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第三話 失われた真実
第十章:4 白虹(はっこう)の皇子(みこ)の策略
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さすがに遥も降参するしかないと考えたのだろう。奏の前で膝をついたまま頷いた。
「黄帝は世の安定よりも、私の討伐を優先されたようです」
「え?」
「どういうことですか」
瞬きをする彼方の隣で、奏がすぐに問いかえす。依然として剣を掲げたまま、彼は遥と視線を交わした。遥は絶望と苛立ちの渦巻く、複雑な翳りを抱いた眼差しで語る。
「呪鬼を封じる神器、麒麟の目が追手に与えられています」
「麒麟の目っ?」
思わず彼方は大声で繰り返してしまう。
唯一、呪鬼を封じるといわれている神器。黄帝の命を以って麒麟が差し出すと言われているが、それは最大の禁忌なのだ。手にした者を狂わせる、有り得ない手段。
雪も奏も声さえ上げなかったものの、彼方と同じように動揺していた。
「まさか、そんな筈は……、何かの間違いなのでは」
「皇子が信じたくない気持ちは判りますが、――王子には心当たりがあるはず」
「僕?」
彼方はこれまでの成り行きを振り返って、再び「あっ」と声をあげた。
「もしかして、紅蓮の宮のこと?」
遥は厳しい表情のまま肯定する。彼方は胸の底から真っ黒なものが競りあがってくるような気がした。
「緋国の二の宮――紅蓮は、麒麟の目によって魂禍となり果てた。同じように神器を与えられている追手が語っていたのだから、間違いない」
「追手って?」
聞き返すと、遥は一瞬言葉を詰まらせてから、目の前で膝をついて剣を掲げ持つ奏を見つめた。
「透国の後継者です。皓露の皇子でした」
雪と奏の顔色が変わる。雪は言いようのない不安を感じたのか、膝をついたままの兄の肩に触れた。二人は言葉を失ってしまったかのように、ただ蒼ざめた顔を見合わせる。
「翡翠の王子……、いや、彼方。これは憶測に過ぎないが、碧宇の王子にも与えられている可能性が高い。君に対する容赦のない振る舞いは、それで納得できる」
「そんな、兄上が」
次々と明らかにされた事実に彼方達は言葉もない。遥のよく通る声だけが、辺りを包み始めた夜の闇に響いた。
「麒麟の目を活用すれば、水源の腐敗を招く鬼を封じることが出来る。そんな選択を見失うほど、黄帝は相称の翼を求めているというのか」
彼方もうな垂れながら、それが黄帝の真意なのだろうと思えた。
相称の翼。黄帝が慈しみ、愛して、焦がれて止まない黄后となるべき者。いつの世も寵姫一人のために傾く国がある様に、黄帝が翼扶の不在に心を痛めるあまり、我を忘れ、責務を放棄することも有り得る。
全ての解決策は、やはり相称の翼が握っているのだ。
「副担任は相称の翼について、何かを知っているよね。あなたが強引に連れ去り、奪ったのではないとしても、既に消息を掴んでいる。あなたは相称の翼の行方を知っているんだ。そうだよね?」
遥には遥の事情があり、明かすことの出来ない理由がある。彼方には、もう一方的に彼が悪なのだとは思えない。それでも言わずにはいられなかった。
思い描くことの出来る、最悪の予感。
「副担任は縁を結んだ緋国の姫宮を愛していた。彼女こそが、あなたの翼扶だった。だけど、皮肉なことに姫宮は相称の翼となった。僕には経緯は判らないけれど、副担任が本当に世の豊かな未来を望むのなら、一刻も早く相称の翼をあるべき立場に戻すべきだよ」
彼方が一息に告げると、遥は浅く笑った。自嘲的な笑みに映る。
「そうだな。もし私が相称の翼の行方を掴んでいるのならば、――それが正論だ」
「じゃあ、副担任も知らないってこと?」
彼方の問いには、依然として剣を差し出したままの奏が反応した。
「彼方、私達は彼の抱える事情に、そこまで踏み込む資格を持ちません」
「資格って?」
「闇呪の君にとって、私達は信頼できる関係にありません。そして、彼の事情に関わることを望むのならば、それ相応の覚悟が必要です」
「それは世に背くということ?」
「いいえ、それが世に背くことであるのかは、まだ判りません。ただ彼を取り巻く環境や立場は決して平穏であるとは言えないでしょう。巻き込まれる覚悟が在るのかどうか、そういう意味です」
