金の林檎亭へようこそ〜なんちゃって錬金術師は今世も仲間と一緒にスローライフを楽しみたい! 〜

大野友哉

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アルタジアへ

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 ラウルは久しぶりに気分爽快、身体は軽やか、とても気持ちの良い朝を迎えた。

 ただし、今は絶賛大急ぎでアルタジアの王城に向かう準備中だが。

 慌てて身支度をしながら昨夜飲んだ健康ドリンクの、シュワシュワした気泡が身体全体に染み渡るような不思議な感覚を思い出していた。

「あの健康ドリンク、美味しかったな」

 あまりに深く眠り過ぎて出発時間ギリギリまで起きることが出来なかったが、これだけ体が軽いなら致し方ないと思うことにする。

 ラウルはテーブルに置かれた背負い鞄の中から携帯固形食料を取り出した。

 本当であれば、金の林檎亭で朝食を食べてからイシスの街を出たかったのだが、約束の時間に王城に着くのが難しいので、大変残念だが断念し、今に至る。

「さて、行くか」

 昨日、金の林檎亭に向かう前に、宿の女将にチェックアウトを告げておいてよかったと、もそもそと味気ない携帯固形食料を口に放り込み、どうしても治らない寝ぐせをそのままに部屋を出た。

------------

「おかえり。ラウル」

 馬を走らせること二時間弱、馬車よりは若干早くアルタジアの王城に到着した。

 出迎えてくれたのはラウルの側近のリチャード。幼い頃からの友達でもある。
 到着する時間が思ったより遅かったのか、少し怒り気味にトレードマークのその銀縁眼鏡を外した。

「ギリギリ過ぎやしないか?今日は大事な報告の日だろう? 」
「大事だといっても、いつもと同じだよ。報告できるようなことは、ない」

 馬を飛ばしてきたため埃と汗が身体にまとわりついていて気持ち悪い。

「時間がないのは承知しているが、湯あみできるか? 」
「ちゃんと準備はしてある。烏の行水になるが、そのボサボサの髪で報告に向かうよりはいいだろう」
「さすがリチャード。わかっていらっしゃる」
「茶化すなよ。早くいけ」

 促されて急ぎ王城の奥、自分の部屋に向かう。
 部屋に備え付けの風呂には、いい塩梅の湯加減でしっかり湯が張られている。

 朝急いで準備をしたため気になっていた寝ぐせも直せるのは嬉しい。

 しかし時間もないので、頭から湯をかぶり、汗と埃を流す。
 ゆっくり湯に浸かりたいのを我慢し、何度か頭から湯をかぶるだけにした。

「おい、ラウル。そろそろ出て準備しないと本当に間に合わなくなるぞ」

 部屋で支度をしてくれているリチャードが声をかけてきた。

 そんなに急かさなくてもいいのにと思うが、報告の時間には遅刻は出来ない。

 今日は父に…… アルタジアの王に《錬金術を使う者》も《錬金の光》を持つ者も見つけられなかった、と報告しなければならない。
 この半年、イシスの街で該当する者を探してはいるのだが、上手くいっていないのが現状だ。

 元々失われた技術であるし、使い手だって大々的に宣伝したりはしないだろうとは思うが半年見つからないのなら、情報自体が間違っているのかもしれない。

 それでも諦めきれないのは、どうしても錬金術師の技の一つが、この国にとって、いや自分たち家族にっとってこそ必要だからだ。

 風呂場からでて、服を着る。
 髪は適当に風魔法で乾かして、後ろへ撫でつけた。
 小綺麗にしていればそこまで怒られることはないはずだ。

「行こうか」

 ラウルは烏の行水を終え、リチャードを伴って報告へ向かう。

「イシスの街で該当者は見つかったのか? 」
「いや、まだ見つけられていない」
「まだ半年だ。諦めるにはまだ早い」

 そうだ、もう半年。まだ半年だ。諦めるには早い。

「そうだな。 ありがとう」

「ラウル様、参られました」

 報告の間の前に到着し、その開かれた先にラウルの父でもあるアルタジア王が座っていた。

「よく戻った。 ラウル。そうか…… その顔は見つからなかったか」
「申し訳ありません」

 半年イシスの街で生活し、食事処や宿、広場など人が集まる場所に赴いては該当者を探すが、我こそはと名乗り出てくれるわけではない。
 心が折れそうになる時もあるが、その中で金の林檎亭が自分を支えてくれているような気がしてきている。

