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第17話 メリッサの素顔Ⅰ
しおりを挟むメリッサは大きな会場の前の白い柱で小さくため息をついた。
招待状が送られた客――主に第一王子の王家派と言われている方たちが招待された夜会である。
王宮のホール内、夜会が開かれる宮にメリッサは来ている。
銀色の人目をよく引く髪に翡翠色の瞳。薄めのエメラルドグリーンのドレスは人目を引くには十分すぎる容姿である。
メリッサは静かに息をはく。
(緊張する。それもあるのだけれど……)
初めて、公の場でメリッサの姿をさらすことになるのだ。それも、謎の少女として。
メリッサはフンワリと広がったドレスを握りたい衝動に駆られていた。
今日はバレルラインドレスを着ている。まだ成人はしていないため、くるぶしが隠れない程度の裾の長さである。
裾の方にかけてふわりと広がるエメラルドの布に、胸元の方にかけて施されている銀の刺繍。そして、後ろの大きなリボンがまだ少女らしさを奏でる。
メリッサの長い髪は複雑に編み込まれて綺麗に後ろに垂らしてあるハーフアップだ。
メリッサの侍女、ララを筆頭に侍女たちは並々ならぬ気合と手腕でメリッサのことを飾り立てた。
普段そのような機会がないだけに、その技術を持て余していたみたいである。
メリッサは優しくおっとり、フンワリと母親のような表情で微笑んだ侍女たちの顔が思い浮かんだ。そしてちょっと微笑みを浮かべる。
(でも、行かなくてはなりませんね。わたくしのためにも、クロヴィスさまのためにも……)
メリッサは息を吸って、静かに吐くと真っ直ぐに前を見る。
そして白銀のヒールで足を踏み出した。
そうしてメリッサは会場に足を踏み入れた。
そこで、自分が予想以上に視線が注がれていることに気がついたメリッサである。
メリッサはそのまま、彼のいるところまで歩いていった。
(突然現れた、少女……でも、わたしが待っているのは……わたしは行かなければなりません)
メリッサはそのまま階段を上がる。そうして上がりきった先で、聞き慣れた声と姿を見つけた。
「メリッサ」
(クロヴィス様……)
メリッサはその声を聞いてフッと表情を緩める。
好奇心に溢れていたメリッサでも、夜会というものは――学院のパーティーでも大して社交でいい思いはしていない。
強いて言うなら学院時代のその容姿のため、完璧に人に溶け込めていた。そのため、情報収集と人観察には好都合だったくらいである。
「クロヴィス様、本日はこうしてお呼びいただき、ありがとう存じます」
メリッサは膝を折って淑女としての礼をする。
メリッサの視線の先でクロヴィスは微笑んでいた。
「いいや。君が来てくれたことを嬉しく思う」
クロヴィスは口の端を上げると後ろを振り返った。
メリッサはちょっと首をかしげる。
(嬉しく思う?主催者なのだから当然なのかしら?)
メリッサはクロヴィスのことを観察するようにジッと見上げた。
白の礼服をさらっと着こなしているその姿はまさに王子様というような具合である。
メリッサはわずかに自分が赤面したのが分かった。
「お、メリッサだ。さてクロヴィス。何をしたのだ?」
「何でもいいだろう」
ひょこっと後ろからアベルが顔を出した。本来綺麗な顔立ちをしているアベルは、クロヴィスと並んでも全く見劣りしていないので怖い。
今日も主をからかうことに専念していると見られるアベルはクロヴィスに無視されて終わりであった。
「アル――アベル様。ごきげんよろしゅうございます。お目にかかれて嬉しゅうございますわ」
メリッサは一応貼り付け微笑む。
ここは他人がいる場である。下手にアベルのことをアルとは言えない。
「堅苦しくないてもよい。メリッサ、今日も綺麗だね。人違いかと思った」
アベルはメリッサの物言いにも気にした様子はなくいつもどおりの調子で褒め言葉を並べた。
しかし、アベルの行ったことを聞いてクロヴィスはみるみる不機嫌になっていく。
(クロヴィス様、どうかいたしたのでしょうか……)
自分に原因は思い当たらないものの、徐々に不安になってくるメリッサである。
「――おい」
「ひっ。失礼いたしました、殿下」
クロヴィスがクルッと後ろを向くとアベルは悲鳴を上げて謝った。表情はみえなかったが、いつもと違う二人の様子にメリッサはキョトンとする。
「ああ、綺麗だ。メリッサ」
「おい、無視するんじゃない!」
クロヴィスがふっ、と表情を緩めて微笑む。
その綺麗な微笑みは心臓に悪いと思いながらも聞かなければならない事を思いついた。
メリッサは少しためらった後、クロヴィスの目を見つめる。
「なんだ?」
相変わらず声をかけてくれることに安心感を覚えながらもメリッサは口を開いた。
「いえ、わたくし、こちらにいてもよろしいのですか?クロヴィス様も皆さんがお待ちではないのです?」
「いいや。メリッサはここにいろ」
優しく微笑んだ後にちょっとだけ視線をそらしたクロヴィスは、メリッサの思う通りだったらしい。
まったく、と思ったものの、メリッサはそれ以上クロヴィスに聞くのはためらわれた。
(でも、お父様の言う通りにすればよかったのかもしれないわ……)
メリッサは憂鬱な気分を振り落とすように首を振った。
そして、クロヴィスたちとシャンデリアの下へと歩み寄る。
王宮のホールには、もう十分なくらいのきらびやかな人が集まっていた。
クロヴィスの友人系の集まりであり、噂によると婚約者を探すのを兼ねているらしいこの夜会には、圧倒的に若い令嬢、令息が目立っている。
同年代なのでもあるせいか、堅苦しくは無いようだ。
しかし――
(クロヴィス殿下はどれほど知人がいらっしゃるのかしら?)
