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ケンタウルスの亡霊
転がるはりんご (2)
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「ノエル」
「はい、マスター」
「ドアを開けてくれ」
「了解しました、セキュリティレベルBプラス、解錠まで六秒」
……Bプラス? 銀行の金庫並のセキュリティかよ、とんでもないな。
「解錠しました、建物へのハッキングを開始しますか?」
「ああ、セキュリティCまでの物は全てハッキング、それ以上の物は指示するまで待機」
「了解しました」
セキュリティDの照明、エアコン、水回り、ここまでの機器はハッキングされたとしても、通常気がつく人間はまずいない。セキュリテイCの通信機器に関しても、一般人の機材であれば警報を鳴らすことはまずないだろう。
ケントの自宅がハッキングされた際に気がついたのは、単純にノエルが全てをモニタリングしているからというだけだ、普通であればケント自身も気が付かなかっただろう。
カチャリ
鍵が開く音がする。そっとドアノブに手を伸ばした途端……。
「いらっしゃいませ、お待ちしておりました、ケント・マツオカ様」
中からいきなり扉が開くと、笑顔で言いながら、時代がかったメイドが現れた。
「くっ」
ケントがヒップホルスターに手を延ばす。同時に小柄なメイドに一歩詰め寄って腰を左腕で抱え込むと、ヒップホルスターから銃を……。
「うわっ」
抜こうとしたところで、伸ばした左手を取られ、ケントの視界がグルリと回る。
「お客様、おイタはいけませんわ? 踊り子には触らないでくださいまし?」
「……っつ」
小柄で細身の身体からは考えられない怪力でケントが床に押さえつけられた。
「ノエル!」
相手がアンドロイドなら、ノエルに任せれば何とでもなる……。
「ほらノエルも、久しぶりなんですから、ご挨拶なさい、わたくしそんな子に育てた覚えはありませんからね?」
「え?」
「独自プロトコル認証、セキュリティコードクリア……クリスお姉様?」
通信機を通してノエルの声が聞こえる。
「ええ、そうですよ、クリス姉様ですよ?」
何と言うか……ダメだった……。一気に脱力してケントは床に額をぶつけた、ゴン、と音がして石の冷たさが伝わってくる。
「あら、お客様、大丈夫ですか? 見せてくださいませ」
妙に生々しい柔らかさのアンドロイドが、馬鹿力でヒョイとケントを裏返すと子供をあやすように胸に抱きかかえた。
「セキュリティ解除……クリスティーナに視界を同期……あっ! だめです、お姉様」
「あらあら、ヤキモチ? 私の可愛いノエル」
小さな手で額を撫でられながら、ケントは神を呪う。
「はっはっは、何をやっておるのかね、君たちは」
「あら、お父様おかえりなさいませ」
野良着を来てリンゴのカゴを小脇に抱えたヴォルフが、その様子をみて腹を抱えて笑っていた……。
§
「いや、悪かった悪かった」
呵々と笑う老人に、開き直ったケントは薦められるまま、自家製だというシードルを傾ける。
「それで、嘘つきオオカミの爺さん、取り敢えず説明をしてもらえるか?」
父だというのなら、ノエルの作者ということだ、姉だというのなら、クリスはノエルの姉妹機という事だろう。
「おお、おお、名前に意味があることを覚えておる人間がいるとは、重畳なことだ」
「わたしのマスターですもの」
ノエルの嬉しそうな声が響く。
「ノエル、少し黙っててくれ」
「だって、マスター」
まだ何か言いたげなノエルが口を開くより先に、ケントは腕から通信機を外すと、ヴォルフの隣でアップルパイを切り分けるクリスに向かって、放り投げた。
「積もる姉妹の話でもしておいてくれ、クリス」
「あら、お優しい、好きになっちゃいそうですわ」
「だから、だめです、お姉様」
「はいはい、姉様とお話しましょうね」
スカートを摘んで一礼すると、クリスが通信機に話しかけながら隣の部屋に下がってゆく。
「さて、本題に入ってくれないか、悪名高いオオカミさん」
「はっ、思ったよりキレるの」
切り分けられたアップルパイを摘んで、ルドルフがニヤリと笑った。
釣られて目の前のアップルパイにケントも手を延ばす。バターの利いた生地、合成ではないカスタードクリーム、そして、香り高いリンゴ、目の回りそうな旨さだ。
「うまかろう?」
「ああ」
お世辞抜きの感嘆に、満足したようにうなずいてルドルフが言葉をついだ。
「土竜ギルドが艦載型転送門を発掘した、そいつが耳に入ってな、昔のよしみでリシュリューにそのことを教えてやった」
「ああ、軍産複合体絡みということで、大佐は動けない」
「そうじゃろうな、軍警察も今や奴らの手下の巣になっとる」
シードルを飲み干すと、テーブルにグラスを二つならべて、ルドルフが薄い琥珀色の液体を注ぐ。
「だが、コイツが軍産複合体に渡ると、それをネタに太陽系政府は自治権の剥奪にくるだろう」
「転送門管理条約違反を盾に、もう一度わしらは奴隷に逆戻り」
「しかも、今回は戦う力が残っていない」
ケントは渡されたグラスを一口舐めてみる、リンゴの蒸留酒?
