完結【日月の歌語りⅠ】腥血(せいけつ)と遠吠え

あかつき雨垂

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春秋の古言【短編集】

雲水の唄

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『冬はたれり 木蔦きづたの宵に
 焚けよかがりび どんどと燃えよ
 農人のうじんたちよ 種をぬくめよ
 牧人ぼくじんたちよ 帰り
 火明かり灯せ 竃に炉辺に
 北風して 木戸を叩くは
 かんまろうど 冬の御方おんかた
 馳走並べよ 旨酒注げよ
 いざもてなさん 木蔦の宵に』

 
 木蔦きづたの月の暮方くれがたに行われる万霊の祭りは、教会によって死した魂に祈りを捧げるための日と定められている。だが元々は、冬の女神サレニノをもてなすため、緑海の島々やアルバ地方で行われていた祭りだった。
 今は昔。カルタナの万神宮から、彼らの言う『未開の地』へと伝道に赴いた陽神デイナの教父たちは、各地に残る古い風習を追いやることはしなかった。古きを廃するやり方は、土着の民の反発を招いてしまうことに気付いたのだ。そこで彼らは古い神への信仰やしきたりを撤廃せよと説く代わりに、古い風習を取り込むことにした。何世代にも亘って守られてきた儀式に大幅な変化を強いることはしない代わりに、祭りそのものを新しい教えと融合させることで、民が新しい神に帰依する抵抗感を減じたのだ。そして各地の人々の信仰は、ゆっくりと陽神デイナ習合しゅうごうしていった。今ではほとんどの者が気にも留めないが、陽神教には、布教した土地に元々あった祭りを踏襲したものが沢山あるのだ。
 この日、ダイラや東方大陸の西岸諸国では、死者に捧げる厳かな礼拝が行われる。だが、ここエイルで催されているのは、万霊の祭りの元となった橉木りんぼくの祭りだ。
 冬の女神サレニノは春の男神ゴルマグの伴侶だ。日が長い春夏はゴルマグが、日が短い秋冬はサレニノが、地上の季節を司る。そのかん、出番がない方の神は冥界で眠りにつくとされている。
 夏から秋へと入れ替わるこの時期、冥界と地上の領主が入れ替わる秋分の日になると、冥界の門が開き、死者たちと共に、冬の女神がこの世に戻ってくる。長い間離ればなれだった夫婦めおとの再会を祝い、サレニノがこれからの半年を慈悲深い季節にしてくれるよう願うのが、橉木の祭りなのだ。
 城の広間に並んだ長卓には、見事な馳走がこれでもかと並べられていた。料理は城の広間だけではなく、中庭でも振る舞われた。城に訪れた客であれば、誰でももてなしを受けることができるようになっている。祭りの肝は、その日一年の収穫の成果をどれだけ豪華に飾り立てられるかというところにかかっている。この惜しみない大盤振る舞いには、春の神への感謝を示すと同時に、冬の女神にも暖かい季節の慈悲深さに倣ってもらえるようにとの願いが籠もっているのだった。
 広間には多くの者たちがつめかけた。大声で交わされる会話に、幾度となく繰り返される乾杯やら、笑い声やら、不意におこるどよめきやら……隣の者と話すにも、声を張り上げなければならないほどの賑わいぶりだった。
 クヴァルドは王の隣で、その心地よい喧噪に耳を傾けつつ、大きな広間に充満する料理の薫りや、人々の満足げな匂いを嗅いで、蝋燭の光に浮かび上がる人々の笑顔を見ていた。クヴァルドは目の前に盛られた料理には目もくれず、長いことそうして、宴の雰囲気に浸っていた。
 エイルで行われる、これが初めての祭りだ。
 いままで、祭りというものにはあまり親しんでこなかった。放浪民エルカンは──結婚式と葬式を別にすれば──一カ所に集まって何かを祝う習慣はないし、あったとしても、あまり楽しんだ記憶は無かった。
 一方〈クラン〉では、祭りと宴会の中間のような大騒ぎが頻繁に繰り広げられていた。けれど、〈クラン〉の祖であるダエニ族を讃えて繰り返される乾杯の中で、クヴァルドはいつも、自分は外から来た者であるという疎外感を腹の底に抱えていたのだった。
 だがこれは……自分の故郷となったエイルの祭りだ。誰かに白い目で見られることも、疎外感を抱く必要もない。
「クロン?」
 気付くと、ヴェルギルがクヴァルドの方に身体を寄せていた。彼は手つかずの皿を見て、クヴァルドを見た。その顔には、思慮深げな微笑が浮かんでいた。
「それは、胸がいっぱいという顔か?」
「ああ」クヴァルドはため息交じりに言った。「ああ。そうだ」
 ヴェルギルは、椅子の肘掛けに休ませていたクヴァルドの手を取ると、満足げに言った。
「君にそういう顔をさせられるなら、毎日だって宴を開きたいものだ。フェリジアの王族のように」
「毎日?」クヴァルドは笑った。「それは豪儀だな。この国で同じ事をしたら、あっという間に傾くだろうが」
 ヴェルギルは肩をすくめた。「その価値はある」
 出会ったばかりの頃なら、そうした冗談を真に受けていたかもしれない。栄耀えいよう狂いの吸血鬼と、彼を見下していた時であったなら。
 だが、このエイルを誰よりも大切に思っているのは他ならぬヴェルギルだ。だからクヴァルドは、静かに笑って、彼の手を握り返した。
 しばらくすると、余興が始まった。
 寸劇のために呼ばれた一座は、美しい言葉と真に迫った演技で心を掴んだ。役者の中に紛れていた魔法使いが天井から雪を降らせ、装飾には見事な氷柱つららが伸びた。次にやってきた道化まわしの一座も圧巻だった。小柄な道化が天井近くまで飛び上がり、煙と共に姿をくらましたかと思えば、ロドリックの椅子の背もたれに何食わぬ顔で腰掛けていた。慌てふためくロドリックとは対照的な、道化のとぼけた表情に、広間は笑いに包まれた。
 見事な演し物は次々と続き、過ぎゆく時間を忘れさせた。
 ヨトゥンヘルムでも、いくつもの宴がひらかれた。だが……クヴァルドが思うに、人狼という種族のなかに、『趣向を凝らす』という発想はあまり無いようだった。彼らの宴と言えば、食って飲むという二つのことを、どれだけ徹底的にやれるかというところにかかっていたのだから。もちろん楽団が呼ばれることはあったし、皆で声を合わせて歌うような一幕もあるにはあったが、それは音楽を愉しむと言うよりは、余興としての殴り合いの延長戦にある何かだったような気がする。
 長い間彼らと暮らして、自分もすっかりそれに慣れたと思っていたのだが、よく思い出せば、初めてヨトゥンヘルムに迎え入れられたときには、少なからず面食らったものだった。
 クヴァルド──フィラン・クローアル・オロフリンは、生まれてから十六の歳までエルカンとして育った。
 エルカンは、瘴気に没した祖国イムラヴを逃れた民の末裔だ。彼らはダイラで放浪民として生きてゆくことを選び、人々から流れ者エルカンと呼ばれた。エルカンは歌や踊りに秀でた者ばかりだ。クヴァルドが子供の頃にも、いつも周りに歌や楽器の音色があったものだ。
 あの、騒がしく色鮮やかな日々。思い出す度に、甘さと苦みを覚える。幼い頃の記憶は、どれを取ってもそうだ。
 だが──ああ、懐かしいな。
 今では、あの頃の何もかもが遠い。
 
