勇者と冥王のママは暁を魔王様と

蛮野晩

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勇者と冥王のママは暁を魔王様と

第十章・開眼式典開幕7

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「魔王がしゃしゃり出るなら、禁術を発動するまでのことっ。ブレイラ様を祭壇へ連れて行け!」
「はっ!」

 ルメニヒの命令に警備兵が私を無理やり立たせました。
 強引に祭壇に連れて行かれそうになって必死に抵抗します。

「離しなさいっ、離せと言っているでしょう!」
「うわっ、暴れるなっ!」

 大きく身じろいだ私に警備兵が怯みます。
 警備兵の拘束が緩んだ隙にルメニヒに掴みかかりました。

「ルメニヒ、あなたはなぜこんなことをするのです!! なにを憤り、なにを憎んでいるのですか!! 答えなさい、ルメニヒ!!」

 ルメニヒの肩を掴んでまっすぐに彼女を見つめます。
 彼女の答えを決して聞き逃したりしないように。
 でも、――――パンッ!!
 頬に痛みが走りました。
 ぴりぴりとした熱と痺れ。頬を平手打ちされたのです。

「ブレイラ様には理解できないことです。私のことも、禁術の実験台になった女たちのことも、決して理解できない」
「ルメニヒ……」

 言葉が出てきませんでした。
 彼女は淡々と答えながらも、私を見据える瞳は恐ろしいほど爛々としています。
 そこにあるのは途方もない憤怒と憎悪と……慟哭。
 私はルメニヒのことが何一つ分かりません。きっと彼女の言う通り、その気持ちの欠片ほども理解できていません。今後も理解することができないかもしれません。
 それなのに今、なぜでしょうか。ルメニヒを見ていると胸が詰まりそうになるのです。

「ルメニヒ、あなたは」
「連れて行け! 勇者の力で禁術を成功させ、魔王の力を排除する!!」

 ルメニヒが遮るように命令しました。
 まるで拒絶するかのようなそれ。
 私はもう一度ルメニヒに話しかけようとしましたが、警備兵によって強引に祭壇の階段を昇らされます。
 一段、また一段と階段を上がっていく。
 そして祭壇の上に立たされました。

「っ……」

 礼拝堂を見渡して背筋が冷たくなりました。
 祭壇から見下ろした礼拝堂の異様な光景。たくさんの信仰者たちが集い、祭壇に向かってぶつぶつと呪文のようなものを呟いている。それはまるで地底から響いてくる呪詛のようで、祭壇を囲んでいる石像の呻き声のようにも聞こえました。
 耳を塞ぎたくなるようなそれ。少しでも逃れたくて頭上を見上げました。

「イスラ……」

 私の頭上に水晶に閉じ込められたイスラの腕が浮いています。
 祭壇に上がったことで近づいたけれど、まだ届かない。
 ふいに、信仰者たちの呟きが早口になって先ほどより大きくなりました。しかも勇者の腕を閉じ込めた水晶が鈍く輝きだします。

「な、なにごとですかっ……」

 先ほどと様子が変わって恐怖に緊張が高まりました。
 そして礼拝堂にルメニヒの声が高らかに響きます。

「私の信者たちよ、聞け! いにしえの時代より人間界は国々の滅びと犠牲を繰り返す、悲劇と幽暗の世界であった! なぜなら玉座無き王の勇者を冠するからである! しかし、今日この時より人間界は変わるのだ! 人間界の全ての国が統一され、完全完璧な新たな王によって統一されるからである!!」
「おおっ、ルメニヒ様!」
「ルメニヒ様に栄光を! 新たなる王に祝福を!!」
「今こそ人間界が真の王を迎える時!!」

 礼拝堂の信仰者たちが熱狂的に歓喜しました。
 信仰者たちの盛り上がりに圧倒されて心が縮こまりそう。
 その時、ボタボタッ、……ボタリッ……。

「わっ」

 頭上から粘液のような液体が落ちてきました。
 異変を覚えて天井を見上げ、視界に映ったそれに驚愕します。

「なんですか、これはっ……?!」

 天井全体に蔦が張り巡らされ、そこから一つの巨大な蕾がぶら下がっていたのです。
 それは地下の最深部で見た植物でした。

「この蕾は、あの時のっ」

 愕然とする私の前で巨大な蕾がドクンッ、ドクンッと胎動しています。
 勇者の腕を閉じ込めた水晶が更に強く輝いて、それに連動するように胎動が激しくなりました。
 信仰者たちの呪文を呟く不気味な声も大きくなって祭壇の下でルメニヒが黒い短剣を掲げます。
 そして。

