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二章 襲いかかる光と闇
第53話 決意
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生前その人がどれだけ慕われていたかは、参列者の数を見れば語らずとも分かるというもの。
とくに葬儀の告知をしたわけではないのだが、どこからともなく人々が集まり、彼方此方で故人を偲ぶ声やすすり泣きがあたりを占め、埋葬されたあともなかなか人々の姿が消えることはなかった。
「少し前からお医者さんにもう余り長くはないだろうとは言われていたのよ。ご本人もお体の具合は悟っておられたし、私に今後の事を相談されていたんだけれど、結局答えが出ないままに旅立たれてしまったわ」
葬儀の後、アレクを含む商会の主要メンバーと、葬儀のためにアクアの地に足を運んでくださったヘリオドールのガーネット様、そして一時的に私の元へと帰って来たアクアたちを入れた総勢十数名が、主人を亡くしたばかりの領主邸の一室に集まった。
「ご病気だったのですか?」
「えぇ、随分前からね。私たちの前では元気なお姿を見せておられたのだけれど、この冬の気候で一気に悪化されてしまってね……」
もともと随分なお歳だったという事もあり、私も領地の運営やらアクアの地のことで度々領主様の元へは伺っていたのだが、今年に入ったあたりから床につく事が多くなり、ついに先日孫娘のフィルに看取られて旅立たれてしまわれた。
「そうだったのですね。それでその……フィルさんのご様子は?」
「今は泣き疲れて部屋で寝ているわ。リアとノヴィアが付き添っているから大丈夫よ」
フィルにしてもこの日がやってくるのはある程の覚悟はあったことだろう。
それでも両親を亡くし、たった一人の家族でもあった領主様を亡くしたともなれば、その悲しみは相当なものに違いない。
今は『元気を出して』、なんていい加減な言葉をかける事さえ躊躇ってしまう。
「冷たいようだが、こればかりは我々にはどうすることも出来ないであろう。人の死や別れは本人が越えなければならないものであり、受け止めなければいけない現実だ」
「そうですね。私たちが手を差し伸べるのは簡単ですが、本人が受け入れなければ何もかわりません」
「それでリネアよ、この先お主はどうするのだ?」
「……」
ガーネット様から突きつけられた言葉に、私は答えることができないまま黙り込んでしまう。
おそらくガーネット様だけではなく、この部屋にいる誰もが私の答えを待っているのだろう。
即ち、亡くなった領主様の後をどうするのか。
別に誰かに相談した事は一度もないのだが、私が一番領主様の近しい立場にいた事は村中の皆んなが分かっている事だし、アクア商会を立ち上げた事も皆んなの記憶にも新しい。
それに加え、年若く経験不足であるフィルが領主を継げるとは誰も思ってはいない。
実際その事で何度も領主様から相談されてもいたし、私が逆の立場ならおそらくまったく同じ行動に移っていただろう。
如何にフィルが領主様の孫娘だとはいえ、いきなり領主という荷物を背負わせるには忍びないし、領民すべての未来を託させるのも身内としては後ろめたい気にもなる。それにフィルだっていつかは恋をし、新しい人生を迎える事になるんだから、自由な未来を見せてあげたいと思うのは当然の流れであろう。
これが格式高く、平和で豊かな領地ならば残された孫娘にも託せるだろうが、アクアの地のように貧しく日々を暮らすのも大変な領地ならば、信頼できる者に託してしまいたと思うのも十分に理解出来てしまう。
だけど……
「……20年ほど前になるだろうか」
沈黙が占める中、ガーネット様がポツリポツリと語り出す。
「私がまだ公子だった頃、父上からよくアクアの地の話を良く聞かされてな。『わしの後を継ぎたくば、彼の地で領民たちの姿を見てこい』と、学びの為にアクアの地へと修行に来ていた事があったのだ」
ガーネット様の話によると、当時のアクアはそれはもう活気と笑顔にあふれた素敵な宿場街だったのだという。
