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Chap.1 白銀にゆらめく砂の城
Chap.1 Sec.3
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(射撃やだな……でもセト君に怒られるのもやだな……なんとかごまかせないかな……ロキ君あたりに賄賂を渡してデータを改竄……)
うんうんと胸中の思いを唸りながら廊下を進んでいたティアは、心うちに反して準備ばっちりな格好をしていた。
白のスポーツウェア。スマートマテリアルのため体温の上昇に合わせて形状変化する物なのだが、ティアはそこまでの運動をしたことがない。わざわざこれを着て外に出ることもない。無用の長物かもしれない。
かたちから入るタイプのティアは、やる気がないのに万全の装いでトレーニングルームのドアへと手をかざした。
ドアがスライドするあいだも(ロキ君は何を渡したら交渉に乗ってくれるかな……) 往生際のわるいことを考えていて、ドアが開いた先の光景に気づくのが数秒ほど遅れた。
「……うん?」
いつになくアクティブな服をしたティアの前で、いつにない組み合わせの顔ぶれが、
「ウサちゃんが射撃したってい~じゃん」
「私は認めない」
「はァ? アンタにそんな権限ねェって前も言ったよなァ?」
「サクラさんも認めないと言ったはずだ」
「今さらサクラの言い分なんて聞くワケ?」
「サクラさんの指示に従えないのなら、セトの許可を得てもらいたい。トレーニングはセトの管理下だ」
「セトはぜってェ反対すンじゃん」
「ならば私も反対する」
「あァ?」
(……あ、もしかしてこれ、射撃やれない感じ?)
トラブルの気配を察したティアは思わず笑顔を浮かべ——かけたが、表面的に取りつくろって「どうしたの?」と、ここまでの会話で状況を把握したにもかかわらず白々しく尋ねた。
言い争っていたロキとイシャンが振り返る。真ん中の彼女は絶賛困惑中。しかし、ティアの存在に救いを見出したのか表情を明るくした。
残念なことに、ティアは問題を解決する気がこれっぽっちもない。
「二人とも何を揉めてるの? アリスちゃんが困ってるよ?」
問いかけたティアに対して、先に口を開いたのはロキだった。
「ウサギにトレーニング用のハンドガン見せてたら、あとから入ってきたイシャンが文句つけてきたワケ。まだ撃ってもねェのにさァ~……ってか護身術やるならハンドガンも練習すべきじゃん? これが一番手っ取り早いンだし」
イシャンの横目が細くロキを捉える。ティアはその視線に心の中だけで苦笑する。
(イシャン君ってロキ君のこと嫌いだよね?)
〈嫌い〉という感覚がイシャンの中に明確にあるか分からないが、ティアから見て、イシャンのロキに対する感情はわりあいハード。推測するに幼少期から仲は良くないと思われる。
ひとり遅れてハウスへとやってきたティアは詳細を知らないが、兄弟たちが漏らすロキの過去エピソードからして、イシャンの気持ちは分からなくもない。いや、ティアには大変よく分かる。同じようにハウスで幼少期を過ごしていたなら、ティアもまた間違いなくロキとは関わりたくなかっただろう。
ティアが言葉を返す前に、イシャンの静かな声色が、
「……護身術も、認められていないのではないだろうか?」
「はァ? そんなことまで許可とれって?」
「護身術に関しては、私は口を出さないが……セトは嫌がるように思う。……確認するべきだ」
「は? なんでセトが嫌がるワケ?」
「……怪我をする可能性があるからだ」
「怪我の可能性なんて生きてたらいくらでもあるンだけど? ってか、そォいう危機的状況に対応するためにトレーニングして強くなるンじゃん。最初から強い人間なんて滅多にいないよなァ?」
「……強くなる必要は、必ずしも無い。強くなれば、その分……ひとを傷付ける可能性も生まれる」
イシャンの黒い双眸が、あいだの彼女へと落ちた。まっすぐに見つめる黒が、無言の問いを投げる。
——貴方は、誰かを傷付けたくはないのだろう?
