怪奇短編集

木村 忠司

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洋館の手記〜中編

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 洋館の敷地に入り玄関前まで来くると、そこからさらにスロープしながら玄関口まで数段ある石段が続く。

 悠と美咲はその階段を上がり石畳の上に立つと、その先に奥まった玄関口が待ち構え、樫で作られた頑丈そうな扉があった。悠は試しにそのドアをノックした。乾いた音が響いた。中からの返事はなかった。

「やっぱり誰もいないみたいだね」と悠が言いながらドラノブに手をかけてみると意外にもスムースに回り、扉が少し開いた。そしてひとが一人が入れるくらいに開いた空間に自分の片足を踏み入れた。

「え?入るの?」美咲が思わず尋ねた。

「うん、ここまで来たらそりゃ入るでしょ?」

「でも、勝手に入るのはまずいと思う。ここ普通の空き家とかじゃないでしょ?」

「大丈夫だよ。誰も居ないしバレないし」


 そう言う悠の後に仕方ないく美咲がついていくと、中は暗くてひんやりとした空間だった。長方形の広間になっていて壁には燭台とろうそくが立てられていたが、火はついていなかった。空気はどことなく澱んだ感じでカビとホコリが混ざった匂いがした。床にはおそらく元は朱色だっただろう絨毯が敷かれていて、正面の階段まで延びていたが、劣化が激しくところどころ穴が開いていた。

「やっぱりなんだか気味が悪いよ」と美咲が言った。

「そうだね。でもさ、こんなすごい豪邸見たころないだろ?」と悠が言った。

「まあそうだけど…」

「たぶん大正時代とかすごい昔の建物だろうけどさ、この山にこんなのがあったなんておれ知らなかったよ」

「てかさ、逆にこんなところに洋館があるとか不思議じゃない?なんていうのかな‥‥文化遺産とかそういうものになる物じゃないの?」」

「言われてみれば不思議だけどさ‥‥もしかして美咲は別にホラー的なモンスターが潜んでいるとか考えてるわけ?もしいたとしても、俺がいるから大丈夫だって」悠は笑いながらそう言った。

「別にそういうのつもりじゃないけど…」

 二人は手をつないで洋館の中を探検し始めた。各々のスマホのLEDライトをつけて照らしながら進んだ。書く部屋には古い家具や絵画が置かれていたり、客間と思われるところには装飾の施されたソファが大理石の天板にの付いた重厚なテーブルを囲んでいて、二人それに座って笑った。

 居間には大きな暖炉がついていて、客間以上に見事な革張りのカウチが置かれていて、部屋の壁際には調度品が並び、それらはすでに光を失ってしまっていたがかつては異彩を放ち、そこに住んでいただろう特別な地位の住人たちを喜ばせていただろうことが容易に想像できた。そこには庭を望める大きなテラスが備わっていて、かつては雄大な山の稜線が望めたであろうそこからの眺望も、伸び放題に茂った杉林で囲まれて暗闇に閉ざされてしまっていた。明らかに恐ろしく長い間人が住んでいない様子だった。


ドスン!!


突然、大きな音がした。

「な、なんなの!?」と美咲が叫んだ。

「何か落ちてきたのか?」と悠が言った。

二人は音のした方に目をやった。

 すると、そこには天井から落ちてきた大きなシャンデリアがあった。シャンデリアは床に激突して、ガラスが飛び散った。さっきまでその辺りにいたのだがまさに落ちたシャンデリアの下にいたところだったが、間一髪で当たらずに済んだようだ。


「大丈夫か?怪我はないか?」と悠が言った。

「うん、大丈夫」

「でも、なんでシャンデリアが落ちてきたんだろう?」ユウがLEDライトで天井を照らしながらそう言った。

「偶然にしてもなんでこのタイミングで?‥‥もしかして、誰かがわざと落とした?」美咲の顔に不安が影を落とした。

「誰かって言ったって誰も居ないでしょ」悠が周りを見回しながらそう言った。

「じゃあどういうこと?」

「わからないけど…偶然だとしてもこの洋館には何か秘密があるのかもしれない」

「秘密ってどんな秘密?」

「それはわからないけど…」

二人は落ちたシャンデリアを確信してもう一度部屋の周りを照らしながら見て回った。すると、階段を歩く何者かの足音が静かに聞こえて来た。

「あれ見てあそこに何かいるよ」と悠が静かに言った。

「え?」

 美咲は悠が指さした方を見た。

 階段を下ってきた何者かの人影が動いていた。そしてそいつは手に持っていたものを二人に投げつけてきた。それは悠に当たって足元に落ちた。痛くも衝撃もなくそれは軽い何かだった。ユウはそれを拾ってみるとやはり軽くて紙をくしゃくしゃにして丸めたモノだった。

「なにそれ?」と美咲が言った。

「紙つぶてかよ。なんだよこれ」と悠が投げつけてきた人影に向かって言った。

「それは本当は俺の大切なものだった。でも長く続いた安息の日々が台無しになってしまった。お前らが来たせいで物語が変わってしまったのだ。お前らのせいでもうそれはただのゴミクズにすぎない」と人影が言った。

「物語?どういうこと?」と美咲が言った。

「どれもこれも俺が書いた物語だ。俺は物書きで、この洋館でここを舞台にした物語を書き続けているんだ」

「物語?なんだよそれ」と悠が言った。

「長い物語さ。そしてお前らはその物語に介入して来た厄介な存在だ」

「邪魔?どういうこと?」と美咲が言った。

「本来ならば落ちたシャンデリア脳天を割られて二人とも死ぬ筈だった。しかしお前らは生き延びた。それはつまりお前らが物語を壊したことに等しい」

「俺たちが死ぬ?あんたが落としたのか!?」と悠が怒鳴った。

「お前らは理解できないだろう。説明するつもりもない。ただひとつ俺はこの洋館そのものだということだ」

「な、何を言ってるの?」と美咲が言った。

「もうやめだ!もう帰ろう。頭がおかしい奴が居ついていたみたいだ」
悠は美咲にそう言って帰ろうと促していると、背後の黒い人影は不気味に笑った。

気づくと後ろにいたはずの人影は二人の目の前にいた。気配も空気の動きもなかった。

 目の前の男は真っ黒だった。全身タイツをはいているのか全く艶のないな黒一色だった。仮に全身タイツを着ているとしても、その顔にはあるはずの目鼻立ちの起伏が全くなかった。胴体に頭のついた人型の造形物としかいい様の無い姿の男に、悠と美咲は立ちすくみ恐怖で身動きできなかった。

つづく
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