「当時の私はそれはもう大馬鹿者でな、周りに迷惑かけたり領民の税金に手を掛けたりと、やりたい放題だったものだ」
どこにでもある貴族のバカ息子だったのだと、当時の様子を笑いながら語られる。
「そんなバカ息子を父上は心配したのだろう。領主の手腕一つで、その地に暮らす人々が光に包まれるか闇につつまれるかが分かれてしまうのだ。ある日脅し文句同然で無理やりアクアの地へと放り込まれてな、その時ここの領主と出会ったのだ」
なんでも領主の座が欲しければアクアの地で修行してこいと、無理やり放り込まれたのだという。
「それは何というか、凄い父君だったのですね」
「ははは、確かに凄い方だった。今でこそ感じるが、良き父であり領主であったと思えるよ」
そんなガーネット様であったが、アクアの地を訪れた際にある衝撃を受けたのだという。
「当時はアクアなど小さくて、ただの田舎街だと思っておったのだよ」
アクアの地は、多くの山と海に囲まれてしまった小さな街。しかも人が多く集まる繁華街を除けば、その大半は田んぼや畑が大半を占めてしまう。
それに引き換えヘリオドールの街は公国と名のるだけの規模があり、幾つものも区画に区切られた一種の都市として繁栄してしまっている。
そんな街から一歩も出た事がないガーネット様は、さぞアクアの街が小さく見えた事だろう。
「だがな、この地を訪れた時それらの考えが一気に吹き飛んだ。なぜだかわかるか?」
「……いえ」
「人は新しい物を受け入れるのを激しく嫌う。誰だって今の生活を守りたいと思うのだから当然のおこないだろう。だがな、当時のアクアにはヘリオドールにはない新しい文化が根付き始めておった。
街に暮らす人々は笑顔があふれておるし活気にも満ちておる。しかもアクアには誰でも通える学校があるうえ、ヘリオドールでは見かけない商店たちがずらりと立ち並んでおるのだ。あれはバカな私でも衝撃だったのだぞ」
当時のガーネット様にとって、アクアの街並みは正に未来を見ているような輝きに溢れていたのだという。
トワイライト国内でも然程流通していない目新しい商店に、メルヴェール王国から入って来たであろう見らねぬ服や食事の数々。更には貴族のステータスとも言える学校が、無償で誰でも通える施設となっている。
それまでずっと足下に見ていたアクアの地が、自分が治めるであろうヘリオドールより先を行っている事に、悔しさと怒りが湧き上がってしまったのだそうだ。
「私はその事実を知るなり、湧き上がった怒りを父上にぶつけてしまってな。なんでヘリオドールでは同じ事をしないのだと、激しく言い迫った事があったのだ」
「それでお父君は何と返されたんので?」
「ははは、だったらお前がやれと言われてしまったよ」
ヘリオドールは言わば一種の都市。小回りの効くアクアと違い、異種の文化を取り入れるのはなかなか難しいことであろう。
商会一つ取るにしても生産者とのつながりがあるわけだし、今が順調ならば変化を取り入れるような賭けはしたくない。しかも命令するべき存在がバカ公子ならば尚更だろう。
「お陰で随分遠回りをすることになってしまったが、ようやく改革を受け入れる体制が整ってきてな。近年では徐々にではあるがトワイライトでは珍しい品々が並ぶようになってきたわ」
言葉にするのは簡単だが、それが大変な道のりだった事は聞くまでもあるまい。
そこにはヘリオドールで商いをされている商会との、信頼を築かなければいけないわけだし、補助金やら予算やらの金銭面にも影響してくる。
もしかしてヘリオドールとアクアとの街道整備も、この事業の一つかもしれない。
「だから私が新しい調味料を持ち寄った時、あっさりと受け入れてくださったのですね」
本来未知の食材など、そう簡単に受け入れる事はほとんどない。
それはその地で暮らす人たちの生活を壊しかねない危険な物。物には全て需要と供給があるわけなので、買う物が1つ増えれば当然買わない物が1つ増える。
それにより生活が困る人も恐らくいることだろう。だけどそれでは街は発展することも、進化することもできないのだ。
