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Chap.5 The Bubble-Like Honeymoon
Chap.5 Sec.2
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海上都市 アトランティスの中央に位置するコントロールタワー。
上階の気候システムは、かつてのセトも開発に足を突っ込んでいた。その関係で海上都市に関するデータはハウスにも残っていて、ハウスを出る前、セトはすべてに目を通している。
スライドドアからコントロールタワーに入ると、黒ずくめのユーグがいた。
ブラックコーデ。マスクも髪も黒いので、まるで影のようだった。
「どうもっす」
「……お前、よく普通に話しかけてこられるな?」
「都合わるいことを都合よく忘れられるのが僕のいいとこすね」
「そうかよ」
「……ご機嫌ななめすか? 可愛いペットとの新婚生活なのに?」
「お前、さては俺に殴られてぇんだな?」
「暴力反対す。僕、平和主義なんで」
「嘘つけ」
話しながら進むユーグに付いて、セトはエレベータに乗り込んだ。下へと行くエレベータが示したのは、B3。地下3階、データセンター。
「……俺にどうしろって?」
「なんか分からないんすけど、エラーの通知が出てるんすよ。見て直してもらえません?」
「適当かよ」
「僕、詳しくないんで」
「それだけか?」
「それだけっていうか……エラーの数、けっこうあるっすよ?」
「は? ひとつじゃねぇの?」
「……50くらい」
「おい、冗談だろ」
「ガチっす」
黒いマスクの下から、飄々とした返し。セトの横目を受け流したユーグは、壁沿いに簡易の薄っぺらなイスを呼び出して腰を下ろした。
「……お前なにしてんだよ?」
「セトを見てます。見張ってろって言われたんで」
「は? 手伝いは?」
「僕、詳しくないって言いましたよね?」
「………………」
眩暈がした。軽い絶望感がセトを襲ったが、そうそうに諦めて室内の量子コンピュータに向き合う覚悟をした。
はっきり言って、こういうことは得意じゃない。
モルガンはセトとロキが同等であるかのように捉えていたが、実際は違う。ハウス内でもロキは別格になる。
昔からロキを見ているから分かる。ロキにはAIにないひらめきみたいなものがある。
計算の先に見つけたのではなく、答えが天から降りてくる——みたいなことを言っていた。その感覚はセトには分からない。運動中に身体が勝手に反応する——と同じだろうか。成長するにつれてそんな変な発言はなくなったが、今でもロキの頭の良さは認めている。口に出して誉めるなんてことは、決してしないが。
——お前が使えるなら、それでこっちは都合いいんだわ。ロキを呼んでもらうつもりだったけどな。
ロキを巻き込む気はない。
モルガンの思惑を阻止するためには、自分だけで解決しなくてはいけない。
モルガンが知っているか分からないが、そもそもこのアトランティスはCELSSとして完成しきっていない。試運転の初期で社会崩壊してしまい、問題発見や解決の試行錯誤プロセスがなされていない。エラーだらけなのもそのせいかも知れない。
(——くそ、ぜってぇ時間かかるじゃねぇか)
苦手だとしても、やるしかない。
やるしかないが……手をつけるだけでも眩暈がする。
ラグーンシティの掃除がいかに楽だったか。いや、社会通念としてはどちらもいい勝負だろうが、セトにとっては身体を動かす仕事のほうが圧倒的に簡単だった。
「天才セト先生、手が止まってるっす」
「うるせぇ。黙ってろ」
「頑張ってくださいよ。早く帰らないと、家で可愛いウサギがセトの帰りを待ってるんすよ?」
「………………」
——待ってねぇよ。
話半分で返そうとしたが、頭に浮かんだウサギの顔が思考を捕らえた。
——〈きょうりょく〉は……?