 何かを強く思い浮かべると、時にその想いに釣られて、偶然が引き寄せられることがあるという。
 祭りの夜の最後の余興は、吟遊詩人による歌だった。彼はデーモンで、長くダイラを放浪しながら、たくさんの歌曲を収集し、そのすべてを習得してしていったのだという。
 歌を集めながら各地を巡る……そんな生き方に憧れていた頃を思い出して、クヴァルドはまた、ほろ苦い懐かしさを覚えた。
 ヴェルギルがこちらに身を寄せて囁いた。
「君と似ているな」
 クヴァルドはヴェルギルを見た。
「似ている?」
「以前、話してくれたことがあっただろう。土地ごとの歌を習い覚えるのが、旅の楽しみだったと」
 胸の内にあるものが顔に出ていたのだろう。ヴェルギルは言った。
「そんなに驚くようなことを言ったか?」
「まさか、覚えているとは思わなかった」クヴァルドは言った。「話して聞かせたことも忘れていたくらいだ」
 ヴェルギルは得意げだった。「君は、わたしの記憶力を見くびりすぎだ」
 クヴァルドは小さく笑った。
「それも無理はないと思うがな」
 慎ましげに、短い口上を述べた歌い手は、リュートを抱えた。
「それでは、最初の一曲を」
 幾つかの音が最初の旋律となり、 川の流れのように音楽が溢れ出した。残っていた微かなざわめきも消えた。情感に満ちたリュートの音色が、宴に温まった広間を満たし、居並ぶ人々の耳と心を支配する──その馥郁ふくいくたる弦の響きで。
 ああ、そうだった。
 皆でひとつの楽の音に聞き入る、この瞬間が好きだったのだ。
 歌人が息を吸い込み、豊かな声で歌い出した。
 
    
『我に告げよ クロウタドリ
 スカモローの丘向こう
 うつくしのロアランの溿みぎわ
 愛しい人が口ずさむのは
 あの懐かしの旋律か』
    

 
 クヴァルドは息を呑んだ。何か……途方もなく大きなものにものに喉を塞がれた心地がして。
 それは、記憶。はるか遠い日に置き去りにしたはずの、郷愁の音色だった。
   
     
  2
 
 一二九五年 木蔦の月
 
「それ、なんて歌?」
 針仕事をしていたはずのマリエルが、いつの間にかこちらをじっと見ていた。
「聞いたこと無い歌だけど、あんたが作ったの?」
「違う」
 嘘だった。
 フィランは、今さらながらにばつが悪くなった。手にしていたリュートを片付けようと、分厚い布袋を引っ張り出す。移動する幌馬車の振動で傷がつかないように、楽器はいつも、丁寧にしまい込むことにしていた。
「違わないでしょ。嘘なんかつかなくたっていいのに」マリエルは、よく動く大きな目を懇願するように細めた。「やめないで。続きを聞かせてよ!」
 フィランは慎重に、マリエルの表情を窺った。
「なんで? 親父おやじに告げ口するため?」
 するとマリエルは思い切り顔をしかめて、糸玉を投げつけてきた。「あんた、あたしをなんだと思ってんのよ」
 フィランは笑った。「冗談だって」
 十四歳のフィランは、日ごとに伸びてゆく長い手足をたくし込むように身を縮めて、次々に飛んでくる糸玉を避けた。
 エルカンは歌をこよなく愛する。
 だが彼らは、伝統だとか一族のしきたりといったものも同じくらい愛している。おそらく、歌よりも伝統への愛の方が、髪の毛一本分だけ重い。エルカンはよく、俺たちほどたくさんの歌を知っている者はいないと豪語する。だが彼らの言う『歌』とは、少なくとも十年以上受け継がれてきたものに限られる。エルカンの男たちは、新しいものに飛びつくのは不名誉だと思っているのだ。だから、フィランが新しい歌を作ることに夢中になっているとわかれば、良い顔はされないのはわかりきっていた。親父が酔っていて、さらに虫の居所が悪ければ、何発か殴られる可能性もある。
 マリエルと、それからいま馬車を駆っているイースルートは、同じ馬車の乗合のりあい仲間で、フィランの数少ない理解者だった。
 エルカンにとって馬車は、移動手段であり、仕事場であり、家でもある。フィランたちが乗るこの馬車にも、三人分の折りたたみ式寝台と、簡単な家具が作り付けられていた。
「ほら、歌ってよ」
 彼女は、椅子代わりにしている自分の寝台に腰掛け、ぴったりと合わせた膝の上に両手で頬杖を突いた。
 クヴァルドは幌の隙間から外を窺い、周りに併走する仲間が居ないことを確かめてから、リュートを抱えた。
 咳払いをしてから、できるだけ小さな声で歌いはじめる。
 
