機械人形"妖精姫"、"氷の王子"に溺愛される

ノンルン

文字の大きさ
18 / 18

第17話 メリッサの素顔Ⅰ

しおりを挟む

 メリッサは大きな会場の前の白い柱で小さくため息をついた。

 招待状が送られた客――主に第一王子の王家派と言われている方たちが招待された夜会である。
 王宮のホール内、夜会が開かれる宮にメリッサは来ている。

 銀色の人目をよく引く髪に翡翠色の瞳。薄めのエメラルドグリーンのドレスは人目を引くには十分すぎる容姿である。

 メリッサは静かに息をはく。

(緊張する。それもあるのだけれど……)

 初めて、公の場でメリッサの姿をさらすことになるのだ。それも、謎の少女として。

 メリッサはフンワリと広がったドレスを握りたい衝動に駆られていた。


 今日はバレルラインドレスを着ている。まだ成人はしていないため、くるぶしが隠れない程度の裾の長さである。
 裾の方にかけてふわりと広がるエメラルドの布に、胸元の方にかけて施されている銀の刺繍。そして、後ろの大きなリボンがまだ少女らしさを奏でる。
 メリッサの長い髪は複雑に編み込まれて綺麗に後ろに垂らしてあるハーフアップだ。

 メリッサの侍女、ララを筆頭に侍女たちは並々ならぬ気合と手腕でメリッサのことを飾り立てた。
 普段そのような機会がないだけに、その技術を持て余していたみたいである。

 メリッサは優しくおっとり、フンワリと母親のような表情で微笑んだ侍女たちの顔が思い浮かんだ。そしてちょっと微笑みを浮かべる。

(でも、行かなくてはなりませんね。わたくしのためにも、クロヴィスさまのためにも……)
 
 メリッサは息を吸って、静かに吐くと真っ直ぐに前を見る。

 そして白銀のヒールで足を踏み出した。

 そうしてメリッサは会場に足を踏み入れた。


 そこで、自分が予想以上に視線が注がれていることに気がついたメリッサである。
 メリッサはそのまま、彼のいるところまで歩いていった。

(突然現れた、少女……でも、わたしが待っているのは……わたしは行かなければなりません)


 メリッサはそのまま階段を上がる。そうして上がりきった先で、聞き慣れた声と姿を見つけた。


「メリッサ」


(クロヴィス様……)

 メリッサはその声を聞いてフッと表情を緩める。

 好奇心に溢れていたメリッサでも、夜会というものは――学院のパーティーでも大して社交でいい思いはしていない。
 強いて言うなら学院時代のその容姿のため、完璧に人に溶け込めていた。そのため、情報収集と人観察には好都合だったくらいである。

「クロヴィス様、本日はこうしてお呼びいただき、ありがとう存じます」

 メリッサは膝を折って淑女としての礼をする。 
 メリッサの視線の先でクロヴィスは微笑んでいた。

「いいや。君が来てくれたことを嬉しく思う」 

 クロヴィスは口の端を上げると後ろを振り返った。

 メリッサはちょっと首をかしげる。

(嬉しく思う?主催者なのだから当然なのかしら?)

 メリッサはクロヴィスのことを観察するようにジッと見上げた。
 白の礼服をさらっと着こなしているその姿はまさに王子様というような具合である。
 メリッサはわずかに自分が赤面したのが分かった。

「お、メリッサだ。さてクロヴィス。何をしたのだ?」
「何でもいいだろう」

 ひょこっと後ろからアベルが顔を出した。本来綺麗な顔立ちをしているアベルは、クロヴィスと並んでも全く見劣りしていないので怖い。
 今日も主をからかうことに専念していると見られるアベルはクロヴィスに無視されて終わりであった。

「アル――アベル様。ごきげんよろしゅうございます。お目にかかれて嬉しゅうございますわ」

 メリッサは一応貼り付け微笑む。
 ここは他人がいる場である。下手にアベルのことをアルとは言えない。

「堅苦しくないてもよい。メリッサ、今日も綺麗だね。人違いかと思った」

 アベルはメリッサの物言いにも気にした様子はなくいつもどおりの調子で褒め言葉を並べた。
 しかし、アベルの行ったことを聞いてクロヴィスはみるみる不機嫌になっていく。

(クロヴィス様、どうかいたしたのでしょうか……)