陸続きの国ならば、鎖国をつづけていくなんて不可能に近いのだから。
「まぁ、それだけではないのだがな。そんな思い出のアクアの地から、新たな風が吹き寄せてきたと聞けばついつい気になってな、強引にリネアの交渉に割り込ませてもらったのだよ」
なるほど、商会同士の交渉になんで領主様が立ち入っているのかと、ずっと疑問を抱いていたのだ。
その後も事あるごとに気に掛けてくださっていたし、今もこうしてアクアの未来を心配もしてくださっている。
もしかして当時の自分と、いまのアクアとを重ねておられるのかもしれない。
「そうだったのですね。ガーネット様には色々よくしていただいて、感謝してもしきれないほどです」
「ははは、それは違うぞ」
「違う?」
「これでも私は一公国の主人だ。多少の私情が入っているとはいえ、交渉や取引には一切妥協はしておらんわ。だがもし、リネアがそう感じる事があるというのならば、それはお主の人柄がなせるものだと理解するがいい」
公国の領主様にここまで言われるのは、正直身にあまる光栄と言うべきなのであろう。
だからこそ私は自分の答えに戸惑いを感じてしまう。
「さて、少々話が脱線してしまったが、亡くなった領主より言われているのであろう?」
「……はい」
度々領主様から相談されていた内容、それは私がこの地の領主に収まる事。
自分で言うのもおこがましいが、恐らく今のアクアの地にこれが最善の策だとは思えるのだが、どうしてもあと一歩のところで躊躇してしまう。
果たして私に領主の座が務まるのか? こんな年若い娘の言うことを皆んなが聞いてくれるのか? そもそも赤の他人でもある私が領主になんてなってもいいのかと。
「お主のことだから余所者の自分が領主になっていいのかと、自問自答しておるのだろ?」
「……」
正しく思っていた考えを当てられ、思わず押し黙ってしまう。
「はぁ……。まったく、そんな古臭い考えなど捨ててしまえ」
「えっ、捨てる?」
「あぁ、捨てればいい。お主が領主に向かないなど誰がいった? 村中を巻き混んで商会を立ち上げ、誰よりもこの村を愛し、今もまたこの地に流れ着いた人たちの為に働く場所を作ろうとしておる。それはもう一商会の仕事ではなく、領主の仕事だ。お主は知らぬ間に領主の代行を行っておったのだ」
「……あっ」
言われてみれば私が行っている事業はすでに商会の枠を飛び越えてしまっている。
スタート位置からすでにこの村の為に動いていたと言う事もあるのだが、今アクアのリゾート化を進めてるのは、完全にこの地で暮らす人たちの為に動いている。
私は知らぬ間に領主様の代行まがいの事に手を付けていたのだ。
「お主が今進めておるアクアの改革。亡くなった領主は何も言わなかったのであろう? それは即ちお主に任せておけばという思いもあったのだろう」
私としては生まれ故郷から流れてきた人々を救おうと必死だったのだが、それが結果的に領主様に私を認めさせる状況を作ってしまった。
もしかしてまだ試験の途中だったのかもしれないが、アクアの未来を託してもいいという思いは持たれていたのだろう。
それなのに私は……
「あ、あの……」
「フィル? どうしたの、休んでいたんじゃないの?」
気づけば泣きつかれて眠っていたでろうフィルが、リアとノヴィアを引き連れ皆んなが集まる部屋へとやってきた。
「リネアさん、これを。お爺ちゃんから預かっていて……」
そういってフィルが差し出して来たのは封の閉じられた一通の手紙。
「ほぉ、これは遺言書か?」
「はい。お爺ちゃんがもしもの時はリネアさんに渡してほしいって、預かっていました」
私はフィルから手紙を受け取り、そっと中身の内容を確認する。
手紙には短くこう書かれていた。
『リネア様、貴女にアクアの未来を託す』と
アクアの未来、そこには領主の座について欲しいだとか、残されたフィルの事を頼むだとか、そういった言葉はなく、ただアクアの未来を託すとだけ。