    
 『我に告げよ クロウタドリ
 スカモローの丘向こう
 うつくしのロアランの溿みぎわ
 愛しい人が口ずさむのは
 あの懐かしの旋律か
 
 クロウタドリ 我に告げよ
 光射す日も雨降る夜も
 うつくしのミナルダルの畦道あぜみち
 愛しい人と共に愛吟うたった
 あのことば真実まことのままか
 
 かの人に告げよ クロウタドリ
 スカモローの丘向こう
 うつくしのロアランの溿みぎわ
 在りし春秋きせつの輝きを歌に遺して
 我は去りゆくアルバの岸へ』
 
 
 歌い終わると、マリエルはうっとりとため息をついた。
「素敵ねえ」
 マリエルは恋物語に目がない。だから、この歌は彼女の気に入るとわかっていた。エルカンに人気の歌は、一つが戦歌。そしてダイラの王に向けて歌われる反抗歌。もうひとつが、故郷を捨ててダイラに旅立った祖先の心情を込めた別れの歌だ。エルカンの歌のほとんどは、この三つのうちのどれかに分類できる。
「ついこの間まで、シンニードのとこで飼ってる仔犬とそう違わない悪たれ坊主だと思ってたのに、こんな歌を作れるようになるなんて」彼女は見透かすように目を細めた。「愛しい人って誰のこと? いつのまにそんな人ができたの?」
 マリエルは仲間の恋愛話にも目がない。
「いないよ、そんな人」フィランは言った。「恋歌なんか、想像で誰にだって作れるだろ」
「嘘ね」マリエルは断言した。「あの人でしょ。キアリーで何度かあんたを訪ねてきた彼」
 こういう話題になったときのマリエルの勘の鋭さには驚かされる。
「別に」意図せず大きな声を出してしまったせいで、元々なかった説得力はあっという間に地に落ちた。「別に。馴染みだったけど、そこまで入れ込んでたわけじゃないから」
 するとマリエルは、理解と同情を滲ませた微笑を浮かべた。「ええ、わかってる」
 そして、瞬き一つで、また元のキラキラした瞳を取り戻した。
「その歌、とっても素敵!」
 マリエルはフィランにとっては姉のような存在だった。ときどき呆れるほど夢見がちだけれど、彼女がいなかったら、フィランの心はもう何度挫けていたかわからない。
「ありがとう」フィランは言った。「キアリーのことを二度と持ち出さないなら、いつかマリにも歌を作ってやるよ」
「やった! 約束だからね」
 そう言うと、マリエルは顔をくしゃっとさせるいつものやり方で笑った。
 
 エルカンは、商売道具を満載した幌馬車で商隊を組み、定住せずに各地を巡る。ひとつの村に半月ほど留まっては、ちょっとした仕事を請け負って生計を立てている。エルカンが得意とするものは色々ある──日用品の修繕、占い、唄に踊り、野良仕事、馬喰としての腕もいいし、金工もお手の物だ。
 彼らは親族でまとまって旅をし、その中で、さらに家族ごとに得意とする生業を持つ。家系やあきないによって異なる色や模様で、幌を飾るのが慣わしだ。
 緑の唐草模様は薬草商、赤で刺繍された獣の馬車は肉や毛皮を扱う。刺繍されたガラス玉の幌馬車はどこへ行っても歓迎される。彼らは香辛料を商うからだ。他にも、幌に吊り下げられた鐘は鋳掛け屋ティンカーの証しで、彼らはちょっとした装飾品や武器作りまでこなす。大所帯の商隊であればあるほど、幌の装飾も豪華になる。十台もの馬車で各地を巡るオロフリン一家の幌も、かなり豪華なことで知られていた。紋章は赤い昇藤ルピナスで、一族のどの馬車にも必ず刺繍されている。
「ねえフィラン。吸血鬼に抱かれるのって、どんな気分だと思う?」
 フィランは正気を疑う目でマリエルを見た。「はあ?」
「二つ前の村で噂を聞いたの。領主の大きなお屋敷があったでしょ。昔、あのお屋敷に住んでた奥方が、吸血鬼と寝床にいるのがバレて大変な目に遭ったんだって」
「やめろよ、気持ち悪い」
「その吸血鬼──ヴェルギルって名前らしいんだけど、それはもう美しくて、しかもとっても優しくて、なんですってよ」
 フィランは吐きそうな顔をしてみせた。
「どうして? 素敵だと思わない?」
「どこが!」フィランは粟立つ肌をこれ見よがしに擦った。「吸血鬼にまで夢を見るのは行き過ぎだよ、マリエル。人間を抱くどころか、食っちまう怖ろしい連中なんだから」
 マリエルは笑った。「まるで見てきたようなこと言うけど、全部大人たちの受け売りでしょ」
「そうだけど……危なすぎる」フィランは言った。「マリエルが食われちまうのは嫌だ」
 エルカンが人外ナドカを憎むのは、血に刻まれた伝統だ。歌を愛するのと同じくらい当然のこととして、ナドカを憎み、恐れる。それは、ナドカがエルカンの祖国イムラヴを滅ぼした張本人であり、すべてのイムラヴ人イムラヴァの苦しみの元凶だからだ。
 エルカンには、憎むべきものがたくさんある。時には、それこそが自分たちを結び合わせているのじゃないかとさえ思う。もし憎むものを失ったら、エルカンは──一族は散り散りになって、二度と元通りにはならないんじゃないか、と。
「ヴェーゴルだか何だかしらないけど、他の大人たちの前でそんなこと、絶対に言うなよ」
「ヴェルギルよ。言うわけないでしょ。あんただから話してるの」
 その信頼は嬉しかったけれど、マリエルの空想にはついて行けそうもなかった。
「吸血鬼ってのは心臓が止まってるんだぜ。死体と一緒だ」そして、ぶるりと身震いした。「ナニまで冷たいなんて、気味が悪い」
 大人びていて、年齢通りにみられることはほとんど無いとはいえ、まだ若いフィランは口での仕事しかしたことがない。だが、ナニヽヽのことには、それなりに詳しいつもりだ。
「なんだ、あんた意外と色々知ってるじゃない」マリエルは笑った。「安心していいわよ。ヴェルギルは男には興味ないって噂だから」
 そんな話をしているうちに、馬車がゆっくりと速度を落としながら、脇道に逸れた。
「あら」マリエルが言った。「仕事かしら」
 フィランたちが乗る馬車は、いつでも列の最後尾につくことになっていた。馬車についている金色の房飾りに釣られてきた客と連れだって列を外れることが少なくないからだ。
 御者席のイースルートと見知らぬ声の男がやりとりをしている。幌の仕切りが二回叩かれたので、フィランとマリエルは幌の後ろから顔を出した。見知らぬ旅人が、二人の顔を見比べる。彼はすこしだけ悩んでから、マリエルを選んだ。
 商談がまとまった。イースルートは再び馬車を動かして、少し先にあった木立の間に乗り入れた。そしてマリエル以外のものたちは馬車から降り、あたりの空き地で見張りを務めた。フィランは、砂時計をひっくり返して呼びかけた。
「いまから四分の一刻だよ」
 そして、が始まった。
 エルカンの馬車にさがった金色の房飾りは、春を売る者が乗る目印なのだ。
 
