悪辣王の二人の娘 ~真実を知った聖女は悪を討つ~

朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます

文字の大きさ
140 / 384
2、協奏のキャストライト

137、太陽神の法廷1~ノーウィッチ外交官はクビにしよう

しおりを挟む
 裁判とは、事件に関わる人々が法廷で集まり、証拠や主張を交えて審問される会だ。
 そこで裁判官が事件の真相を探り、公平な判断を下すのである。

 重要参考人である青国の預言者ダーウッドは、フィロシュネーの部屋で背中を丸めるようにして頭を下げた。
 
「姫殿下。私は悪の呪術師として退場するつもりでしたから……あまり隠そうとしていなかっただけに、探られるとポロポロと証拠があちらこちらから出てまいりますぞ」

「し、仕方ありませんわね……突っつかれそうな心当たりを全部おっしゃい。対策を練るわよ」
 
 フィロシュネーは楽器の練習をするふりをして学友たちを呼びつけ、一緒に対策を考えた。

「内緒なのだけど、我が国の預言者ダーウッドは確かに迎賓館でこっそり寝泊りしていたのよ。でも、それを青国にいたことにしたいの」 

 セリーナとオリヴィアはさやかに声を揃え、こたえてくれた。

「お任せください、姫様。メリーファクト男爵家は、大恩ある姫様と敬愛する王室のために協力を惜しみません」
「ペンブルック男爵家は、もともとモンテローザ公爵派として王室への忠義を第一行動指針としています」
 
 フィロシュネーはテーブルの上に紙を広げた。
 書く文言は――『紅国側が知っていること』『知っていることを元に言ってきそうなこと』『それに対してどう反論するか』……。
 
「頼もしいですわ。紅国側がどんなことを言ってくるかを予想するところから始めましょうか……」
「王室への忠誠心、実に素晴らしい……ありがとうございます」
 
 ダーウッドが深々と頭を下げて感謝の意を示している。

「預言者様はミステリアスな印象でしたけど、意外と接しやすい方なのですね」
 セリーナがドキッとするようなことを言っている。
 
「ええ、そうねセリーナ。王侯貴族も、不老不死の預言者も王様も、あなたと変わらない人として生まれて、人の心を持って生きているのだもの」
 フィロシュネーが言うと、オリヴィアも言葉を添えてくれる。
「怖い方かもしれない、自分と住む世界が違う方だわと思っていた方とお話してみたら意外と自分と変わらないって思うのは、わたくしもよくある経験ですわ」
 
 フィロシュネーは仲良しの温度感で紙を囲む学友たちと顔を合わせ、頷き合った。
 
 
* * *
 
 
 裁判の日。

 フィロシュネーは冷えた水の入ったグラスを傾けて、気持ちを落ち着かせるようにした。

「ふん。預言のひとつでも披露してやればどうだ」
「……」 
 隣では、兄である青王アーサーが預言者ダーウッドのフードに覆われた顔を覗き込むようにしている。
「おい。おーい。さすがに居眠りはよくないのではないか」
「……、……、はっ、……何を仰るのですかな。私は今、深淵なる星の声に耳を傾けていたのですが」
「いや、お前……絶対寝てた……」
 
 気の抜けるやりとりだが、状況はシリアスだ。
 なにせ三人がいるのは、裁判をする会場――紅国の『太陽神の法廷』と呼ばれる裁判所だ。
 
 紅城クリムゾンフォートに、関係者が集まっている。
 
 太陽神の法廷は、木の温もりが感じられる内装だった。
 
 部屋の北の方角で進行や判決を担当するのは進行や判決を担当するのは「太陽神の最高位司祭兼裁判官」という長い役職名をもつ「フィンスミス裁判官」というお爺さんがいて、両隣にカーリズ公爵とアルメイダ侯爵が座っている。
 
