返るために、殺す

藤香いつき

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【恋人】

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 村の停留所でバスを降りた。

 足が地面につく。
 その感触だけで分かった。

 今日も同じだ。
 告白。祭り。夜。

 ——でも、今日は。

「朱音」

 呼ばれて振り返る。
 櫻井が立っていた。

「……どうしたの?」

 何度も見た、日焼けの跡。

「好きだ」

 朱音はすぐに答えた。

「私も」

 一瞬。
 櫻井の表情が止まった。

「……え」
「私も、好き」

 声は、意外なほどはっきりしていた。

「俺と……付き合ってくれるか?」
「うん」

 櫻井は何か言いかけて口を閉じる。
 照れたように視線を落とした。

「あ……今日の祭り、行くよな?」
「行く」
「よかったら、一緒に回らねぇか」
「うん」

 迷うことなく言った。


 夕方。
 祭りの音が近づく。

 朱音は厚いコートを羽織って家を出た。
 今日は、寒くならないように。

「行列ができてたから、先に買っといた」

 櫻井が差し出した、りんご飴。

「ありがとう。私、大好きなの。お祭りで絶対買うくらい」
「うまいよな」

 屋台を回る。
 笑う。
 声をあげる。

 射的の前で立ち止まる。

「あれ、欲しいな」
「ストラップ?」
「うん」
「取ってやろうか?」

 櫻井は銃を取った。
 一発。
 花鈴が落ちる。

「すごい!」

 朱音は両手で受け取って、弾むように笑った。

「大事にするね」

 櫻井は首まで赤くなっていた。

 甘酒を飲みながら、桜の木を見上げる。
 枝先は、まだ蕾。

「あと一週間くらいで咲くかな?」
「どうだろな?」
「満開になったら、一緒に見に来ようよ」
「そうだな」

 湯気に目を細めた櫻井は、ふっと紙コップの中に息を吹きかけた。

「また、見てぇな」

 朱音はコートの首もとをしっかりと押さえる。
 櫻井を見つめて、大きく頷いた。


 家に帰る。

 夜。
 通話が繋がる。

『今日は楽しかったな』
「うん」

 春休みの話をする。
 他愛のない約束を繰り返す。

『桜、今年は一緒に見ようね』
「ああ」

 少しの沈黙。

『もう遅いし、寝るか』
「櫻井くんも、もう寝る?」
『おお』

「おやすみ」
『おやすみ』

 通話が切れる。

 朱音はキャリーケースを引き出した。

 家を出る。
 鍵を回す。

 音が、静かな夜に響く。

 早足で歩く。
 ほんのわずか、まだ残る不安が、背中を押している。

 神社の石階段の前で、足が止まった。

 そこに櫻井がいた。
 石階段の半ば、街灯が届かない暗がりに座っている。

「……なんで」

 朱音の口から、ぽつりと、こぼれていた。

 櫻井は立ち上がり、階段を下りてくる。

「なんでだよ……」

 責めるような声だった。

「こんな時間に、どこ行くんだよ」
「……櫻井くんには、関係ない」
「彼氏なら、聞く権利あるだろ」

 一段。
 また一段。

 朱音は後退する。

「関係、ない」

 きびすを返した。

「待てよ」

 走る。
 キャリーケースを手放した。

 背後で、足音が近づく。

 掴まれた。

 振り解こうとして、見えた。

 櫻井の手。
 街灯の下で鈍く光る金属。

 金槌。
 理解したときには、もう振り上げられていた。

 衝撃。

 光が傾く。
 地面が迫る。

 息が漏れる。
 声にならない。

 朱音は崩れた。

 逃げようとした。
 手が、地面を掴む。

 その背中に、影が落ちる。

 もう一度。

 視界がずれる。

「動くなって……」

 震える声が近い。
 
「桜、見るっつったのに……」

 もう、どこに当たっているのか分からない。

 衝撃だけが続く。

 ——なんで。

 受け入れて。
 笑って。
 恋人でいた。

 それでも。

 止まらない。

 
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