奏の穏やかな声に、遥の低い笑い声が重なる。彼は皇子の前についていた膝を軽く払うと、立ち上がった。
「皇子も王子も、そんな覚悟を決める必要はありません。覚悟を決めたところで、私の信頼を得られるとは限らない」
明瞭に響く声が、いつもより冷ややかに聞こえる。遥の突き放すような態度を目の当たりにしながらも、奏は遥に差し出した白虹剣を収めない。膝を折ったまま、立ち上がった遥を仰いだ。
「そうですね。あなたの信頼を得られるとは限りません」
場違いなほど明るい声で語る奏は、どこか不敵にも見える。彼方は彼が何かを企んでいるのではないかと緊張していた。雪も兄の不自然さに気付いたのか、固唾を呑んで見守っている。
「以前、あなたは自身の剣を私に差し出しました。……今の私と同じように。剣を預けるということ。それは簡単なことのようで、実はそうではありません。自身の力を相手に委ねるということは、誰にでも出来ることではありません」
「皇子、どうか剣を収めてください」
遥にも奏の意図が読めないのだろう。明らかに戸惑っているのが判る。皇子は動じることもなく、余裕すら滲ませて、からかうような眼差しで遥の申し出を受け入れる。
「たしかに、覚悟だけでは信頼を得ることはできません。判りました。では、闇呪の君、この剣を収めます。ただ、私はこちらの世界で、まだうまく力を制御できません。申し訳ありませんが、少しだけ手をお借りします」
奏の力に不都合が生じていることは彼方も初耳だったが、この異界では有り得ることだと深く考えなかった。それは遥も同じだったのだろう。
奏は白く輝く剣の柄を遥に向けた。遥は促されるまま差し出された柄を握る。その瞬間、俯いた奏の横顔に笑みが過ぎった。彼方は見間違いだと思い込もうとしたが、胸の内にするりと嫌な予感が滑り落ちて行く。彼方が何かを語りかけようとすると、奏は俯いたまま剣の先端を両手で持った。
直後。
「我が剣を以って、結界と成す」
「――皇子っ、何をっ?」
遥の怒声が辺りを揺るがす。彼方は突然の成り行きに、思考が追いつかない。
「私の望みを叶えるためには、この形が必要なのです。強引であることは承知していますが、果たせる筈です」
遥は握り締めた柄から手を離そうと足掻いているようだったが、腕の先だけが微塵も動いていない。遥が囚われていない腕で素早く虚空を掻いた。
「黄帝は世の安定よりも、私の討伐を優先されたようです」
「え?」
「どういうことですか」
瞬きをする彼方の隣で、奏がすぐに問いかえす。依然として剣を掲げたまま、彼は遥と視線を交わした。遥は絶望と苛立ちの渦巻く、複雑な翳りを抱いた眼差しで語る。
「呪鬼を封じる神器、麒麟の目が追手に与えられています」
「麒麟の目っ?」
思わず彼方は大声で繰り返してしまう。
唯一、呪鬼を封じるといわれている神器。黄帝の命を以って麒麟が差し出すと言われているが、それは最大の禁忌なのだ。手にした者を狂わせる、有り得ない手段。
雪も奏も声さえ上げなかったものの、彼方と同じように動揺していた。
「まさか、そんな筈は……、何かの間違いなのでは」
「皇子が信じたくない気持ちは判りますが、――王子には心当たりがあるはず」
「僕?」
彼方はこれまでの成り行きを振り返って、再び「あっ」と声をあげた。
「もしかして、紅蓮の宮のこと?」
遥は厳しい表情のまま肯定する。彼方は胸の底から真っ黒なものが競りあがってくるような気がした。
「緋国の二の宮――紅蓮は、麒麟の目によって魂禍となり果てた。同じように神器を与えられている追手が語っていたのだから、間違いない」
「追手って?」
聞き返すと、遥は一瞬言葉を詰まらせてから、目の前で膝をついて剣を掲げ持つ奏を見つめた。
「透国の後継者です。皓露の皇子でした」
雪と奏の顔色が変わる。雪は言いようのない不安を感じたのか、膝をついたままの兄の肩に触れた。二人は言葉を失ってしまったかのように、ただ蒼ざめた顔を見合わせる。
「翡翠の王子……、いや、彼方。これは憶測に過ぎないが、碧宇の王子にも与えられている可能性が高い。君に対する容赦のない振る舞いは、それで納得できる」
「そんな、兄上が」
次々と明らかにされた事実に彼方達は言葉もない。遥のよく通る声だけが、辺りを包み始めた夜の闇に響いた。
「麒麟の目を活用すれば、水源の腐敗を招く鬼を封じることが出来る。そんな選択を見失うほど、黄帝は相称の翼を求めているというのか」