 向かい合うようにして、左、中央、右の三つのまとまりに分かれた長い机と椅子が用意されている。左側に紅国勢、中央に青国勢、右側に空国勢が集まって座っていた。
 
 重要参考人という位置付けで会場中の視線を集めるのは、紅国には馴染みのない『預言者』という役職を持つ不老症の人物。
 全身をローブに包んで顔を隠した、小柄で性別もわからないような、神秘的な姿をしたダーウッドだ。
 
 フィロシュネーとアーサーは左右に座って、「罪人ではなくあくまでも参考人ですからね」と無言でアピールしている。

「預言者どの、恐れ入りますがフードは外していただけますでしょうか」
 促されて小さく頷き、晒したダーウッドの顔を見て、会場にざわめきが起こる。

「間違いありません! 火炎使いです!」
「ドワーフに化けたところを見ました!」

 証人の声が上がる中、疑惑の視線に晒される本人は人形めいて無感情な表情で会場を見ていた。

(これ、参考に話を聞くって雰囲気? 罪人見つけたって雰囲気じゃない)
 フィロシュネーがはらはらする中、アーサーが拳を握る。けれど、アーサーが怒号を放つより先に、別の声が場を静めた。
「静粛に! 静粛に!」 
 長い役職名をもつお爺さん――フィンスミス裁判官が威厳のある声で場を静かにする。

 
 こうして、裁判は始まった。
 
 紅国のアルメイダ侯爵が悪しき呪術師の罪を数える。

「我が国の外交官カーセルド・ゾーンスミス卿、ならびに、青国のウィンタースロット男爵令嬢の姿をした呪術師を火炎を用いて殺害した。スーン男爵令嬢の脱走を手引きした……」

(あの裸の外交官、殺害されていたのね?)
 フィロシュネーは知らなかった真実を知ってちょっとびっくりした。

「紅都の至る所で放火騒ぎを起こした。紅国を支える忠臣にして我が友カーリズ公爵を石に変えた」
 カーリズ公爵が茶々を入れる。
「今なんて? アルメイダ侯爵は私を友達だと思ってくださっていたのですか? 驚きで頭が真っ白になりましたよ」 

 アルメイダ侯爵は相手にする時間がもったいないとばかりにカーリズ公爵を無視して、話を続けた。

「ドワーフに変身してエルフの森を荒らし、紅都で騒乱を起こした。青国のメリーファクト男爵に化けて、メリーファクト男爵令嬢をかどわかした」
 
 各事件の関係者が真剣な面持ちで揃っている。
 
「いと貴き青国の王妹殿下、フィロシュネー姫を石に変えた」

 あまり貴く思ってなさそうな声で言うアルメイダ侯爵と目が合って、フィロシュネーは綺麗な社交スマイルをしてみせた。アルメイダ侯爵はさっと視線を逸らしてしまった。やっぱりあまり貴く思っていない様子だ。

「迎賓館『ローズウッド・マナー』にて正体を自白し、青国の預言者どのを青王陛下の即位式で暗殺したと主張した。青王陛下の殺害も仄めかし、騎士たちの目の前で鳥に変身してフィロシュネー姫をさらった……」
 
「それは、ここにいない呪術師の罪ですね」
 青国のノーウィッチ外交官が確認する。

「それは、これから確認するのだ」
 アルメイダ侯爵は冷たく言い放ち、進行役のフィンスミス裁判官に進行を委ねた。

「この会合の目的は、真実を知ること。まずは証人の皆様に話を聞きましょう」

 証人が順に前に出て、発言をする。
 何日の何時に目撃したとか、どちらの方向に去っていったとか、そんな話が多い。

「時間の無駄に思える。話している時間でさっさと呪術師を捕まえれば済む話であろうに。顔はもう隠しても良いのではないか。ほれ」
 アーサーは話を聞きながらローブのフードを引っ張り、ダーウッドの顔を隠してた。

 そんなアーサーへと、アルメイダ侯爵が話を振る。
「そういえば青王陛下のご主張には、引っかかるものを感じておりました」
「青王たる俺の言葉は特別で、聞くものの心を揺らすものだ。おかしなことではないぞ、アルメイダ侯爵」
 アーサーは自信満々でポジティブだ。フィロシュネーは感心した。