わかっておられたのだ、何も言わなくても私に任せておけば全て上手くやってくれると。孫娘のフィルの事も、自分が亡くなった後の領主の座も。そして恐らくこの地で暮らす人々の事を。
私はしばし目を瞑り覚悟を決める。
「いいのね? フィル。もう後戻りは出来ないわよ」
これがフィルが成長するまでの代行ならばここまでの決意は必要なかっただろう。
だが亡くなった領主様が一番危惧していた事案があるため、代行ではなく誰かが領主の座を正式に引き継がなければならない。
つまり私は村人からも認めてもらい、尚且つかの者への対策も講じなければならないのだ。
「はい。リネアさんにおじいちゃんの思いを全て託します」
こうして私は決意を新に、アクアの領主になるのだった。
とくに葬儀の告知をしたわけではないのだが、どこからともなく人々が集まり、彼方此方で故人を偲ぶ声やすすり泣きがあたりを占め、埋葬されたあともなかなか人々の姿が消えることはなかった。
「少し前からお医者さんにもう余り長くはないだろうとは言われていたのよ。ご本人もお体の具合は悟っておられたし、私に今後の事を相談されていたんだけれど、結局答えが出ないままに旅立たれてしまったわ」
葬儀の後、アレクを含む商会の主要メンバーと、葬儀のためにアクアの地に足を運んでくださったヘリオドールのガーネット様、そして一時的に私の元へと帰って来たアクアたちを入れた総勢十数名が、主人を亡くしたばかりの領主邸の一室に集まった。
「ご病気だったのですか?」
「えぇ、随分前からね。私たちの前では元気なお姿を見せておられたのだけれど、この冬の気候で一気に悪化されてしまってね……」
もともと随分なお歳だったという事もあり、私も領地の運営やらアクアの地のことで度々領主様の元へは伺っていたのだが、今年に入ったあたりから床につく事が多くなり、ついに先日孫娘のフィルに看取られて旅立たれてしまわれた。
「そうだったのですね。それでその……フィルさんのご様子は?」
「今は泣き疲れて部屋で寝ているわ。リアとノヴィアが付き添っているから大丈夫よ」
フィルにしてもこの日がやってくるのはある程の覚悟はあったことだろう。
それでも両親を亡くし、たった一人の家族でもあった領主様を亡くしたともなれば、その悲しみは相当なものに違いない。
今は『元気を出して』、なんていい加減な言葉をかける事さえ躊躇ってしまう。
「冷たいようだが、こればかりは我々にはどうすることも出来ないであろう。人の死や別れは本人が越えなければならないものであり、受け止めなければいけない現実だ」
「そうですね。私たちが手を差し伸べるのは簡単ですが、本人が受け入れなければ何もかわりません」
「それでリネアよ、この先お主はどうするのだ?」
「……」
ガーネット様から突きつけられた言葉に、私は答えることができないまま黙り込んでしまう。
おそらくガーネット様だけではなく、この部屋にいる誰もが私の答えを待っているのだろう。
即ち、亡くなった領主様の後をどうするのか。
別に誰かに相談した事は一度もないのだが、私が一番領主様の近しい立場にいた事は村中の皆んなが分かっている事だし、アクア商会を立ち上げた事も皆んなの記憶にも新しい。
それに加え、年若く経験不足であるフィルが領主を継げるとは誰も思ってはいない。
実際その事で何度も領主様から相談されてもいたし、私が逆の立場ならおそらくまったく同じ行動に移っていただろう。
如何にフィルが領主様の孫娘だとはいえ、いきなり領主という荷物を背負わせるには忍びないし、領民すべての未来を託させるのも身内としては後ろめたい気にもなる。それにフィルだっていつかは恋をし、新しい人生を迎える事になるんだから、自由な未来を見せてあげたいと思うのは当然の流れであろう。
これが格式高く、平和で豊かな領地ならば残された孫娘にも託せるだろうが、アクアの地のように貧しく日々を暮らすのも大変な領地ならば、信頼できる者に託してしまいたと思うのも十分に理解出来てしまう。
だけど……
「……20年ほど前になるだろうか」
沈黙が占める中、ガーネット様がポツリポツリと語り出す。