 フィランには、最近少しずつ解りはじめたことがある。
 それは、エルカンが──大人たちが──矛盾を抱えた人々であると言うことだ。
 エルカンは土地に根を張らない。定住する人たちを見下し、自分たちの生き方こそが最高なのだと言う。定住民ソクルは押し並べてカモであり、連中をどれだけ上手く騙せるかを自らに課せられた挑戦と見なしている。
 詐欺やペテン、ちょっとした手品やイカサマに関しては、どんな子供も、言葉とほぼ同時に習い覚える。まだ若いうちから、できもしない偽金作りの話を持ちかけて大金をせしめるとか、上等の馬に鼻薬嗅がせておいて、風邪を引いているといちゃもんをつけて安く買いたたくとかいうことを平気でやってのけるのだ。エルカンは、様々な品物や噂話を僻地の集落にまで行き届かせる上では必要不可欠な存在だが、同時に、警戒や不信の目を向けられる存在でもあった。
 一仕事終えた後、焚き火の傍に腰を下ろして、マリエルが言った。
「次の行き先はどこだっけ?」
「ルンナヴォリー。明日の朝から半日でつけるってさ」
 イースルートが、スパイス入りのワインを注いでやると、マリエルはその香りを吸い込み、お腹がへこむほど深々と、息を吐いた。
「ルンナヴォリー。初めての村ね」
 それがいい結果を生むか、悪い結果を生むかは博打のようなものだ。エルカンに対する態度は、村によってだいぶ違う。以前にその村を訪れたエルカンが連中を手ひどく騙していれば警戒されるだろうし、まっとうな仕事をしていたなら歓迎される。オロフリン一家はここのところ、どちらかといえば詐欺に近い仕事ばかりをしていた。
「ティーリの話じゃ、目印パトラインがあるから大丈夫だろうって」
 エルカンは独自の連絡手段を持っている。十字路や街道脇の木に刻まれた印、積み石や見慣れぬ花を見たら、それはまず間違いなく、以前その道を通ったエルカンがつけた目印パトラインだと思っていい。それらは、行く手にあるのは友好的な村だとか、この先には妖精が出るとか、この家はもう何回カモられている……ということを、後から来るエルカンに伝えるためのものなのだ。
「前の村で、目印パトラインを信用してひどい目に遭ったばかりだろ」フィランは言った。
「ひどい目に遭うのがあたしたち金房きんふさだけなら、ひどい目に遭ったことにはならない。わかってるでしょ」イースルートが言い、手にしていた木の枝を焚き火に投げ込んだ。
 彼女は前に逗留した村で、客のひとりからひどい扱いを受けた。そのせいで、しばらく仕事ができなくなっていた。
 マリエルが、イースルートの膝にそっと手を置いた。イースルートは感謝するようにマリエルを見た。
 金の房飾りを提げた馬車の存在もまた、エルカンが抱える矛盾のひとつだ。
 エルカンの価値観は独特で、それでいて強固だ。
 結婚する前に誰かと肉体関係を持った者、同性を愛する者、二十歳まで誰とも結婚しなかった者、喧嘩に負け続ける者は、落ちこぼれの扱いを受ける。そうした者の処遇は、年に二度の一族集会ギャザリングで決定される。商隊キャラバンを離脱するか、あるいは、金の房飾りの馬車に乗るかを、本人に選ばせるのだ。
 ほとんどの者が、商隊キャラバンを去る。だが、そうしない者もいる。フィランやマリエル、イースルートのように。彼らは、商隊キャラバンの最後尾について、一族が最も軽蔑する仕事を請け負いながら、大きな利益を生み出している。これが二つ目の矛盾。
 フィランは十三歳の時に、この馬車に乗ることを自ら選んだ。後戻りできない決定を下すには早すぎるという声もあった。まだ若いのだ、これからいくらでも女を愛する可能性があるだろう、と。大人たちはフィランをのを嫌がった。フィランは頭の回転が速く、手先も器用で、おまけに喧嘩も強かったからだ。
 だがフィランは最後尾の馬車に乗った。そして大人たちを──とりわけ父親を──失望させるのを、少なからず楽しんだ。
「どんな客が相手だろうと、今度は、やられっぱなしにはならない」フィランは言った。
 ふたりがフィランを見た。
「どういうこと?」とマリエル。
「もし次の村でなにかひどいことをされたら、俺に言ってくれ」
 マリエルたちが顔を見合わせる。
 フィランは、金の房飾りの馬車に乗る唯一の男だ。身体は大きく、力もあり、十六歳の少年を余裕で打ち負かすことができるほど喧嘩も強い。
 だが、まだ十四歳なのだ。
 ふたりが、そう思っているのはわかる。フィランのことを可能な限り守ってやりたいと思っていることも、よくわかっていた。
「いいから」フィランは言った。「無茶をするつもりはないから、大丈夫」
 マリエルは微笑み、頷いた。
「わかった」
 
 娼婦や男娼を軽蔑しながらも、そうした者を商隊キャラバンの一員として確保しておくエルカンのやり方は、矛盾してはいるが、必要な悪だと黙認されている。
 オロフリン一家のような大所帯に、村に逗留する許可を出すのは、大抵がその村に住む村役人だ。彼らは、離れた場所に館を構える領主や代官の目の行き届かないところに目を光らせ、地代を徴収し、農民を監視する管理人のようなものだ。彼らに話を通さずに居座る商隊キャラバンも居ないでは無いが、後から法外な滞在費を請求されたり、無理難題を押しつけられた挙げ句に立ち退かされることもある。オロフリン一家はいつでも、まず役人と話をつけ、彼らの望むものを提供した。これが、円滑に商売を行う秘訣だ。
 役人や代官には、賄賂として品物を所望する者と、一時の快楽を望む者がいる。割合は半々と言ったところだ。ツキが向いていれば、寝入った役人の枕元や、書き物机を少しばかりのぞき見て、うまい商売ヽヽの手がかりを得ることもあるから、後者を選ぶ役人に行き当たると、大人たちは喜ぶ。
 今回も、当然のようにマリエルが呼ばれた。
 フィランとイースルートは、前の村でのことを考えないようにしながら彼女を送り出し、前の村でのことを考えながら、彼女の帰りを待った。
 一族は、村の外れにある空き地に野営することを許されていた。商隊の馬車は大きな焚き火を囲むように並んでいた。フィランたちの馬車は、その輪から外れたところで小さな火を熾していた。
 大きな焚き火の方では、この秋の稼ぎ口にありつけたことを祝って、ちょっとした宴が開かれている。威勢のいいフィドルやパイプの音が、フィランたちの居るところまで聞こえてきていた。
 ここを訪ねてくる者はそう多くないものの、時折何人かが顔を見せ、少しの間話をしていくことはある。いわゆる規律ヽヽを重んじる族長の怒りに触れない程度に、ではあるが、全く孤立しているというわけでも無いのだ。フィランたちの焚き火の傍には、気のいい友や、フィランに懐いている弟たちがこっそりくすねてきてくれた料理が並べられていた。これで、あとで戻ってきたマリエルを少しは労ってやれる。
 ひときわ大きな笑い声が聞こえて、フィランは無意識に、そちらに顔を向けた。
「あんたも、あっちにいられたかもしれないんだよ」イースルートは小さな声で言った。
「わかってる」フィランは言い、明るい方に背を向けた。
 わかっている。の一員でいるためには、同性に惹かれることを隠し通すだけで良かったのだから。
 だが、後悔はしていなかった。
 初めてそのことを父親に告げたとき、フィランは父親からだけでなく、彼に命じられた他の兄弟たちからも散々に打ち据えられた。
「間違いだったと言え」と父は言った。「俺の息子が、そんな恥さらしであるわけがない。今すぐ嘘だったと言え。そうすれば許してやる」と。
 一瞬前までは家族だった男たちに囲まれ、殴られ、蹴られ、身体中に激痛が走る度──その痛みがだんだんと鈍くなってゆくほどに、フィランは思った。嘘をついてまで、この連中の一員でいる必要は無いのだ、と。
 数カ所の骨を折られたが、ろくな治療は受けられなかった。オロフリン一家の商隊には、腕のいい治療師も居る。だが、父は治療師が息子の手当てをすることを許さなかった。そのまま死ねばいいとさえ思っていただろう。それが、『出来損ない』の息子を持ったエルカンの父親のあるべき姿だった。
 フィランに手を差し伸べたのは、マリエルとイースルートだけだった。彼女たちは、自ら集め、備えておいた薬草で、できる限りの手当てをしてくれた。それ以来、フィランの仲間はではなく、彼女たちなのだ。
 フィランはゆっくりと、首を横に振った。
「あっちは俺の居場所じゃない」
 