「しかし、まだ半年です。時間はまだあります。父上」
「そうであるな。お前には悪いが、まだお願いできるか」

 非公式とはいえ、一国の王にお願いされている。
 さらに自分の父であれば、否やはない。

「はい」

 父の目を見てしっかり答える。

「そういえば、イシスの街では不自由なく過ごせているのか」

 ラウルはこのアルタジアの三番目の王子として生を受けた。

 三番目であっても国の王子であれば、『ラウル』ではなく『王子』としてその場にいることが求められる。
 小さいときはとにかく自由にできない事が不満で仕方なかったが、自分の立場を理解した頃にはそう言った不満も次第になくなっていった。

 長兄は次期国王に内定している為、父の元で勉強中だ。
 次兄はこの国の魔法省で働き、自分は騎士団に所属している。

 絶対に裏切らない。
 国王を支えるための布陣である。

 しかし、イシスの街では王子でも騎士でもない。
 何のしがらみもない、王城で働いているただの「ラウル」という個人として皆が見てくれている。

 楽しい。
 色々な人が自分をラウルとして見てくれるのが、特に嬉しい。

「不自由なく過ごせていますし、街の者との交流も大変楽しいです。 特に美味しい料理屋があって、ほぼ毎日足を運んでいます。父上にも召し上がっていただきたいほどです」
「お前がそんなにいうとは、さぞ美味かろう。足を運べればいいのだがな」

「母上もきっと気に入ってくれると思うのです」

 この国の王妃、ラウルの母の身体は数年前から不治の病に侵されて、ベッドからあまり起きることが出来なくなっている。

 ラウルはその母の病を治すため、エリクサーの作成法を求めて錬金術師を探しているのだ。

「その店の店主が、私よりも少し年下ですが働き者で、いつも美味しい食事を提供してくれるのです。とても気のいい青年ですよ。いつか皆で参りましょう」

 金の林檎亭に両親が足を運ぶ可能性はゼロではない。が、国中に顔が知られているが故難しいかもしれないと思いつつ、ラウルはあの暖かい場所で家族皆と食事がしたいと願ってしまう。

「そうであるな。いつか皆で参ろう」

 目を細めて、その願うように父はつぶやいた。

「はい。必ず」
 
 ラウルも約束するように答えた。

「次の報告ですが、来週は戻りません。その次の週に戻ります。良い報告が出来ればとは思いますが、焦らず探します」

 その言葉を結びとして今日の報告を終え、部屋を下がった。

「リチャード、来週の空の日、イシスに来いよ。あとロジャーとフィンを連れてきて」
「なんで? 」

 基本的にラウル一人でイシスの街に足を運んでいるが、王子であるため護衛は離れたところに数人付いているのを知っている。
 ただあくまで護衛であるが故、街の中で一緒に過ごすことはしていない。

 今日も寝坊した自分の後を追って大変な目にあってしまったと思うが、誰が自分についてるのかわからないので謝ることもできないのが申し訳ない。

「来週末、先ほど父上に話をした店でバーベキューがあるんだ。友達を連れてくると約束したからね。」
「なんだ、その、ばーべ、きゅうとは? 」

 この前の自分と同じ質問である。
 くすりと笑ってラウルは答える。

「バーベキューはね、仲の良い友達と楽しく呑み食いする会、だそうだよ」

 自慢げにリチャードにバーベキューを教えるラウルであったが、明日自分の大一番、オムライスに好物を乗せたスペシャルメニューを予約してる。

 その為に溜まった仕事を大急ぎで片付けなくてはいけない。

「この後仕事を片付けて、明日の朝にはまた城を出てイシスに向かう。バーベキューについては日時を別途書面で指示するよ」

 錬金術師も早く探し出し母の病気を治したい。
 街にはラウルが大事にしたい楽しくうれしいものが沢山ある。

 イシスの街に居たい理由が自分の中で急に大きくなった気がした、が、今は明日のスペシャルメニューのことで頭がいっぱいになってしまうラウルであった。
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