「うむ、亡霊と呼ばれておる技術はな、本当は壊して置くべきだったのだろう。だがあの頃は皆、夢を見ていたのだよ、地球圏からの独立し対等に渡り合う事を」
「それで?」
グビリとグラスを傾けるルドルフをケントはそう言って睨みつける。
「まあ、そう睨むな、一応、わしも責任は感じておるんでな、力を貸してやろうというのだ」
「もう一つ聞きたい」
「なにかな?」
「亡霊は他にいくつある?」
「その実、艦載転移門の他に軍産複合体に渡らなかったものは、あと一つだけだよ、奴らはもっとあると思ってるようだがな」
……嫌な予感しかしないケントは、最後の一つが何かを聞くことなく、目の前のグラスを傾けた。
その昔、リンゴを盗み食いして楽園から追放されたのが人だと言う。そんなものまで酒にしちまうんだ、全く持ってロクでもない話だ。
鼻に抜けるアップルブランデーの香りにケントはゆっくりと目を閉じる。扉の向こうから、ノエルとクリスの楽しそうな声が聞こえてきた。
「はい、マスター」
「ドアを開けてくれ」
「了解しました、セキュリティレベルBプラス、解錠まで六秒」
……Bプラス? 銀行の金庫並のセキュリティかよ、とんでもないな。
「解錠しました、建物へのハッキングを開始しますか?」
「ああ、セキュリティCまでの物は全てハッキング、それ以上の物は指示するまで待機」
「了解しました」
セキュリティDの照明、エアコン、水回り、ここまでの機器はハッキングされたとしても、通常気がつく人間はまずいない。セキュリテイCの通信機器に関しても、一般人の機材であれば警報を鳴らすことはまずないだろう。
ケントの自宅がハッキングされた際に気がついたのは、単純にノエルが全てをモニタリングしているからというだけだ、普通であればケント自身も気が付かなかっただろう。
カチャリ
鍵が開く音がする。そっとドアノブに手を伸ばした途端……。
「いらっしゃいませ、お待ちしておりました、ケント・マツオカ様」
中からいきなり扉が開くと、笑顔で言いながら、時代がかったメイドが現れた。
「くっ」
ケントがヒップホルスターに手を延ばす。同時に小柄なメイドに一歩詰め寄って腰を左腕で抱え込むと、ヒップホルスターから銃を……。
「うわっ」
抜こうとしたところで、伸ばした左手を取られ、ケントの視界がグルリと回る。
「お客様、おイタはいけませんわ? 踊り子には触らないでくださいまし?」
「……っつ」
小柄で細身の身体からは考えられない怪力でケントが床に押さえつけられた。
「ノエル!」
相手がアンドロイドなら、ノエルに任せれば何とでもなる……。
「ほらノエルも、久しぶりなんですから、ご挨拶なさい、わたくしそんな子に育てた覚えはありませんからね?」
「え?」
「独自プロトコル認証、セキュリティコードクリア……クリスお姉様?」
通信機を通してノエルの声が聞こえる。
「ええ、そうですよ、クリス姉様ですよ?」
何と言うか……ダメだった……。一気に脱力してケントは床に額をぶつけた、ゴン、と音がして石の冷たさが伝わってくる。
「あら、お客様、大丈夫ですか? 見せてくださいませ」
妙に生々しい柔らかさのアンドロイドが、馬鹿力でヒョイとケントを裏返すと子供をあやすように胸に抱きかかえた。
「セキュリティ解除……クリスティーナに視界を同期……あっ! だめです、お姉様」
「あらあら、ヤキモチ? 私の可愛いノエル」
小さな手で額を撫でられながら、ケントは神を呪う。
「はっはっは、何をやっておるのかね、君たちは」
