文字の大きさ
大
中
小
60 / 105
二章 襲いかかる光と闇
第60話 街の様子
ざわざわ
ココアに勧められるまま、何気にぶらりと出かけたのだが、久々に訪れた光景に半ば呆然。
ほんの数ヶ月前までほどんど人を見かけなかった繁華街だというのに、今はあちらこちらで露店が立ち並び、それらを買い求める人たちであふれ返っている。
確かにこのアクアでは多くの難民を受け入れたが、まさかこの短期間でここまで馴染んでいるとは思ってすらいなかった。
私としては一時的な避難場所になればと空き家や空き店舗を提供したのだが、いつの間にか彼らはそれらを利用し、いち早く自立するために各々仕事を見つけ始めている。
いずれこの地を第二の故郷にしてもらえるなら、家賃や税金といったものを考えなければならないだろうが、今は純粋に新たな生活へと進んでくれていることに嬉しささえ覚えてしまう。
「それにしても凄いわね。話には聞いていたけれど、まさかここまで人があふれているとは思ってもいなかったわ」
私も少し前まではこの辺りで店を出していたのだが、今は住まいを街外れへと移し、ひたすら屋敷と商会との行き来しかしてなかった。
しかも贅沢だと言っているのに、『一介の領主様が徒歩で通うなどあり得ません』だとか言われてしまい、私はおろか妹のリアの登校まで馬車で通う有様。
私としては日頃の運動不足にいいと思っているのに、ここ最近は一人で散歩すら行かせてもらえなかったのだ。
そう考えるとこの自由に過ごせる時間をくれたココアに、感謝しなければならないだろう。
「よぉ嬢ちゃん。新鮮な果物が今朝大量には入ってよ、ちょっと見ていってくれよ」
一人繁華街を歩いていると、軒先に野菜やら果物やらを並べたおじさんが、私に向かって声をかけてくる。
「へぇ、珍しいわね。これってカシの実じゃない、この辺りじゃ採れないって聞いていたのに」
私は赤く熟した実を手に取り、そっと顔に近づけ香りを楽しむ。
このカシの実は、私がまだアージェント領で暮らしていた頃に馴染のある果物で、収穫の時点では固く酸味が激しいのだが、2・3ヶ月涼しい場所で寝かせることにより、その実は柔らかく香りのある実へと変わる庶民的な果物。
あまり高級な果実でもなく、甘さも控えめということから貴族間では馴染のないものだったので、王都へと移ってからはまったくお目にかかることはなかったのだが、まさか生まれ故郷から遠く離れたこの地で出会えるとは思ってもいなかった。
「ほぉ、嬢ちゃん、カシの実を知っているのかい? ってことはあんたもアージェント領からの難民だな」
私の言葉に気を良くしたのか、何やら店主のおじさんが親しげに話しかけてくる。
流石にこの場で名乗る訳にもいかないので、とりあえずは適当に誤魔化しつつ話を合わせておく。
「がははは、どうだ懐かしいだろ? 故郷のアージェントはすっかり焼け野原になっちまったが、果樹園を営む村は無事だったようでよぉ。買取先がないって連絡を受けたもんだから、うちで買い取ってやったんだよ」
なるほど、この地では珍しいとは思っていたがそういう経緯で流れてきたのね。
確かにこの実ならば収穫後すぐに食べる訳ではないので、輸送の日数にも問題ない。価格は流石に地元と一緒という訳にはいかないが、それでも決して手が届かないものでもなく、比較的手が出しやすリーズナブルな金額といえよう。
それにこの実の最大の特徴は料理方法の多様性。
「いい香りね」
「だろう? そのまま食べるもよし、ジャムやパイにするもよしで、いろんな食べ物に利用できる」
「そうね、ジャムやパイにするのも迷っちゃうけどれ、私はやっぱり焼き菓子やマフィンに使ってみたいわね」
子供の頃、亡くなった母と一緒におかし作りにチャレンジした事を思い出す。
お世辞にも母は料理やお菓子作りが得意だったとは言えず、お屋敷で働いていたメイドさんたちがさり気なく手助けしてくれていた事を覚えている。
庶民出の母と貴族の父、小さいながらもお屋敷があり、そこで働くメイドさん達によくしてもらい、何不自由なく幸せに暮らしていたあの日の頃。
結局両親が亡くなってからは一度も戻る事が出来なかったので、暮らしていたお屋敷や、仕えてくださっていたメイドさんたちがどうなったかはわからないけれど、両親のお墓前りすら出来ていない私はなんて恩知らずなのかと、改めて感じてしまう。
そんな懐かしい思い出と、僅かながらの罪悪感を感じながら世間話をしていると、カジの実の香りに引き寄せられた人たちが、自然と店の周りに集まり始めていた。