ティアには、イシャンの言いたい言葉が聞こえた。同意する気持ちもあった。できることなら自分もそちら側に行きたい……
余計な口を挟みそうになっていたティアの前で、ロキが彼女の身体に手を回し、イシャンから引き離すようにして自分の方へと引き寄せた。
イシャンを見返す目には、敵意というよりは相容れない者を拒絶するかのような意思が見えた。
「——ウサギが選択する機会をアンタが奪うなよ。傷付けるかどうか、ウサギがそのとき自分で決めりゃいいじゃん。アンタの過保護はウサギに必要ねェから」
「……私の意思は関係ない。私は、セトに確認すべきだと言っている」
「なんでさっきからセトが出てくンの? アンタ、サクラの代わりにセトを頭目にしたわけ?」
「そういうことではなく、セトが——」
——パチン、と。
いきなりティアが手を合わせた。
全員の目が、ティアに向く。
にこりと場を取りなすように笑うティアは、イシャンが致命的なことを口走るのを察知し、手を叩いて意図的に争いの場を割った。トラブルを片付ける気は毛頭なかったのだが、仕方なく。
「——うん、話は分かった。護身術については僕に非があるね? 朝ごはんのときに僕が話題に出したから……それでアリスちゃんも興味をもったんだよね?」
淡い色の眼が、彼女に尋ねる。口を挟めずにいた彼女は慌てて応えた。
「だめなら、いいです。〈とれーにんぐ〉は、できなくても……わたしは、だいじょうぶ」
「うん、あのね、これは別に君を警戒して禁止しようってわけじゃないから……前はそっちの意味でサクラさんとイシャン君がダメ出ししたんでしょ? ——でもね、今回は違うから。誤解しないでほしいんだけど……」
「はい、もちろん」
「よかった。じゃ、これについては、いったん見送ろう。セト君の意見は、トレーニングを管理する者として訊くべきだと思うし、射撃と護身術で意見が違うかもしれないから……アリスちゃんが、直接セト君と話したらいいよ。——というわけで、管轄外の僕らが口出すのはやめとこっか? こういうのって一度でも口を出すとややこしくなるよね? それぞれの役割があるんだから、ハウスルールとして守っておこう? リーダーがあいまいな今だからこそ、ルールは大事でしょ?」
やんわりと諭すティアは〈僕ら〉と言っているが、制する対象はロキだった。その意図はロキに気づかれていない。ロキは面倒臭そうに顔をしかめただけで、文句は言わなかった。
今までは、ハウスにはサクラという絶対的なリーダーがいた。
以前よりロキだけはサクラに反発する気持ちがあっただろうが、表面的には従っていて、それで全てが成り立っていた。
君主を欠いた今の彼らは、少しばかりバランスが悪い。ティアは最近の不安定な彼らの関係性が気になっていた。仲違いした場合、誰が誰に付くのか——どう割れるのか、はっきりと読めない。
ハウス内で戦争になるような事態はありえないと思っていたが、今はそう言いきれない。……なので、小さなトラブルはなるべく穏便に片付けよう。これを機に(射撃せずに済みそう!)なんて浮かれていた自分は心の奥底に沈めておくとして。
「——さ、もういいかな? 僕は今月の射撃ノルマをひとつもこなしてなくて、けっこう厳しい状況なんだよね。先月もしてないし、明日までに取り組みがないとセト君に追い出されるかもしれないんだ。……可哀想でしょ? みんなセト君に僕のトレーニングこそなくすよう言ってくれていいからね? 喜んで禁止されるから、よろしくね?」
軽い空気で締めくくり、ロキが手にしていたハンドガンをさらりと貰い受けた。
彼女はティアの意を汲んだようで、「ロキ、きのうの〈ぷろぐらみんぐ〉、とちゅうだったから……おしえて?」さすが、甘々の母。ナイスアシストだけども何か納得いかない気持ちをティアの胸に残しつつ、彼女はロキを誘ってトレーニングルームを後にした。
残されたのは、無表情のイシャン。
その顔を見ることなく、ティアは独り言のように、
「——困るよ」
「……揉め事については、謝罪する。すまない」
「そっちじゃなくてさ、セト君の話」
「……?」
「セト君がアリスちゃんをどう思ってるか、君が言っちゃだめだよ。アリスちゃんもロキ君も気づいてないんだから」
「……セトが、どう思っているか……?」
「そう」
「……セトが、あの人間を……サクラさんよりも大事に思っているということは……今や周知の事実ではないのだろうか……?」