 夜も更けた頃、フィランは村役人の屋敷の裏口へと向かった。を終えたマリエルを待ちながら、頭の中で砂時計の砂を思い浮かべる。それは、彼自身が客の相手をしているときに考えていることでもあった。さらさらと音を立てて、砂が落ちてゆく。何事にも終わりがある。それが救いだ。
 頭の中の砂時計を五度ひっくり返した頃、裏口からマリエルが出てきた。
 フィランはすぐに、何か異常がないかを確かめた。目に見える場所に怪我はない。だが、その立ち方や歩き方を見れば、何かが起こったのだとすぐにわかった。フィランは慌てて彼女に駆け寄り、肩を抱いた。
「マリ。大丈夫か?」
 マリエルを裏口まで送ってきた召使いは、彼女が一歩外に足を踏み出すが早いか、そそくさと扉を閉め、鍵をかけた。
「マリエル」
 フィランは名前を呼びながら、俯くマリエルのほつれ毛を掻き上げ、頬や首筋や、手首に跡が無いかどうかを確かめた。月明かりで見る限り、ひどい怪我は無い。
「馬車まで、歩けるか?」
 すると、マリエルは小さく首を振った。
「わかった」
 フィランは彼女を抱え上げ、馬車へと向かった。
 二人の姿を、他のオロフリンたちが目の端で見ていたが、言葉をかけては来る者は誰もいなかった。
 
 それから程なくして、フィランは、大きな焚き火の方へと向かった。目指しているのは、三つの馬蹄が刺繍された、族長の馬車。かつてはフィランの祖父の──そして、今では父の馬車だ。
 父は、馬車の傍に座っていた。座面に詰め物のされた折りたたみの椅子に腰掛け、楽の音にあわせて足の爪先で調子を刻んでいる。彫りの深い横顔に、青銅の短剣のような色の瞳。日に焼けた長い赤毛は後ろで結わえられていたけれど、幾筋かの髪がほつれているせいで、荒々しい印象を一層強めている。いかにもイムラヴ人イムラヴァという顔立ちだ。
 フィランが彼に近づいていくと、父の取り巻きがまず立ち塞がった。フィランは彼らを押しのけて、大きな声で言った。
「マリエルが乱暴された。この村の役人にだ」
 時が凍り付き、演奏が間延びして、とまる。楽しげに踊っていた子供らまでもが、不穏な空気を感じ取り、その場に立ち尽くした。
 父は──キリアンは、焚き火を見つめたまま言った。
「それが、どうかしたのか」
「前の村でも同じ事が起こった」フィランは、声を荒らげないように拳を握りしめて、なんとか続けた。「目印パトラインが間違ってる。それか、定住民ソクルにバレてる。連中にわざとおびき寄せられてるんだ」
 定住民ソクルにおちょくられることほど、エルカンの自尊心を傷つけるものはない。思った通り、父は振り向いてフィランを見た。だが、その言葉は冷たかった。
「それがどうした? 少し痛めつけられたくらいで、また泣き言を抜かすのか」
 彼は立ち上がり、息子を──もはや息子とも思っていない目で見下ろした。
「商隊の一員として養ってやってる恩を返そうとは思わんのか? たまには文句を言うのをやめて、お前らが唯一得意なことで、俺たちへの恩義に報いようという気はないのか? 帳簿は覗けたか? かねの隠し場所は見つけたのか?」
「俺たちは十分貢献してるだろ!」フィランは言った。「俺たちの稼ぎがなかったら、この商隊はとっくにバラバラになってる。あんたらが定住民ソクルをカモにしてまわってるせいで、ちょっとでも考える頭がある客はエルカンなんかに寄りつかないからな! まともな商売をして稼いでるのは俺たちだけだ。俺たち以外は、どいつもこいつもペテン師と、物乞いしか居やしない!」
 最後まで言い切ることはできなかった。父親の拳が腹にめり込んだせいだ。
 キリアンがフィランの髪を掴み、馬車の裏手──皆の目に入らない場所にまで引きずってゆく。彼は息子の身体を馬車の荷台に押しつけて、血走った目で睨みすえた。
「売女の子め」
 フィランは父親の顔に向かって唾を吐いた。
 フィランの母もまた、金の房飾りの馬車に乗る女のひとりだった。一族の中では遠縁の娘で、美しいが変わり者だった。二十歳を超えても結婚せず、馬車に乗ることを自ら選んだ。
 一族が金房の人間に手を出すのは禁忌だ。だが、父はそうした。そして生まれた息子を取り上げて、母のことはそのまま、馬車に留め置いた。あるいは母が、父に嫁ぐのを拒否したのかもしれない。いずれにせよ、彼女は一族から売女と呼ばれ続け、フィランが七つの時に死んだ。
 キリアンは、上着の袖で顔を拭った。目は血走り、額には血管が浮き出ている。
「もう一度同じ事をしてみろ、小僧。生まれたことを後悔させてやる」
 だがこの期に及んでも、フィランの顔を殴るようなことはしない。それが商売道具だと──その『商売』がなければ一家は立ちゆかないと、彼も理解しているのだ。
「二度と、俺たちに向かって無礼な口をきくな」人差し指が、脅すように突きつけられる。
「さもなきゃどうする?」
「その時は、お前たちを追放する。お前、マリエル、イースルートもだ。路頭に迷って、野垂れ死ぬがいい」
 その言葉が、怒りを恐れに塗り替えていく。
 キリアンにも、その様子が見えていたのだろう。彼はフィランの髪を放した。そしてもう一度鳩尾を殴った。
「出来損ないめが」
 うずくまるフィランにそう吐き捨ててから、父は焚き火のところへ──のところへ戻っていった。
 
