勇者と冥王のママは暁を魔王様と

蛮野晩

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勇者と冥王のママは暁を魔王様と

第三章・王を冠する世界6

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◆◆◆◆◆◆

 イスラが転移魔法で出現したのは西のボルツィオ国にあるピエトリノ遺跡である。
 遺跡や神殿は観光地になっているが、ここには観光客に売ってくれない物が出回っていた。それが酒場で異常化した従業員が持っていた薬と同じ物の可能性がでてきたのだ。
 それというのも魔界の研究施設の調査で、酒場で異常化した男に薬を渡した友人が神殿を信仰している巡礼者だということが判明したからである。イスラはそれを確認しに来たのだ。
 遺跡の近くにある街の市場は観光客や巡礼者の団体で賑やかだった。それは前回来た時と同じ光景だが、注意深く見ると巡礼者同士で薬袋を渡し合っている。
 イスラはさり気なく接近し、擦れ違いざまに薬袋を抜き取った。

「やっぱりそうか……」

 厳しい面差しで呟く。
 何人かの巡礼者から薬袋を抜き取り、複数種類の薬があることが分かった。その中には従業員を異常化させた薬と同じ物もあった。
 ピエトリノ遺跡にある神殿には数えきれないほどの巡礼者が集っている。
 神殿には見慣れぬシンボルの紋章が刻まれており、それが巡礼者たちの信仰対象のようだった。確認用の薬は手に入れたが、神殿や信仰についても詳しく調べた方がいいかもしれない。
 だがふと、見知らぬ男から声を掛けられる。

「失礼ですが、もしや勇者様ではありませんか?」

 振り向くと士官のような身なりの男が立っていた。
 イスラは訝しむ。目立たないように魔力を抑えている為、外見を知られていなければ勇者と気付かれるはずがないのだ。
 不審を顕わにしたイスラに男は恭しく跪いて自己紹介をする。

「初めまして、私は東方にありますモルダニア大国国王に仕える者でございます。ご無礼を承知でお願い申し上げます。モルダニア大国国王のたっての願いで、勇者イスラ様を国へご案内したく思います」
「モルダニア……」

 それはブレイラを祝賀式典のパレードに招待している国だった。
 ブレイラが到着するに合わせて行くつもりだったが、まさか国王がイスラを探していたとは思わなかった。
 だが、国王が使者を遣わせてまでイスラを呼ぶということは何らかの理由があってのものだ。

「国王が俺になんの用だ」
「国王が直接お話ししたいとのことです」
「……不快だ。近いうちに国へは行くつもりだが、王には会わない」

 イスラは興味をなくして立ち去ろうとしたが使者が慌てて追い縋る。

「お、お待ちください! 本来なら国王みずからが参じなければならないところを無礼も承知でございます! しかしながら我が王は齢八十を超えており、長旅は酷く困難でございます! 王はそのことに苦悩しながらも、この時代に勇者様が生誕した奇跡に涙し、勇者様に謁見したいと希求しているのですっ!」
「…………」

 熱心な使者にイスラは内心舌打ちする。
 面倒くさいが断るともっと面倒くさそうだったのだ。

「……わかった。案内しろ」
「ありがとうございます! 王もお喜びになります!」

 使者は深々と一礼し、さっそくとばかりに転移魔法を発動しようとする。
 だがイスラはそれを断った。なるべく転移魔法を使わずに地道を歩きたかったのだ。
 思わぬ予定が入ったが、イスラは使者とともに東へ向かったのだった。




 東のモルダニア大国へ続く街道をイスラは馬で進んでいた。
 その道中、幾つもの国々、たくさんの街や村を通り過ぎていく。
 数日を要して街道を進み、後数時間でモルダニア大国王都に辿りつくまでに近づいていた。
 しかし近づくにつれて妙な心地になっていた。

「勇者様だわ! なんて凛々しい御姿っ!」
「あの方が私たちの王様なのねっ」

 街道沿いにはまるでイスラを待っていたかのように民衆の姿があったのだ。
 モルダニアに近づくにつれて人数が増えて、王都の門を超えると。

「キャー! 勇者様ー!!」
「勇者様、万歳! 万歳!!」
「我らの王っ、万歳! 万歳!!」

 大歓声とともに出迎えられた。
 イスラが進む大通りは数えきれないほどの大観衆で溢れかえり、頭上から色鮮やかな花弁が舞い散らされてイスラを熱狂的に歓迎する。

「さすが勇者様でございます。皆、勇者様の御姿に感激しております」

 使者は感動しながら言うが、イスラはなんとも言えない複雑な気持ちを覚えていた。
 イスラは勇者である。一人で旅をしている時も勇者だと知られると歓迎され、畏敬とともに喜ばれる。どんな田舎の小さな村でも勇者の存在を知らない者はいない。それほどに人間界で勇者の存在は尊ばれている。
 嬉しくないわけではないが、こんな熱狂的な出迎えは戸惑ってしまう。
 イスラは民衆の大歓声を受けながら大通りをまっすぐ進む。そして、モルダニア大国国王の居城に到着したのだった。




 人間界の東の大国・モルダニア大国国王ジークヘルム。
 ジークヘルムの歓待を受けたイスラは王都の迎賓宮へ身を寄せた。
 迎賓宮の応接間から王都を眺める。高殿にある応接間からは王都を一望できるのだ。
 モルダニア大国は富に溢れる豊かな国だった。
 王都の大通りはたくさんの人が行き交い、物流によって経済が発展し、豊かな生活をしている人々の姿を多く見かける。
 モルダニア国は人間界の最古の国としても名が上がるほど歴史のある国で、この国の人々もそれを誇りに思っている者が多いようだった。

「……こうも違うとはな」

 イスラは人間界を旅してあらゆる国々を見て回った。
 いろんな国があるものだと感心したのと同時に、豊かな国と貧しい国、開放的な国と閉塞的な国、強い国と弱い国、それぞれの国に暮らす人々の境遇の違いに胸を痛めることが多かった。勇者ながら魔界で育ったイスラは、旅を始めた当初は人間界と魔界のあまりの違いに驚いたのである。
 魔界は魔王一人によって統治される君主制である。神格の存在である魔王の絶対的な力によって魔界は治められていた。当代魔王が暗君であればその時代は呪われた暗黒時代となるが、優れた統治者であれば発展と栄華の時代となる。当代魔王ハウストが統治するこの時代、魔界は幸いにも後者であった。
 それとは違って人間界は、数多くの国があって、それぞれの国王が統治している。人間界の王は勇者イスラであるが各国の統治は王の役目であった。でもそれは仕方ないことである。勇者は一代、世界と時代に求められて誕生するのだから。
 しばらくして応接間の扉がノックされ、ジークヘルムが家臣を連れて入ってきた。改めてジークヘルムの歓迎を受けるのである。
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