致死量の愛と泡沫に

藤香いつき

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Chap.5 The Bubble-Like Honeymoon

Chap.5 Sec.6

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 辺りに白くかぶる雪が、古き外観の城を幻想的に見せている。
 ヴァシリエフハウスと呼ばれるその館は、今日も普段の様子でたたずんでいた。
 ……しかし、
 
「ね、メル君。〈アクセス拒否〉って出て何も進まないんだよ。これってなんで?」
「えっ? ぁ、僕もちょっと自分のほうで手一杯だから……ミヅキくん、ティアくんを見てあげて」
《はーい》
「ねぇ~! もう調べても無理やし足で捜しに行こっさぁ~!」
「止めねェからハオロンひとりで行ってくれば。ここも静かになってい~じゃん」
「ロキさん、そんなことを言うと本当に……」
「行ってくるわ! ありす見つけて帰ってくるし、みんな待ってて!」
 
 外観とは相反して、内部の食堂は特異なにぎわいを見せていた。
 
 復活したロキとイシャンを加えて、行方不明のアリス(ウサギ)捜索が始まっていた。
 用意された端末が並び、長々としたリフェクトリーテーブルが珍しく役立っている。
 飛び出ていこうとしたハオロンの首根っこを、とっさにイシャンが捕まえて、
 
「無謀すぎる……」
「ほやけどぉ……どこ行ったか全然わからんのやろ? ロキも見つけられんし。モーターホームでブレス端末の反応を捜し回るしかないがの?」

 あいだに挟んだロキへの批判に、本人から「連絡が遅すぎ」反論があった。
 
「ウサギが行方不明って、もっと早く報告あげろよ」
「でもぉ……あんた重症やって自分で言ってたが。起こしたら可哀想やわ……って、うちら遠慮したんやよ?」
「起こせって言ってねェよ、連絡入れとけって言ってンの」

 ロキの声にはいら立ちが混じっている。機嫌の悪さを感じ取ったティアとメルウィンが、そっと横目を合わせて、
 
(ロキ君さ、本気で怒ってるよね? 僕は役に立ちそうにないから、部屋に戻ったほうがいいかな?)
(役に立たないのは、たぶん僕らも同じだと思う……)
(……よく分からないんだけど、なんでこんなに難航してるの? ロキ君なら余裕って話じゃなかった?)
(車の走行ログがまったく残ってないみたい……)
(ん? なんで?)
(僕も分からない……)
 
 ひそひそと話す二人とは別に、無表情のイシャンと困った顔のアリアも、
 
(……無謀と言ったが、時間が経過すればするほど発見率は下がる。……生存率も)
(……捜しに行きますか?)
(いいや、闇雲に捜しても無意味だろうと思う。何か別の案を……)
 
 重い表情で話し合うが、答えが出ない。
 イシャンに引き止められたハオロンは、イスの上で足をパタパタと動かしながら皆を眺めていた。
 眼鏡グラスを掛けてキーボードを触っていたロキは、瞳をハオロンに向けることなく、
 
「——てか、アイツらは?」
「ん~?」
「襲撃してきたヤツら、マガリーも含め。処分は?」

 ロキとハオロン以外の4人も、反応して目を向けていた。
 視線を受けたハオロンは瞳をぐるっと回し、軽い雰囲気で口を開いた。
 
「サクラさんがぁ、脳の実験に使うって言ってたわ」

 ひそりと眉を寄せたティアが、
 
「それって倫理的にどうなの?」
「ありすの為になるし、いいやろ? どっちみちチップ入れて監視するか記憶操作でもせんと、解放できんよ? ハウスを恨んで粘着されても困るやろ?」
「…………最終的には、ちゃんと帰してあげるってこと?」