「またお呼びがかかったよ」
 翌日、二人にそう告げたイースルートの顔は、青ざめていた。
「昨日の今日で、また?」
 マリエルはまだ寝台から起き上がれるような状態では無い。身体を動かすだけでも、痛々しいうめき声を上げずにはおれないのだ。だが彼女は、その言葉を聞くやいなや身を起こし、笑みを浮かべて見せた。
「わかった。仕度する」
「駄目だ!」フィランは慌ててマリエルに駆け寄り、再び彼女を寝かせた。「まだ仕事ができるような状態じゃない」
「あたしもそう言ったんだ」イースルートの声は、わずかに震えていた。「でも、またひとり女を寄越さないと、この村から追い出すって」
「親父には伝えた?」
 イースルートは頷いた。その表情を見れば、なんと言われたか聞くまでも無い。
 フィランは小さな声で悪態をついた。
 収穫の秋を目前に控えたこの村を離れるわけにはいかない。農作業の手伝いに、煙突の煤払いといった仕事は、エルカンにとって大きな稼ぎになる。領主の言葉に逆らえば、商隊は村を追い出されるが、いまから他に行くあてを探す時間は無い。そうなれば……商隊はこの冬を乗り越えられないかもしれない。だからといって族長に逆らえば、この馬車は商隊から切り捨てられてしまう。女二人と子供ひとりでは、あっという間に山賊どもの餌食になる。
 それならば、もう奥の手に頼るしか無い。
「大丈夫」フィランは言い、マリエルの額に手を置いた。
 幼い頃、たった一度だけ、風邪を引いたフィランのことを、母がそうして看病してくれた。自分の手にも、あの日の母と同じ力があればいいのに。だが、マリエルの瞳は相変わらず不安げに揺れていた。
「でも、フィラン……」
「大丈夫」力強く、もう一度言う。
 今度は、俺が守るから。
 フィランはイースルートをふり返った。「イース、大急ぎで手伝って欲しいことがある」
「もちろん」彼女は言ったが、表情に困惑が滲んでいた。「でも、何をどうするの?」
 フィランはにっこりと微笑んだ。
「俺を変身させてくれ」
 
 村役人は、萎びた牡蠣のような顔をした男だった。
 裏口から寝室に至るまでの間にすれ違った人間の誰ひとりとして、ガウンを着て化粧をした少女の中身が、実は男であることを疑いもしなかった。
 召使いが、二階の突き当たりにある部屋の戸を叩く。
「失礼いたします。例の者を連れて参りました」
「ご苦労。中に入れてやってくれ」
 イースルートの腕は確かだ。寝室で待ち構えていた役人の目まで、まんまと欺くことができた。彼はドアを潜ったフィランを見て、目を輝かせた。闘争心に火がついたような、そんな顔だ。フィランは内心の吐き気を堪えてお辞儀をした。
「これはまた可愛いお嬢さんだ。オロフリン一家はいい血筋に恵まれているんだな」
「ありがとうございます」
 声変わりの済んでしまった声をなんとか誤魔化そうと、小さな声で返事をする。それが、この男には恥じらっているように映ったらしい。
「おやおや、ずいぶん初心うぶな反応をするものだね。実にいい趣向だ」
 男は言い、フィランの頬に触れた。妙に脂ぎった指だ。今さっきまで手づかみでバターをむさぼり食っていたと言われても驚かないだろう。
「準備は済ませてきたのかね?」
 わからない振りをして、目をぱちくりさせてみる。
 すると、男は困惑したように眉をひそめた。
「昨日の娘から聞いていないのか?」
「はい。申し訳ありません」
 しおらしく謝ると、男は慌てたように猫なで声を出した。
「いやいや、いいんだよ。ただ、また最初から慣らしてゆくとなると、少々痛い思いをさせてしまうかもしれないな……気の毒だが、なるべく優しくしてあげるから」
 男は、寝台の傍にある衣装棚を開いた。
 その棚の中に、まるで鍛冶屋の道具のように並んでいたのは張り型だった。なんとまあ、物凄い蒐集ぶりだ。そこには親指くらいの大きさのものから、人間の腕よりも太いものまで、大きさの順に整然と並べられていた。形も様々だった。明らかに人間のものを模したものがほとんどだが──マリエルの話では、男は、馬の男根の形をした巨大な張り型に異様な執着を示していたらしい。問題のブツは、棚の一番目立つところに、神像よろしく鎮座していた。
 冗談だろ。あんなものをぶち込まれたら、ひとたまりも無い。
 フィランは怯えた振りをして──そう難しいことではなかった──部屋の出口に目を泳がせた。
 逃げ出されると思ったのだろう。男は慌ててフィランに駆け寄ると、左手の手首を捕まえた。脂ぎった手に汗が加わって、一層不快だ。
「大丈夫だよ。心配はいらない。さっきも言った通り、優しくするからね」
 フィランは男の顔を見上げた。「本当ですか……?」
「ああ、本当だとも。無理せずできるところまででいい。もちろん報酬もちゃんと払うし、腹が減ったらなにか持ってこさせよう」
 男は何度も頷きながら、捕まえた手を引いて寝台へと促した。
「まずは、これからはじめるのはどうかな?」
 男が手に取ったのは、象牙でできた張り型だった。蒐集品の中では、やや小ぶりのものだ。
 フィランは少し悩んでから、隣に飾られていた別のものを指さした。それは鉄かなにかでできた張り型で、象牙のものよりは少し大きめだった。
「これかね?」男は驚きに目を丸くしてから、好色そうに微笑んだ。「見かけによらず、アッチの方は心得ているというわけか?」
 フィランは曖昧に微笑んだ。「旦那様を喜ばせて差し上げたいので」
 男は妙な声を出して、張り型をフィランに手渡した。
「さあ、わたしが仕度をしている間、もっていたまえ。それがどうやって君を貫くのか、よく考えておおき」
「はい、旦那様」
 男は歌うように言った。「大丈夫だ。きっと、お互いに満足できる。請け合うよ……」
 フィランはこれ以上この男に触れられたくなかったし、このいやらしい猫なで声を聞きたくもなかった。コルセットに締め付けられた内臓は今にも叫び声をあげそうだったし、この状況の全てに苛立っていた。それでも、男の手がフィランの腰を撫で、首筋に唇を寄せ、ガウンの編み紐を解きはじめるまでは辛抱強く待った。
 そして、男がかがみ込んだ瞬間、フィランは渾身の力を込めて、鉄の張り型で男の後頭部を殴った。
 気を失い、床に倒れ込みそうになる男の首根っこを捕まえて、寝台に放る。寝台は派手に軋んだが、屋敷の他のものたちの注意を惹くほどではなかった。
 フィランは解けかけたガウンの紐を引きちぎるように緩め、苛立ちの声を上げながらガウンと、コルセットを脱いだ。そして、下に着ていた脚衣とシャツだけの姿になってから、シャツの袖で化粧を拭い、ガウンの裾に隠しておいた道具を取り出した。
 