思わずティアは振り返っていた。
とぼけたことを宣った無の顔を、呆気にとられた表情で見返す。
「……あれ、まって? イシャン君の認識ってそういう感じ?」
「……そういう感じ、とは? 漠然として何を指しているのか分からないが……?」
「えぇ? あれ? イシャン君も最初から察してた組じゃないの?」
「……最初から察していた組? そのような分類をされたつもりは全くないが……いつの話をしているのだろう?」
「……うそでしょ?」
「……嘘は吐いていない」
ティアの白い肌とイシャンの暗い褐色の肌は、並ぶと互いを引き立て、チェス盤の上で整列にした白黒の駒のように世界を乖離させる。
向き合う瞳は互いに理解できないようすで見つめ合っていたが、ティアが半笑いで吐息すると、割れていた空気は揺らいだ。
「……うん、ま、同じことだね。セト君にとって、サクラさんより大事な存在——それで充分な答えだ」
「……何か、理解が足りていないだろうか」
「や、僕のほうが偏見をもってる気がする。セト君の感情に名前を与えたのは僕だし……うん、でもそうなると、兄弟の誰まで把握してるのか怪しくなってきたな……」
「? ……セトが、サクラさんの命令を無視して、自分の命よりもあの人間を優先したのは、皆が見ていた。ティアが中毒症状で医務室に居たときだ。……つまり、皆も理解しているだろうと思う」
「そういうことじゃなくて……う~ん……」
「?」
頭を抱えるティアの苦悩は、イシャンには伝わらない。
セトの恋心について、ティアは勝手に兄弟の皆(ロキは除く)察しているだろうと思い込んでいたが、どうやら違うらしい。
忘れていたが、ここの住人たちの感覚は世間からズレている。愛だの恋だのを語る思春期は送っていないだろうと思われる。
(こうなるとメル君ですら怪しいな……セトくんはアリスさんを食べようとしてる! 大食いセトくん! くらいの認識だったりして……)
「……私の認識に何か間違いがあるのなら、具体的に指摘してもらいたいのだが……?」
「……や、うん。僕もちょっと混乱してきたから、また今度で……」
悩めるティアの思考は、当然のごとくその後の射撃スコアを散々なものにした。
うんうんと胸中の思いを唸りながら廊下を進んでいたティアは、心うちに反して準備ばっちりな格好をしていた。
白のスポーツウェア。スマートマテリアルのため体温の上昇に合わせて形状変化する物なのだが、ティアはそこまでの運動をしたことがない。わざわざこれを着て外に出ることもない。無用の長物かもしれない。
かたちから入るタイプのティアは、やる気がないのに万全の装いでトレーニングルームのドアへと手をかざした。
ドアがスライドするあいだも(ロキ君は何を渡したら交渉に乗ってくれるかな……) 往生際のわるいことを考えていて、ドアが開いた先の光景に気づくのが数秒ほど遅れた。
「……うん?」
いつになくアクティブな服をしたティアの前で、いつにない組み合わせの顔ぶれが、
「ウサちゃんが射撃したってい~じゃん」
「私は認めない」
「はァ? アンタにそんな権限ねェって前も言ったよなァ?」
「サクラさんも認めないと言ったはずだ」
「今さらサクラの言い分なんて聞くワケ?」
「サクラさんの指示に従えないのなら、セトの許可を得てもらいたい。トレーニングはセトの管理下だ」
「セトはぜってェ反対すンじゃん」
「ならば私も反対する」
「あァ?」
(……あ、もしかしてこれ、射撃やれない感じ?)
トラブルの気配を察したティアは思わず笑顔を浮かべ——かけたが、表面的に取りつくろって「どうしたの?」と、ここまでの会話で状況を把握したにもかかわらず白々しく尋ねた。
言い争っていたロキとイシャンが振り返る。真ん中の彼女は絶賛困惑中。しかし、ティアの存在に救いを見出したのか表情を明るくした。
残念なことに、ティアは問題を解決する気がこれっぽっちもない。
「二人とも何を揉めてるの? アリスちゃんが困ってるよ?」
問いかけたティアに対して、先に口を開いたのはロキだった。
「ウサギにトレーニング用のハンドガン見せてたら、あとから入ってきたイシャンが文句つけてきたワケ。まだ撃ってもねェのにさァ~……ってか護身術やるならハンドガンも練習すべきじゃん? これが一番手っ取り早いンだし」
イシャンの横目が細くロキを捉える。ティアはその視線に心の中だけで苦笑する。
(イシャン君ってロキ君のこと嫌いだよね?)