「私がまだ公子だった頃、父上からよくアクアの地の話を良く聞かされてな。『わしの後を継ぎたくば、彼の地で領民たちの姿を見てこい』と、学びの為にアクアの地へと修行に来ていた事があったのだ」
ガーネット様の話によると、当時のアクアはそれはもう活気と笑顔にあふれた素敵な宿場街だったのだという。
「当時の私はそれはもう大馬鹿者でな、周りに迷惑かけたり領民の税金に手を掛けたりと、やりたい放題だったものだ」
どこにでもある貴族のバカ息子だったのだと、当時の様子を笑いながら語られる。
「そんなバカ息子を父上は心配したのだろう。領主の手腕一つで、その地に暮らす人々が光に包まれるか闇につつまれるかが分かれてしまうのだ。ある日脅し文句同然で無理やりアクアの地へと放り込まれてな、その時ここの領主と出会ったのだ」
なんでも領主の座が欲しければアクアの地で修行してこいと、無理やり放り込まれたのだという。
「それは何というか、凄い父君だったのですね」
「ははは、確かに凄い方だった。今でこそ感じるが、良き父であり領主であったと思えるよ」
そんなガーネット様であったが、アクアの地を訪れた際にある衝撃を受けたのだという。
「当時はアクアなど小さくて、ただの田舎街だと思っておったのだよ」
アクアの地は、多くの山と海に囲まれてしまった小さな街。しかも人が多く集まる繁華街を除けば、その大半は田んぼや畑が大半を占めてしまう。
それに引き換えヘリオドールの街は公国と名のるだけの規模があり、幾つものも区画に区切られた一種の都市として繁栄してしまっている。
そんな街から一歩も出た事がないガーネット様は、さぞアクアの街が小さく見えた事だろう。
「だがな、この地を訪れた時それらの考えが一気に吹き飛んだ。なぜだかわかるか?」
「……いえ」
「人は新しい物を受け入れるのを激しく嫌う。誰だって今の生活を守りたいと思うのだから当然のおこないだろう。だがな、当時のアクアにはヘリオドールにはない新しい文化が根付き始めておった。
街に暮らす人々は笑顔があふれておるし活気にも満ちておる。しかもアクアには誰でも通える学校があるうえ、ヘリオドールでは見かけない商店たちがずらりと立ち並んでおるのだ。あれはバカな私でも衝撃だったのだぞ」
当時のガーネット様にとって、アクアの街並みは正に未来を見ているような輝きに溢れていたのだという。
トワイライト国内でも然程流通していない目新しい商店に、メルヴェール王国から入って来たであろう見らねぬ服や食事の数々。更には貴族のステータスとも言える学校が、無償で誰でも通える施設となっている。
それまでずっと足下に見ていたアクアの地が、自分が治めるであろうヘリオドールより先を行っている事に、悔しさと怒りが湧き上がってしまったのだそうだ。
「私はその事実を知るなり、湧き上がった怒りを父上にぶつけてしまってな。なんでヘリオドールでは同じ事をしないのだと、激しく言い迫った事があったのだ」
「それでお父君は何と返されたんので?」
「ははは、だったらお前がやれと言われてしまったよ」
ヘリオドールは言わば一種の都市。小回りの効くアクアと違い、異種の文化を取り入れるのはなかなか難しいことであろう。
商会一つ取るにしても生産者とのつながりがあるわけだし、今が順調ならば変化を取り入れるような賭けはしたくない。しかも命令するべき存在がバカ公子ならば尚更だろう。
「お陰で随分遠回りをすることになってしまったが、ようやく改革を受け入れる体制が整ってきてな。近年では徐々にではあるがトワイライトでは珍しい品々が並ぶようになってきたわ」
言葉にするのは簡単だが、それが大変な道のりだった事は聞くまでもあるまい。
そこにはヘリオドールで商いをされている商会との、信頼を築かなければいけないわけだし、補助金やら予算やらの金銭面にも影響してくる。
もしかしてヘリオドールとアクアとの街道整備も、この事業の一つかもしれない。
「だから私が新しい調味料を持ち寄った時、あっさりと受け入れてくださったのですね」