「おや、懐かしわね。もうカシの実が並ぶ季節になるのね」
「何言ってんだい、まだこの地に来てから3ヶ月ほどしか経っていないじゃないかい」
「そうは言っても国に帰っても家はないし、食べるものだってありゃしないじゃないかい」
「そうそう、今の領主様は俺たちにゃ何一つやっちゃくれねぇ。風の噂じゃ領地の復興もまったく進んでねぇって話だ。一体あの領主様は王都で何をやっているんだか」
ざわざわざわ。
やはり誰もが故郷を失った不安と、何もしない叔父に対して怒りを感じているのだろう。
どこの世界でも復興はその地、その土地を治める者が主導ではじめるもの。もちろん国からの支援金や支援物資は割り振られるのだろうが、基本はその地を治める権力者が普段から蓄え、いざという時に支援や復興に取り掛かるものだ。
だが残念な事に、現在のアージェント家ではそれらの緊急費を叔母と義姉が使い切ってしまっており、更には避難のためにと領地を離れた人たちが、今現在も戻らない始末。そのため復興を行うための人すら集まらないのだという。
『復興が進まないから人は戻らない』、『人が戻らないから復興が進まない』と、叔父がおかれた状況は相当苦しいものなのだと、ハーベストからの手紙にはそう書かれていた。
「もうあの領地はダメだろう。主要な街は燃えてしまったし、要である鉱山はあらかた掘りつくされちまってロクな石すら出やしねぇ。せめてフロスティ様がご存命なら何とかしてくれたかもしれねぇが、今の領主じゃ希望の一つも見つけられないってもんだ」
「だよなぁ。なんでも領主様やご家族様は、被害がなかった王都でぬくぬくと暮らしているって話だ。俺なんて一度たりともご本人の顔すら見た事がねぇんだぜ?」
「何言ってんだい、見かけた事がないってだけ幸せってものよ。私の娘なんて汚いものを見るように軽くあしらわれたんだから」
耳に入ってくる言葉はどれも痛々しい内容ばかり。
私自身それらに全く関わり合いがなかったとは言い切れず、父であるフロスティの名前が出たことは唯一の救いだとは言えるが、逃げ出すようにこの地へとやってきたのもまた事実。
如何に自分のため、妹の為にと屋敷を飛び出してはしまったが、貴族であったという責任を放棄した事は、やはり償うべき行いと言わざるをえないだろう。
そんな時、ふとココアが口にした言葉を思い出す。
『あの人達だって好きでこの地に流れてきた訳じゃないんだし、困っている時はお互い様。それに遠くの地だというのに、リネアさんを頼りにやって来られたんだから、追い返す訳には行かないじゃありませんか』
私を頼りに?
あの時はその後に告げられた事実が衝撃すぎで、言葉の真相を尋ねるのを忘れてしまっていたのだが、思い返せば疑問の思うところがオンパレード。
私がこのアクアにいる事は当然叔父にも話しておらず、またこの地にいると気づかれたのもの難民が押し寄せた後のほう。まさかこの村の人たちのように、私が気づかない間に噂が広まっていたとも考えられないので、なぜこの様な状態に至ったのかが全く思いつかないのだ。
その事を疑問に思いつつ、近くで話し込んでいた人たちにさり気なく尋ねてみる。
「あのー、つかぬ事をお尋ねしますが、皆さんはどうしてこの地へとやってこられたんです? 言い方が悪いかもしれませんが、避難するならここよりももっといい場所があったと思うんですが」
「もしかして嬢ちゃんは例の話を聞いてないのか?」
「例の話?」
「あぁ、俺も詳しくは知らないんだが、ある日何人かの騎士がやってきてな、『もうすぐこの地は戦場になる。だから逃げ出すんなら今のうちだって』言い出したんだ。しかもご丁寧に避難先の候補をいくつも挙げてくれてよ」
「えっ、騎士の方が?」
騎士と言っても国に仕える騎士様もいれば、各領地が抱えている騎士様もいる。
あの当時はちょうどリネア様のブラン家が謀反を起こしたと、怪しい噂が広まっていた時なので、領民たちを動かすには絶妙なタイミングだったのかもしれないが、一体どこの誰に仕えていた騎士様なのかさっぱりと見当がつかない。
そんな私の疑問をよそに、おじさんの会話は更にすすむ。
「でだ、その中の候補にフロスティ様のお嬢様おられるこの地があったわけだ。お陰で雨風には打たれないわ、食べるものには困らないわで、この地で新しい仕事にもありつけた。まったくあの騎士様とリネア様には感謝してもしくれねぇってもんだ。がははは」
………………はぁ?
