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ガニメデの妖精
見上げるは星空 (2)
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鎧のような船外作業服を着たケントが準備を済ませて貨物室へ行くと、与圧されていない貨物室に薄い気密服を着たノエルが立っていた。
「わたしも一緒にいきます」
「一人で大丈夫だ」
「船外作業の練習です、がんばって沢山マスターの役に立ちたいです」
投げたボールを取ってきた子犬のような顔でいうノエルに、ケントはやれやれと肩をすくめると貨物扉を開いた。真正面、三〇メートル程の位置に救命ポッドが現れる。
「お前、すごいな」
「えへへ、もっと褒めて下さい、燃料もちょっとしか使わなかったのです」
床を蹴り、背負った推進器で救命ポッドに近づいてゆくケントの胸にしがみついて、薄い気密服のノエルがそう言って笑う。呼吸するわけでは無いので別に着てなくても良さそうなものだが、ノエルいわくお肌に良くないらしい。
「オーケイ、ポッドの側面につけ」
「はい!」
名残惜しげに見つめてから、ノエルが手を放し、推進器を吹かす。
「おい、まて、どこにいく、推進器《スラスタ》を切れ、星くずになりたいか」
「ちょっと待って下さいこれ、勝手がちがいます」
救命ポッドを飛び越して、あさっての方向に飛んでゆくノエルを、ケントは命綱をつかんで引き戻した。
「ほら、落ち着け、あんなデカイ『フランベルジュ』は好き勝手振り回せるのに、なんで筐体で宇宙遊泳が上手くできないんだよ」
「艦とちがって、いっぱいスラスターついてないんですよ? なんでそんな自由に……」
「ベクトル調整を噴射でするからややこしくなる、体をひねれ、腕を振れ、なんなら艦に演算補助してもらえ」
「やです、一人でできます」
艦と筐体、バカみたいに高性能な演算装置が二つもあるのだから、並列処理すれば楽勝だろうに、かたくなにボディだけで何とかしようとするのは、ノエルの意地なのだろう。
「ほら、いくぞ、そこの取っ手を持て、噴射、二秒」
「はい!」
それでも二分もしないうちに、ケントと二人、救命ポッドの反対側を抱えてバランスを取りながら『フランベルジュ』へ戻れるようになるのだから、大した学習能力だ。
捕まえた救命ポッドを、『フランベルジュ』めざして押しながら、ケントは小さく見える二つの恒星に目を細めた。あの日、酷く冷たく見えた宇宙が今日はそう悪くない眺めに思える。
§
「それで、ケントよ、こないだのリンゴは土産としては良かったが、今度のこれはなにかの?」
「なにって、見ての通りの救難ポッドさ」
「妾を土産があると、わざわざ港まで呼び出しておいて? 救難ポッド?」
スカーレットの呆れた目が痛い。なんだろう、子猫を拾ってきたら元の場所に戻して来なさいといわれている子供の気分だ。
もっとも、ポッドの中身は可愛げのないオッサンかもしれないが……思いながらケントはスカーレットを片手で拝む。
「墜とされた時に、ケンタウルスⅡで眺めた星空を思い出しちまってな」
ケントの言葉にスカーレットの紅玉の瞳孔が細くなる。ふむ、とうなずいてから肩をすくめ、後ろに控えているアンドロイドのリディを振り返った。
「リディ、事務所の倉庫に運んで藪医者をよんでやれ」
「恩に着る」
「たこうつくからの?」
「ああ、わかってる」
転移門のおかげで、コールドスリープが移動手段として使われなくなってから二世紀、事故発生時の漂流手段としては有効なので、技術喪失はしていないが冬眠からおこすのに失敗すると即死するのは、黎明期と変わらない。
「ノエル、リディを手伝ってやれ、俺はスカーレットにもう少し話がある。」
「うぅ、やっぱりマスターはちっちゃい子が好きなんですね?」
「なっ……」
「そうなのかやケント? 早ういうてくれればよいのに」
