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第12話 少女は祈る
しおりを挟むメリッサはしばらく、大学で資料の整理をするとクロヴィスと二人で大学を出た。
彼は始終黙っていた。
外を見る彼の顔はなにを考えているのかは分からなくて、メリッサも同じように外をみる。
穏やかな時だったとメリッサは思う。
馬車で家まで送ってくれたクロヴィスは、気まずそうに口を開く。
「メリッサ。なんだかその、すまない」
キュッと眉を寄せたその顔はとても綺麗だったが、
(いたたまれない……)
の一言である。
メリッサは謝られる事はした覚えがないので、不安になる。
メリッサは慌てて首を横に振った。
「いいえ。送ってくださってありがとうございました」
そう言ったら彼が微笑んだためか、メリッサも口元に笑顔を浮かべる。
「そのことなんだが……」
「何でしょうか?」
「実は、王宮で夜会が開かれる。君は公爵家の娘だし、来るとは思うが……」
「夜会、ですか?」
彼がわざわざそんな事を聞くのは理由がある。
この国での社交界デビューというと10歳である。
しかし、大貴族の子ならまだしも、学院を卒業するまでは社交界に出る子は少ない。
社交の練習が行われるのが学院と言う事もあるが、主には用意するのにお金がかかるから、もしくは冬の領地が大変すぎてそのような暇が無いためである。
「ああ。来れないなら来なくてもいいが、来てほしい」
「……分かりました。父にもクロヴィス様が仰っていましたと言いますね」
「それは招待状を送るから大丈夫だ」
彼は優しく微笑んだ。
わざわざそのようなことを言うということは……
(きっと、クロヴィス様は知っていられるのだわ。わたしの、それを……)
婚約破棄の汚名をそそぐため、それもあるかもしれない。でも、噂が立つことを考えれば誘わないし、きっと何か思惑があることなのだろう。
メリッサはそっと息をつく。
人は他人に言えないことなど一つや2つあるものだろう。でも、クロヴィスに言うこともできず、しかし言わなければならないこと。それがメリッサの秘密である。
メリッサが難しい顔をして溜息を着くとクロヴィスはハッとしたように公爵邸(いえ)を見た。
「メリッサ。今日はもう遅い。早く家に入らないと公爵が待っているだろう」
「はい。そうですね……。送ってくださってありがとうございました」
――招待してくれたことも。
彼はメリッサに気を使ってくれるような優しい人だ。
だから、本当はメリッサは言うべきかもしれない。
だけど、もう少し……
「メリッサ。今日はありがとう。有意義な時間を過ごせた」
「わたしも同じでございます」
メリッサは微笑んで、クロヴィスが馬車に乗って帰っていくのを見ていた。
その目に浮かんだ感情は、寂しさなのか幸せか。
「クシュッ。寒くなってきたかも」
メリッサはくしゃみをした。
まだ3月は寒い。北風はなお、名残惜しそうにここにとどまっているみたいだ。
メリッサは溜息を一つつくと、空気が重いだろう家の中に向かって歩く。
――ごめんなさい。
メリッサは話さなければならない。
でも、彼に話せない。
そんな自分が情けなくて、悲しくて。
(ごめんなさい。貴方はこんなにも優しいのに……)
知って欲しと思う一方で彼にだけは知られたくないと思う自分がいる。
そして、その彼の優しさに嬉しいと思って……
(ありがとうございます。クロヴィス様――クロ君……)
今のメリッサに言えることは、ただ――
(ありがとう……そして、ごめんなさい……)
そっと目を閉じたメリッサの目は、その悲しさと幸福を雄弁に物語っていた。
「メリッサ。遅れてすまない。……卒業おめでとう」
意外と帰ってきたメリッサに声をかけた父の言葉は叱咤では無かった。
メリッサはびっくりして自分とは似ていない父を見つめる。
父のジルコンのような瞳は気まずさと後悔に揺れていた。
「……ありがとう存じます」
メリッサは困惑しながらも嬉しさと懐かしさに旨を震わせて、微笑みながらそう言った。
その声はメリッサの意図でもなく僅かに震えていた。
(お父様……どうしたのかしら……)
いくら学校に行くときに心配した父だって、いきなりこんなにも態度を変えるとは……いや、母が無くなる前の父はこうだったような気もしないが。
「メリッサは連絡をよこさないとサミュエルが心配していたものだが、三年で学校を終えるとは……」
溜息をついて父は言った。
それが疲労と懐かしさに埋もれた顔なことがメリッサには分かり、不思議に思う。
「やっぱり、残ったほうが良かったでしょうか……」
「いや。早く帰ってきてくれたほうが良かった」
「それなら良かったのですが、わたくし……いえ、わたし、その……」
あまり良いと思っているような顔に見えないと指摘したほうがいいのだろうか。
それにしても、父親に対して随分と他人行儀な言い方だったと気づいてわずかに赤面した。
「まったく、何故こんなにも似ているのだ……」
「えっ?」
どこか遠くを見て言った父の表情は読み取れない。
――誰に?
――何故?
メリッサの頭の中には幾つもの疑問が飛び交う。
それ以上父はその事について口を開く気はなさそうなのでメリッサは言うのをやめて口を噤んだ。
(お母さま……?でも、お父様の口から出ることも無いだろうし……)
「はぁ。何でもない。……ところでメリッサ。先日王宮に言ったと聞いたが、何もなかったか?」
「……喋らずに行き、も…ごめんなさい。えっと、その……ごめんなさい……」
自分でも何に対してだかは分からなくなるが思いつく限り、たくさんの約束を破ったような気がするのは気のせいではなかろう。
「何を謝っているかは分かっている。私は怒ってはいない。だが、事情を聞かせてくれるか?」
「怒るかもしれませんよ」
いたずらっこのようにおどけてメリッサは言う。
そうしていないと目から涙がこぼれそうで、そっとメリッサは目を伏せた。
「はぁ。私は事情を知りたいだけだ。怒るつもりはない。……君がいくら仮面をかぶろうとも、優しいことを知っているのは私だからな……」
バツが悪そうに、それでも目をそらさずに言った父の瞳は悔悟で揺れて悲しそうだった。
そしてメリッサの耳にはわずかに、すまなかったと言う父の声が聞こえた。
嬉しさと悲しみ、憎しみと幸せ、そして後悔。
メリッサの中で動いている感情は、とてもメリッサだけで抱えられるものではなかった。
でも、その優しさに安心感を覚える自分がいて。
メリッサはそっと溜息をついた。
(きっと知っている。いえ、知らないはずが無いのよ……)
高等魔術師であり、魔法省大臣であり、ティラス王国高等魔術師協会のトップである父。
その情報網は絶大であり、魔法省やクラヴェル家がそれをやっている以上、知らぬ情報は無いだろう。
(だからこそ、きっと……)
憎しみか嬉しさか。
溢れてくるその感情は涙となってメリッサの目から溢れた。
「……まさかとは思っていたが、メリッサ。落ち着きなさい。夕食は食べていないのだろう。食堂に行こう」
難しそうに溜息とともに言った言葉にメリッサはやっとハッとなり、涙を止めた。
ホッとしたように笑った父の笑顔にメリッサもちょっと笑った。
「はい。分かりました」
「そうか。話したくないことは話さなくていい」
そんな父の様子を、実は自分が一番良く知っているようで。
でも、どうして突然かはわからないまま、メリッサは父について行った。
――きっと父はすべてを知っている。だけど、もう少しだけ――
(もう少しだけ、夢を見てもいいでしょう?)
言葉にできないそれを、メリッサは心のなかで蓋をした。
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