気前の良さそうなおじさんの話で、俺も俺もと盛り上がる民衆たち。
申し訳ないが、恐らく当事者であろう私がただ一人おいてけぼりなのだが、身に覚えが何一つないのだからある意味この状況は仕方がない事だろう。
えっと、ちょっと整理をしたほうがよさそうね。
盛り上がっている人たちの話から時折漏れ出る言葉とをつなぎ合わせると、どうやら避難先へと候補が挙がっていたのは、ブラン領やアプリコット領、そして私がいるこのアクアだという話。
亡くなったお父様はアージェント領で鉱山の責任者をしていたわけだし、それなりの知名度も評判も高かった。その娘である私がいるのだから、このアクアが候補に上がったとしても不思議ではない。
だが問題はなぜ私がこの地にいると知っていたか。
ブラン領とアプリコット領が候補に挙がっているところをみると、恐らくリーゼ様が関わっていそうな気がしないでもないが、確かとなる証拠はどこにもなく、またこれ以上問いかけたとしても恐らく答えは出てこないだろう。
結局答えらしい答えは何一つみつかってはいないが、領民たちを救おうと行動したことに悪意はないはず。
唯一警戒すべきところは、私の居場所が叔父にバレる危険性であったのだが、領民たちの命と私の状況とを天秤に掛ければ当然前者になるわけだし、直接叔父に告げ口をされたわけでもないので、別段注意するべき事でもないだろう。もう叔父に居場所はバレているわけだし。
それにしてもその騎士様って一体なに者かしら?
私がこの地にいるという話もそうだが、アージェント家の人間だという事実もさほど知る人物はそう多くはないはず。
まさかヴィスタのご両親が話すわけもないはずなので、なぜ私の居場所を知っていたのかだけ、考えれば考えるほど謎が深まるばかりである。
そんな思考で一人頭を悩ませている時、人混みの中から私を見つめる視線にふと気づく。
「「……あっ」」
少し離れていた為、彼女の声自体は聞こえなかったが、全く私と同じ反応をしたところを見ると恐らく驚きの声が漏れ出たのだろう。
それはかつて両親が存命のころ、お屋敷に仕えていたメイドの一人だった。
ココアに勧められるまま、何気にぶらりと出かけたのだが、久々に訪れた光景に半ば呆然。
ほんの数ヶ月前までほどんど人を見かけなかった繁華街だというのに、今はあちらこちらで露店が立ち並び、それらを買い求める人たちであふれ返っている。
確かにこのアクアでは多くの難民を受け入れたが、まさかこの短期間でここまで馴染んでいるとは思ってすらいなかった。
私としては一時的な避難場所になればと空き家や空き店舗を提供したのだが、いつの間にか彼らはそれらを利用し、いち早く自立するために各々仕事を見つけ始めている。
いずれこの地を第二の故郷にしてもらえるなら、家賃や税金といったものを考えなければならないだろうが、今は純粋に新たな生活へと進んでくれていることに嬉しささえ覚えてしまう。
「それにしても凄いわね。話には聞いていたけれど、まさかここまで人があふれているとは思ってもいなかったわ」
私も少し前まではこの辺りで店を出していたのだが、今は住まいを街外れへと移し、ひたすら屋敷と商会との行き来しかしてなかった。
しかも贅沢だと言っているのに、『一介の領主様が徒歩で通うなどあり得ません』だとか言われてしまい、私はおろか妹のリアの登校まで馬車で通う有様。
私としては日頃の運動不足にいいと思っているのに、ここ最近は一人で散歩すら行かせてもらえなかったのだ。
そう考えるとこの自由に過ごせる時間をくれたココアに、感謝しなければならないだろう。
「よぉ嬢ちゃん。新鮮な果物が今朝大量には入ってよ、ちょっと見ていってくれよ」
一人繁華街を歩いていると、軒先に野菜やら果物やらを並べたおじさんが、私に向かって声をかけてくる。
「へぇ、珍しいわね。これってカシの実じゃない、この辺りじゃ採れないって聞いていたのに」
私は赤く熟した実を手に取り、そっと顔に近づけ香りを楽しむ。
このカシの実は、私がまだアージェント領で暮らしていた頃に馴染のある果物で、収穫の時点では固く酸味が激しいのだが、2・3ヶ月涼しい場所で寝かせることにより、その実は柔らかく香りのある実へと変わる庶民的な果物。
あまり高級な果実でもなく、甘さも控えめということから貴族間では馴染のないものだったので、王都へと移ってからはまったくお目にかかることはなかったのだが、まさか生まれ故郷から遠く離れたこの地で出会えるとは思ってもいなかった。
「ほぉ、嬢ちゃん、カシの実を知っているのかい? ってことはあんたもアージェント領からの難民だな」