〈嫌い〉という感覚がイシャンの中に明確にあるか分からないが、ティアから見て、イシャンのロキに対する感情はわりあいハード。推測するに幼少期から仲は良くないと思われる。
ひとり遅れてハウスへとやってきたティアは詳細を知らないが、兄弟たちが漏らすロキの過去エピソードからして、イシャンの気持ちは分からなくもない。いや、ティアには大変よく分かる。同じようにハウスで幼少期を過ごしていたなら、ティアもまた間違いなくロキとは関わりたくなかっただろう。
ティアが言葉を返す前に、イシャンの静かな声色が、
「……護身術も、認められていないのではないだろうか?」
「はァ? そんなことまで許可とれって?」
「護身術に関しては、私は口を出さないが……セトは嫌がるように思う。……確認するべきだ」
「は? なんでセトが嫌がるワケ?」
「……怪我をする可能性があるからだ」
「怪我の可能性なんて生きてたらいくらでもあるンだけど? ってか、そォいう危機的状況に対応するためにトレーニングして強くなるンじゃん。最初から強い人間なんて滅多にいないよなァ?」
「……強くなる必要は、必ずしも無い。強くなれば、その分……ひとを傷付ける可能性も生まれる」
イシャンの黒い双眸が、あいだの彼女へと落ちた。まっすぐに見つめる黒が、無言の問いを投げる。
——貴方は、誰かを傷付けたくはないのだろう?
ティアには、イシャンの言いたい言葉が聞こえた。同意する気持ちもあった。できることなら自分もそちら側に行きたい……
余計な口を挟みそうになっていたティアの前で、ロキが彼女の身体に手を回し、イシャンから引き離すようにして自分の方へと引き寄せた。
イシャンを見返す目には、敵意というよりは相容れない者を拒絶するかのような意思が見えた。
「——ウサギが選択する機会をアンタが奪うなよ。傷付けるかどうか、ウサギがそのとき自分で決めりゃいいじゃん。アンタの過保護はウサギに必要ねェから」
「……私の意思は関係ない。私は、セトに確認すべきだと言っている」
「なんでさっきからセトが出てくンの? アンタ、サクラの代わりにセトを頭目にしたわけ?」
「そういうことではなく、セトが——」
——パチン、と。
いきなりティアが手を合わせた。
全員の目が、ティアに向く。
にこりと場を取りなすように笑うティアは、イシャンが致命的なことを口走るのを察知し、手を叩いて意図的に争いの場を割った。トラブルを片付ける気は毛頭なかったのだが、仕方なく。
「——うん、話は分かった。護身術については僕に非があるね? 朝ごはんのときに僕が話題に出したから……それでアリスちゃんも興味をもったんだよね?」
淡い色の眼が、彼女に尋ねる。口を挟めずにいた彼女は慌てて応えた。
「だめなら、いいです。〈とれーにんぐ〉は、できなくても……わたしは、だいじょうぶ」
「うん、あのね、これは別に君を警戒して禁止しようってわけじゃないから……前はそっちの意味でサクラさんとイシャン君がダメ出ししたんでしょ? ——でもね、今回は違うから。誤解しないでほしいんだけど……」
「はい、もちろん」
「よかった。じゃ、これについては、いったん見送ろう。セト君の意見は、トレーニングを管理する者として訊くべきだと思うし、射撃と護身術で意見が違うかもしれないから……アリスちゃんが、直接セト君と話したらいいよ。——というわけで、管轄外の僕らが口出すのはやめとこっか? こういうのって一度でも口を出すとややこしくなるよね? それぞれの役割があるんだから、ハウスルールとして守っておこう? リーダーがあいまいな今だからこそ、ルールは大事でしょ?」
やんわりと諭すティアは〈僕ら〉と言っているが、制する対象はロキだった。その意図はロキに気づかれていない。ロキは面倒臭そうに顔をしかめただけで、文句は言わなかった。
今までは、ハウスにはサクラという絶対的なリーダーがいた。
以前よりロキだけはサクラに反発する気持ちがあっただろうが、表面的には従っていて、それで全てが成り立っていた。