「あら、お父様おかえりなさいませ」
野良着を来てリンゴのカゴを小脇に抱えたヴォルフが、その様子をみて腹を抱えて笑っていた……。
§
「いや、悪かった悪かった」
呵々と笑う老人に、開き直ったケントは薦められるまま、自家製だというシードルを傾ける。
「それで、嘘つきオオカミの爺さん、取り敢えず説明をしてもらえるか?」
父だというのなら、ノエルの作者ということだ、姉だというのなら、クリスはノエルの姉妹機という事だろう。
「おお、おお、名前に意味があることを覚えておる人間がいるとは、重畳なことだ」
「わたしのマスターですもの」
ノエルの嬉しそうな声が響く。
「ノエル、少し黙っててくれ」
「だって、マスター」
まだ何か言いたげなノエルが口を開くより先に、ケントは腕から通信機を外すと、ヴォルフの隣でアップルパイを切り分けるクリスに向かって、放り投げた。
「積もる姉妹の話でもしておいてくれ、クリス」
「あら、お優しい、好きになっちゃいそうですわ」
「だから、だめです、お姉様」
「はいはい、姉様とお話しましょうね」
スカートを摘んで一礼すると、クリスが通信機に話しかけながら隣の部屋に下がってゆく。
「さて、本題に入ってくれないか、悪名高いオオカミさん」
「はっ、思ったよりキレるの」
切り分けられたアップルパイを摘んで、ルドルフがニヤリと笑った。
釣られて目の前のアップルパイにケントも手を延ばす。バターの利いた生地、合成ではないカスタードクリーム、そして、香り高いリンゴ、目の回りそうな旨さだ。
「うまかろう?」
「ああ」
お世辞抜きの感嘆に、満足したようにうなずいてルドルフが言葉をついだ。
「土竜ギルドが艦載型転送門を発掘した、そいつが耳に入ってな、昔のよしみでリシュリューにそのことを教えてやった」
「ああ、軍産複合体絡みということで、大佐は動けない」
「そうじゃろうな、軍警察も今や奴らの手下の巣になっとる」
シードルを飲み干すと、テーブルにグラスを二つならべて、ルドルフが薄い琥珀色の液体を注ぐ。
「だが、コイツが軍産複合体に渡ると、それをネタに太陽系政府は自治権の剥奪にくるだろう」
「転送門管理条約違反を盾に、もう一度わしらは奴隷に逆戻り」
「しかも、今回は戦う力が残っていない」
ケントは渡されたグラスを一口舐めてみる、リンゴの蒸留酒?
「うむ、亡霊と呼ばれておる技術はな、本当は壊して置くべきだったのだろう。だがあの頃は皆、夢を見ていたのだよ、地球圏からの独立し対等に渡り合う事を」
「それで?」
グビリとグラスを傾けるルドルフをケントはそう言って睨みつける。
「まあ、そう睨むな、一応、わしも責任は感じておるんでな、力を貸してやろうというのだ」
「もう一つ聞きたい」
「なにかな?」
「亡霊は他にいくつある?」
「その実、艦載転移門の他に軍産複合体に渡らなかったものは、あと一つだけだよ、奴らはもっとあると思ってるようだがな」
……嫌な予感しかしないケントは、最後の一つが何かを聞くことなく、目の前のグラスを傾けた。
その昔、リンゴを盗み食いして楽園から追放されたのが人だと言う。そんなものまで酒にしちまうんだ、全く持ってロクでもない話だ。
鼻に抜けるアップルブランデーの香りにケントはゆっくりと目を閉じる。扉の向こうから、ノエルとクリスの楽しそうな声が聞こえてきた。
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