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【26】闖入者

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二人が灯台の中に戻ってしばらくすると、アルフが螺旋階段を上って来た。

「灯台が白いからか、蝋燭の灯りでも結構明るく見えました」

「そうか。それなら岸に近づく船からも良く見え暗礁に乗り上げてしまうこともないだろうな」

「下でお茶を淹れてまいりますね」

リュディーヌは階下へ行った。

「アルフ、聞いてくれ。リュディーヌ嬢が結婚を受け入れてくれたんだ」

「なんと! これからさらに忙しくなりますよ。あの家で新婚生活が始まるのですね」

「アルフにもいい縁があるといいな」

アルフは婚約者がいてもおかしくなかったが、思うところがあるとかで、すぐの結婚を考えていないと以前言っていたのを思い出した。
侯爵家の次男で家を継ぐことはないからだと言うが、王宮を離れてはますます縁遠くなってしまうのだろうか。

「それ、結婚が決まった男が言うと一番嫌われるセリフですよ」

「そうか、心からそう思ったのだが」

「……リュディーヌ嬢、遅くないですか?」

アルフがそう言った時、聞こえるはずの無い馬の嘶きが外から聞こえ、二人は螺旋階段を駆け下りた。

***

樽から柄杓で水を汲み、お湯を沸かす。
リュディーヌは、先ほどまでのあの外でのシルヴェストルとの会話を思い出していた。
あの場所に立って海を見ていると、柵を乗り越えて何もかも投げ出したいという気持ちになった。ほんの少し身体を傾ければいいのだと。
そうしたら、父と母とそしてエディットと、向こうの世界で本当の家族になれるのではないかと思えた。
同時にその考えは危険だとも分かっていた。
もしもあの場所にシルヴェストルと一緒に立ったら、自分はどう思うのか……。
それであの場所にシルヴェストルを導いた。
二人でこちら側と向こう側の間に立ち、穏やかな海をみて自分は何を思ったか。

リュディーヌは、生きたいと思った。
あの柵のこちら側で、シルヴェストルに抱きしめられ、その温もりの中で生きていきたいと思った。
暗くなった夜の海もこれまでのように恐ろしくは感じなかったのだ。
ただそこに、静かな海面があるだけだと思えた。

そんな物思いに耽っていて、灯台の中に入ってきた人物に気づくのが遅れた。

「久しぶりだな」

「……オールストン……公爵令息様……」

「なんだその罪人のような髪は。ああ、罪人の姉だったな」

「……近寄らないでください。大声を出します」

「ははっ! こんなところで叫ぼうが喚こうが、誰に聞こえると言うのだ。一人で寂しかっただろうから慰めてやろうと思ってね、こんなところまで来てやったんだよ」

「近寄らないで」

距離を詰めてくるアントナン・オールストンに、リュディーヌは沸き立った小鍋の湯を掛けようとしたが一瞬遅く、ぐいと引き寄せられてしまった。
小鍋がカランと落ちて、熱湯が石の床で湯気を立てる。

「おまえは元々俺のものになるはずだったんだよ!」

「離して!!」

「リュディーヌ嬢!」

螺旋階段をシルヴェストルとアルフが駆け下りてきた。

「その手を離せ!」

まさかこの孤島の灯台に、他に人が居ると思っていなかったアントナン・オールストンは、驚いて尻もちをついた。シルヴェストルはリュディーヌを抱き取り、アルフがアントナンの腕を捻じって床に押し付ける。

「やめろ、俺を誰だと思っているんだ! こんなことをしてオールストン公爵家が黙っていないぞ!」

「ほう、オールストン公爵は私に何を言ってくれるのだ?」

「えっ……!? あ、あなたは……」

アントナン・オールストンは、ここに居るはずのない人物を見て、呆気に取られていた。

リュディーヌは螺旋階段を駆け上り、シルヴェストルが好きに動けるようにした。そして洗濯ロープにするには少し足りなかったロープを持ってきて手渡す。

「ありがとう、君は上にいてくれ」

シルヴェストルはアルフが押さえつけているアントナンの手を、後ろ手に縛りあげた。

「アントナン・オールストン公爵令息、ここは王家直轄領の灯台だ。そこで女性に狼藉を働き暴言を吐いた罪は軽くはないぞ」

「狼藉など、まだ何も!」

「まだだと? 語るに落ちたな」

アントナンは、鍛錬を嫌がって真面目に出ていなかったことを後悔した。
まさかここにシルヴェストル第一王子殿下が居るなどと露ほども思わず、またその殿下が素早く隙もなく自分の手を縛りあげるとも思っていなかった。
第一王子殿下にその場で捕縛されては何の言い訳も通じないと、アントナンは項垂れた。

リュディーヌ・アルドワン伯爵令嬢を茶話会で見た時に、おとなしくて清らかそうで自分の妻に相応しいと思っていたが、アルドワン伯爵は姉リュディーヌは婿を取るからと婚約を受け入れなかった。妹ならばと言われ、父はそれを受けてしまった。
アルドワン伯爵家の娘なら誰でもいいのだと。
だが自分はリュディーヌが良かったのだ。
婚約者となったエディットを自分のものにしても、何の喜びも得られなかった。
まさかその婚約者エディットが、自分の妹を死なせてしまうとは……。
しかもそれが、妹イヴリンの嘘や暴言のせいだったのだ。
父は頭を掻きむしり、死んだイヴリンにぶつけられない怒りを自分にぶつけてきた。
自分は公爵家の嫡男として、輝かしい未来があるはずだった。
リュディーヌを妻にして……。
何故、こんな目に遭わなければならないのか。
何故、この孤島の灯台に第一王子殿下がいらしたのか。
分からないことばかりの中、ただ一つ分かるのは、かつて思い描いたような輝かしい未来はもうやって来ないということだけだった。


それからアントナンを拘束したまま乗って来た馬車に乗せ、アルフが馬で先導して付いて来るようその馬車の馭者に命じた。
一番近い、と言っても灯台から二時間以上はかかる村の警備隊詰所に馬車ごと引き渡し、一晩牢に入れ、朝が来たら王宮に連行するように伝えた。
まだ持っていた第一王子殿下所属のバッヂを見せると、警備隊らは素早く馬車から引きずり出したアントナンを鎖で拘束し直し、牢に馬車の馭者と共に放り込んだ。
馭者はとばっちりを受けたようなものだが、王宮の者たちが正しく計らうだろう。

見届け終わるとアルフは馬に跨り、今夜は灯台に戻らなくてもいいだろうと思いながら走った。


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