 自分に原因は思い当たらないものの、徐々に不安になってくるメリッサである。

「――おい」
「ひっ。失礼いたしました、殿下」

 クロヴィスがクルッと後ろを向くとアベルは悲鳴を上げて謝った。表情はみえなかったが、いつもと違う二人の様子にメリッサはキョトンとする。

「ああ、綺麗だ。メリッサ」
「おい、無視するんじゃない!」

 クロヴィスがふっ、と表情を緩めて微笑む。
 その綺麗な微笑みは心臓に悪いと思いながらも聞かなければならない事を思いついた。
 メリッサは少しためらった後、クロヴィスの目を見つめる。

「なんだ?」

 相変わらず声をかけてくれることに安心感を覚えながらもメリッサは口を開いた。

「いえ、わたくし、こちらにいてもよろしいのですか?クロヴィス様も皆さんがお待ちではないのです?」
「いいや。メリッサはここにいろ」

 優しく微笑んだ後にちょっとだけ視線をそらしたクロヴィスは、メリッサの思う通りだったらしい。
 まったく、と思ったものの、メリッサはそれ以上クロヴィスに聞くのはためらわれた。

(でも、お父様の言う通りにすればよかったのかもしれないわ……)

 メリッサは憂鬱な気分を振り落とすように首を振った。
 そして、クロヴィスたちとシャンデリアの下へと歩み寄る。



 王宮のホールには、もう十分なくらいのきらびやかな人が集まっていた。

 クロヴィスの友人系の集まりであり、噂によると婚約者を探すのを兼ねているらしいこの夜会には、圧倒的に若い令嬢、令息が目立っている。
 同年代なのでもあるせいか、堅苦しくは無いようだ。

 しかし――

(クロヴィス殿下はどれほど知人がいらっしゃるのかしら?)

 メリッサは首をかしげる。

 これだけ招待者を絞っても、私的なパーティーとしては一番を争えるほど多いだろう。もちろん、それはメリッサが思っていたとおりかもしれないのだが。


 ――現在、 ティラス王国は第一王子派なる王家派と、第二王子派なる貴族派(旧王家派)と呼ばれる派閥に分かれているものの、圧倒的に王家派が多く、じきに旧王家派は失脚するだろうと言われている。


 そして、クロヴィスのその希少な天才の能力といい、王家に名を連ねている責任感といい、圧倒的にクロヴィスに人数が集まった。
 後ろ盾の関係から言っても、クローディアが王位につくことは無いと言えるだろう。 
 少なくとも、クロヴィスが健在にしている限り。


 メリッサは小さく溜息をついた。

「メリッサ?どうかしたか?」

 それに気がついたらしいクロヴィスは怪訝そうにメリッサのことを見る。メリッサは小さく首を横に振った。

「いいえ。少しばかり考え事をしてしまったようです」

 クローディアが王位につきたい、兄のクロヴィスに対抗意識を燃やしていると聞いたのはいつだっただろうか。
 はじめは笑っていたメリッサだったが、じきにそれが夢でしか無いことを知るようになった。

(バカ王子――クローディア様も、本当は魔法の使いには長けていらした方なのに、それをもったいなく……)

 たまに思う。もう少し、周りの人が考慮出来なかったのかと。
 それも今となっては意味のないことだったかもしれないが。

 
 それでも、とメリッサは周りを見渡した。
 
 メリッサよりも少し上の令嬢や令息が多いこと。そして、水面下で繰り広げられる令嬢たちの戦争。
 そして、猛烈に熱い眼差しと、嫉妬に狂った眼差しで見つめてくる人たち。

 婚約者を定めるのかもしれないので当然かも知れないが、メリッサはちょっと怖くなって彼女たちから目をそらした。
 いや、見ていられなくなって。

 それが、怖さから来るものなのか、寂しさから来るものなのか、あるいは羨ましさなのか。

 女の戦場の令嬢たちは、父親や親戚がエスコートをしていた。そんな彼女たちを見るとメリッサはたびたび不安に襲われるのだ。

(お父様……わたしはお父様にエスコートをしてくださった事は無かった……)

 メリッサの父は母がいる時は優しかったと思う。

 少なくとも、好奇心に溢れたメリッサが他の人の好奇心から警戒していたメリッサに、父はよくいいきかせたものだ。

『大丈夫だ、メリッサ。パパがメリッサのとこはエスコートするから』

 そう言って笑っていた父。けれど、父がエスコートをしてくれたことはない。それはもう、叶わぬ夢であろう。
 彼女たちを見ると、メリッサはその今となっては遠すぎる思い出を突きつけられる気がして、立ってもいられなかった。