 男が目を覚ましたとき、彼はまだ、自分の置かれた状況を理解していなかった。彼はまず、部屋に見知らぬ男が居ることに驚いた。
「誰だ君は──」
 男は息を呑んだ。叫んだはずの声が、微かな囁きにしかならないことに驚いているのだ。
「勝手とは思いましたが、喉のお薬を……ええと、盛らせてもらいました」大人らしい言葉使いをしようとしたものの、あいにくこういう語彙は持ち合わせていなかった。
「貴様は、誰だ!」男が鼠のようなキーキー声で言う。
「オロフリン一家の使いですよ。さっきはご挨拶する暇もありませんでしたけど」フィランは言った。「オロフリン一家はいい血筋に恵まれている。ご自分でそう仰ったでしょう」
「何だと!」
 さっきの少女の姿と、いま目の前にいる少年の姿が、ようやく重なったらしい。男は気を取り直して、言った。
「この……ペテン師め! 今すぐここから出て行け!」
 彼は寝台から身を起こそうとして……それが上手くいかないことに気付いた。そしてようやく、自分の身体を見下ろした。
 驚いたなんてものじゃないだろう。寝台の支柱に手足を縛られ、車裂きの刑に処せられる囚人さながらの姿をしているのだから。おまけに、脚衣を降ろされ、下半身は剥き出しだった。
「こ、これはなんだ? 何のつもりだ!?」
 フィランは笑いを堪えながら言った。
「旦那様が、趣向を凝らした遊びをご所望と伺いましたので」そして、手の中にある、金属製の器具を見せた。
「それは……?」
「貞操帯です。しかも、魔法仕掛けの」
 男の顔は腐ったチーズのような色になった。
「エ、エルカンは魔法を使わないはずでは──」
 フィランは肩をすくめて、事もなげに言った。「エルカンにも色々な者がいますよ」
 見るからに怖ろしげな貞操帯をもって下半身に近づくと、男はガタガタと震えだした。身を捩って、なんとか逃れようとするが、無駄だ。フィランは煮込みすぎた牡蠣のように縮こまったものをむんずと掴み、根元を締め付ける鉄輪を嵌め、犬の口輪のような部分に陰茎を収めた。
「や、やめろ。やめてくれ、頼む!」
 カチリと音がして金具がはまると、男は首を絞められたような声を出した。
「この貞操帯に、鍵はありません。取り付けた者にしか外せない」フィランは、男の頭を持ち上げて、それがよく見えるようにしてやった。「ほら、よくお似合いだ」
 男はそうは思っていないみたいだった。
「いいですか」フィランは気安げに男の肩を叩いた。「この魔法の貞操帯は、俺が命じればどこまでも締め付けを強くします。それこそ、あなたの大事なモノを握りつぶしてしまえるくらいね」
「ど、ど、どうすれば……」
「どうすれば外せるかって? 簡単です。俺たちがここを出て行くまで、二度と女を呼ばないこと。俺たちの商売の邪魔をしないこと。それから、あの目印パトラインをすぐに消すこと──何のことかはわかっているはず」
「そ、それは……」
 男は、眼窩からこぼれ落ちそうなほど目を見開いていた。思った通り、あれは罠だったのだ。
「入れ知恵されたのはあんただけじゃ無い。あの目印パトラインを掲げていた別の場所でも、俺たちは散々虚仮にされたんだ」
 フィランは、男の耳元で囁いた。
「これから、俺は噂を流す。俺たちエルカンの暗号を悪用して、女たちを陥れようとしている奴がいると。エルカンは、お前らみたいな家持ちに虚仮にされるのが何より嫌いだ。血の気が多い連中があの目印パトラインを見つけたら、容赦なく思い知らせてやろうとするだろう。去年の夏、タトルトンで村役人が殺された噂を知ってるか? エルカンの子供を馬で轢いた奴だ」
 男は頷いた。
「なら、バラバラにされた手足のうち、見つかったのは一本だけだったって話もきいたはずだ。棺があまりに軽いんで、担ぎ手に気付かれないように、代わりに石を入れたらしい」
 フィランは男を見下ろした。唇がわなわなと震えている。
「あれをやったのは、俺の又従兄弟なんだ。ここまでは理解できたか?」
 男は三度頷いた。
「じゃあ、あんたの仲間にも伝えてやれ。エルカンを甘く見るとどういうことになるか」
 男は何度も舌を噛みながら、何とか言った。
「しかし、これは……外してくれるんだろう?」
「もちろん」フィランはにっこりと微笑んだ。「それにショバ代もちゃんと支払いますよ。ただ、さっき言ったことを守ってくれさえすればいいんだ。簡単だろ」
 そして男を縛っていた紐を、手と足の一本ずつ解いてやった。残りは自分でなんとかすればいい。
 フィランは戸口に立って、冷ややかな目で、寝台の上で藻掻く男を見た。そして、さっき男の頭を殴るのに使った張り型を掲げてみせた。
「こいつは手間賃としてもらっておく。文句はないよな?」
 恐怖に目を見開き、声も出せずに頷く男に向かって満足げな笑みを浮かべる。
「よし。それじゃ、これでお互い満足できたということで」
 
 翌日、事の顛末をマリエルに聞かせてやると、彼女は複雑な表情を浮かべた。笑ったらいいのか、感心したらいいのか迷っているとでも言うような。
「それで、ちゃんと外してあげるの?」
「いいや」フィランは言った。「そもそも、鍵なんか無い。一度締めたらそれまでだ。そういう道具なんだ。魔法仕掛けってのは嘘だけどな」
 イースルートは笑いすぎて、腹を抱えたまま震えていた。
 マリエルは、それでもまだ心配そうにフィランを見た。
「大人たちは、知ってるの?」
 フィランは小さく肩をすくめた。「親父には言ったよ。詳細は省いたけど。あの人は、商売が邪魔されなければ何だっていいんだ」
「ありがとう」マリエルは、フィランの肩に手を置いた。「でも、あんたひとりにそんなことをさせるなんて、間違ってるわね」
「それを言うなら、俺たちみんなに、だろ」フィランは言った。「でも、いいんだ」
 これでやっと、皆を守ることができた。
「それに、十分楽しんだしね」イースルートが、目尻から涙を拭いながら言った。
「もちろん」フィランは言い、目を剥き出した。「こ、これはなんだ? な、な、何のつもりだ!?」
 男の真似をしてみせると、イースルートは派手に噴き出し、またしても腹を抱えて笑った。
 マリエルはしみじみとため息をついて、言った。
「いつか、あなたの心がふさわしい場所に迎えいられれるといいのに」
 難しい言い回しに、フィランは眉をひそめた。「どういうこと?」
「皆を守ろうとするあなたのことを、皆が認めてくれる場所が、きっとどこにあるはずだわ」
 フィランは、どう返事をしたらいいのかわからなかった。そんな場所が本当にあるのかわからなかったし、商隊を離れてまでそういう場所に行きたいのかもわからなかった。
 だから、小さく笑って、こう言った。
「ありがとう」
 
