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最後の艦隊

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日吉。
地下壕内の連合艦隊司令部。
天一号作戦の肝となる艦隊特攻。
その件について、最終的な詰めの議論が行われていた。
その席に宇垣纏は第5航空艦隊司令として加わる。
3月末からの、めざましい特攻戦果。
その5航艦の司令官。それ以前の輝かしい経歴戦歴。
連合艦隊司令部内でも宇垣は一目置かれていた。
「しかし、独断で陸軍と交渉したりなさるのは如何なものかと?
結果として桜花隊が戦果を挙げたから良いようなものの…。」
新鋭戦闘機紫電改の部隊を率いる、源田実大佐のような男もいたが。
「…とにかく、貴官の海上特攻全般に関する意見が欲しい。」
豊田副武連合艦隊司令長官の問いに対し、宇垣は一礼し語り始める。
「まずは、皆様方、いや軍部内の全体でご意見が割れていると思うが…。
少なくとも海軍は、沖縄戦を最後の決戦場と考え、この海上特攻にも臨んで頂きたいということである。
最後というのはもっとも懸案である燃料も含め、ボート一隻、飛行機の一機まで残さず、向こう1から2ヶ月で使い切る前提で敵に討ちかかるということであります。」
当然どよめく周囲に、宇垣は渡久地に説かれた、本土決戦に向けた中途半端な戦力温存策の無意味さ。
そして艦隊特攻ではなく、真に有効なの内実を解いた。
「バカな!よしんば燃料が集まったところで軍令部が裁可する筈は無い!」
「護衛戦闘機をつけても、その数では焼石に水だ!」
「重油を使い切ってしまえば、特攻用の航空燃料すらも早晩足りなくなりますぞ!」
他の幕僚達はそう口々にまくしたてる。
宇垣は腕組みし、瞑目した。
だが…。
神重徳連合艦隊参謀が発言する。
「いや!自分としては宇垣閣下のご意見に賛成であります!
あたら世界最大の戦艦を擁しながら、中途半端な用兵で虚しく沈めては後世に恥を晒すのみ。
我が最強の戦艦を最大限に活かしきり敵に痛撃を加える。
その為には動員できるものは全て用いる。
というのはむしろ当然の理。
ここは連合艦隊の総意として、閣下の案を軍令部に認めさせることが肝要と考えます!」
今度は豊田長官が唸り、腕組みをする。
宇垣は再び、いつものポーカーフェイスに戻っていた…。
(自ら望んで最前線の基地から、特攻隊員を送り出し日々現状に直面している宇垣の見解は確かに無視できん。
参謀の神大佐1人の意見だったら、また十八番の戦艦部隊猪突猛進案か。で片付けていたが。)
豊田は結論を出し、高らかに宣言した。
「よかろう、宇垣中将の具申を全面的に容れ、軍令部の承認をなんとしても得る。
各部署はその前提で各方面から作戦の細部を煮詰めてもらいたい。」
「「御意!!」」
宇垣は深々と頭を下げた。
憮然としているのは源田実であった。
結局この流れだと、自身の率いる新鋭2000馬力級戦闘機、紫電改中心に編成された343航空隊の燃料支給が後回しになってしまうこと明白である…。
こと沖縄方面への特攻隊直掩任務となると、航続距離の短い紫電改は中途までしか援護できない故、蚊帳の外にされてしまうのも仕方ないことではあるのだが…。

4月12日正午に、改めて海軍軍令部より天一号作戦の肝となる戦艦大和基幹とする第二艦隊に出撃命令が下される。
当初の構想の編成に追加されたのは、戦艦長門と駆逐艦3隻。
燃料はかき集め、慎重に配慮され、どうにか全艦に沖縄までの片道プラス戦闘機動の余裕を持たせた分量が配分される。
出撃は日没後、1900。
少しでも米軍に察知されるのを遅らせる事を意図してのものであった。

その一方で、この強引な海軍保有の燃料の根こそぎ徴発に怒り狂った者がいる。
海上護衛総隊の大井篤司令。
自分の護衛艦部隊から3分の2近い燃料を引き抜かれたこともあり、折角沖縄の為に追加兵力、装備の輸送を2度に渡り成功させてやったのにと前置きして(それも渡久地隊を含めた上空直掩があってのことだったが。)
「日本にわずかに残された動脈の手当てを無視して、何が海上部隊の栄光だ、馬鹿野郎」
と日記に書き殴っている…。

「もうすぐ外洋に出るね。」
第二艦隊司令伊藤整一中将は呟く。
「ですな、なるべくむこうの反応が遅れてくれればよいのですが…。」
参謀長森下信衛が応え、艦長の有賀幸作も頷いた。
昨日、軍令部内々で決まったとの報を受け、連合艦隊の代表として派遣されてきた草鹿龍之介参謀長から作戦書を渡され、一読した時の事を伊藤は思い出していた。
「これは?つまり我々に艦隊における特攻をせよと?
如何に皆が頑張って護衛戦闘機をつけてくれたとて、そもそも沖縄に辿り着く公算も低いと考えるが。」
「いえ、無謀ではありますが特攻とは一線を画します。
艦は最終的に立ち往生したとしても、長官も含め1人でも多く生き残って欲しいと言うのが司令部の総意。
そこまでの戦いで、一艦一兵でも多く、敵を大和の火力で葬って頂きたい。
1分の勝算を少しでも高めるべく、本土からあらゆる支援を惜しみませぬ故、何卒!」
草鹿は深々と頭を下げた。
元々は伊藤にとって草鹿は親しい後輩である。
「そういう事ならば…。
我が第二艦隊は全力で応えさせて頂くと。連合艦隊にもお伝え願う!」
「ははっ!」


大和率いる第二艦隊が外洋に出て4時間後…。
渡久地俊哉は飛行服に着替え、冨安と共に爆装した零戦に歩み寄る。
「さて、まずは前夜祭と行くかね。」
「ああ、敵さんの神経を削っておかないと。」
2人は呑み会に出かけるような調子で言葉を交わしつつ、それぞれの愛機に乗り込む。







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