「今こそ誕生せよ!! 新たなる人間界の王よ!!!!」

 ルメニヒが黒い短剣を振り下ろして空を切る。
 するとぶら下がっていた巨大な蕾に鋭利な裂け目が入って、ゆっくりと裂け目が広がって。――――ボトボトボトッ、ドサリッ……!!
 私の目の前に、大量の粘液とともに巨大な肉の塊がずり落ちてきました。
 私よりも二回りも大きな赤黒い肉塊。肉塊全体が血管らしき管に覆われて、表面の体液らしき粘液に礼拝堂の松明が鈍く反射しています。
 ドクンッ、ドクンッ、胎動する巨大な肉塊に全身の血の気が引きました。
 その肉塊は、あの地下最深部で見た赤ん坊と同じものだったのですから。






◆◆◆◆◆◆

 ゴゴゴッ……。ゴゴッ……。
 地上から轟音が聞こえてきた。
 激しい爆発音と建造物が崩落する音。空気を震わせる破壊の音である。

「あにうえ、ゴゴゴッ、て。うえでドンドンしてるの?」
「そうだ。おそらく連合軍の総攻撃が始まったんだろう」
「ええっ! それじゃあ、ここもドカーンッてなるの?!」
「まだ大丈夫だ。この造りなら多少の攻撃では壊れない」

 イスラは地下通路の壁や天井を見回しながら言った。
 ゼロスも地下通路を走りながら天井を見上げる。
 地下通路は古い時代のものだが頑丈な造りをしていた。

「よかった~。ぼく、ドカーンってなって、ぺちゃんこはいやなの」
「そうだな、俺もだ」
「いっしょだね」
「ああ」

 今、イスラとゼロスは神殿の地下空間に繋がっている地下通路を走っていた。
 ハウストと情報交換したイスラは、遺跡近隣の街にある地下通路から神殿地下を目指しているのだ。
 神殿地下は通路を含めて縦横無尽な蟻の巣のような造りになっているが、それについてはハウストの命令で内偵調査された。だからイスラとゼロスは敵との遭遇率が低い経路を進むことができている。
 しかし、だからといって安全なわけではない。

「おいゼロス、剣がずり落ちてきてるぞ。そのままじゃ引きずる」
「あ、ほんとだ。……よいしょ、よいしょ」

 ゼロスは立ち止まり、背中に紐で括り付けた冥王の剣を背負い直した。
 ここでは魔力が使えないので二人はあらかじめ剣を出現させてあるのだ。
 ゼロスは冥王の剣を背中に背負い、イスラは短剣と並列して勇者の剣を腰に携えている。
 ゼロスの剣の大きさはイスラと同じ大きさだが、三歳の子どもが持つと大剣のように大きいので背負っていた。

「あにうえ、じょうずにおんぶできてる?」
「大丈夫だ」

 イスラはそう言いつつゼロスの背中の紐が緩くなっていたので後ろから結び直してやる。
 遺跡群の領域に入ると、そこは発動された勇者の防壁範囲内である。その為、遺跡領域内で魔力を発動させることは不可能だ。それはイスラであっても例外ではなく、勇者の左腕を取り戻さなければ防壁は解除できない。

「行くぞ。ブレイラはこの先にいる」
「わかった!」

 イスラはゼロスを連れてまた走りだした。
 だがふいに、空気が変わったその刹那。

「まずいっ、伏せろ!」
「わあっ!」

 咄嗟にゼロスは両手で頭を押さえてしゃがみ、イスラも伏せて衝撃に耐える。
 地下全体が地震のように震撼し、低い地鳴りが轟いた。
 嵐のような衝撃波が襲い、頑丈なはずの天井や壁から小石がパラパラと崩落する。
 衝撃波が過ぎ去ってイスラとゼロスは顔を上げた。
 ゼロスは青褪めて、大きな瞳がじわりと潤む。

「あ、あにうえ、さっきの……」
「ああ、俺の力だ。教団が俺の力を使って連合軍に対抗している」

 イスラの目が据わっていく。
 自分の力が使われたということは地上に酷い惨状が起こってしまったということ。明らかに今までとは力の格が違うのだ。
 そして、このままイスラの力が使われ続ければ地下空間の崩壊も早まるだろう。魔力が使えないので生き埋めだ。

「ゼロス、急ぐぞ! 走れ!」
「は、はいっ!!」

 二人は信仰者との遭遇に警戒しながらも、急いで地下神殿へ向かうのだった。





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