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第一章 悪役神子様、改めラスボスです☆

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 どこかで、誰かの声が聞こえる。


「こんなところで寝ているのか。床で寝ていないことに感謝をするべきか……。まあいい、風邪を引くぞ、家は?」


 軽く体を揺すられて、俺に話しかけているのかと半分以上寝ぼけながらもにょもにょとどうにかその人の問いかけに答える。
 近くの孤児院だが、お貴族様が来て避難中であること数日は戻れないことを簡潔に。
 すると、暫く経って「そうなのか」とその人物が声を出した。


「じゃあ、私がまた・・お前を買って良いか?」
「……? 俺金髪に金目なので買わない方が良いですよ」
「金色は私の好きな色だ」


 この時代で変わった趣味を持ってるな~と俺はそう思いながらも「お好きにどうぞ~」と適当に答えた。睡魔にあらがえず、兎に角眠たかった。


――がたん、と不意に体が大きく揺れた。


 びくっと反射的に体を起こしてしまい、眠気が一気に覚める。そして、驚愕した。


「……え?」
「起きたのか」


 目の前に背の高い青年が座っていた。艶やかな藍色の髪を肩口で切りそろえてあり、同じ色の瞳が眼鏡のレンズ越しに俺を見つめている。彼は首を覆う白のブラウスに足のラインに沿うような黒いズボンを履き、同じ色の革手袋をつけていた。そんな全く肌を見せない格好であるが暑苦しさを感じることはなく、上品で涼やかだ。

 見惚れるほど美しい男だ。こんなに端麗な容姿であれば、さぞやモテるだろうと一瞬そんな事を考える。

  しかし、俺が驚いたのはそこでは無い。
  その美青年は、なんと前世で深―い関係を持った例の御方、猊下であった。

  これでも元神子。神様の声は未だに聞こえていないが、まだ俺は彼から恩恵を受けている。だから彼が猊下であることは直感で分かった。分かった上で何故俺がここにいるのか、脳みそをフル稼働させる。さっき寝ぼけて会話をしていた相手が猊下であることは明白だが、原作ではこんなシーン無かったはずだ。

 そこまで考えて、まさかと一つの可能性が頭をよぎる。

 緊張と期待でごくりと固唾を飲んでしまう。俺はそれを確信に近づけるためにゆっくりと口を開きかけた。
 そのとき、大きな教会が視界に入る。大聖堂というものだろう。ラッキーと俺は心の中で呟いた。

 あの教会ぐらい綺麗で大きい場所だったらリィンの声が聞こえるかもしれない。今まで孤児院の周りにはあんなものはなかったので試したことはないがやってみる価値はある。その上、今目の前にいるのはあの猊下である。彼のことだからあの聖堂に絶対立ち寄るはず!

 根拠はある。敬虔な信者である猊下の有名なエピソードの一つ、どんな教会でも絶対に立ち寄って祈りを捧げるというものだ。これは彼がその地位を持つ前から行っていた習慣のようで流石、高貴な方は違うと感心したのを覚えている。

 だから教会に立ち寄らないかと期待して窓から見ていると、不意にカーテンが引かれた。何事だと驚いて彼の方を見て、さーっと顔色を悪くする。


「教会にはもう二度と行くな」


 冷たく、威圧的な声で彼はそう言った。忌々しげにカーテンを引いた窓の外、恐らく教会を睨みつけている。俺はそんな彼を見て、ひくりと頬を引きつらせてしまう。そして、確信した。
 猊下、前世の記憶なかったわ!!!てっきり、前世の記憶があるから、俺だと分かって引き取ったのかもと思ったけど勘違いでした!!

 余計なことを話す前に気づいて良かった。ただ単に、金色が好きな子なんだ。いや、それもそれでどうかと思うけど、我が道を行く感じは流石猊下としか言い様がない。根っこの部分は生まれ変わっても変わらないのだろう。それが彼の個性だ。

 何を期待していたのか、思わずため息をついてしまう。そもそも俺は悪役。フレイとレオを幸せに導くための障害にならなければいけないのだ。こんなことで一喜一憂している場合ではない。


「あの、一応聞きますけど本当に金色が好きなんですか?」
「ああ。金と言ってもお前の髪色みたいに少し白色が混じった優しい金色が好きだ。変わらないんだな」
「はあ……」


 違いなんて分からないのだが……。

 そう思っていつの間にか魔術が解かれて本来の、彼曰く白に近い金色の髪を触る。孤児でまともな食事をとっていないので艶も潤いもない薄汚い髪だ。

 猊下って物好きなんだなぁ……。

 そう思っていると、視線に気づいて髪から彼の方を見る。じっと俺と目が合うとどことなく寂しそうな表情をして彼は目を軽く伏せる。


「……そうか。まあ、いい」
「? どうかしましたか?」
「何でもない」


 猊下はそう言うと自分の眼鏡を外す。かと思えば、それを俺にかけた。レンズに度が入ってない伊達眼鏡である。何でかけているのかという疑問と、どうして俺につけたのか分からずに首を傾げると猊下が口を開く。


「この眼鏡は、かけている者の容姿を変える魔道具だ。外に出かけるときはするように」
「へー!」


 そんな力があったのかと俺は思わず感心したが、あれ?っと首を傾げる。猊下の外見に全く変化がないからだ。眼鏡と猊下の顔を交互に見て俺は悲しげな表情を浮かべてしまう。

 これは、猊下また騙されてるんじゃ……。

 悪役神子時代、偶に顔を合わせる時の話だ。貴金属とか宝石とか、恐らく本人にとっては高価だと思われるものを俺にくれていた。なぜくれたのかは未だに分からない。

 そんな謎の贈り物だったが、ほとんどがパチモンだったり、偽物だったりというものばかりだった。つまるところ、彼は詐欺に遭っていたのである。
 時々俺の世話係が猊下からですと持ってきた宝石もある。それは直接猊下が持ってくる物よりはましだったが、入手経路とか由来とかを聞くとそれほど価値のあるものじゃないのにその値段で買っちゃったのか~というようなものばかりであった。

 俺が言いたいのはつまり、猊下はかなり純粋で流石教皇候補の清廉潔白な魂を持った御方だということである。
俺はそんな猊下を見て、騙したくそ野郎たちに往復という名の強制寄付を行った。お陰で快適な教会ライフを送れました。

 だから、今回この眼鏡も騙された可能性が高い。ちらりと猊下の方を見る。彼は今俺の方を見ていないようだ。だから俺は見られていない隙に自分の魔術で容姿を変える。この眼鏡が本物だと思っているようだからな。猊下をがっかりさせるわけにはいかない。

 もう!本当に悪徳商人という奴は!お貴族様を騙すなんてあくどい商売をしている!!だがしかし、俺が来たからにはそんなことはさせない。猊下の財布は俺が守る!

***
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