彼方もうな垂れながら、それが黄帝の真意なのだろうと思えた。
相称の翼。黄帝が慈しみ、愛して、焦がれて止まない黄后となるべき者。いつの世も寵姫一人のために傾く国がある様に、黄帝が翼扶の不在に心を痛めるあまり、我を忘れ、責務を放棄することも有り得る。
全ての解決策は、やはり相称の翼が握っているのだ。
「副担任は相称の翼について、何かを知っているよね。あなたが強引に連れ去り、奪ったのではないとしても、既に消息を掴んでいる。あなたは相称の翼の行方を知っているんだ。そうだよね?」
遥には遥の事情があり、明かすことの出来ない理由がある。彼方には、もう一方的に彼が悪なのだとは思えない。それでも言わずにはいられなかった。
思い描くことの出来る、最悪の予感。
「副担任は縁を結んだ緋国の姫宮を愛していた。彼女こそが、あなたの翼扶だった。だけど、皮肉なことに姫宮は相称の翼となった。僕には経緯は判らないけれど、副担任が本当に世の豊かな未来を望むのなら、一刻も早く相称の翼をあるべき立場に戻すべきだよ」
彼方が一息に告げると、遥は浅く笑った。自嘲的な笑みに映る。
「そうだな。もし私が相称の翼の行方を掴んでいるのならば、――それが正論だ」
「じゃあ、副担任も知らないってこと?」
彼方の問いには、依然として剣を差し出したままの奏が反応した。
「彼方、私達は彼の抱える事情に、そこまで踏み込む資格を持ちません」
「資格って?」
「闇呪の君にとって、私達は信頼できる関係にありません。そして、彼の事情に関わることを望むのならば、それ相応の覚悟が必要です」
「それは世に背くということ?」
「いいえ、それが世に背くことであるのかは、まだ判りません。ただ彼を取り巻く環境や立場は決して平穏であるとは言えないでしょう。巻き込まれる覚悟が在るのかどうか、そういう意味です」
奏の穏やかな声に、遥の低い笑い声が重なる。彼は皇子の前についていた膝を軽く払うと、立ち上がった。
「皇子も王子も、そんな覚悟を決める必要はありません。覚悟を決めたところで、私の信頼を得られるとは限らない」
明瞭に響く声が、いつもより冷ややかに聞こえる。遥の突き放すような態度を目の当たりにしながらも、奏は遥に差し出した白虹剣を収めない。膝を折ったまま、立ち上がった遥を仰いだ。
「そうですね。あなたの信頼を得られるとは限りません」
場違いなほど明るい声で語る奏は、どこか不敵にも見える。彼方は彼が何かを企んでいるのではないかと緊張していた。雪も兄の不自然さに気付いたのか、固唾を呑んで見守っている。
「以前、あなたは自身の剣を私に差し出しました。……今の私と同じように。剣を預けるということ。それは簡単なことのようで、実はそうではありません。自身の力を相手に委ねるということは、誰にでも出来ることではありません」
「皇子、どうか剣を収めてください」
遥にも奏の意図が読めないのだろう。明らかに戸惑っているのが判る。皇子は動じることもなく、余裕すら滲ませて、からかうような眼差しで遥の申し出を受け入れる。
「たしかに、覚悟だけでは信頼を得ることはできません。判りました。では、闇呪の君、この剣を収めます。ただ、私はこちらの世界で、まだうまく力を制御できません。申し訳ありませんが、少しだけ手をお借りします」
奏の力に不都合が生じていることは彼方も初耳だったが、この異界では有り得ることだと深く考えなかった。それは遥も同じだったのだろう。
奏は白く輝く剣の柄を遥に向けた。遥は促されるまま差し出された柄を握る。その瞬間、俯いた奏の横顔に笑みが過ぎった。彼方は見間違いだと思い込もうとしたが、胸の内にするりと嫌な予感が滑り落ちて行く。彼方が何かを語りかけようとすると、奏は俯いたまま剣の先端を両手で持った。
直後。
「我が剣を以って、結界と成す」
「――皇子っ、何をっ?」
遥の怒声が辺りを揺るがす。彼方は突然の成り行きに、思考が追いつかない。
「私の望みを叶えるためには、この形が必要なのです。強引であることは承知していますが、果たせる筈です」
遥は握り締めた柄から手を離そうと足掻いているようだったが、腕の先だけが微塵も動いていない。遥が囚われていない腕で素早く虚空を掻いた。
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