なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル

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Ep.52 円卓会議






「ふふっ、さすがお姉様ね……」



王城の自室でヴィクトリアは頬を染めて、読み終えたばかりの手紙をそっと抱き締めた。


手紙の差出人はもちろんセシリアである。

内容はセキトフ辺境伯との密談についてだった。



ヴィクトリアとしても、セキトフとトレヴァントの間で戦が起きるのは面倒な話だった。


下手に手を出し過ぎればセキトフだけでは済まず、ヴォルガルド公国全体を敵に回すことになる。


王都を守る騎士団は毎日研鑽を積み重ねてはいるが、いかんせん実戦不足。

いざとなれば魔獣相手にすら役に立つか怪しい……


それがセシリアの見立てであり、ヴィクトリアも同感だった。


かつてセシリアが何度かハインリヒに進言していたが、当時の彼は『セシリア=悪』という偏見に凝り固まり、その忠告をまともに聞こうともしなかったという。



……本当に愚かな人。


クララなんかに籠絡されず、お姉様の正しさを理解できていれば、今頃これほど慌てずに済んだでしょうに。



国王も軍備よりインフラ整備を優先していた。


クロンヴァルト帝国をモデルにしているのか……王都のインフラは確かに整いつつあるが、そもそも帝国のインフラも長い時間をかけながら、少しずつ整えたものだ。

どこかを疎かにしていたわけではなく、どこも遅れすぎないように軍備・教育・技術、なるべく均等に、それでいて近隣諸国の情勢に合わせて調整しながら改革した。


帝国の成功例を羨むのは勝手だが、国力の根幹である軍備を疎かにしたまま外見だけを整えるのは、国を預かる者として優先順位を間違えている。



軍備は国力そのものだ。

戦がいつ起きるかなど誰にも分からない。


だからこそ、平時であろうと決して疎かにしていいものではないのだ。



「さて、お姉様が来る前に根回しを済ませておきましょう」



ヴィクトリアは手紙を魔法で燃やし、灰燼へと変えた。




⸺⸺⸺




突如父上に呼ばれ、国王の執務室へ向かった。


入室を許されると、そこには父上と母上、そしてヴィクトリアと⸺⸺なぜか、レオンハルトの姿もあった。



「トレヴァント辺境伯……?なぜ、ここに?」



レオンハルトはソファから立ち上がり、私に一礼した。



「王太子殿下におかれましては、ご機嫌麗しく。本日は国王陛下より、不可侵協定に関して急ぎの話があるとのことで罷り越しました」


「そうだったか……」



婚約披露パーティー以来だが、あの時よりも更に窶れ、疲労の色を濃くしていた。

不可侵協定の件で諸々と大変なのだろう。


父上が座るように促した為、レオンハルトは元の席に着き、私もヴィクトリアの隣に腰を下ろしたが、不自然に空いた父上の正面のソファが気になった。



……まだ誰か来るのか?



全員が揃ったことを確認し、父上が重々しく口を開いた。



「……セキトフ辺境伯家との不可侵協定だが。実は、個人で交渉に赴いてくれた者がいる」


「「「なっ!!」」」



父上の言葉に、その場にいる者たちから驚きの声が漏れた。



「誰が……誰が、あの男と交渉を!?」



レオンハルトが身を乗り出す。



「……それは、今から会わせよう。入れ」



父上の合図と共に、室内の別の扉が開いた。



「失礼いたしますわ」



現れたのは⸺⸺セシリアだった。



レオンハルトは、自分の背後から現れた『妻』の姿に目を見開いたまま絶句した。



「皆様、ご機嫌麗しゅう存じます」



セシリアが相変わらず完璧なカーテシーを披露すると、後ろにいた辺境伯家の騎士服姿の男も、音もなく騎士の礼を取った。



「顔を上げよ。夫人、座ってくれ」



セシリアは淑女の微笑みを崩さないまま、レオンハルトと視線を交わすことすらなく素通りし、父上の正面に座った。


レオンハルトは力なくソファへ崩れ落ち、ただ呆然と彼女を見つめている。



「もう分かっただろう。セキトフ辺境伯と交渉したのは夫人だ。そして、協定継続の条件を引き出してくれた……夫人、後は任せても良いか?」



そう言葉を継いだ父上の声はどこか暗い。

セシリアは穏やかに微笑み、一度全員を見渡した。



「先日、セキトフ辺境伯閣下と対談し、不可侵協定継続のお約束を取り付けました。端的に申し上げれば、二つほど条件を呑めば継続、拒めば即刻破棄、という内容ですわ」


「ほ、本当か!?」



私は思わず前のめりになった。


ここ最近、万が一開戦となった時の為、各署に根回しをしながら軍備予算を調整していたが、はっきり言って行き詰まっていた。


辺境へ援軍を出すとなれば、行軍中の食糧や薬品、武器、その他諸々掛かる為、王城の余剰金もそっちに消える。

各署必要な予算しか組まれておらず、長年軍備を後回しにしてきたことのツケが、ここで回ってきたのだ。


だが、セキトフ辺境伯からの条件次第では、その問題がなくなるかもしれない!


セシリアは私に顔を向け、にっこりと微笑んだ。



「ええ、本当ですわ。セキトフ辺境伯閣下からの条件は、一つ、閣下の姉君に薬を盛った者、及び指示役の処罰。二つ、トレヴァント辺境伯家の当主を、先代トレヴァント辺境伯と姉君の間に生まれた『嫡子』へ変更すること……以上ですわ」



重い沈黙と共に、その場に緊張が走った。



「……し、処罰、って……まさか、私のことを言っているのでは、ないわよね……?」



母上は動揺を隠せず、両手でギリギリと音を鳴らしながら扇子を握り締めている。


その瞳に浮かんでいるのは怒りなのか、それとも恐怖なのか……

それは分からなかったが、射抜くような視線をセシリアへと向けていた。



「もちろん、王妃陛下も含まれておりますわ。王妃陛下のご指示だけではなかったことは、あちらも承知しております」



「ご安心くださいませ」と言葉を継ぐ顔は微笑んではいるが、翡翠色の瞳は冷たく凍てついている。



「ぶ、無礼だわっ!!たかが新興国の辺境伯の分際で!!あなたもよ!セシリア!!たかが…「黙れ!!」」



激高して立ち上がった母上を、父上の怒号が打ち消した。



「王妃よ、座れ。」


「へ、陛下……?」



滅多に声を荒らげない父上の、底冷えするような声。


母上は驚きで見開いた瞳に大粒の涙を浮かべ、肩を震わせながら静かに座り直した。



「王妃陛下は、まだ事態の大きさがご理解いただけていないご様子ですわね。僭越ながら、現状の把握をお手伝いさせていただきましょうか?」



セシリアは困惑気味に小首を傾げた。

その仕草すら、今の母上には致命的な嘲笑に聞こえただろうが、父上は構わずそれに首肯した。



「まず、ここでセキトフ辺境伯の姉君を便宜上、『第二夫人』と呼ばせていただきますわ。トレヴァント家では、長くそう扱われていたようですので……」



セシリアはそう告げ、冷淡な視線をレオンハルトへ向けた。


レオンハルトは、自分の地位が崩壊する宣告を受け、青ざめた顔で絶句したままだった。



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