本来未知の食材など、そう簡単に受け入れる事はほとんどない。
それはその地で暮らす人たちの生活を壊しかねない危険な物。物には全て需要と供給があるわけなので、買う物が1つ増えれば当然買わない物が1つ増える。
それにより生活が困る人も恐らくいることだろう。だけどそれでは街は発展することも、進化することもできないのだ。
陸続きの国ならば、鎖国をつづけていくなんて不可能に近いのだから。
「まぁ、それだけではないのだがな。そんな思い出のアクアの地から、新たな風が吹き寄せてきたと聞けばついつい気になってな、強引にリネアの交渉に割り込ませてもらったのだよ」
なるほど、商会同士の交渉になんで領主様が立ち入っているのかと、ずっと疑問を抱いていたのだ。
その後も事あるごとに気に掛けてくださっていたし、今もこうしてアクアの未来を心配もしてくださっている。
もしかして当時の自分と、いまのアクアとを重ねておられるのかもしれない。
「そうだったのですね。ガーネット様には色々よくしていただいて、感謝してもしきれないほどです」
「ははは、それは違うぞ」
「違う?」
「これでも私は一公国の主人だ。多少の私情が入っているとはいえ、交渉や取引には一切妥協はしておらんわ。だがもし、リネアがそう感じる事があるというのならば、それはお主の人柄がなせるものだと理解するがいい」
公国の領主様にここまで言われるのは、正直身にあまる光栄と言うべきなのであろう。
だからこそ私は自分の答えに戸惑いを感じてしまう。
「さて、少々話が脱線してしまったが、亡くなった領主より言われているのであろう?」
「……はい」
度々領主様から相談されていた内容、それは私がこの地の領主に収まる事。
自分で言うのもおこがましいが、恐らく今のアクアの地にこれが最善の策だとは思えるのだが、どうしてもあと一歩のところで躊躇してしまう。
果たして私に領主の座が務まるのか? こんな年若い娘の言うことを皆んなが聞いてくれるのか? そもそも赤の他人でもある私が領主になんてなってもいいのかと。
「お主のことだから余所者の自分が領主になっていいのかと、自問自答しておるのだろ?」
「……」
正しく思っていた考えを当てられ、思わず押し黙ってしまう。
「はぁ……。まったく、そんな古臭い考えなど捨ててしまえ」
「えっ、捨てる?」
「あぁ、捨てればいい。お主が領主に向かないなど誰がいった? 村中を巻き混んで商会を立ち上げ、誰よりもこの村を愛し、今もまたこの地に流れ着いた人たちの為に働く場所を作ろうとしておる。それはもう一商会の仕事ではなく、領主の仕事だ。お主は知らぬ間に領主の代行を行っておったのだ」
「……あっ」
言われてみれば私が行っている事業はすでに商会の枠を飛び越えてしまっている。
スタート位置からすでにこの村の為に動いていたと言う事もあるのだが、今アクアのリゾート化を進めてるのは、完全にこの地で暮らす人たちの為に動いている。
私は知らぬ間に領主様の代行まがいの事に手を付けていたのだ。
「お主が今進めておるアクアの改革。亡くなった領主は何も言わなかったのであろう? それは即ちお主に任せておけばという思いもあったのだろう」
私としては生まれ故郷から流れてきた人々を救おうと必死だったのだが、それが結果的に領主様に私を認めさせる状況を作ってしまった。
もしかしてまだ試験の途中だったのかもしれないが、アクアの未来を託してもいいという思いは持たれていたのだろう。
それなのに私は……
「あ、あの……」
「フィル? どうしたの、休んでいたんじゃないの?」
気づけば泣きつかれて眠っていたでろうフィルが、リアとノヴィアを引き連れ皆んなが集まる部屋へとやってきた。
「リネアさん、これを。お爺ちゃんから預かっていて……」
そういってフィルが差し出して来たのは封の閉じられた一通の手紙。
「ほぉ、これは遺言書か?」
「はい。お爺ちゃんがもしもの時はリネアさんに渡してほしいって、預かっていました」
私はフィルから手紙を受け取り、そっと中身の内容を確認する。
手紙には短くこう書かれていた。