 ニコッと笑ったハオロンが、「当然やが!」明るく返したが、ティアは眉をひそめたままだった。
 
 手を止めずに話を聞き流していたロキが、
 
「オレは処分に関わんねェから。やりたいやつらで処理して」
 
 低い声でつぶやいた。
 暗い響きに、アリアがロキへと目を送る。
 
「今回は、このような結果になってしまいましたが……私たちの選択が間違っていたとは思いませんよ……?」
「オレら、騙されるためにトレーニング受けてンの?」
「……信じるために、トレーニングしているのではないですか」
「じゃ、次また同じようなのがいたら助けンの? それで誰か死んだらどォするワケ? 今回はオレもイシャンも死ななかったけど、偶々たまたまだよな? 死んだら治せねェって知ってる?」
「……知っていますよ」
「だったら、もう今後いっさい誰も受け入れない——で、間違ってねェよな?」

 グラス越しの目が、テーブルに着く全員を牽制けんせいするように見回した。
 
「共通認識、ここで明確にしといてくんねェ?」
 
 瞳には、暗いほのおが宿っている。
 そこに怒りはなく、現実に対する静かな理解だけがあった。
 
 沈黙を破って最初に応えたのは、イシャンだった。
 
「私も、同意する。……やはり、ハウスに他人を招くのは……各々へのリスクが高すぎる」

 イシャンの言葉には、ティアがうなずいた。
 
「……そうだね。僕をかばって怪我けがをしたのはイシャン君だ。ロキ君も怪我を負ってる。無事だった僕に、異議なんてないよ」
「ティアくん……」
「メル君だって、ナイフを向けられたでしょ?」
「………………」
「ロキ君の言うとおり、無事だったのは偶然だよ。トレーニングをしていても、一歩間違えば命を失う。誰かが欠けている未来だってあったかもしれない……そうなってから後悔なんてしたくないよ」
「…………でも、」
 
 伏せられたメルウィンの双眸そうぼうが、悲しげに睫毛まつげを揺らした。
 
「アリスさんをハウスに受け入れたから……アリスさんと、出会えたんだ。……アリスさんのことがあったから、今回は向き合おうと思えたんだよ。なのに……」
 
 言葉の先は、口に出なかった。
 ただ、その先に繋がるメルウィンの気持ちは、ティアだけでなく多くの者が理解していた。
 
 重たくし掛かる沈黙のなか、ぽつりと、メルウィンが独り言のように、
 
「……アリスさんに、会いたい。外のひとを入れるかどうか、次のことなんて……今は、考えたくない。アリスさんと、また一緒に料理を作って……いつもみたいに、美味しいって笑う顔を見てから……それから、考えたい」

 小さな響きが、食堂に広がる。
 そばにいたティアが、
 
「……そうだよね、まだみんな疲れてるよね。今回のことは、いったん置いて……アリスちゃんの捜索を最優先にしよっか?」

 眉尻の下がった微笑みを、メルウィンに優しく向けていた。
 アリアも同じ笑顔で首肯してから、イシャンを振り返り、
 
「無謀ですが、私たちで捜しに行ってみましょうか」
「……ああ」
「誰かと出会っている可能性があるのですから、近場のコミュニティから回ってみましょう」
 
 話し合う二人に、ハオロンも「うちも行くわ」と参加を表明した。
 
 の答えは出ないが、彼らなりに話し合いがまとまったところで、
 
 ロキが、タンっと軽い音を立ててキーボードから手を離した。
 イスから立ち上がった彼に、皆の目が向く。
 答えが出ないことに怒ったのだろうか。そう思った者もいたが、ロキの顔に感情は見えなかった。
 
「……サクラと、相談してくる」
 
 静かな声で告げると、兄弟が疑問に思って尋ねるまもなく食堂から出て行った。
 残された面々が、互いに顔を見合わせ、
 
「……うん? いまロキ君、サクラさんと相談って言った? 僕の聞き違い?」
「……ティアくんも? 僕だけの幻聴かと思っちゃった……」
「あかんわ、天変地異の前触れやが。しかも通話やなくて、直接会いに行ったってことやろ? きっと氷河期が来るんやわ……」
「……ひょっとすると、明日は大雪だろうか……」

 イシャンまで真剣な顔で皆に追随し、アリアだけが「皆さん……」すこしとがめるような困り顔をしていた。
 
「ロキさんは、ああ見えて怪我人ですからね? 機嫌が悪くとも、口が悪くとも、いたわりましょうね……?」
 
 さりげなく最も失礼な発言をしたアリアに、誰も応じることはなかった。
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