王子様に恋の手ほどきを…【改稿版】

秋野 林檎 

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「こ、恐かった…マジ恐かった。」

ケントは、まだ震えが止まらないようで、カップを両手に持っても、うまく口に運べず、お茶を飲むのも四苦八苦していたが、どうやらお茶を飲むことをあきらめたのか、カップをテーブルに置くと

「俺、やめる。あの王子の身辺を洗うなんてできない。下手をしたら殺される。」
 思い出したのか、大きく体を震わせ

「ぜったいやめる!」

「そうだよ。お兄ちゃんには無理だよ。でも、伯爵様にはなんて言ってお断りするの?」

「しない。」

「へっ?」

「あの王子が滞在するのは、あと一ヶ月あまりだ。その間王子を張っているように、見せかけて、最終報告で、交渉に使えそうなスキャンダルはありませんでしたと報告する。」

「……断る勇気、ないんだ。」

「だっておまえ、断ったら、我が家はお取り潰しになるかもしれないんだぞ。」

マリーは、力の微笑みを浮かべると、天を仰ぎ頭を振り
「……それしかないみたいね。」

「そう、それしかない。あぁ…せっかく知らべた王子の身上調査…。」

と言って、胸のポケットから、封筒を出すと、テーブルに投げ
「金が掛かったのに無駄になった。」

「ぇ…えっ!お兄ちゃん!今お金って言った?!、お金をかけて王子を調べていたの?!あぁ…なんて無駄遣いを…今月は苦しいって、私、言ったじゃない!」

「で、でも王子を知らなきゃ…相手の弱みもわかんないだろう。」

と言うと立ち上がったが、どう繕っていいのか、わからずケントは、

「悪かったよ。」と言うと、部屋を脱兎のごとく飛び出していった。

マリーは、ヘナヘナと座り込み、頭を抱えると、ふっ~と息を吐きながら伊達眼鏡を外し、テーブルに置いた。

眼は悪くはない。これは変装用だ。貧乏とはいえ一応貴族、町の居酒屋で働くのは体裁が、悪くて掛けている。だけど考えてみると、子爵令嬢と言っても、他の貴族令嬢と違って、舞踏会に出たこともない。いや…デビュタント・ボールと呼ばれる社交界へのデビューさえしなかったんだ。
誰もベルトワーズ子爵家のマリーとは、知らないだろう。顔なんか隠さなくても良かったのに…眼の前が、ゆらゆれと揺れ、古惚けたテーブルが滲んできた。

マリーは、鼻をすすりながら、
「バイトに行かないとなぁ。」
とボソッと言いながら、眼鏡に手を伸ばしたが、マリーの眼は、ケントが投げたあの王子の身上調査書にいった。

「本当に、大丈夫かなぁ…やっぱり、王子のスキャンダルを掴まないと…路頭に迷うなんてことにならないよね。」

そう言いながら、マリーの手は眼鏡じゃなくて、横の身上調査書を掴んでいた。


ラファエル・セオドール・マクファーレン(30)  エフレン国 第2王子
その容姿と頭脳で、エフレン国を支える。だが、それだけではない。剣の腕も一流で君主の警護をするエフレン陸軍近衛師団の師団長でもある。
その戦歴は・・・

数行読んで、マリーは、読むのをやめた。

 容姿端麗、頭脳明晰、一騎当千( いっきとうせん)と四文字熟語が出てくるほどのお方か…。
やっぱり住む世界が違うと、大きな溜め息をつき、身上調査書を封筒に戻そうとした時だ、もう1枚、紙が入っていた。

ロザンナ……ローリー……パトレシア……アデリン……ベッティ……
な、なに?この女性の名前は?


俺の見解だが…
どうやら王子の好みの女性は、遊び慣れた艶っぽい女性らしい。かなりの女性との噂があるが、どうやら後腐れないのが、良いってことだと思われる。なぜなら上記に名前が上がった女性は、一様に未亡人や人妻が多くそれも、一夜限り…

・・この字は、お兄ちゃんの字だ。・・・

実際みた王子様はやっぱりカッコ良かった。
まぁ、あの容姿だもん。よりどりみどりの女性との恋、ありえるよね。

……やっぱり恋愛小説の世界だ。

新聞の社交欄では知っていた。もちろん記事の内容も、顔もだ。
それどころか、一夜を共にした女性の話に、一喜一優さえしたことさえもあった。

あの王子様と…

月夜に砂漠のオアシスで…

眩しい太陽の光が差す海の中で戯れて…

雪が降る夜、凍えそうな体を抱きしめられ、見つめた暖炉…

現実の世界では、薄っぺらな愛だ、一夜だけの関係なんて、愛とも呼べないものだ。
でも、私にとっては物語だったから…物語の王子様だったから…新聞の社交欄に書かれた記事に胸がときめいた。確かに、こうやって兄の字で書かれている内容を見ると、現実の世界のドロドロした重さも感じないわけではないが、でもそれ以上に、実際見てしまった王子様に、現実のこの世界から離れ、自分も物語の中に入ったような気がした。

デビュタント・ボールにさえ、行けなかった私。

 一応貴族なのに…毎日バイトで家族を養う私。

そんな私が、王子様がいるあの世界のもちろん端っこ…モブキャラだけど…本物を見たら、自分もあの世界にいるような気がした。毎日あくせく働き、毎日蓄えを見ては、青くなる生活から抜け出し、王子様がいるあの世界で、ロマンチックな夢を覗いてみたい。

覗くだけならいいよね。

それにうまくいけば…私がラファエル王子のスキャンダルを掴むことができるかも…。そうすれば子爵家は守れるし、そして…繰り広げられる物語を目の前で見る事が出来る。
この現実から、ひとときだけど離れられる。

マリーは、右手に眼鏡を掴み、そして左手に身上調査書を掴むと
「いいよね。ちょっとだけ覗いても…」と言いながら、立ち上がった。
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