私の言葉に気を良くしたのか、何やら店主のおじさんが親しげに話しかけてくる。
流石にこの場で名乗る訳にもいかないので、とりあえずは適当に誤魔化しつつ話を合わせておく。
「がははは、どうだ懐かしいだろ? 故郷のアージェントはすっかり焼け野原になっちまったが、果樹園を営む村は無事だったようでよぉ。買取先がないって連絡を受けたもんだから、うちで買い取ってやったんだよ」
なるほど、この地では珍しいとは思っていたがそういう経緯で流れてきたのね。
確かにこの実ならば収穫後すぐに食べる訳ではないので、輸送の日数にも問題ない。価格は流石に地元と一緒という訳にはいかないが、それでも決して手が届かないものでもなく、比較的手が出しやすリーズナブルな金額といえよう。
それにこの実の最大の特徴は料理方法の多様性。
「いい香りね」
「だろう? そのまま食べるもよし、ジャムやパイにするもよしで、いろんな食べ物に利用できる」
「そうね、ジャムやパイにするのも迷っちゃうけどれ、私はやっぱり焼き菓子やマフィンに使ってみたいわね」
子供の頃、亡くなった母と一緒におかし作りにチャレンジした事を思い出す。
お世辞にも母は料理やお菓子作りが得意だったとは言えず、お屋敷で働いていたメイドさんたちがさり気なく手助けしてくれていた事を覚えている。
庶民出の母と貴族の父、小さいながらもお屋敷があり、そこで働くメイドさん達によくしてもらい、何不自由なく幸せに暮らしていたあの日の頃。
結局両親が亡くなってからは一度も戻る事が出来なかったので、暮らしていたお屋敷や、仕えてくださっていたメイドさんたちがどうなったかはわからないけれど、両親のお墓前りすら出来ていない私はなんて恩知らずなのかと、改めて感じてしまう。
そんな懐かしい思い出と、僅かながらの罪悪感を感じながら世間話をしていると、カジの実の香りに引き寄せられた人たちが、自然と店の周りに集まり始めていた。
「おや、懐かしわね。もうカシの実が並ぶ季節になるのね」
「何言ってんだい、まだこの地に来てから3ヶ月ほどしか経っていないじゃないかい」
「そうは言っても国に帰っても家はないし、食べるものだってありゃしないじゃないかい」
「そうそう、今の領主様は俺たちにゃ何一つやっちゃくれねぇ。風の噂じゃ領地の復興もまったく進んでねぇって話だ。一体あの領主様は王都で何をやっているんだか」
ざわざわざわ。
やはり誰もが故郷を失った不安と、何もしない叔父に対して怒りを感じているのだろう。
どこの世界でも復興はその地、その土地を治める者が主導ではじめるもの。もちろん国からの支援金や支援物資は割り振られるのだろうが、基本はその地を治める権力者が普段から蓄え、いざという時に支援や復興に取り掛かるものだ。
だが残念な事に、現在のアージェント家ではそれらの緊急費を叔母と義姉が使い切ってしまっており、更には避難のためにと領地を離れた人たちが、今現在も戻らない始末。そのため復興を行うための人すら集まらないのだという。
『復興が進まないから人は戻らない』、『人が戻らないから復興が進まない』と、叔父がおかれた状況は相当苦しいものなのだと、ハーベストからの手紙にはそう書かれていた。
「もうあの領地はダメだろう。主要な街は燃えてしまったし、要である鉱山はあらかた掘りつくされちまってロクな石すら出やしねぇ。せめてフロスティ様がご存命なら何とかしてくれたかもしれねぇが、今の領主じゃ希望の一つも見つけられないってもんだ」
「だよなぁ。なんでも領主様やご家族様は、被害がなかった王都でぬくぬくと暮らしているって話だ。俺なんて一度たりともご本人の顔すら見た事がねぇんだぜ?」
「何言ってんだい、見かけた事がないってだけ幸せってものよ。私の娘なんて汚いものを見るように軽くあしらわれたんだから」
耳に入ってくる言葉はどれも痛々しい内容ばかり。
私自身それらに全く関わり合いがなかったとは言い切れず、父であるフロスティの名前が出たことは唯一の救いだとは言えるが、逃げ出すようにこの地へとやってきたのもまた事実。
如何に自分のため、妹の為にと屋敷を飛び出してはしまったが、貴族であったという責任を放棄した事は、やはり償うべき行いと言わざるをえないだろう。
そんな時、ふとココアが口にした言葉を思い出す。
『あの人達だって好きでこの地に流れてきた訳じゃないんだし、困っている時はお互い様。それに遠くの地だというのに、リネアさんを頼りにやって来られたんだから、追い返す訳には行かないじゃありませんか』
私を頼りに?