「マスターのばか、ロリコン!」
ちらりちらりと振り返りつつ、しぶしぶと言った体でノエルが『フランベルジュ』にむかって駆けてゆく。
「難儀なお人形を手に入れたもんじゃな」
「嫉妬深い以外は優秀なんだがな」
頼む以上は、わかっていることは伝えておいたほうがよいだろう。ケントは手首の通信機をタップすると、スカーレットにポッドから得られた情報を送る。
「太陽系、木星船籍『ユニコーンⅡ』とはの、これはまた」
「知っているのか?」
「ああ、妾のヨットがあるじゃろ?」
「あの、クソ豪華なやつな」
スカーレットの宇宙ヨットは、一度招かれて乗ったことがある。大きさで言えば『フランベルジュ』の三割強ほどの大きさだが、よくもまあというほど無駄に豪華なという船だ。
「あれを買う前にオークションに出ておってな、欲しかったのじゃがの、競り負けた」
「いくらで?」
「二二〇〇億クレジット」
ニヤリと八重歯を見せてスカーレットが笑った。
「……中古の巡洋艦が買えるな」
「妾が参加したのは一二〇〇億クレジットまでじゃよ?」
まったく、金持ちってのはよくわからん。思いながらケントはポケットから小さな包を出すとスカーレットに手渡した。
「なんじゃ?」
「ルベライト鉱石、ケンタウルスⅦじゃ鉱石くらいしか土産はないからな」
ガサガサと無遠慮にスカーレットが紙の包みを開く。
「ふむ、綺麗じゃな、カットしてピアスにでもするかの」
「高いもんじゃなくて申し訳ないがな」
「お人形に叱られはせんかの?」
「あいつの分も買わされた」
「それはそれは」
救命ポッドをトレーラーに積み終わったのだろう、ほめてもらおうと子犬のように駆けてくるノエルの胸元で光るアイオライトのネックレスを見ながらケントはため息をついた。
昼飯はホットドッグにしよう、うんとマスタードの効いた奴がいい。あとは濃いコーヒーが欲しいところだ、シェリルの店で昼飯をくおう。
じゃれついてくるノエルを片手でいなしながら、昼飯に思いを馳せるケントの隣を、宝箱かそれとも、怪物か、救命ポッドを積んだトレーラーが走り抜けていった。
「わたしも一緒にいきます」
「一人で大丈夫だ」
「船外作業の練習です、がんばって沢山マスターの役に立ちたいです」
投げたボールを取ってきた子犬のような顔でいうノエルに、ケントはやれやれと肩をすくめると貨物扉を開いた。真正面、三〇メートル程の位置に救命ポッドが現れる。
「お前、すごいな」
「えへへ、もっと褒めて下さい、燃料もちょっとしか使わなかったのです」
床を蹴り、背負った推進器で救命ポッドに近づいてゆくケントの胸にしがみついて、薄い気密服のノエルがそう言って笑う。呼吸するわけでは無いので別に着てなくても良さそうなものだが、ノエルいわくお肌に良くないらしい。
「オーケイ、ポッドの側面につけ」
「はい!」
名残惜しげに見つめてから、ノエルが手を放し、推進器を吹かす。
「おい、まて、どこにいく、推進器《スラスタ》を切れ、星くずになりたいか」
「ちょっと待って下さいこれ、勝手がちがいます」
救命ポッドを飛び越して、あさっての方向に飛んでゆくノエルを、ケントは命綱をつかんで引き戻した。
「ほら、落ち着け、あんなデカイ『フランベルジュ』は好き勝手振り回せるのに、なんで筐体で宇宙遊泳が上手くできないんだよ」
「艦とちがって、いっぱいスラスターついてないんですよ? なんでそんな自由に……」
「ベクトル調整を噴射でするからややこしくなる、体をひねれ、腕を振れ、なんなら艦に演算補助してもらえ」
「やです、一人でできます」
艦と筐体、バカみたいに高性能な演算装置が二つもあるのだから、並列処理すれば楽勝だろうに、かたくなにボディだけで何とかしようとするのは、ノエルの意地なのだろう。
「ほら、いくぞ、そこの取っ手を持て、噴射、二秒」
「はい!」
