気製品をハッキングできるノエルには逆らうだけ無駄だ。

「ノエル、愛してるからボリュームを下げてくれ」
「愛してる……」
 
 最近、ノエルの扱い方を心得てきたケントは、そういってスピーカーから響く声を小さくさせる。サイドテーブルから、アルコールとアルデヒドの分解薬を手に取りバリバリと噛み砕いた。

「うぇ、いつ飲んでもきもちわりい」

 強引に酒精を抜かれる気持ち悪さに、ケントは顔をしかめる。

「なら、そんなに呑まなければ良いのです」
「人間、身体壊すか、心壊すかでやってんだよ、ノエル」
「不便なんですね」

 そう言いながらも、スピーカーから響く声を小さくしてくれるあたり、よく出来た奴だとケントは思う。

「それで、亡霊ファントムの情報は?」
「暗号解読中です、解読キーを受信、解読デコードまで三〇〇秒」
「そいつは厳重なこった」

 ノエルは十分な電力さえ供給されれば、太陽系宇宙軍の電子戦艦と勝負できるほどのスペックを持っている。そんなノエルが解読デコードするのに五分かかるというのだから普通ではない。

「オーケイ、解読デコードを頼む、俺は上でメシを食ってくる」
「女狐と浮気ですか? ひどいです」

 ノエルが拗ねた声で抗議する。

「おまえは、どこでそんな言葉を覚えてくるんだ」
「マスターが悪いのです」
「とりあえず、メシを食ったら船に戻る、前払いの一〇〇〇万クレジットは半分隠しとけ、スカーレットに全額持ってかれると生活に困る」
「約束ですからね? すぐに戻ってくれないと、全額ギルドに振り込んじゃいますからね?」

 だが、このハイスペックなAIは残念なことにちょっと壊れていた。いや、正確にいえば、法律にしっかり違反するレベルで壊れていた。
 二年前、スカーレットと敵対するランド商会と一悶着あった時に、偶然手に入れたノエルは、転売前に船につないで動作チェックしようとした途端、見事に船を乗っ取った。
 当時は頭を抱えたものだが、今では頼りになる相棒だ。ヤキモチ妬きな事を除けば……だが。

     §

「よう、シェリル」
「ハイ、ケント、今日は随分早いのね」
「コーンビーフ・サンドとコーヒーを」

 ケントの寝床の上階でカフェをやっているのは、シェリルという名の若い女の子だ。もとは髭面のオヤジがやっていたカフェだが、その父親が戦死してからは彼女が一人で切り盛りしている。

「景気はどうだい?」
「見ての通りよケント、そろそろツケを払ってもらわないと、潰れちゃうんじゃないかしら」

 そう言っておどけるシェリルに、ケントはポケットから電子通貨トークンを取り出した。

「収入があったからな、まとめて払うよ」

 スカーレットが肩代わりしてくれている機体整備関係の引き落としは午後からだ、覚えてるだけであと九二〇万クレジットはあるだろう、その他、セシリアからローンごと受け継いだ店の代金だの、星系軍への罰金だのでケントの首は実にしっかり固定されて回らなかった。

「無理しなくていいのよ、どうせケントだし、期待してないわ」
「ひでえな、まあスカーレットに持ってかれる前に、払っとく」

 プラスチック製のカジノのチップに似たコインを、満額までチャージして、ケントは親指でシェリルに向かって弾き飛ばす。

「ほんと、感謝したほうがいいわよ、彼女のギルドに拾われてなかったら、今頃海賊稼業がいい所なんだから」
 
 クルクル回って飛んできたコインを器用にキャッチして、シェリルが笑った。終戦間際、徴兵された父親が戦死した時には中学生だったシェリルも、綺麗になったものだと、笑顔を見ながらケントは思う。

「はい、どうせテイクアウトなんでしょ」
「ああ、ちょっとな、忙しいんだ」

 コーヒーとコーンビーフサンドの入った紙袋を受け取り立ち上がる。

「たまには晩御飯も食べにくるのよ、お酒ばっかり飲んでないで!」

 追いかけてくるシェリルの声に手を振って、ケントは穴蔵へと引き返した。

「ノエル、解読デコードは終わったか?」
「……」
「ノエル?」

 机の上の情報端末ターミナルが点灯しているのを確認して、ケントは再び声をかけた。通信機コミュがブンと振動して小さな画面に文字が踊る。「plz rtn 2 shp」(船に戻ってください)

 部屋に盗聴器でも見つけたか? まあ、何かあったのだろう、そう察して、ケントはスクーターのバッテリーを手にとると、コーンビーフサンドを咥えながら表のスクーターに飛び乗った。

 まったく、儲け話というのは、いつだって……なかなかに厄介なものだ。
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