紫の瞳の王女と緑の瞳の男爵令嬢

秋野 林檎 

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どれぐらいたったのだろ、コンウォールの言葉でし~んとなった部屋をノックする音がした。

「ミーナです。お父様よろしいですか。」

「あぁ…ミーナか。」

だがなかなか入ってこないミーナに、 コンウォールは声をかけようと口を開こうとしたときだった。ガタガタガタ…ガタン!!と何かが落ちる大きな音とミーナの叫び声が、扉の向こうから聞こえた。


あんな話の後だったからだろう、三人の男達は慌てて立ち上がろうとしたが、アークフリードが最初に動いた。

「ミーナ!!」と叫んだ時には、もうすでに立ち上がり、扉のノブに手をかけていた。


 だが扉を開くと、転倒でもしたのだろうか、扉の前で何冊も本が散らばり、その中にミーナがひとり座り込んでいる。

魔法という不思議な力を持ったパメラの事が頭にあったアークフリードは、安心したのだろう。
微笑みながら
「何かあったのかと心配した。…大丈夫か?」

だが、ミーナは真っ赤な顔で、アークフリードを見上げ、茫然としている。

アークフリードは首を傾げ、(どうしたのだ?)と口を開く寸前、ミーナの小さな声が聞こえた。



「…あっ、あの……今なんと…」


言われたアークフリードは訝しげな顔で「今…?」とまた首を傾げ、助けを求めるようにライドを見た。


―マジかよ…。朴念仁。はいはい、わかりました。ここはお兄ちゃんの恋を喜ぶフランシス殿の為、そして戦い前だというのに、この重苦しい空気を払拭する為。

ライドは深呼吸をすると、大きな声で
「ミーナ!!!」と叫ぶと、また深呼吸をして「アーク…おまえ、こんな風に叫んでたぞ。」


アークフリードは硬直し、ミーナはどこから顔でどこから髪なのかわからないくらい真っ赤になった。


ライドはにやにやと笑って小さな声で「ミーナだって、もう呼び捨てかよ。」とアークフリードをからかうと コンウォールに向かって微笑んだ。



コンウォールは、ライドの意図がわかったのだろう。
明るく振舞うライドの意図が、固まったままのアークフリードとミーナを見ながら、小さく頷くと

「結婚するのですから、ミーナと呼んでよろしいじゃないですか…」と言いながら笑ってミーナのばら撒いた本を拾い始めた。


だが、そんな空気がまた一変した。

真っ赤な顔で下を向いていたミーナがゆっくりと顔を上げ、厳しい表情で
「お父様、これは偽装結婚です。怪しまれないように名を呼ぶのは仕方ないことも今後あるでしょう。人の眼があるときは、恋人として…振舞うこともあるでしょう。でも、色恋沙汰なぞ…今そのようなことを言ってはアークフリード様のご迷惑になります。」



ライドはミーナの剣幕に驚き、すぐ隣にいるアークフリードに目をやった。
ミーナを気にしているアークフリードを気遣ったのだが…アークフリードは一瞬眼を細めたが、黙ってミーナの落とした本を集め始めた。


―おいおい、ミーナ嬢、そこまで言わないでやってくれよ。あいつハートはガラスなんだよ。はぁ…空気がまた重くなったぜ。



ライドが心配していた通り、ミーナの言葉はアークフリードの心を傷つけていた。



―なぜ…だろう。なぜこんなにショックなのだろう。ミーナ嬢の言う通り、これは偽装結婚。そう偽装結婚だ。

だが…いや、今は…考えたくない。








ミーナはミーナで思っていた。

ー私は、彼に愛されることはないのに、”ミーナ”とそう呼ばれるのは辛い。

だめ…考えてはいけない。本当の私を知れば、本当のことを知れば…私から離れていくだろう。

もう決めたこと… 私は彼のために命をかけると、だから…こんなことで動揺してはいけない。







コンウォールは密かに溜め息をつき、気まずい空気の中で最初に口を開いた。
「ミーナ、これが例のものか…」とばら撒いてしまった本の中で、かなり分厚い本をヒョイと片手で拾い上げた。


ミーナは、父の眼の鋭さが自分の考えていることを知っているように思えて息を飲んだが、ゆっくりと頷いた。

「はい、そのなかにバクルー王から、ノーフォーク王への親書の写しが入っています。」



ライドもアークフリードも驚きを隠せなかった。
「な…なぜ、なぜバクルー王からの親書の写しなぞ、手に入れられるんだ?でもそれ、本だろう?」ライドの震える声が大きく響いた。



「本の中が空洞なのか…」



アークフリードが掠れた声で小さく言うと、その本からコンウォールの顔に目を移した。

「コンウォール男爵、でもいったいどうやって手に入れられたのですか?」


「ブランドン公爵様、何事もこれでございます。」とコンウォールは一言いうと右手の親指と人差し指を丸くし合わせ…残り三本の指を立て、「わたくしが稼ぐのはこの為でございます。」と笑った。





本の中からバクルー国の刻印が入って親書が出てきた。それをコンウォールはゆっくりと取り出し、新書に目を走らせると、眉を上げ

「公爵様、バクルー王は仕掛けてきました。懐妊するはずがないカトリーヌ王妃の、懐妊祝いに来ると言ってきています。」

「どういう意味ですか…懐妊するはずがないというのは」アークフリードが怪訝な顔で訊ねた。



その問いに対し、コンウォールが答えようとしたときだった。           





 


「それはカトリーヌ王妃が、人ではないからです。」







ミーナの声が低く客間に響き、アークフリードは驚愕の眼を見はった。





 


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