 結局、あれから目印パトラインが悪用されることは無かった。噂では、マクナマラの一家が、目印パトラインの秘密を定住民ソクルに売った男を見つけて、文字通りつるし上げたらしい。その処刑の様子は、エルカンの間で長いこと語り草となった。
 そして次の年、マリエルは、偶然に知り合った別の商隊の男と恋に落ち、オロフリンの馬車を降りることになった。小さな所帯の商隊だったけれど、オロフリン一家よりも大らかで、とても優しいのだと彼女は言い、笑った。顔をくしゃっとさせる、あのいつものやり方で。
   
     
  3
 
 吟遊詩人が歌を終える。
 やんやの喝采のなか、クヴァルドは歌人に声をかけた。
「その歌は、どこの商隊で習ったものか、覚えているだろうか……?」
 すると彼は、五つの目の全てをしばたいてクヴァルドを見た。
「ただいまの歌は、フィッツロニーの一家に教えて頂いたのでございます。こぢんまりとした商隊ですが、皆気立てが良く──」
 ああ、そうだ。そうだった。
 彼女は、そういう人たちのところに嫁いで、俺の歌を歌い継いでくれたのだ。
 人狼に変異したとき、歌をつくる能力──というより、意欲が失われてしまった。それが変異によるものなのか、それとも、歌を作るという行為をそれまでの人生と一緒に葬ったからなのかはわからない。ただ、そういうことなのだろうと思った。別の人生を選ぶには、なにかを捨てて前に進むしかない。
 だが、フィランが作った歌だけは生き続けたのだ。あの国をぎる雲や水のように、自由にさすらいながら。
「わたしがこの旅をはじめた頃に、お世話になった一族なのです」吟遊詩人は言った。「一家のお婆様が、珍しくもナドカに寛大なお方でした。その方に習った歌が、実はもう一曲ございますのですが……」
「ほう?」ヴェルギルが身を乗り出した。「それは是非とも聴かせてもらいたい!」
 ところが、吟遊詩人は、気まずそうに目を泳がせた。
「しかしながら……実は、陛下にまつわる歌でございまして、内容が……その……」
 エルカンがヴェルギルを歌った歌は数多くある。ヴェルギルというより、シルリクの歌だ。イムラヴを滅ぼした『希代の愚王』をこき下ろす歌曲は、この世に何十曲──いや、何百曲と存在している。
「わたしを呪う歌だということを気にしているのなら、それには及ばない。ほとんどは真実であるのだし」ヴェルギルは言った。
「いえ! そうではございません」吟遊詩人は慌てて首を振った。「そうではなく、あなた様を題材にした……何と言いますか、恋物語なのでございます」
 ヴェルギルは、クヴァルドと目を見交わした。
「そういうことなら……」ヴェルギルは言った。「どう思う、フィラン?」
 クヴァルドはゆっくりと微笑み、ヴェルギルを驚かせた。
「是非聞きたい。お前が良ければ」
 それで、話は決まった。
 吟遊詩人は、おずおずと、やがて流暢に、リュートを掻き鳴らした。
 そしてクヴァルドは、追憶の彼方から蘇ってくる歌声を聞いた。それはゆっくりとこちらに近づいてきては、また遠ざかる。あの懐かしい荷馬車に乗って、ごとごとと揺れながら。
 
    
『バリーノールの森で
 美しのマリエルに会うときには 
 ヴェルギルよ 彼女に優しくしてくれ
 彼女の血の味を 俺は知らないが
 彼女の唇は山査子の実
 彼女の首筋は白百合のよう
 どうか彼女に優しくしてくれ
 
 キャリスリーチの川を越え
 美しのマリエルを連れ去るときには
 ヴェルギルよ 彼女の手を握っていてくれ
 彼女と旅など したこともないが
 彼女の足音は鳩の羽音のよう
 彼女の心は春の雲雀のよう
 どうかその手を握っていてくれ
 
 タロスニーの荒野で
 マリエルの美しい魂を奪うときには
 ヴェルギルよ 月の光を遮らないでくれ
 彼女のことを 愛しているが
 彼女はひとの 手には負えない
 彼女にとっちゃ この世は退屈
 どうか月の光を遮らないでくれ
 
 けれどもし 月が百回満ちては欠け
 マリエルが俺のことを思い出したなら
 ヴェルギルよ 彼女に伝えてくれ
 俺はいつまでも 待っていると
 冷たい墓の土の下
 フィッツロニーの 気の良い男が
 最後まで彼女を想っていたと』
    
 
 これは、マリエルが空想の恋に頼らなくてもよくなったことを祝うつもりで作った歌だった。ひねくれた祝辞のようなものだが、彼女には正しく伝わっていたのだと思う。
 マリエルはフィッツロニーの気のいい男を愛し、彼もまたマリエルを愛したのだ。互いに温かい血のままで。
「なぜだろう」吟遊詩人に惜しみない拍手を送りながら、ヴェルギルは言った。「この歌を聞いていると、君の顔が浮かぶのは」
 フィランは目を丸くした。そして、ゆっくりと微笑んだ。
「なぜだろうな」
「美しく、力強い。エルカンの旋律は、君を形作っているもののひとつだからかもしれない」
 その言葉に胸を打たれて、クヴァルドは一瞬、言葉を失った。
「この歌を教えて下さったお婆様は、それからじきになくなってしまわれましたが……本当に優しいお方でした。葬儀には、彼女を惜しんで、何百人ものエルカンが訪れたと聞きました」
「そうか……」
 人々は、エルカンを蔑む。ペテン師の集団だと。古代の遺物のような連中だと。憎しみに凝り固まった愚か者どもだと。ある意味では、それは正しい。だが、そんな言葉では言い表しきれないものもある。吸血鬼がオロフリンの一族を襲ったとき、フィランの身体に覆い被さり、彼を庇ったのは父だった。エギルの手を取って選んだせいに照らせば、ほんの短い間だ。けれど、エルカンとしての人生を生きたことは、間違いなく自分の中で重要な意味を持っている。
 あの日々が、あの人びとが、自分をここに導いたのだ。
 いつか、あなたの心がふさわしい場所に迎え入れられるといいと、マリエルは言った。
 クヴァルドは思った。ここがその場所だ、と。
「シルリク」そっと、クヴァルドは言った。
「うん?」黒髪を揺らして、ヴェルギルが身を寄せる。
「いつか、お前が驚くような話を聞かせる」
 ヴェルギルは眉を上げ、そして、優しく微笑んだ。
「本当か? それは楽しみだ」
 クヴァルドも微笑み、目を閉じた。
 宴の温もりと、賑やかな人の声を感じる。去りゆく夏と、近づく冬との境目を祝う祭り。今日この場所で、古の霊は確かに蘇り、贈り物をくれた。
 クヴァルドは胸の内で語りかけた。
 そう──俺は見つけたよ、マリエル。
 ここがその場所だ。
 ここが、その場所なんだ。
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