君主を欠いた今の彼らは、少しばかりバランスが悪い。ティアは最近の不安定な彼らの関係性が気になっていた。仲違いした場合、誰が誰に付くのか——どう割れるのか、はっきりと読めない。
ハウス内で戦争になるような事態はありえないと思っていたが、今はそう言いきれない。……なので、小さなトラブルはなるべく穏便に片付けよう。これを機に(射撃せずに済みそう!)なんて浮かれていた自分は心の奥底に沈めておくとして。
「——さ、もういいかな? 僕は今月の射撃ノルマをひとつもこなしてなくて、けっこう厳しい状況なんだよね。先月もしてないし、明日までに取り組みがないとセト君に追い出されるかもしれないんだ。……可哀想でしょ? みんなセト君に僕のトレーニングこそなくすよう言ってくれていいからね? 喜んで禁止されるから、よろしくね?」
軽い空気で締めくくり、ロキが手にしていたハンドガンをさらりと貰い受けた。
彼女はティアの意を汲んだようで、「ロキ、きのうの〈ぷろぐらみんぐ〉、とちゅうだったから……おしえて?」さすが、甘々の母。ナイスアシストだけども何か納得いかない気持ちをティアの胸に残しつつ、彼女はロキを誘ってトレーニングルームを後にした。
残されたのは、無表情のイシャン。
その顔を見ることなく、ティアは独り言のように、
「——困るよ」
「……揉め事については、謝罪する。すまない」
「そっちじゃなくてさ、セト君の話」
「……?」
「セト君がアリスちゃんをどう思ってるか、君が言っちゃだめだよ。アリスちゃんもロキ君も気づいてないんだから」
「……セトが、どう思っているか……?」
「そう」
「……セトが、あの人間を……サクラさんよりも大事に思っているということは……今や周知の事実ではないのだろうか……?」
思わずティアは振り返っていた。
とぼけたことを宣った無の顔を、呆気にとられた表情で見返す。
「……あれ、まって? イシャン君の認識ってそういう感じ?」
「……そういう感じ、とは? 漠然として何を指しているのか分からないが……?」
「えぇ? あれ? イシャン君も最初から察してた組じゃないの?」
「……最初から察していた組? そのような分類をされたつもりは全くないが……いつの話をしているのだろう?」
「……うそでしょ?」
「……嘘は吐いていない」
ティアの白い肌とイシャンの暗い褐色の肌は、並ぶと互いを引き立て、チェス盤の上で整列にした白黒の駒のように世界を乖離させる。
向き合う瞳は互いに理解できないようすで見つめ合っていたが、ティアが半笑いで吐息すると、割れていた空気は揺らいだ。
「……うん、ま、同じことだね。セト君にとって、サクラさんより大事な存在——それで充分な答えだ」
「……何か、理解が足りていないだろうか」
「や、僕のほうが偏見をもってる気がする。セト君の感情に名前を与えたのは僕だし……うん、でもそうなると、兄弟の誰まで把握してるのか怪しくなってきたな……」
「? ……セトが、サクラさんの命令を無視して、自分の命よりもあの人間を優先したのは、皆が見ていた。ティアが中毒症状で医務室に居たときだ。……つまり、皆も理解しているだろうと思う」
「そういうことじゃなくて……う~ん……」
「?」
頭を抱えるティアの苦悩は、イシャンには伝わらない。
セトの恋心について、ティアは勝手に兄弟の皆(ロキは除く)察しているだろうと思い込んでいたが、どうやら違うらしい。
忘れていたが、ここの住人たちの感覚は世間からズレている。愛だの恋だのを語る思春期は送っていないだろうと思われる。
(こうなるとメル君ですら怪しいな……セトくんはアリスさんを食べようとしてる! 大食いセトくん! くらいの認識だったりして……)
「……私の認識に何か間違いがあるのなら、具体的に指摘してもらいたいのだが……?」
「……や、うん。僕もちょっと混乱してきたから、また今度で……」
悩めるティアの思考は、当然のごとくその後の射撃スコアを散々なものにした。
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