あの時はその後に告げられた事実が衝撃すぎで、言葉の真相を尋ねるのを忘れてしまっていたのだが、思い返せば疑問の思うところがオンパレード。
私がこのアクアにいる事は当然叔父にも話しておらず、またこの地にいると気づかれたのもの難民が押し寄せた後のほう。まさかこの村の人たちのように、私が気づかない間に噂が広まっていたとも考えられないので、なぜこの様な状態に至ったのかが全く思いつかないのだ。
その事を疑問に思いつつ、近くで話し込んでいた人たちにさり気なく尋ねてみる。
「あのー、つかぬ事をお尋ねしますが、皆さんはどうしてこの地へとやってこられたんです? 言い方が悪いかもしれませんが、避難するならここよりももっといい場所があったと思うんですが」
「もしかして嬢ちゃんは例の話を聞いてないのか?」
「例の話?」
「あぁ、俺も詳しくは知らないんだが、ある日何人かの騎士がやってきてな、『もうすぐこの地は戦場になる。だから逃げ出すんなら今のうちだって』言い出したんだ。しかもご丁寧に避難先の候補をいくつも挙げてくれてよ」
「えっ、騎士の方が?」
騎士と言っても国に仕える騎士様もいれば、各領地が抱えている騎士様もいる。
あの当時はちょうどリネア様のブラン家が謀反を起こしたと、怪しい噂が広まっていた時なので、領民たちを動かすには絶妙なタイミングだったのかもしれないが、一体どこの誰に仕えていた騎士様なのかさっぱりと見当がつかない。
そんな私の疑問をよそに、おじさんの会話は更にすすむ。
「でだ、その中の候補にフロスティ様のお嬢様おられるこの地があったわけだ。お陰で雨風には打たれないわ、食べるものには困らないわで、この地で新しい仕事にもありつけた。まったくあの騎士様とリネア様には感謝してもしくれねぇってもんだ。がははは」
………………はぁ?
気前の良さそうなおじさんの話で、俺も俺もと盛り上がる民衆たち。
申し訳ないが、恐らく当事者であろう私がただ一人おいてけぼりなのだが、身に覚えが何一つないのだからある意味この状況は仕方がない事だろう。
えっと、ちょっと整理をしたほうがよさそうね。
盛り上がっている人たちの話から時折漏れ出る言葉とをつなぎ合わせると、どうやら避難先へと候補が挙がっていたのは、ブラン領やアプリコット領、そして私がいるこのアクアだという話。
亡くなったお父様はアージェント領で鉱山の責任者をしていたわけだし、それなりの知名度も評判も高かった。その娘である私がいるのだから、このアクアが候補に上がったとしても不思議ではない。
だが問題はなぜ私がこの地にいると知っていたか。
ブラン領とアプリコット領が候補に挙がっているところをみると、恐らくリーゼ様が関わっていそうな気がしないでもないが、確かとなる証拠はどこにもなく、またこれ以上問いかけたとしても恐らく答えは出てこないだろう。
結局答えらしい答えは何一つみつかってはいないが、領民たちを救おうと行動したことに悪意はないはず。
唯一警戒すべきところは、私の居場所が叔父にバレる危険性であったのだが、領民たちの命と私の状況とを天秤に掛ければ当然前者になるわけだし、直接叔父に告げ口をされたわけでもないので、別段注意するべき事でもないだろう。もう叔父に居場所はバレているわけだし。
それにしてもその騎士様って一体なに者かしら?