「クロヴィス殿下、お久しぶりでございます。わたくしのこと、覚えてまして?わたくし、シェリーヌ・ベルロットでございますわ」

 綺麗な艶を出す金髪を綺麗に止めている女の人がクロヴィスに挨拶をしたのが見えた。

 メリッサはその顔を見てハッとする。メリッサはその顔を知っている。そして、彼女もメリッサのこの顔を知っているかもしれないのだ。いつしか、メリッサの顔から笑みが消えた。
 そして、彼女も同じようにメリッサのことを無表情でいながらも目を見開いて見ていた。

 それに気づいてはいないように、クロヴィスの顔からスッと笑みが消えた。そして何故か険悪な雰囲気を醸し出した。
 メリッサはそっと二人のことを眺める。その顔に浮かんでいるものと、自分の顔が白くなっていることが分かってうつむいた。

「ベルロット公爵令嬢。ああ、久しぶりだな」

 そして、クロヴィスの口から出たのは棘を含んだ物言い。メリッサは二人の顔を伺って困惑する。
 一方は不機嫌に、一方はそんなクロヴィスの様子が目に入っていないように、野心に燃えている目をメリッサに向けた。
 メリッサは目をつぶってしまわないように、その翡翠色の瞳で真っ直ぐに彼女のことを見つめた。
 メリッサがそうすると、彼女は抗戦的にメリッサのことを見つめてフッと笑った。

「ところで、そちらのご令嬢は?」

 その彼女の発言に、周りの人々がメリッサとクロヴィスに集まった。
 そんな中、クロヴィスは動じずに冷静に言い放つ。

「私の友人だ」

 ただ一言、クロヴィスはそう言い放った。
 その一言に軽く目を見開いた彼女。その形の良い口が固く結ばれ、やがてゆっくりとその口が解かれる。

「見かけないお顔でしてね。『天使アージェル』様?」

 誰にも、何も悟らせないその微笑にメリッサは小さく唇を噛んだ。

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

厄災烙印の令嬢は貧乏辺境伯領に嫁がされるようです

あおまる三行
恋愛
王都の洗礼式で「厄災をもたらす」という烙印を持っていることを公表された令嬢・ルーチェ。 社交界では腫れ物扱い、家族からも厄介者として距離を置かれ、心がすり減るような日々を送ってきた彼女は、家の事情で辺境伯ダリウスのもとへ嫁ぐことになる。 辺境伯領は「貧乏」で知られている、魔獣のせいで荒廃しきった領地。 冷たい仕打ちには慣れてしまっていたルーチェは抵抗することなくそこへ向かい、辺境の生活にも身を縮める覚悟をしていた。 けれど、実際に待っていたのは──想像とはまるで違う、温かくて優しい人々と、穏やかで心が満たされていくような暮らし。 そして、誰より誠実なダリウスの隣で、ルーチェは少しずつ“自分の居場所”を取り戻していく。 静かな辺境から始まる、甘く優しい逆転マリッジラブ物語。

強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!

ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」 それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。 挙げ句の果てに、 「用が済んだなら早く帰れっ!」 と追い返されてしまいました。 そして夜、屋敷に戻って来た夫は─── ✻ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

【本編完結】異世界再建に召喚されたはずなのになぜか溺愛ルートに入りそうです⁉︎【コミカライズ化決定】

sutera
恋愛
仕事に疲れたボロボロアラサーOLの悠里。 遠くへ行きたい…ふと、現実逃避を口にしてみたら 自分の世界を建て直す人間を探していたという女神に スカウトされて異世界召喚に応じる。 その結果、なぜか10歳の少女姿にされた上に 第二王子や護衛騎士、魔導士団長など周囲の人達に かまい倒されながら癒し子任務をする話。 時々ほんのり色っぽい要素が入るのを目指してます。 初投稿、ゆるふわファンタジー設定で気のむくまま更新。 2023年8月、本編完結しました!以降はゆるゆると番外編を更新していきますのでよろしくお願いします。

いじめられっ子、朝起きたら異世界に転移していました。~理不尽な命令をされてしまいましたがそれによって良い出会いを得られました!?~

四季
恋愛
いじめられっ子のメグミは朝起きたら異世界に転移していました。

処理中です...