ウサギが思っていることは知っている。
“役に立ちたい”。
放っておけば、何か余計な問題につながる。予感がする。セトの未来予知の能力がささやいている。
(なんでもいいから、適当な仕事を考えねぇと……)
思考の一割程度で考えていたセトの予想は、ものの見事に的中する。
同時刻、モルガンに呼び出されていた彼女が、その“役に立ちたい”という望みから選んだものを——そのときのセトは、わずかも想像できていなかった。
上階の気候システムは、かつてのセトも開発に足を突っ込んでいた。その関係で海上都市に関するデータはハウスにも残っていて、ハウスを出る前、セトはすべてに目を通している。
スライドドアからコントロールタワーに入ると、黒ずくめのユーグがいた。
ブラックコーデ。マスクも髪も黒いので、まるで影のようだった。
「どうもっす」
「……お前、よく普通に話しかけてこられるな?」
「都合わるいことを都合よく忘れられるのが僕のいいとこすね」
「そうかよ」
「……ご機嫌ななめすか? 可愛いペットとの新婚生活なのに?」
「お前、さては俺に殴られてぇんだな?」
「暴力反対す。僕、平和主義なんで」
「嘘つけ」
話しながら進むユーグに付いて、セトはエレベータに乗り込んだ。下へと行くエレベータが示したのは、B3。地下3階、データセンター。
「……俺にどうしろって?」
「なんか分からないんすけど、エラーの通知が出てるんすよ。見て直してもらえません?」
「適当かよ」
「僕、詳しくないんで」
「それだけか?」
「それだけっていうか……エラーの数、けっこうあるっすよ?」
「は? ひとつじゃねぇの?」
「……50くらい」
「おい、冗談だろ」
「ガチっす」
黒いマスクの下から、飄々とした返し。セトの横目を受け流したユーグは、壁沿いに簡易の薄っぺらなイスを呼び出して腰を下ろした。
「……お前なにしてんだよ?」
「セトを見てます。見張ってろって言われたんで」
「は? 手伝いは?」
「僕、詳しくないって言いましたよね?」
「………………」
眩暈がした。軽い絶望感がセトを襲ったが、そうそうに諦めて室内の量子コンピュータに向き合う覚悟をした。
はっきり言って、こういうことは得意じゃない。
モルガンはセトとロキが同等であるかのように捉えていたが、実際は違う。ハウス内でもロキは別格になる。
昔からロキを見ているから分かる。ロキにはAIにないひらめきみたいなものがある。
計算の先に見つけたのではなく、答えが天から降りてくる——みたいなことを言っていた。その感覚はセトには分からない。運動中に身体が勝手に反応する——と同じだろうか。成長するにつれてそんな変な発言はなくなったが、今でもロキの頭の良さは認めている。口に出して誉めるなんてことは、決してしないが。
——お前が使えるなら、それでこっちは都合いいんだわ。ロキを呼んでもらうつもりだったけどな。
ロキを巻き込む気はない。
モルガンの思惑を阻止するためには、自分だけで解決しなくてはいけない。
モルガンが知っているか分からないが、そもそもこのアトランティスはCELSSとして完成しきっていない。試運転の初期で社会崩壊してしまい、問題発見や解決の試行錯誤プロセスがなされていない。エラーだらけなのもそのせいかも知れない。
(——くそ、ぜってぇ時間かかるじゃねぇか)
苦手だとしても、やるしかない。
やるしかないが……手をつけるだけでも眩暈がする。
ラグーンシティの掃除がいかに楽だったか。いや、社会通念としてはどちらもいい勝負だろうが、セトにとっては身体を動かす仕事のほうが圧倒的に簡単だった。
「天才セト先生、手が止まってるっす」
「うるせぇ。黙ってろ」
「頑張ってくださいよ。早く帰らないと、家で可愛いウサギがセトの帰りを待ってるんすよ?」
「………………」
——待ってねぇよ。
話半分で返そうとしたが、頭に浮かんだウサギの顔が思考を捕らえた。
——〈きょうりょく〉は……?
ウサギが思っていることは知っている。
“役に立ちたい”。
放っておけば、何か余計な問題につながる。予感がする。セトの未来予知の能力がささやいている。
(なんでもいいから、適当な仕事を考えねぇと……)
思考の一割程度で考えていたセトの予想は、ものの見事に的中する。
同時刻、モルガンに呼び出されていた彼女が、その“役に立ちたい”という望みから選んだものを——そのときのセトは、わずかも想像できていなかった。
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