それでも二分もしないうちに、ケントと二人、救命ポッドの反対側を抱えてバランスを取りながら『フランベルジュ』へ戻れるようになるのだから、大した学習能力だ。
捕まえた救命ポッドを、『フランベルジュ』めざして押しながら、ケントは小さく見える二つの恒星に目を細めた。あの日、酷く冷たく見えた宇宙が今日はそう悪くない眺めに思える。
§
「それで、ケントよ、こないだのリンゴは土産としては良かったが、今度のこれはなにかの?」
「なにって、見ての通りの救難ポッドさ」
「妾を土産があると、わざわざ港まで呼び出しておいて? 救難ポッド?」
スカーレットの呆れた目が痛い。なんだろう、子猫を拾ってきたら元の場所に戻して来なさいといわれている子供の気分だ。
もっとも、ポッドの中身は可愛げのないオッサンかもしれないが……思いながらケントはスカーレットを片手で拝む。
「墜とされた時に、ケンタウルスⅡで眺めた星空を思い出しちまってな」
ケントの言葉にスカーレットの紅玉の瞳孔が細くなる。ふむ、とうなずいてから肩をすくめ、後ろに控えているアンドロイドのリディを振り返った。
「リディ、事務所の倉庫に運んで藪医者をよんでやれ」
「恩に着る」
「たこうつくからの?」
「ああ、わかってる」
転移門のおかげで、コールドスリープが移動手段として使われなくなってから二世紀、事故発生時の漂流手段としては有効なので、技術喪失はしていないが冬眠からおこすのに失敗すると即死するのは、黎明期と変わらない。
「ノエル、リディを手伝ってやれ、俺はスカーレットにもう少し話がある。」
「うぅ、やっぱりマスターはちっちゃい子が好きなんですね?」
「なっ……」
「そうなのかやケント? 早ういうてくれればよいのに」
「マスターのばか、ロリコン!」
ちらりちらりと振り返りつつ、しぶしぶと言った体でノエルが『フランベルジュ』にむかって駆けてゆく。
「難儀なお人形を手に入れたもんじゃな」
「嫉妬深い以外は優秀なんだがな」
頼む以上は、わかっていることは伝えておいたほうがよいだろう。ケントは手首の通信機をタップすると、スカーレットにポッドから得られた情報を送る。
「太陽系、木星船籍『ユニコーンⅡ』とはの、これはまた」
「知っているのか?」
「ああ、妾のヨットがあるじゃろ?」
「あの、クソ豪華なやつな」
スカーレットの宇宙ヨットは、一度招かれて乗ったことがある。大きさで言えば『フランベルジュ』の三割強ほどの大きさだが、よくもまあというほど無駄に豪華なという船だ。
「あれを買う前にオークションに出ておってな、欲しかったのじゃがの、競り負けた」
「いくらで?」
「二二〇〇億クレジット」
ニヤリと八重歯を見せてスカーレットが笑った。
「……中古の巡洋艦が買えるな」
「妾が参加したのは一二〇〇億クレジットまでじゃよ?」
まったく、金持ちってのはよくわからん。思いながらケントはポケットから小さな包を出すとスカーレットに手渡した。
「なんじゃ?」
「ルベライト鉱石、ケンタウルスⅦじゃ鉱石くらいしか土産はないからな」
ガサガサと無遠慮にスカーレットが紙の包みを開く。
「ふむ、綺麗じゃな、カットしてピアスにでもするかの」
「高いもんじゃなくて申し訳ないがな」
「お人形に叱られはせんかの?」
「あいつの分も買わされた」
「それはそれは」
救命ポッドをトレーラーに積み終わったのだろう、ほめてもらおうと子犬のように駆けてくるノエルの胸元で光るアイオライトのネックレスを見ながらケントはため息をついた。
昼飯はホットドッグにしよう、うんとマスタードの効いた奴がいい。あとは濃いコーヒーが欲しいところだ、シェリルの店で昼飯をくおう。
じゃれついてくるノエルを片手でいなしながら、昼飯に思いを馳せるケントの隣を、宝箱かそれとも、怪物か、救命ポッドを積んだトレーラーが走り抜けていった。
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