メリッサは首をかしげる。
これだけ招待者を絞っても、私的なパーティーとしては一番を争えるほど多いだろう。もちろん、それはメリッサが思っていたとおりかもしれないのだが。
――現在、 ティラス王国は第一王子派なる王家派と、第二王子派なる貴族派(旧王家派)と呼ばれる派閥に分かれているものの、圧倒的に王家派が多く、じきに旧王家派は失脚するだろうと言われている。
そして、クロヴィスのその希少な天才の能力といい、王家に名を連ねている責任感といい、圧倒的にクロヴィスに人数が集まった。
後ろ盾の関係から言っても、クローディアが王位につくことは無いと言えるだろう。
少なくとも、クロヴィスが健在にしている限り。
メリッサは小さく溜息をついた。
「メリッサ?どうかしたか?」
それに気がついたらしいクロヴィスは怪訝そうにメリッサのことを見る。メリッサは小さく首を横に振った。
「いいえ。少しばかり考え事をしてしまったようです」
クローディアが王位につきたい、兄のクロヴィスに対抗意識を燃やしていると聞いたのはいつだっただろうか。
はじめは笑っていたメリッサだったが、じきにそれが夢でしか無いことを知るようになった。
(バカ王子――クローディア様も、本当は魔法の使いには長けていらした方なのに、それをもったいなく……)
たまに思う。もう少し、周りの人が考慮出来なかったのかと。
それも今となっては意味のないことだったかもしれないが。
それでも、とメリッサは周りを見渡した。
メリッサよりも少し上の令嬢や令息が多いこと。そして、水面下で繰り広げられる令嬢たちの戦争。
そして、猛烈に熱い眼差しと、嫉妬に狂った眼差しで見つめてくる人たち。
婚約者を定めるのかもしれないので当然かも知れないが、メリッサはちょっと怖くなって彼女たちから目をそらした。
いや、見ていられなくなって。
それが、怖さから来るものなのか、寂しさから来るものなのか、あるいは羨ましさなのか。
女の戦場の令嬢たちは、父親や親戚がエスコートをしていた。そんな彼女たちを見るとメリッサはたびたび不安に襲われるのだ。
(お父様……わたしはお父様にエスコートをしてくださった事は無かった……)
メリッサの父は母がいる時は優しかったと思う。
少なくとも、好奇心に溢れたメリッサが他の人の好奇心から警戒していたメリッサに、父はよくいいきかせたものだ。
『大丈夫だ、メリッサ。パパがメリッサのとこはエスコートするから』
そう言って笑っていた父。けれど、父がエスコートをしてくれたことはない。それはもう、叶わぬ夢であろう。
彼女たちを見ると、メリッサはその今となっては遠すぎる思い出を突きつけられる気がして、立ってもいられなかった。
「クロヴィス殿下、お久しぶりでございます。わたくしのこと、覚えてまして?わたくし、シェリーヌ・ベルロットでございますわ」
綺麗な艶を出す金髪を綺麗に止めている女の人がクロヴィスに挨拶をしたのが見えた。
メリッサはその顔を見てハッとする。メリッサはその顔を知っている。そして、彼女もメリッサのこの顔を知っているかもしれないのだ。いつしか、メリッサの顔から笑みが消えた。
そして、彼女も同じようにメリッサのことを無表情でいながらも目を見開いて見ていた。
それに気づいてはいないように、クロヴィスの顔からスッと笑みが消えた。そして何故か険悪な雰囲気を醸し出した。
メリッサはそっと二人のことを眺める。その顔に浮かんでいるものと、自分の顔が白くなっていることが分かってうつむいた。
「ベルロット公爵令嬢。ああ、久しぶりだな」
そして、クロヴィスの口から出たのは棘を含んだ物言い。メリッサは二人の顔を伺って困惑する。
一方は不機嫌に、一方はそんなクロヴィスの様子が目に入っていないように、野心に燃えている目をメリッサに向けた。
メリッサは目をつぶってしまわないように、その翡翠色の瞳で真っ直ぐに彼女のことを見つめた。
メリッサがそうすると、彼女は抗戦的にメリッサのことを見つめてフッと笑った。
「ところで、そちらのご令嬢は?」
その彼女の発言に、周りの人々がメリッサとクロヴィスに集まった。
そんな中、クロヴィスは動じずに冷静に言い放つ。
「私の友人だ」
ただ一言、クロヴィスはそう言い放った。
その一言に軽く目を見開いた彼女。その形の良い口が固く結ばれ、やがてゆっくりとその口が解かれる。
「見かけないお顔でしてね。『天使』様?」
誰にも、何も悟らせないその微笑にメリッサは小さく唇を噛んだ。
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