『リネア様、貴女にアクアの未来を託す』と
アクアの未来、そこには領主の座について欲しいだとか、残されたフィルの事を頼むだとか、そういった言葉はなく、ただアクアの未来を託すとだけ。
わかっておられたのだ、何も言わなくても私に任せておけば全て上手くやってくれると。孫娘のフィルの事も、自分が亡くなった後の領主の座も。そして恐らくこの地で暮らす人々の事を。
私はしばし目を瞑り覚悟を決める。
「いいのね? フィル。もう後戻りは出来ないわよ」
これがフィルが成長するまでの代行ならばここまでの決意は必要なかっただろう。
だが亡くなった領主様が一番危惧していた事案があるため、代行ではなく誰かが領主の座を正式に引き継がなければならない。
つまり私は村人からも認めてもらい、尚且つかの者への対策も講じなければならないのだ。
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こうして私は決意を新に、アクアの領主になるのだった。
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※長編版をご希望下さり、本当にありがとうございます<(_ _)>
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∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
※小説家になろう様にも掲載させていただいています。
※作者創作の世界観です。史実等とは合致しない部分、異なる部分が多数あります。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体等とは一切関係がありません。
※実際に用いられる事のない表現や造語が出てきますが、御容赦ください。
※リアル都合等により不定期、且つまったり進行となっております。
※上記同理由で、予告等なしに更新停滞する事もあります。
※まだまだ至らなかったり稚拙だったりしますが、生暖かくお許しいただければ幸いです。
※御都合主義がそこかしに顔出しします。設定が掌ドリルにならないように気を付けていますが、もし大ボケしてたらお許しください。
※誤字脱字等々、標準てんこ盛り搭載となっている作者です。気づけば適宜修正等していきます…御迷惑おかけしますが、お許しください。
【完結】立場を弁えぬモブ令嬢Aは、ヒロインをぶっ潰し、ついでに恋も叶えちゃいます!
MEIKO
ファンタジー
最近まで死の病に冒されていたランドン伯爵家令嬢のアリシア。十六歳になったのを機に、胸をときめかせながら帝都学園にやって来た。「病も克服したし、今日からドキドキワクワクの学園生活が始まるんだわ!」そう思いながら一歩踏み入れた瞬間浮かれ過ぎてコケた。その時、突然奇妙な記憶が呼び醒まされる。見たこともない子爵家の令嬢ルーシーが、学園に通う見目麗しい男性達との恋模様を繰り広げる乙女ゲームの場面が、次から次へと思い浮かぶ。この記憶って、もしかして前世?かつての自分は、日本人の女子高生だったことを思い出す。そして目の前で転んでしまった私を心配そうに見つめる美しい令嬢キャロラインは、断罪される側の人間なのだと気付く…。「こんな見た目も心も綺麗な方が、そんな目に遭っていいいわけ!?」おまけに婚約者までもがヒロインに懸想していて、自分に見向きもしない。そう愕然としたアリシアは、自らキャロライン嬢の取り巻きAとなり、断罪を阻止し婚約者の目を覚まさせようと暗躍することを決める。ヒロインのヤロウ…赦すまじ!
笑って泣けるコメディです。この作品のアイデアが浮かんだ時、男女の恋愛以外には考えられず、BLじゃない物語は初挑戦です。貴族的表現を取り入れていますが、あくまで違う世界です。おかしいところもあるかと思いますが、ご了承下さいね。
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