私がこの地にいるという話もそうだが、アージェント家の人間だという事実もさほど知る人物はそう多くはないはず。
まさかヴィスタのご両親が話すわけもないはずなので、なぜ私の居場所を知っていたのかだけ、考えれば考えるほど謎が深まるばかりである。
そんな思考で一人頭を悩ませている時、人混みの中から私を見つめる視線にふと気づく。
「「……あっ」」
少し離れていた為、彼女の声自体は聞こえなかったが、全く私と同じ反応をしたところを見ると恐らく驚きの声が漏れ出たのだろう。
それはかつて両親が存命のころ、お屋敷に仕えていたメイドの一人だった。
感想 15
あなたにおすすめの小説
公爵家の養女は静かに爪を研ぐ 〜元々私のものですので、全て返していただきます〜
しましまにゃんこリヴィエール公爵家に養女として引き取られた少女、アリサ・リヴィエール。
彼女は華やかな公爵家の嫡子マリアとは対照的に、家でも学園でもひっそりと息を潜めて生きていた。
養女とは言っても、成人と同時に修道院へ入ることが決まっており、アリサに残された時間は僅かだった。
アリサはただ静かに耐えていた。
——すべてを取り戻す、その時まで。
実は彼女こそが、前公爵が遺した真の娘であり、水の加護を持つリヴィエール公爵家の正統なる後継者だった。不当に奪い取られた地位と立場。
アリサは静かに時を待つ。
一方、王太子リュシアン・ルミエールは、傲慢な婚約者マリアに違和感を抱きつつ、公爵家に隠された不正の匂いを嗅ぎ取っていく。
やがて二人の思惑は重なり、運命の卒業パーティーが幕を開ける。
奪われた名前も、地位も、誇りも——
元々、私のものなので。まとめて返してもらいます。
静かに爪を研いできた養女の、逆転ざまぁと溺愛ロマンス。
完結保証&毎日2話もしくは3話更新。
最終話まで予約投稿済み。
離縁状に判を押した瞬間に王太子が迎えに来ました〜「家政婦代わり」と笑った夫が、ゴミ屋敷で泣いても知りません〜
しょくぱん無愛想な夫に家政婦扱いされ、愛人まで連れ込まれた伯爵令嬢エルナ。彼女は離縁状を叩きつけて家を出る。実は彼女が毎日行っていた家事は、屋敷を瘴気から守る高位浄化魔法だった!結界が解けた元夫の屋敷がゴミ屋敷と化す中、エルナの前に隣国の王太子が現れ、彼女を「真の聖女」として溺愛し始める。
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。
恋愛戦線からあぶれた公爵令嬢ですので、私は官僚になります~就業内容は無茶振り皇子の我儘に付き合うことでしょうか?~
めもぐあい 公爵令嬢として皆に慕われ、平穏な学生生活を送っていたモニカ。ところが最終学年になってすぐ、親友と思っていた伯爵令嬢に裏切られ、いつの間にか悪役公爵令嬢にされ苛めに遭うようになる。
そのせいで、貴族社会で慣例となっている『女性が学園を卒業するのに合わせて男性が婚約の申し入れをする』からもあぶれてしまった。
家にも迷惑を掛けずに一人で生きていくためトップであり続けた成績を活かし官僚となって働き始めたが、仕事内容は第二皇子の無茶振りに付き合う事。社会人になりたてのモニカは日々奮闘するが――
婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた
夕景あき人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。
そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。
婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。
【完結】転生白豚令嬢☆前世を思い出したので、ブラコンではいられません!
白雨 音エリザ=デュランド伯爵令嬢は、学院入学時に転倒し、頭を打った事で前世を思い出し、
《ここ》が嘗て好きだった小説の世界と似ている事に気付いた。
しかも自分は、義兄への恋を拗らせ、ヒロインを貶める為に悪役令嬢に加担した挙句、
義兄と無理心中バッドエンドを迎えるモブ令嬢だった!
バッドエンドを回避する為、義兄への恋心は捨て去る事にし、
前世の推しである悪役令嬢の弟エミリアンに狙いを定めるも、義兄は気に入らない様で…??
異世界転生:恋愛 ※魔法無し
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?