 アルメイダ侯爵はというと、若干鼻白んだ様子ながらも言葉を続ける。
 
「……青王陛下のご主張によると、預言者どのは青国から共にいらしたらしい。ですが、そこがおかしいのです」

 アルメイダ侯爵は、調査書を配布させた。
 
「調査によると、フィロシュネー姫が青国を出発してから青国の国内で預言者どのは不在になっていたという噂や、青王陛下が直々にモンテローザ公爵に『預言者は俺の命令でフィロシュネー姫の護衛をしている』と語ったという話もあるのですよ」

 短期間なのによく調べている。
(青国の高官にも《輝きのネクロシス》の組織員がいるのでしょうねぇ……)
 フィロシュネーは兄の心中を案じた。自国で語ったであろう話が簡単に他国に漏れてしまうのは、よろしくない。

「そして、それを裏付けるように、迎賓館で働く者の中には滞在するフィロシュネー姫の部屋で預言者どのを見たという証言があるのです」

 青国のノーウィッチ外交官も、「そういえば見かけたんですよね」と言って、証言を足してしまっている。

「ノーウィッチ外交官はクビにしよう」
「せ、青王陛下……っ!」 
 
 ノーウィッチ外交官が涙目になった。

 アーサーが自国の外交官の未来を閉ざすと同時に、フィンスミス裁判官は青国勢に発言を許した。

 ――さあ、反撃の時間よ。
しおりを挟む
感想 60

あなたにおすすめの小説

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

氷の公爵は、捨てられた私を離さない

空月そらら
恋愛
「魔力がないから不要だ」――長年尽くした王太子にそう告げられ、侯爵令嬢アリアは理不尽に婚約破棄された。 すべてを失い、社交界からも追放同然となった彼女を拾ったのは、「氷の公爵」と畏れられる辺境伯レオルド。 彼は戦の呪いに蝕まれ、常に激痛に苦しんでいたが、偶然触れたアリアにだけ痛みが和らぐことに気づく。 アリアには魔力とは違う、稀有な『浄化の力』が秘められていたのだ。 「君の力が、私には必要だ」 冷徹なはずの公爵は、アリアの価値を見抜き、傍に置くことを決める。 彼の元で力を発揮し、呪いを癒やしていくアリア。 レオルドはいつしか彼女に深く執着し、不器用に溺愛し始める。「お前を誰にも渡さない」と。 一方、アリアを捨てた王太子は聖女に振り回され、国を傾かせ、初めて自分が手放したものの大きさに気づき始める。 「アリア、戻ってきてくれ!」と見苦しく縋る元婚約者に、アリアは毅然と告げる。「もう遅いのです」と。 これは、捨てられた令嬢が、冷徹な公爵の唯一無二の存在となり、真実の愛と幸せを掴むまでの逆転溺愛ストーリー。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!

にのまえ
恋愛
 すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。  公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。  家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。  だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、  舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。

手放したのは、貴方の方です

空月そらら
恋愛
侯爵令嬢アリアナは、第一王子に尽くすも「地味で華がない」と一方的に婚約破棄される。 侮辱と共に隣国の"冷徹公爵"ライオネルへの嫁入りを嘲笑されるが、その公爵本人から才能を見込まれ、本当に縁談が舞い込む。 隣国で、それまで隠してきた類稀なる才能を開花させ、ライオネルからの敬意と不器用な愛を受け、輝き始めるアリアナ。 一方、彼女という宝を手放したことに気づかず、国を傾かせ始めた元婚約者の王子。 彼がその重大な過ちに気づき後悔した時には、もう遅かった。 手放したのは、貴方の方です――アリアナは過去を振り切り、隣国で確かな幸せを掴んでいた。

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです

古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。 皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。 他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。 救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。 セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。 だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。 「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」 今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。

処理中です...